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中国と全面戦争か。日米首脳共同声明の「台湾」明記で迫られる決断

もはやいつ勃発してもおかしくないとされる台湾有事ですが、それはすなわち「日本の有事」でもあるようです。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、先日行われた日米首脳会談の共同声明に「台湾」という文言が盛り込まれた意味を解説。その上で、日本はこれまでの「アメリカ頼りの他力本願」ではいられなくなったとの見方を記しています。

台湾言及の日米共同声明は何を意味するのか

菅首相にとって、今回の訪米は、中国との対決姿勢を鮮明にする米・バイデン政権から、歴史的な決断を迫られる厳しい外交舞台だった。

経済的結びつきの強い中国の反発を食らおうとも、台湾防衛でアメリカと歩調を合わせられるかどうか。日米共同声明に盛り込む文言をめぐって、踏み絵を突きつけられたのだ。

バイデン大統領が対面で会談した初の外国首脳だと浮かれている場合ではない。安倍前首相時代のパフォーマンス外交は影を潜めた。ハンバーガーに手をつけることなく、マスクをしたまま話し込む両首脳の姿に、華やかさはみじんもなかった。

台湾を軍事力でねじ伏せ、統一をはかろうという中国の習近平国家主席の野望が、このところの台湾海峡における中国軍機や艦船の活発な動きから、剥き出しになっている。

そうしたなか、米軍幹部の発言が世界を震撼させた。AFPによると、3月23日、米上院軍事委員会の公聴会で、次期インド太平洋軍司令官に就任予定のジョン・アキリーノ太平洋艦隊司令官は、中国による台湾侵攻の脅威は深刻であり、多くの人が理解しているよりも差し迫っている、との考えを示した。

現・インド太平洋軍司令官であるフィリップ・デービッドソン氏も、それより少し前、中国の軍拡が予想を上回るペースで進み、米国の抑止力が低下、中国が今後6年以内に台湾を侵攻して支配下に置く可能性がある、と指摘していた。

アキリーノ氏の発言はデービッドソン氏の指摘よりもさらに切迫した状況を描き出している。

むろん、中国にしてみれば、平和的に統一するにこしたことはないが、香港市民への弾圧を目撃した台湾の人々には、「一国二制度」統治への拒否感が強い。いまのところ習近平主席の野望は、軍事力を背景にした威嚇、ないしは軍事侵攻でしか叶えられそうもない。2022年に北京で開かれる冬季五輪までは大丈夫だとしても、心配なのはその後である。

昨年8月、米民主党はバイデン氏を正式な大統領候補に指名する党大会で新綱領を採択した。そのなかに、つぎのようなくだりがある。

「われわれは台湾関係法にコミットし、今後も台湾の人々の期待と利益にかなう台湾海峡両岸問題の平和的な解決策を支持していく」

台湾の利益にかなうよう、両岸すなわち台湾と中国の問題に関与するというのだ。中国が台湾に武力を行使すれば、米国はためらわず介入する姿勢を示したものだろう。

草案にはあった「一つの中国政策を支持する」という文言が、この綱領から削られているのも重要だ。トランプ氏を相手にする大統領選にあたり、バイデンは中国に弱腰というイメージを払拭するのが狙いとしても、台湾は中国の一部と主張してやまない中国政府の意にそわないのは明らかであり、対中政策の転換を明確に示している。

バイデン政権は今年3月から、民主主義陣営の関係強化による“中国包囲網”構築に本腰を入れ始めた。3月12日の日米豪印首脳電話会談(クアッド)、同16日の日米外務・防衛担当閣僚安全保障協議(2プラス2)。そして、4月15日には、知日派として著名なリチャード・アーミテージ氏ら代表団を台湾に送り込み、蔡英文総統との会談を通じて、アメリカが台湾を支援する立場を鮮明にした。

そうしたお膳立てを整えたうえで開かれたのが4月16日(現地時間)の日米首脳会談だった。同14日のNYタイムズに以下のような東京特派員の記事が掲載された。

菅氏は、関税引き上げの脅威や、気まぐれな前任者のように、常にお世辞を言う状況に悩まされることもないだろう。…日本は、アジアの安定を脅かす最大の脅威である中国にもっと正面から取り組むよう、米国から求められる危機的状況に直面している。…戦後、米国が日本と同盟を結んで以来、東京はワシントンに保護の安心感を求め、一方でワシントンは東京に独自の防衛を強化するよう促してきた。…今、菅氏がワシントンに行っている間に、日本は自分の裏庭に迫り来る危険に直面している。

日本もアメリカも、中国依存の経済であるという現実は変わらない。しかし、アヘン戦争、日中戦争で失った領土と威信の回復に執着する中国の膨張をこのまま許せば、台湾はおろか日本も侵食されかねず、やがては米国をしのぐ軍事力をそなえて、共産党独裁の中国が世界の覇権を握る恐れすらある。

