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矛盾だらけのトルコ。「同胞」のウイグル人を弾圧する中国にダンマリの訳

アジアとヨーロッパの間に位置し、国際情勢に大きな影響を及ぼすトルコの動向。そのトルコ外交がここのところ迷走していると警戒するのは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』著者で、元国連紛争調停官の島田久仁彦さんです。島田さんは、首相時代“中東の父”と崇められた頃からのエルドアン大統領の外交戦略の変遷を詳しく解説。中東戦略が180度転換された理由や、「不条理に苦しむ同胞を見捨てない」とアゼルバイジャンを助けながら、“同胞”であるウイグル人弾圧には口を閉ざす矛盾の訳を明らかにしています。

トルコ外交の迷走?それとも矛盾?-国際情勢の混乱要因を作り出すトルコ

私が改めて言うまでもなく、トルコは地政学上、非常に重要で、かつ国際情勢の行方を左右する力を有しています。それはかつてオスマントルコ帝国の威光があるからではなく、アジア・コーカサス・中東・北アフリカ、そして欧州をつなぐ地理的な立地と、それを戦略的に用いた外交が背後に存在します。

私も様々な機会にトルコ政府とお仕事をしてきました。紛争調停においてトルコの影響力を使わせてもらったり、多国籍ビジネスの発展において、トルコのバイタリティーを援用したりしてきました。官民ともに、非常に優秀な人材が豊富で、自覚しているかどうかは分かりませんが、とても強力な国です。

しかし、“戦略的な外交手腕”は存在するものの、外交の一貫性に欠けるように思うような事態が最近多くなりました。その一例がトルコの対中東諸国との距離感です。

エルドアン大統領が首相時代、彼は中東の“父”と崇められ、各国間に存在する微妙な対立を収めるにあたって頼りにされていました。その頃、存在していた外交方針を一言で表すと“親中東諸国外交”と言えます。

あえてシーア派とスンニ派の勢力争いからは距離を置き、secular(世俗的)リーダーとして振舞い、宗教闘争にタッチしないことで「困ったときのエルドアン頼み」という構図を確立していました。それが変わったのが、彼が大統領権限を強め、自らが大統領になってからといえます。

「トルコを再び世界の第一線に立たせる」という信念のもとに、積極的な経済政策を推し進めて成長を加速させつつ、最大のマーケットとなり得るEUへの加盟を熱望して、secularさを前面に押し出した外交を行いますが、EUへの加盟が叶わないことを嗅ぎ取って、外交方針を一転させます。

中東諸国に対しては、宗派は問わないが、イスラム色を強調することでより密接な関係を保つ一方、EUに対する外交は対立構造を強めていきます。昨年も深刻化した東地中海のガス田問題やキプロスの帰属問題、そしてシリア難民を巡る対欧州国境線問題の顕在化は、EUとの決別と、地域大国への名乗りを意味するようになってきました。

しかし、中東の雄に返り咲くために、目の上のたん瘤と思われたエジプトとの対立関係を深め、領有権問題を顕在化させることで、エジプトの力を削ごうとする動きに出ます。背後には、東地中海の天然ガス田採掘問題と同じく、トルコのエネルギー源の確保への渇望がありましたが、エルドアン大統領が独裁色を強めるにつれ、大きく性格が変わってきます。

それは「マウントを取れる局面ではとことん圧力をかけて支配する」という方針です。その典型例は、カショギ氏殺害の決定的な証拠を掴んでいることを盾に、国際的な非難を浴びせかけたサウジアラビア王国との緊張関係です。本件については、詳しくは述べませんが、実質的な権力者であるモハメッド・ビン・サルマン皇太子の関与という弱みを用いてマウンティングを行ったといえます。

他の例では、大統領就任後、「歴史的な理由で、エジプトとUAEは許さない」という方針を外交の軸に据えるようになりました。ちなみに、NATOの同盟国であるトルコが、ロシアからS400を購入・配備し、トランプ大統領を激怒させた事件を覚えてらっしゃるでしょうか?

