現地時間の4月16日、バイデン大統領との対面での首脳会談を終えた菅首相が、共同声明で52年ぶりに台湾について言及し、中国側の反発とともに大きく報道されました。しかし、その内容は米国が望むようなストレートなものではなく穏便で婉曲的なもの。軍事アナリストの小川和久さんは、共同声明の落とし所としては理解を示しつつも、日頃の言動ではもっと踏み込むべきと注文をつけます。今回のメルマガ『NEWSを疑え!』では、「台湾有事」は「日本有事」と重なる事態であると解説し、政治のリーダーたちは、“役人用語”では伝わらない緊張感のある「肉声」での発信が必要と訴えています。
台湾有事への緊張感を示すには
菅義偉首相は17日、初の日米首脳会談を終えて帰国の途につきました。日米共同声明について、新聞は次のように報じています。
「共同声明では、台湾について『日米両国は台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す』と明記した。台湾が日米首脳間の文書に明記されるのは、佐藤栄作首相とニクソン大統領との69年の共同声明以来52年ぶり。日本が72年に中国との国交を正常化し、台湾と断交する前の時代だった。3月の日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)の共同声明でも『台湾海峡の平和と安定の重要性』と明記された」(17日付朝日新聞デジタル)
ジョー・バイデン大統領が最初の首脳会談の相手に日本を選んだことを、日本に対する期待感の表れとして歓迎する報道がもっぱらです。一方、米国内には「日本は台湾有事に対する危機感が希薄だ」と失望を口にする向きもあるようです。
それでも米国政府は、日本が中国と隣接しており、経済面をはじめとする関係も深く、米国のようにストレートに台湾問題を表現できない立場を理解し、次のような穏便かつ婉曲な言い方にとどめることを受け入れています。
「菅義偉首相は共同記者会見の冒頭発言で、日米同盟について『抑止力、対処力を強化していく必要がある』と述べ、『私から日本の防衛力強化の決意を述べ、バイデン大統領からは第5条日米安保条約第5条の尖閣諸島への適用を含む米国による日本の防衛へのコミットメントを改めて示していただいた』と強調した。同盟強化の具体的な内容については、両国間で検討を加速していくことを確認したという」(4月17日付朝日新聞デジタル)
「中国が軍事的活動を活発化させる台湾海峡情勢については『台湾海峡、また尖閣周辺でも厳しい状況が続いていることは事実だ』と指摘。『中国に対して必要なこと、言うべきことははっきり言っていく中で、この地域の安定、平和に寄与していきたい』と語った」(同上、ぶら下がり取材に対して)
「菅義偉首相は16日午後(日本時間17日午前)、米戦略国際問題研究所(CSIS)主催のオンライン講演会で演説した。
この日の日米首脳会談で最大の焦点だった中国について『東シナ海、南シナ海などで一方的な現状変更の試みを継続している』と指摘。その上で『主権に関する事項、民主主義、法の支配などの普遍的価値について、譲歩する考えはない』と強調した」(4月17日付朝日新聞デジタル)
私としては、首脳会談における台湾や東シナ海についての表現は、共同声明くらいでよいと思っています。しかし、日本側には日頃から示しておくべき認識が欠けているという深刻な課題が残されています。これが米国側に「台湾有事に対する危機感が希薄」という印象を与えているのです。
首相をはじめとする日本の指導者が機会に応じて示しておく必要があるのは、台湾有事は日本有事と重なるという認識です。仮に中国が台湾に軍事侵攻した場合、中国と台湾の戦闘機は国境を越えて日本の領域でも戦うでしょう。日本の国境のところでUターンしたり、動きを止めたりするということはあり得ません。
台湾有事とはそのような事態なのです。戦火が起きれば、日本は国防のために動かざるを得ません。自衛隊は米軍とともに出動し、台湾の領域内でも中国軍を排除することになります。台湾全土の上空で日米の航空機が飛ぶことも考えられます。
中国にしても、本音では、そのような事態を避けたいのは、言うまでもありません。中国人民解放軍の将軍たちに、「中国が日本の立場だったら、同じように考えるだろう」と問いかけると、反論されたことは一度もありません。中国側はわかっているのです。だからこそ、日本としては緊張が生じないよう、力によって現状を変更するような動きは慎むべきだ、と常に力説しておく必要があるのです。
その場合、これまで日本政府が口にしてきたように、「台湾有事を重要影響事態として考える必要がある」などといった役人用語で説明しても、中国側も日本国民もピンとくるはずはありません。
重要影響事態とは、そのまま放置すれば、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態で、その事態に対応して「日本が実施する措置、その実施の手続その他の必要な事項を定め、日米安保条約の効果的な運用に寄与し、日本の平和及び安全の確保に資することを目的としている」というのが重要影響事態安全確保法です。
政治のリーダーたちは、国会答弁でもない限り、そんなややこしい言い方をしてはいけません。「台湾有事は日本有事と重なる憂慮すべき事態だ。台湾有事は中国にとっても有事として捉えるべき深刻な事態のはずだ。そんなことにならないようにお互いに知恵を絞ろう」というように、肉声で語りかける必要があるのです。首相官邸の事務方は、菅首相が読むプロンプターの文面を肉声に変える工夫が求められています。(小川和久)
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