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ここにも中国の影。イスラエルとパレスチナ衝突でほくそ笑む指導者たちの思惑

イスラエル─パレスチナ間で上がった火の手は、中東全土を巻き込む猛火になりうるようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、しばらく沈静化していた両者間の武力衝突が再発した要因を分析するとともに、この衝突にほくそ笑む各国指導者たちの思惑を考察。その上で、アラビア半島全体の火薬庫化に対しての懸念を記しています。

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イスラエル─パレスチナ“紛争”―近づく全面戦争の足音とその背後でほくそ笑む者たち

東エルサレムにおけるパレスチナ人に対する退去命令に端を発した、イスラエルとパレスチナとの対立は、今週に入って、エスカレーションの一途を辿り、ついには“新たな中東戦争の勃発”さえ予想させるほど激化しました。

東エルサレムを舞台にしたイスラエル警察とパレスチナ人居住者との間の衝突が、たった数日で、爆撃とミサイル攻撃の応酬を含む激しい武力紛争に発展しました。今では戦火は、ガザにまで拡大しています。

パレスチナの“基盤”を支え、パレスチナ人の権利を守るハマスが、イスラエル(ネタニエフ首相)による対パレスチナ強硬姿勢に反発して、これまでに東エルサレムとガザで合計2,000発を超えるロケット弾をイスラエルへの攻撃に用いました。

ハマスをテロリストとみなし、ハマスによる“蛮行”への報復と称して、ネタニエフ首相はイスラエル空軍に、ガザや東エルサレムにおけるパレスチナ人の居住区への爆撃を命じ、ハマスの活動拠点と思われる建物へも迷うことなく攻撃を加え、一歩も退かない姿勢を鮮明にしています。

まさに【報復の応酬】が起こってしまっています。

結果、多くの市民が犠牲となり、互いへの非難と戦争への恐れが日に日に高まっています。

ところで、しばらく沈静化していたイスラエルとパレスチナの武力紛争が、なぜ、今、このタイミングで再発し、エスカレートすることになったのでしょうか?

まず挙げられる問いは【アメリカの中東地域へのグリップが弱まったからなのか】です。

評価できるか否かは別として、トランプ政権は、あからさまにイスラエルに対する肩入れをし、パレスチナの言い分を聞き入れることなく、とてもイスラエル寄りの和平案を突き付けたのは、ご記憶に新しいかと思います。

ただ、この“事件”が暴き出した真実は、アラブ諸国が、かつてほど【アラブ人の使命】とまで呼んでパレスチナを支え、イスラエルと対立してきた構造が、かなり薄れてしまったということでした。中にはトランプ政権による和平案を評価するアラブ諸国も現れ、パレスチナの孤独が鮮明化したともいえます。

その裏で、トランプ政権による工作が行われ、中東の安定のためと【イスラエルとアラブ諸国の融和】が進められており、それがその時期のアラブのチョイスに多大な影響を与えていたと思われます。

「トランプのアメリカの機嫌を損ねないほうがいいし、何よりも最先端技術と資金が手に入る」

といったような目論見だったのでしょうか。

しかし、トランプ大統領が敗れ、アメリカがバイデン政権に移行すると、バイデン政権は中東諸国と距離を置き、アメリカのアラビア半島へのコミットメントの仕方を見直す決定をしました。

「トランプの行き過ぎたイスラエル偏重型の政策と、人権擁護の精神を無視してアラブ諸国との接近を急いだ方針を全面的に見直す」と。

その結果、どうなったか?

イスラエルも、アラブ諸国も

「おそらく、アメリカはあまり頼りにならず、アラブのために何も動かないだろう」

という分析に至ったようです。

実際に今回のイスラエル―パレスチナ間の武力衝突に際しても、自制を促すだけで、特段、行動を取ってはいません。

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イスラエルとパレスチナ、双方の本音

アメリカの“不在”は、国内の政治情勢を理由にし、武力衝突を、イスラエル―パレスチナそれぞれの陣営の支持率の向上につなげるという、極めて身勝手な理由を許容してしまったように思います。