菅首相を待ち構えるバイデン大統領が「2プラス2」の時点から、日本側に突きつけていたのは、台湾有事のさいに日本は米国とともに戦えるか、そして、経済安全保障の観点で「脱中国依存」をはかれるかということだ。日本政府の覚悟を、ぜひとも日米共同宣言の文中に盛り込みたいと、米国側は要求していたのだ。

日本の経済界からは、「台湾」という具体的な言葉を文章に入れないでほしいという要望が上がっていたと聞くが、「台湾」は共同宣言にしっかりと書き込まれた。日米首脳が共同声明で「台湾」に言及したのは、1969年のニクソン大統領と佐藤栄作首相の会談以来のことだ。

日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。

東シナ海における一方的な現状変更や、南シナ海の海洋権益をめぐる中国の荒々しい活動への反対意思を表明したうえでの「台湾」言及である。

民主党の新綱領にある「台湾海峡両岸問題の平和的な解決」がそのまま使われているが、中国政府がしばしば用いる「台湾海峡の平和と安定」なるフレーズとの組み合わせにより、中国の怒りを最小限にとどめたい日本政府への配慮をにじませている。首脳会談においては、台湾有事を想定した日米軍事協力について、かなり突っ込んだやり取りが交わされたに違いない。

おそらく、この合意の意味するところは、中国が台湾に侵攻するようなことがあれば、日米が協同して、介入するということであろう。違憲の批判を浴びながらも、集団的自衛権の行使を容認し、安保法制を策定した日本政府が日米同盟において一歩を踏み出したわけである。

菅首相は4月20日の衆院本会議で、台湾問題に言及した共同声明に関し「軍事的関与などを予断するものでは全くない」と答弁したが、これは国内向けの発言であり、素直には受け取れない。

もちろん、台湾有事を防ぐための外交努力がなにより肝心だ。武力行使は無益であり、日米ともに、そんなことはしたくないはずだ。中国とて、経済を犠牲にしてまで、日米を敵に回したくはないだろう。

だが、現実に中国軍機などが威嚇行動を繰り返している以上、楽観はできない。いざコトが起これば、沖縄や横田、横須賀、佐世保から米軍は台湾の支援に向かうだろう。嘉手納など沖縄の米軍基地が先制攻撃される恐れもある。

日米安保条約の想定する重要な事態にあたって、日本がなにもしなければ、同盟関係は成り立たない。さりとて、安保法制の「存立危機事態」だとして、米軍と行動をともにしようものなら、中国は日本に報復攻撃を仕掛けてくるだろう。

いずれにせよ、台湾有事は日本有事だ。遠く離れた米国より、日本に大きな影響が及ぶのはいうまでもない。中国は中距離核兵器の配備を進めているが、その射程から見て、主なターゲットは米軍基地のある日本だ。

対中国で日本がナーバスにならざるを得ないのを承知で、米国が求めてきているのが「中国抜き」のサプライチェーン構築だ。共同声明には以下のように盛り込まれた。

日米両国はまた、両国の安全及び繁栄に不可欠な重要技術を育成・保護しつつ、半導体を含む機微なサプライチェーンについても連携する。

経済安全保障の見地が色濃い。中国製の端末を通じて情報を盗み取られたり、重要技術が流失するのを防ぐため日米が協力し、半導体やレアアースなどで、「中国抜き」の調達体制をめざすというのだ。

機微情報を扱っていながら無防備。それが、これまでの日本だった。新幹線技術を中国企業に流用された川崎重工や、高給を提示した韓国企業に技術者ごと有機ELをさらわれたパイオニアなど、技術流出で臍を噛んだ例は枚挙にいとまがない。

だが、アメリカや日本の経済が中国に依存しているのも事実だ。中国の巨大マーケットは魅力だし、中国からレアアースや半導体材料などの供給なしに製造するのが難しいエレクトロニクス商品は数多い。経済の完全なデカップリング(分断)は「至難の業」と霞が関の官僚は言う。

中国で儲けてきた日本企業が、すぐに「脱中国」に向かうとも思えない。とはいえ、台湾有事とまでいかなくとも、今後も日米が一緒になって中国に厳しい姿勢を示せば、中国からの制裁は避けられないだろう。中国に替わる「世界の工場」として日米豪台に注目されるインドへの進出も考えるべき時がきたといえよう。

ウイグル族への人権侵害、香港市民への弾圧。およそ一流国家とはいえない野蛮なふるまいを続ける中国が、台湾を奪い、尖閣を足がかりに日本を狙い、やがてアジアはおろか、世界の独裁国家をひきいて覇者になるのでは、などと考えるだけでも気分が悪くなる。そんなことをさせてはならない。

トランプ前大統領は、ただひたすら、アメリカファーストで中国を抑え込もうとしたが、バイデン大統領は同盟国を巻き込んで、共に中国の野望を打ち砕こうとする。日本は、いよいよ他力本願ではいられなくなった。

image by: 首相官邸

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