今年の大河ドラマ『青天を衝け』の主人公で、日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一氏の言葉には、多くの叡智が含まれています。ビジネスに携わる人が知っておくべき、その論を今回の無料メルマガ『がんばれスポーツショップ。業績向上、100のツボ!』で、著者で経営コンサルタントの梅本泰則さんが紹介しています 。
渋沢栄一翁『論語と算盤』に学ぶ
ここのところ、渋沢栄一翁に関する番組が目立っています。NHKの大河ドラマ『青天を衝け』の影響でしょうか。それとも、時代が求めているのでしょうか。今回は、その渋沢栄一翁の書物からです。
渋沢栄一翁のこと
「日本資本主義の父」といわれる渋沢栄一翁は、簡単に言うとこんな人物です。埼玉県深谷市の農家に生まれ、徳川の幕臣となりました。凄い人ですね。今で言うなら、学校を出ずに霞が関の官僚になるようなものです。明治維新の後には、明治政府の大蔵省での要職に就きました。これも凄いことです。徳川幕臣が明治政府に抱えられるわけですから、よほどその能力を買われたのでしょう。
そして、33歳のときに意を決して実業家に転身します。その後、銀行を始め、製紙会社、ガス会社、印刷会社、保険会社、建設会社、ホテル、ビール会社、鉄道会社など500を超える企業の経営に携わったのは、驚くべき偉業です。現代で言うなら、優秀な起業家であり、ベンチャーキャピタルでもあるというところでしょう。また学校の設立や福祉事業にも多く関わっています。本当に立派な方です。
その渋沢翁による著名な書物に『論語と算盤』があります。ここで出てくるのが「士魂商才」とか「義利合一」といった言葉です。「士魂商才」とは、事業で成功するには武士道精神も必要だが、「商才」も必要だということだと書かれています。また「義利合一」とは、仁義道徳をもって、事業の利益を追求するということです。少しむつかしいですね。
渋沢翁は、少年時代より『論語』を学び、人生の柱としてきました。その精神は、実業家になっても同じでした。
当時の商人は、渋沢翁から見ると道徳観に欠けていたようです。例えば、約束を守らない、法の網をくぐる、粉飾をする、人をだます、自分さえ儲かればいい、といった商人が見受けられました。そこで、『論語と算盤』を世に出して、商人や経営者を啓蒙しようとしたのです。
論語と算盤
『論語と算盤』を読んでみると、この書物は論語の解説本ではありません。ですから、論語の文章はそれほど多くは出てきません。むしろ、渋沢翁自身の考え方が述べられた本と言っていいです。そして、「経営者のあり方」がその中心になっています。
この本で言おうとしていることは、つまるところ、経営は自社や自分の利益のためにするのではなく、社会の利益のために行うものだということです。明治の世に、このようなことを言う人は素晴らしい。今の世にさえ、このような考えで経営をしている人はそれほど多くはないでしょう。これは、やはり『論語』の影響です。
実は、『論語』には為政者のあり方が書かれています。どのような君主、どのような政治家になれば国民が幸せになるかということが書かれたものです。そして、その言葉を現代にあてはめると、政治家だけでなく経営者にも通じる内容になっています。ですから、渋沢翁は論語と経営者のあり方を結びつけたのです。
そこで、『論語と算盤』にある『論語』のことばを一つ紹介します。
富と貴きはこれ人の欲する所なり。其の道を以ってせずして之を得れば処(お)らざるなり。貧と賎とはこれ人の悪(にく)む所なり。其の道を以てせずして之を得るも去らざるなり。
この言葉は、
「誰もが裕福になりたいし、地位を得たいと思うものである。ただし、徳性と才能をもって得られた財や地位でなければそこにあぐらをかいてはいけない。そして、人は誰しも貧乏はいやだし、賤しい身分にいたいとは思わない。ただし、道徳をもって努力したのにもかかわらず、貧しくなったり賤しい身分にいるのならば、それから逃れようとしないことだ」
という意味です。
『論語』は富や地位を求めてはいけないとは言っていません。正しい考え方と正しいやり方で富や地位を得よと言っています。ですから、渋沢翁の『論語と算盤』になるのです。
渋沢翁の言葉
そして、渋沢翁は自分の言葉でこう言っています。
富を先にして道義を後にすれば、金銭万能のごとく考えて、大切なる精神上の問題を忘れて、物質の奴隷となりやすい。
富豪といえど自分独りで儲かったわけではない。言わば社会から儲けさせてもらったようなものである。
だから、社会に利益を返すのが経営者の務めだと言っているのです。本当に素晴らしい考え方ではないでしょうか。
渋沢翁の経営者に対する言葉をもう少し拾ってみます。
人の禍は多くは得意時代に萌(きざ)す。
絶頂期には心を引き締めなければ失敗するということですね。
事に当たりて奇矯に馳せず、頑固に陥らず、善悪を見分け、利害得失を識別し、言語挙動すべて中庸に適う。
素直な心で物事を見よ、ということでしょう。
勉強の心を失ってしまえば、その人は到底進歩発展するものではない。
経営者も勉強しなくなったらおしまいだと言っています。また、勉強熱心な従業員が多ければ事業がうまくいくということです。
ただし、理論や理屈だけではダメで、学んだことを実践してこそ意味があると渋沢翁は指摘しています。
競争には善意競争と悪意競争の二種類がある。善い工夫をなし、知恵と勉強をもって他人に打克つというは、これすなわち善競争。他人の事業への世間の評判が良いから、これを真似てかすめてやろうと側(はた)の方からこれを侵すのは悪競争。つまり、妨害的に人の利益を奪うというのが悪意の競争である。
競争にも良い競争と悪い競争があるということですね。現代では、どちらの競争が多いでしょうか。そして、あなたの競争はどちらでしょう。
いかがでしょうか。まだまだ紹介したい言葉はありますが、これくらいにしておきます。あとはご自分で体感してみてください。
■今日のツボ■
・渋沢栄一翁の「論語と算盤」は、経営者のあり方を書いたもの
・経営者は、自分の為だけではなく、社会のために利益を追求する
・経営に必要なのは、正しい考え方と正しいやりかたである
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