まず、イスラエル(ネタニエフ首相)側から見てみましょう。

今回の“戦争”は、一言でいえば、「ネタニエフ首相の生き残り戦略」です。

先の総選挙後、組閣要請を大統領から受けましたが、結局、協議がまとまらず、今、組閣要請の順番は野党側に移っています。

野党サイドの組閣がうまく進んだ場合(可能性は五分五分と言われていますが)、ネタニエフ首相は首相の座を追われ、数多くの刑事訴追からのimmunityを失うことになります。おそらく、結果として収監されることになるといわれています。

同時に、彼が率いてきた与党・リクードは政権の座を追われ、久々に下野することになってしまいますが、多くの観測によると、その場合は、建国以来、権力の中枢にいたリクードが解体されるのではないかと懸念されています。

ゆえに、この不利な状況を打開するために、ネタニエフ首相としては、若干大げさに「対パレスチナ・対ハマスへの強硬姿勢」を強調し、「危機に直面しているイスラエルを率いることが出来るのは、ネタニエフ首相とリクードのみ」といったイメージを掲げ、首相本人とリクードの支持率回復に用いようとの魂胆が見えます。

では、パレスチナサイドはどうでしょうか?

「決してイスラエルの横暴には屈しない」という精神はまだ健在かと思われますが、主な理由は、トランプ・ディールによってアラブの同胞たちと切り離され、パレスチナの独立をはじめとするself-determinationへの希望が、国際社会の関心事から離れかねないことへの恐れ・焦り、そして怒りの現れではないかと考えます。

アッバス首相率いるファタハは、このトランプ・ディールによって国内における支持を失い、今回の紛争の発端にもなった東エルサレムの居住権問題でも、目立ったリーダーシップを示すことが出来なかったことで、存在感が薄れていました。

そこに、パレスチナ人から絶大な支持を受けるハマス(ファタハとは、微妙な緊張関係にある)が闘争の最前線に復帰し、「アラブの兄弟たちとの連携を回復・強化する」、「パレスチナ人の自治独立を成し遂げるために、イスラエルと対峙する」と掲げて、今回の対イスラエル攻撃に臨んでいるものと思われます。

アッバス首相の支持率低下もですが、ハマスも、トランプ・ディールの煽りで支持・勢力を失ってきたといわれており、今回、パレスチナ内、そしてシリアやレバノンの同胞たちとの支持と連携をつなぎとめるきっかけを探していたところに、東エルサレム問題が浮上して、それを一気に対イスラエル闘争にエスカレートしたとみることが出来ます。

共に強硬姿勢を示すことで、国内での支持回復と獲得につなげたいというのが、今回の紛争の背景にあります。それゆえに、簡単には振り上げた拳を下すきっかけを見つけられないか、関心がないという悲劇的な憂慮すべき状況になっていると思われます。

またこの背景には、アメリカ・欧州各国の中東諸国に対するグリップとコミットメントが著しく減少しており、結果として、効果的でかつ信頼できる仲介努力・調停は期待薄であると思われるという、国際政治の事情も、エスカレーションという炎に油を注ぐ要因になっているのではないかと思われます。

ゆえに、そう簡単に、そして短期的に、今回の紛争が解決するとは考えづらく、その事情が、多くの情報筋に「新たな中東戦争の勃発か」という懸念を抱かせる要因になっています。

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「好都合」と捉えるイランの狙い

不謹慎な言い方になりますが、今回のこの情勢を前に“笑う”のは誰でしょうか?

言い換えると、利益を得るのはどの国でしょうか?

一つ目の候補は、イランです。

ロウハニ大統領の任期満了に伴う大統領選挙が迫る中、対米・対イスラエル強硬派の支持率が伸びています。実際に立候補することはハメネイ師周辺から拒まれるようですが、前に大統領を務め、非常に先鋭的な政策を推進したアフメニジャド氏も、2017年に続き、支持を集めています。

その理由は、「ロウハニ大統領の下、穏健派・国際協調派の政策が推し進められ、核合意に合意したが、結局、アメリカの都合に振り回され、状況は核合意前より悪化している」というものが多く、続いて「周辺国が反イランの方針を強め、軍事力も増強している中、イランは制裁の下、より大きく広い危険にさらされることになった」という主張も、苦境に苛まれている今、どんどん強くなっています。