私も以前書きましたが、経緯としてはオバマ大統領にパトリオットミサイルの配備を断られたことへの腹いせという側面もありましたが、エジプトやUAEと、仲が悪いわけではないのですが、あまりうまくいっていない“大国”であるロシアからの最新鋭ミサイルを配備して、関係を深めることで、両国への圧力強化のイメージ戦略という側面があったようです。

それが理由の一つとなり、中東におけるアメリカの立場を不安定化したという理由でバイデン大統領からは非難の的になり、バイデン政権発足後すぐのNATO首脳会議(オンライン)で“トルコに対する懸念”と“友人を選べ”という最後通告を受け、同時にアメリカの対中東戦略が、トランプ政権に比べて距離を置く方針であることを見て取り、中東戦略を180度転換することになったようです。

今週、突如行われたチャプシオール外相のエジプトとイスラエルへの派遣と、協力体制の構築の要請はその表れです。どちらも会談は拒みませんでしたが、エジプトについては、サウジアラビア王国やUAEからのpeer pressureに加え、これまでの対エジプト攻撃への怒りも手伝って、「トルコの妥協は評価するが、まずは行動で示せ」と突き放す形を取っています。

サウジアラビア王国やUAEにとっては、中東において除け者にしようとしたカタールを全面的に支えて対立構造を極めたトルコの方針は、それぞれの地域における影響力を著しく削ぐことになったため、許すことが出来ず、トルコの“狙い”は頓挫寸前と思われた矢先、エルドアン大統領は外交的なカードを切ることで対立を抑えるという奇策に出たようです。カジョギカードではないようですが、両国に「トルコの真意は見えないが、とりあえず話は聞いてみたい」と言わせるようになっています。驚きです。

ここまでは、自らの生存と繁栄のためにはいくらでも色を変えるカメレオン的な手腕と笑うこともできますが、トルコ政府の在外トルコ系民族を扱う手法と方針には理解できないポイントが多くあり、矛盾を感じてしまいます。

まず、在ドイツのトルコ人の“位置付け”については、「トルコ人」であり、トルコのEU内のエージェントという表現が、あまり表向きには出てきませんが、されることがあります。EU加盟が叶わない見込みのトルコですが、欧州のイメージとなっているような企業のオーナーシップをはじめ、欧州経済に不可欠な存在として君臨する際の同胞だそうです。

エルドアン大統領がドイツ訪問時には、かなり多くのトルコ人との会合がもたれています。前回は、トルコでの総選挙前の時期で、在独トルコ人にAKPへの投票を要請したことで、ドイツ政府が禁止する国内での外国政府の政治行動に抵触すると抗議を受けましたが、本国とドイツ在住のトルコ人とのつながりは強固で、欧州経済に大きな影響を与えるベースは存在します。

次に、記憶に新しいのが、アゼルバイジャンとアルメニアとの間で、その帰属について戦われたナゴルノカラバフ紛争でのトルコのコミットメントです。ソ連崩壊の混乱期に、その時に力に勝るスラブ系アルメニアにナゴルノカラバフを奪われ、その後、実効支配されてきたアゼルバイジャンの苦境に立ちあがったのが、隣国トルコでした。

同じイスラム教徒で、かつトルコ系民族であるアゼルバイジャンに軍事・経済面で支援を供与することで国力を高め、今回のナゴルノカラバフ紛争ではトルコ軍まで派遣させ、トルコが供与した最新の兵器をもって、ナゴルノカラバフを奪還しています。

トルコのコミットメントの狙いには、いろいろな説があります。ロシアからナゴルノカラバフにおける影響力を奪い、トルコの勢力圏をコーカサス方面にも伸ばし、トルコのエネルギー安全保障を強固にするという説が有力ですが、この際、トルコ・エルドアン大統領が言った「不条理に苦しむ同胞を見捨てることはできない」という言葉が気になります。

