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森喜朗氏では土台ムリ。日本の「ホンネとタテマエ」話法が東京五輪を潰す

女性蔑視発言とその後の対応が国内外から猛批判を受け、東京五輪組織委の会長職を辞任した森喜朗氏。後任人事選定についても不透明感が強く、もはや組織の体質そのものを疑う声も上がるほどとなっています。なぜこのような事態となってしまったのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、「諸悪の根源はホンネとタテマエの使い分けにある」としてそう判断せざるを得ない理由を解説するとともに、新会長に求められる資質を記しています。

五輪組織委問題、諸悪の根源はホンネとタテマエの使い分け

森喜朗氏の発言が批判されています。ジェンダーという属性をことさらに取り上げてステレオタイプ化する姿勢は、差別以外の何ものでもないと思います。その一方で、この発言の最大の問題は「ホンネとタテマエの使い分け話法」が、この政治家の場合、骨の髄まで染みついているということです。

森氏は問題の発言の中で、女性の社会進出を快く思わないというホンネと、女性に機会を与えなくてはならないというタテマエの「使い分け」をしようとしています。

ただ、問題となっているコメントは、典型的なホンネとタテマエの使い分けではなく、言葉の上では自分はタテマエに属しているような口ぶりで通しています。そうでありながら、時に女性蔑視的な見解を第三者が言ったとして紹介してみたり、文科省の方針を行き過ぎたタテマエのように紹介して、自分をホンネの位置に投影して聴衆との共犯関係を作ろうとしたり、全体の構成が姑息です。

ご本人は、自分はあくまでタテマエの領域から外れていないつもりのようですが、結果的に、ご本人は否定しても、自身の意識の奥にはハッキリと差別意識があることがミエミエになっています。

問題は、森氏のような政治家の権力の源泉にはこの「ホンネとタテマエの使い分け」話法があるということです。例えばある政策なり人事の背景には、ホンネとしては色々な要素があるはずです。ですが、ホンネをむき出しにしては、批判を浴びて政治が立ち往生するということで、必ず一般の有権者向けにはタテマエの説明が用意されることになります。

特に森氏に代表される昭和の政治家の場合は、公(オオヤケ)の「場」では硬直したタテマエしか言わない一方で、私(ワタクシ)の「場」ではホンネを喋って政治を進めてきたわけです。

勿論、世界中のあらゆる組織においては、ホンネとタテマエの乖離ということはあると思います。ある意味で政治というのはタテマエに包んでホンネを実現する技術なのかもしれません。

ですが、結果的にはそうした「使い分け」というのは破綻します。ですから、結局は早め早めに正直ベースでの情報公開を行う組織が勝つようにできているのです。陰謀論をグタグタ言う勢力に限って、そのような正直ベースのスピーディな情報公開戦争の「負け組」だったりするわけです。

その結果として、仮に大きな意思決定をする場合に、タテマエ的な、つまり理念との整合性も、法規との整合性も取れて、しかも長期的な評価にも耐え得るような判断と、ホンネ的な、つまり理念との整合性も、法規との整合性も弱いし、特定勢力の利害に引きずられているし、何よりも短期的な利害に基づく決定でとても長期的な評価には耐えられないような判断が「複数の選択肢」としてあったとします。

そうした場合に、例えばあまりにタテマエに偏った判断ですと、短期的な利害ということで大損になって組織自体が崩壊する、端的に言えばカネがショートするようなこともあるでしょう。反対に、あまりにホンネベースの判断では、その判断自体が即座に犯罪性を帯びたりすることもあるわけです。

ですから、通常はタテマエ度100%(これを仮にプラス100としましょう)からホンネ度100%(仮にマイナス100とします)までの間で、様々な選択肢を並べて検討するわけです。そこでプラス70とか、マイナス20といった要素を検討して行って、プラス40とか60といった辺りに、実現可能でしかも長期的な評価にも耐え得るような選択ということで判断をするわけです。

ところが、日本の、特に森喜朗的なコミュニケーション様式では、そのように複数オプションを透明性を持って並べておいて、そこで判断するということができません。諸要素を考慮して判断するというスキルそのものが、まず欠けているということもあるでしょうし、利害関係が複雑であって、デフォルトの設定が既にマイナスということもあるでしょう。

ですが、彼が政治家として歩いてきた長い時間の中で、そのように複数のオプションを横に並べ、しかも重要なことは公開して透明性を確保しながら判断するということは、できないし、しないという姿勢が骨の髄まで染みついているのだと思います。