そのような状況下で、強硬派にとって、現在、起きているイスラエルとアラブ社会との分断は、アラビア半島におけるイランの影響力を伸ばすには好都合だと考えられているようです。

「ムスリムの同胞であるパレスチナ人が、イスラエルとその背後にいる欧米によって、権力のおもちゃにされている」

そして、「同胞アラブ(注:イランはペルシャであり、厳密にはアラブではない)を守る必要がある」と強調し、アラビア半島におけるイランの存在感を増強させ、ネガティブな方向に振れている対イラン感情をひっくり返したいとの思惑も見え隠れします。

最近、ザリーフ外相にアラブ諸国を歴訪させ、これまでの対立姿勢から、協調姿勢の模索を行っているのも、その一連の狙いに合致します。

現時点では、サウジアラビア王国をはじめ、イランの“真意”に対して疑いの目を向けていますが、サウジアラビア王国およびUAEの外交官の友人たちによると、「イランの接近を評価する」とのことで、イランの狙いは的中しているようにも思います。

そんな中、イランとしてもスンニ派勢力との距離および緊張感は保ちつつ、【同胞パレスチナの悲劇】をクローズアップすることで、スンニ派勢力からイランに向けられている敵意および対立意欲を低減させたいと狙っており、そのために、アラブ諸国とイスラエルの間で進んできた融和の動きに待ったをかけ、「やはりイスラエルは信用ならない」という図式に持っていこうとしているように見えます。

次の候補は、イスラエルのネタニエフ首相とリクードです。思い切り今回の紛争の当事者であり、容赦ない報復の連鎖は、「やはりイスラエルはアラブを力で抑えるつもりか」というイメージを沸き立たせていますが、劣勢が続く国内での勢力争いにおいては、国内・国民に対する危険は、変な言い方ですが、好都合なようです。

先の総選挙でかろうじて第1党になったものの、また過半数には届かず、政権維持のためには連立を組む必要があるリクードとネタニエフ首相ですが、大統領から与えられた組閣のための猶予までに連立合意ができず、その権利を野党に奪われることとなりました。

いろいろなpollsを見ていると、野党勢力による連立成立の可能性は五分五分の可能性とのことで、ネタニエフ首相が首相の座を追われ、リクードが野党に転落する可能性が出てきました。

ネタニエフ首相自身、多くの刑事訴追に直面しており、コロナウイルス感染拡大をはじめ、使える危機はとことん強調して、何とか首相の座に居座ることで、収監されることなく、ここまで保身できました。

ついに命運尽きたかと思われた矢先、現在のハマスとの対決が転がり込み、息を吹き返す兆しを見出しているようです。リクードも彼自身も、今回の報復の連鎖を「パレスチナ、ハマスによるテロ、そしてイランからの脅威に適切に対応し、イスラエルを勝利に導くことが出来るのは、自分たちのみ」というキャンペーンを張るためのいい材料として使っています。

軍事力ではイスラエルが圧倒的な力を持ちますが、国際政治の波やプレッシャーという外的要因を踏まえた際に、その優位性にどれだけの影響があるのか。

トランプのアメリカなき現在、その答えはクリアではありません。

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トルコに中国、ロシア各々の思惑

3番目の候補として挙げることが出来るのは、トルコです。これには大きな疑問符がまだついているのですが、トルコの現在のポジショニングとしては、「ムスリムの同胞として、パレスチナとは戦略的な連帯」を保ちつつ、「イスラエルとは戦略的な対立構造」を作り出すことで、イランと同じく、トルコに向いているアラブ諸国からの敵意の矛先を変えたいとの願望が見え隠れします。

それと、ナゴルノカラバフ紛争を機に、コーカサス地方に勢力圏を伸ばしているように、シリア・レバノンにも手を伸ばし、同時に欧州も挑発することで、外交的な拡大路線を取っている流れに従い、アメリカが放棄した“仲介の役割”を狙っているといううわさがあります。

諸事情を見てみると、とてもうまくいくとは思えませんが、使える材料は何でも巧みに使うというエルドアン大統領の手腕は、新しい可能性を期待させてしまいます。

そして4番目の候補は、中国とロシアでしょう。両国とも、昨年来、中東への勢力拡大を実施中で、アメリカの空白を埋めるべく、中東諸国の武器供与およびエネルギー安全保障のカギを握るまでに拡大しています。