ナゴルノカラバフ紛争の帰結については、以前、詳しくお話ししておりますので今回は触れませんが、この“言葉”が本当ならば、完全に矛盾するように思われる事例が、意外なところにあります。中国共産党政府が弾圧し、支配を確立する新疆ウイグル地区とウイグル人の中国人化政策です。

欧米諸国からは人権侵害の典型例として激しい非難が中国に浴びせられ、それに対して中国政府は『内政干渉だ』と取り合わない状況ですが、弾圧の対象になっているウイグル人が“トルコ系民族”であることをご存じでしょうか?正直、私は恥ずかしながら、最近まで認識していませんでした。

であれば、内容については詳しく知らないものの、新疆ウイグル地区でウイグル人(トルコ系民族)に行われている行為は、確実に不条理なはずですが、エルドアン大統領およびトルコ政府が、この不条理に反応している場面に出くわしたことがありません。なぜでしょうか?

いろいろと尋ねてみるのですが、普段饒舌で、いろいろと語りたいトルコの“友人”たちは、本件については一斉に言葉を濁すか、閉ざしてしまいます。「話したくない」という意思は尊重しますが、私が気になったのは、かなり多くの友人たちが口にした「その問題について触れることは、トルコではタブーだ」という言葉です。

それは、年々深まるトルコ経済と中国経済との結びつきの強化でしょうか?トルコにまで至る中国の影響力の拡大が背後にあるのでしょうか?ハッキリとしたことは分かりませんが、私が推測するに、中国政府が欧米からの人権に関しての非難で必ず使う「内政干渉」というキーワードが大きな理由にあるのだと考えます。

トルコにとっての内政問題は、国内のクルド人への弾圧です。このクルド人問題は、イラク問題やシリア問題にも深く絡み合い、トルコを両方の内戦に関与させる大きな要因となっていますが、その際に必ず用いられる理由付けが「クルド人問題はトルコの国内問題で、かつトルコの国家安全保障上の問題」という内容です。

響きが中国政府の新疆ウイグル地区に関わる問題や香港国家安全維持法を巡る問題で使われる理由に似ていないでしょうか。国際社会がクルド人問題に触れ、トルコの対応を非難する際、トルコ政府は100%、「内政干渉だ!」と反論します。だとしたら、ただの妄想かもしれませんが、もしかしたら、中国政府とトルコ政府との間で、相互に“国内問題の闇”についてはコメントしないという密約でもあるのかもしれません。

または、中東における“マウンティング”方針が通用しない中国が相手だからという理由も考えられます。ただ、その理由はともあれ、ナゴルノカラバフ紛争の際には「不条理に苦しむ同胞を護るのがトルコ」と胸を張って言っていたトルコ政府の外交的、そして軍事的な介入の方針の矛盾がここに見えるような気がします。

トルコはこれからも成長を続け、それにつれ、外交的な発言力や影響力を取り戻すことになると思われます。トルコも他の国と同様、例外なく新型コロナウイルス感染症のパンデミックの負の影響をもろに受けましたが、フィッチの予測では2021年年率にして6.7%の経済成長が見込まれていて、それはくしくも中国の全人代の最終日に李国強総理が発表した中国の成長率見込みと同じ数字ですが、トルコは経済的な基盤も強固になってきています。中国との違いがあるとすれば、トルコの出す統計値は透明性が高く信頼が高いということでしょうか。

トルコが真のパワーハウスの地位に戻るためには、場当たり的な外交ではなく、方針の軸がぶれない対応をしてもらいたいと願っています。どのような国も政策や対応の一貫性に矛盾を秘めている。それが、もしかしたら、国際情勢の裏側の真実なのかもしれません。皆さんは、どうお考えになりますか?

image by:arda savasciogullari / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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