そして、そのホンネの部分に恐ろしいまでの男女差別や、権威主義、秘密主義が残っているのです。

では、この場合のホンネの部分をどうオープンにして、透明性を高めるのか、問題はジェンダーの平等性だけではありません。その奥にあるのは、東京五輪をどうするのかという、大きく分けて3つの問題が横たわっていると考えられます。

1つ目は、開催の条件です。これはそんなに簡単ではありません。開催国としてどのような条件なら開催できるのか、ということを決めればいいとは言えないからです。

まず、日本として、どのような条件なら相手国の選手ならびに観光客を受け入れることが可能なのか、という問題があります。直前のPCRで陰性だとか、ワクチン接種証明があるなどという形式要件で入れて、万が一それがインチキな紙切れであって、選手なり観光客が日本でクラスターを発生させては大会は失敗します。五輪としての厳格な基準が必要です。

また相手国として日本がどのような条件に達していたら選手並びに観光客を送ってくるのかという問題があります。日本の感染数がどこまで抑えられているのか、またワクチン接種率はどうかということで、いくら日本が「安全だ」とアピールしても、個々の参加国が「ノー」と言うようではダメだからです。

その他の要素としては、各国予選の問題があります。競技別に状況は異なりますが、予選ができないようなら参加は無理であり、結果的に成立する競技が少ないようでは大会は失敗します。

その上で、経済的な問題があります。多少の制約はともかく、ある点を超えて「制約の多い大会」になってしまい、その結果として「中止した以上に赤字が拡大」するようならやるのか、やらないのか、という問題があります。これには主催国としての直接の開催費用だけでなく、民間の経済効果がどの程度になるかということも関係するでしょう。

とにかくこうした複雑な要素について、森という人はこの切迫した局面において、まともな情報公開をしてきませんでした。次期委員長の人事としては、こうした事情について、各国の意見を聞き、国内の調整を行い、最終的にはアスリートたち、そして国内外の世論を納得させるような情報公開の姿勢と、情報公開のできるだけの権限と説明能力を持った人物でなくてはならないと思います。

2つ目は、開催時と中止時の費用負担についてです。コロナ禍の中では、開催するにしても、中止するにしても当初見込んでいた費用とは全く別のコスト・ストラクチャーになる可能性があります。この点について、厳格な予算管理を行い、状況に応じて臨機応変に資金を用意し、資金が用意できなければ予算をカットする、その上で、開催が不可能ならその判断をするし、その場合に、どうしても国や都として「持ち出し」が出るのであれば、IOCとの間で透明性のある、そして日本の国益を損ねないような厳しいネゴをして経済的ダメージを極小化することが必要です。

そのような問題意識と、実行能力と、そのための権限をしっかり勝ち取り確認しつつ進められる、つまり正しい方向に行こうとして障害に直面したら、隠さずに公開して脅しや権力に屈しないで、日本として余計なカネを負担させられることを回避するような人物が必要です。

3つ目は、招致時のスキャンダル追及の問題です。この点については、当時の竹田恒和前JOC会長や、電通関係者などに対してフランス当局が捜査を開始したという報道以降は、一体どうなっているのかチンプンカンプンとなっています。仮に、開催時にはスキャンダルで競技が白けるのを避け、問題は終了後か中止決定後に先送りとなっているのであれば、これは問題です。

仮に問題がないのにフランス当局が捜査を進めているのであれば、東京五輪のイメージダウンを回避するために闘うべきでしょう。ですが、仮に疑惑が本当であるのなら、日本サイドが率先して調査して問題を明らかにすべきです。正義が勝たねばならないだけではありません。こうした問題をウヤムヤにするようなら、日本は「そういう国だ」ということにされてイメージダウンは計り知れないからですし、五輪というイベントは「そういうものだ」というイメージが広まれば、今後の大会の存続が難しくなるからです。

いずれにしても、開催するのか中止なのか、そして開催するにしても中止するにしても、カネの問題はどう精算するのか、そして招致活動における疑惑をどう解明するのか、この3点は東京五輪に関して極めて重要な議題になっています。そのように重要な議題を「ホンネ」の部分に隠して、恐らくは密室で討議や交渉を重ねることで、判断をしようとしていた、森喜朗的なマネジメントにおいては、そこが問題なのだと思います。

そして、後任の人事においては、森喜朗的な「ホンネとタテマエ」の使い分けをするのではなく、真実を語り、国の利益と名誉を守る判断を可能にする、そのようなマネジメント力のある人物を選ぶべきと思います。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)

image by: 首相官邸

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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