中ロの興味深い立ち位置は、「イスラエルと比較的良好な関係」を築いており、同時にアラブ諸国との連帯もどんどん強まっています。

そのような中、覇権拡大の策として、イスラエルとパレスチナの仲介を申し出るのではないかとの読みもできます。特に、その可能性に触れたプーチン大統領にとっては、堕ち切って、欧米を敵に回した状況から、Global Powerへの再浮上への絶好のチャンスになりえます。

中国にとっては、かねてよりイスラエルまで伸びるアラビア半島を“西アジア”と位置づけ、中国の一帯一路および大中華帝国復興構想の重要な拠点と見ているため、アラブに恩を売り、パレスチナとの連帯を訴えつつ、purely businessな観点からイスラエルとも取引することで、中国は中東地域における影響力拡大と確保に挑もうとしています。

中国も、ロシアも、すでにイランを獲得しているので、アラブ諸国との連帯を築くことで、包括的な反・対欧米陣営の形成を加速することが出来るというシナリオを描いているのではないかと思われる節がいくつかあります。

ただし、この狙いがはまるか否かは、両国のトルコとの距離感をどう取るかによって変わってくるかと思います。近すぎず、しかし、決定的な対立は避けるという微妙なバランスでのかじ取りが出来れば、中ロにとって、イスラエルとハマスによって引き起こされている報復の連鎖は、非常においしい状況になるかもしれません。

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バイデン政権が描く新たな派遣拡大プラン

最後に、意外なことに、私はアメリカ・バイデン政権も、イスラエルとパレスチナの対立の高まりは、After Coronaの世界情勢において、中東との関係の整理を進めるうえで好都合だと考えているように思います。

これまでのアメリカの政権は、その担い手が共和党でも民主党でも、イスラエルとパレスチナの問題の仲裁に乗り出してきましたが、ことごとく失敗を重ねており、実際には「どう対応していいかわからなくなっている」と言えます。

そんな中、今回のイスラエルとパレスチナの間での武力対立のエスカレーションは、中東戦争の勃発を予感させ、それはまた地域における状況の行き詰まり・一進一退の状況に陥ることで、なかなかブレークスルーを見出せない袋小路を予感させます。

その場合、憶測だと笑われるかもしれませんが、バイデン政権は中東地域の力のバランスおよび、複雑に多重に絡み合った問題を一度、武力的な破壊によってガラガラポンとフラットにしてしまい、すかさず介入して新たな覇権拡大プランを実行するのではないかとも思っています。

ガラガラポンしたあと、その戦略がどちらの方向に向かうのかは不明瞭ですが、「国内ロビーへの配慮から、変わらずイスラエル寄り」になるのか、または、バイデン政権が人権重視という原理原則を大事にし、また就任時にはパレスチナへのシンパシーと連帯を表明していることから、パレスチナ独立国家づくりを後押しするようなプランを描くかもしれません。

それは、「いつ、ガラガラポンからの介入が起こるか」そして「誰の政権下で実行されるか」によって変わるかと思いますが、一つはっきり言えることは、ここでもまた、中東諸国の意志は、やはり無視されるということでしょうか。

また一般人の生命と安全が、各国の政治的な意図によって危険にさらされています。

最初に触れたとおり、国内における勢力争いが双方別々に存在し、それが相互間の武力衝突にまでエスカレートしている今回の戦い。その解決の糸口は見つかりづらく、ハンドリングを間違えると、アラビア半島全体を火薬庫に変え、多くの破壊がもたらされることになるかもしれないと懸念しています。

そんな中でも、国際政治の現実、そして地政学的な現実は、危機にチャンスを見出し、自らの勢力を拡大する機をとらえ、一般市民の悲しみと怒り、絶望の中に、喜びを見出して、思わずほくそ笑んでしまう“だれか”によって左右されるようです。

いつになったら心からの安寧が世界情勢に訪れるのでしょうか?私にはまだ、見えてきません。

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image by: Abed Rahim Khatib / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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