IOCのバッハ会長が東京オリンピック・パラリンピックの開催について前向きな発言を続けている一方で、最古参のIOC委員であるディック・パウンド氏が「開催に確信が持てない」と発言したと英BBCが報じています。昨年3月24日の延期決定前にも同様のことがあり、朝日新聞は関連コラムで「デジャブ」と伝えています。今回のメルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』では、ジャーナリストの内田誠さんが、IOCの直言居士として知られるパウンド氏の言動を朝日新聞の記事から検証。会長に忖度しない氏の口から中止の可能性が漏れた理由を探ります。
パウンド氏とバッハ会長の確執、東京五輪開催の問題を朝日はどう報じたか?
きょうは《朝日》から。検索は「ディック・パウンド」で行います。この名前だけでピンと来る人は、相当な「オリンピック通」。IOCの最古参委員にして直言居士のカナダ人。78歳ですからバイデン米大統領と同い年ということになりますか。
けさの《朝日》は稲垣康介編集委員のコラムでパウンド氏とバッハ会長の確執、及び東京五輪開催の問題に触れています。まずはきょうの《朝日》12面、スポーツ欄掲載の稲垣コラム、見出しから。
世界が聞きたい ミスター正論の直言
IOCのパウンド委員 バッハ独裁体制にも忖度なし
今、世界のマスコミが挙って意見を求めるのが「ディック・パウンド氏」。今月7日、英BBC電子版は、東京五輪開催に「確信が持てない」というパウンド氏の発言を報じた。この発言について稲垣氏は「まるでデジャブだ」と感じたという。昨年2月、パウンド氏が開催是非の判断は引き延ばせて「5月下旬」だとAP通信に答えた1ヵ月後、東京大会開催の1年延期が決まったということがあった。
ただし今回は少し事情が違う。パウンド氏の発言は、少なくとも「バッハ会長の意を汲んだ観測気球」ではなく、IOCは、パウンド発言はIOCの見解ではないとの声明を全委員に送ったという。バッハ会長とパウンド氏の間には、確執があるという。
世界反ドーピング機関(WADA)の初代委員長だったパウンド氏は、ロシアのドーピングに厳罰を主張、国際サッカー連盟(FIFA)がドーピング罰則に難色を示すと「サッカーはアテネ五輪から除外すべきだ」と強硬論を展開した。
それでも、現在のパウンド氏は理事でさえなく、飽くまで権力中枢から離れた野党的立場。独裁色を強めるバッハ会長の理事会から出てくる情報が乏しい分、各メディアの「パウンド詣」が続いているという面もあると。
●uttiiの眼
五輪憲章にアマチュア規定があった頃のブランデージ会長と比べてみたくなるパウンド氏。ただブランデージ氏がナチ礼賛、反ユダヤ主義ゆえに批判されるべき人物だったのに対して、パウンド氏のドーピングへの拘りと権力者に忖度しない直言には、清々しさがある。何よりパウンド氏は会長ではなく、独裁者でもない。
新型コロナウイルスを巡って、EUが日本人の入国を禁ずる決定をしたとのニュースが入ってきたが、パウンド氏の次の「直言」はどんな内容になるのだろうか。
【サーチ&リサーチ】
《朝日》の検索で「ディック・パウンド」を引くと、この1年の紙面掲載記事から9件、サイト内からは32件にヒット。2016年の記事を含む「サイト内」を対象に。
*まずは「反ドーピング」の直言。
2016年7月21日付
「スポーツ仲裁裁判所(CAS)がリオデジャネイロ五輪への出場を求めたロシア陸上界の訴えを却下した21日の裁定で、ロシア陸上チームのリオ五輪不出場が確定した」という情勢下、「WADAの姿勢は強硬で、IOC委員でWADA元委員長のディック・パウンド氏は「IOCはロシア全選手を締め出すことに非常に後ろ向きだ」と英BBCラジオに語った」と。
*個々に潔白を証明していてもロシアの選手は出場させるべきではないという論。強硬論に見えるが、背景には、バッハ会長率いるIOCがロシアのドーピングに対して極めて寛容だったことがある。2017年9月のIOC総会では、中間報告を行うはずだった担当者が欠席。パウンド氏は「何も調べていないのと同じ」と強く批判した。そして…。
2017年12月5日付
米NYタイムズは、ドーピング問題でロシアの平昌冬季五輪参加の可否について協議するIOC理事会を前に、「平昌五輪にロシアの居場所はない」と主張する記事を掲載。パウンド氏の、「ロシア政府が不正を認めず反省もないため、全員が共犯者」であり、「ロシア国外に拠点を置く選手の個人資格での参加も禁じるべき」という意見を紹介した。
*ここからが東京五輪の延期問題
*AP通信が、東京五輪開催に関するパウンド氏へのインタビューを報じた。
2020年2月26日付
「新型コロナウイルス感染拡大で開催を危ぶむ声が出始めている7月24日開幕の東京五輪について、国際オリンピック委員会(IOC)で1978年から委員を務める最古参のディック・パウンド氏がインタビューに応じ、開催是非の判断の期限は引き延ばせて5月下旬との見方を示した」と。事態が収束しなければ、「中止を検討するだろう」という内容。
*準備期間がないので他都市での開催や分散開催も難しいこと。数カ月延期すると米国のNFLやNBAのシーズンと重なるので、巨額の放送権料を払う米テレビ局が納得しないだろうということが理由とされている。
2020年2月27日付
「東京五輪の準備状況を監督する国際オリンピック委員会調整委員会のジョン・コーツ委員長が、五輪を予定通り開催するかを3カ月以内に判断するとの姿勢を示した」と報じられる。
*この報道を受けて日本メディアとの電話取材に応じたバッハ会長は「臆測の炎に油を注ぐことはしない」として、直接答えなかった。その後も理事会などでバッハ氏は「中止」や「延期」説の火消しに躍起となっていたのだが…。
2020年3月23日付
IOCのバッハ会長は、「新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、東京五輪の延期を含めた検討を始めると明らかにした。大会組織委員会や東京都、日本政府などと協議したうえで、4週間以内に結論を出す方針」と。「中止」は議題にしていないとも。しかし、その翌日…。
2020年3月24日付
パウンド氏が米紙USAトゥデーに対し「延期が決まった」と述べた。2021年の開催の可能性が高いという。新型コロナウイルスの感染拡大を受けた判断で、「先々の要素はこれからになるが、7月24日に開幕しないことはわかっている」と述べた。
*ここまでが「2021年への延期」の話。
2020年7月16日付
パウンド氏は北京の冬季五輪にも言及。「新型コロナウイルスの影響で、来夏に延期された東京オリンピック(五輪)が仮に中止となれば、2022年北京冬季五輪開催も危ぶまれると予想」したという。
*そして今回の、「東京五輪開催に「確信が持てない」」との発言。
●uttiiの眼
当初パウンド氏の議論は、基本的には「中止」を避け、なんとか開催したいということだったようだ。例えば、「中止したら北京の冬季五輪も開催できなくなる」という主張は、だから、どんな形でも東京五輪は開催しなければならないという主張の裏返しのように見えた。しかし、パンデミックは収まっていない。
どうすれば開催できるのか。「無観客」なら良いのではないか。あるいは「五輪選手にワクチンの優先接種」をしてもらうというのはどうか…。
パウンド氏はこんなふうに考え、その時々に発言してきたのだろう。だが、無観客もワクチン優先接種も受け入れられそうにない。だからこそ、ここに来ての発言が「開催に確信が持てない」と変わったのではないか。開催に確信が持てない…つまり「中止」判断に傾いたということだろう。
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