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Miniature people: Businessman standing on start point of maze using as background business concept.

稲盛和夫が毎夜見た「倒産の夢」。経営者を苦しめる意思決定の原則

経営者になったからには必ずやらなければならないことが「意思決定」です。取り返しのつかない状況に陥る可能性も含んだ大切な判断を、トップ経営者達はどのように行っているのでしょうか? 今回のメルマガ『戦略経営の「よもやま話」』では著者の浅井良一さんが、日本の一流企業の経営者たちの意思決定を例に挙げ、またドラッガーの言葉も引用して詳しく経営者の意思決定について語っています。

必死の意思決定の実行 優れているほど多くのまちがいをおかす

“意思決定”は経営者にとって最も重要な仕事であり、これを適切に行わないとその後のすべてが取り返しのつかない状況に陥りかねません。そうしたら成果を実現させている経営者は、いつも適切に合理的に行っているかといえば実際はそんな単純なものでなく、矛盾を含みつつ、けれでも責任感と勇気をもって素早く行っているのが実際です。

おもしろい事例としては、かってユニクロの柳井正さんが野菜事業に打って出たことがあったのですが、結果として思ったような成果が出なくて1年半後には30億円の大赤字を出した末に撤退しています。柳井さんの口癖は「数え切れないほど失敗をしている」で、このことについて『一勝九敗』という著書まで出しているのです。

オリックスの宮内義彦さんは「経営幹部は、成否の分かれ目を見極めるのが大切です。どう考えてもうまくいかないと見たら、会社が大きな傷を負う前にストップしなければいけない。逆に、うまく軌道に乗りそうな新規事業にはしっかりとしたサポート体制を整える。これらの判断は、トップでなければできないことが多いのです」言っています。

稲盛和夫さんは、

「経営者の決断において、難しいことのひとつに、事業からの撤退という問題があります。ある事業が十分な収益を生まなかった場合、どこでやめるかということです。少しばかりトライして退くようでは、何をやっても成果をあげることはできませんし、逆に深入りし過ぎては取り返しがつかなくなります」

「私は、狩猟民族が獲物を追いかけるように、成功するまで追求を止めないということを原則としていますが、中には途中で撤退したものもあります」

と語っています。

ドラッカーは、こんなことを言っています。

「まちがいや失敗をしない者を信用してはならない。それは、見せかけか、無難なこと、下らないことにしか手をつけない者である」

「成果とは打率である。弱みがないことを評価してはならない。そのようなことでは、意欲を失わせ、士気を損なう。人は、優れているほど多くのまちがいをおかす。優れているほど新しいことを試みる」

また

「未来は、望むだけでは起こらない。そのためには、いま意思決定しなければならない。いま行動し、リスクを冒さなければならない。必要なものは、長期計画でなく、戦略計画である」

「得るべき成果と比較して冒険しなければならないリスクが必ずある。戦略計画に成功するということは、より大きなリスクを負担できるようにすることである」

と言っています。とは言え「的外れなムダ事」などできるはずはないでしょう。ドラッカーは「まずマネジメントが行うべきことは、自らの“組織があげるべき成果”を明確にすることである」とし、そして、それについて「これは、実際に取り組んでみればあきらかなように『最も難しく、最も重要な仕事である』」としています。

だから、これと確信したら優先順位を決め「やってみる」ことです。松下幸之助さんは、この判断ラインを「“60%”の成功可能性」だとし、孫正義さんは“3割までの損失”を許容範囲とされています。ご参考まで。あたり前ですが「やってみる“価値”ある」とするものはやってみる。ただし“致命傷”とはならないようにとなるのでしょう。

しかし「倒産」は絶対にないとは言えないことなので、かなり前にご紹介したのですが、電力王と言われた松永安左エ門さんは、「大成する経営者」には“3つのT(倒産、大病、投獄)”が必要だとし、古き良き時代感はあるものの逆に肯定しているのです。“信用”と“気概”さえ崩れなければ、再帰は何度も可能なのでして。

とは言え、もとより倒産は悲劇なので、そのためにこそ“利益”の意義があり、ドラッカーは「利益は“不確定”という“リスク”に対する保険である」と利益の意義を知らしめています。一度、倒産の瀬戸際までいった「トヨタ」では、その痛み体験があるので「カイゼン」が労使間での「共有価値観」になっています。

現場の意思決定

ここで「意思決定」についてですが、その種類と性格と誰を行うかについて整理を行い、その意味合いと意義を明らかにして行きます。

意思決定には3つのものがあり、1つ目は“ミッション”ともかかわる「起業的意思決定」、2つ目は“イノベーション”とかかわる「戦略的意思決定」、3つ目は“生産性向上”にかかわる「業務的意思決定」です。

■起業的(ミッション)意思決定

多くの起業家が事業を始める動機は、使命感を持って始めるというのは稀で、その多くは生活の安定もしくは豊かさを求めてで、加えて夢を適えたいというのが大半を占めるでしょう。起業の意思決定はもちろん起業家が行うものですが、動機はどうであれここで成功するかどうかは「時代性への合致」が成否を決します。

もとより豊田喜一郎さんや井深大さんのように使命感で起業されるケースもありますが、多くの起業家はそれほど意識せずに決断して、事業の行き詰まりや疑問をきっかけで『使命』に目覚めるというのが、その後大きく業容拡大させる経営者のパターンです。『あるべき価値観』への覚醒こそが、中堅になる必須要件となります。

これに関して、またドラッカーの見解を引用するとこうなります。

「組織にとって卓越することが必須とされている分野において、基準を設定し、ビジョンを描く活動、他の活動のインプットとなる活動がある。いかなる組織といえども、ビジョン、価値、基準、監督を必要とする。この活動に携わるのは、いかなる分野の専門家ではなく起業家かもしくはマネジャーの第一人者かの一人で行う仕事である」

“ミッション”は、組織が必死で行いそれによってより良く貢献でき存続と成長を適させる基本的な指針を明らかにするものです。起業家がこれに正しく行き当たれば、思考、活動の焦点が定まります。松下幸之助さんの「水道哲学」や孫さんの「情報革命で人々を幸せに」井深大さんの「自由闊達にして愉快なる理想工場」などがあります。

■戦略的(イノベーション)意思決定

ドラッカーは“戦略計画”について「経済活動とは、現在の資源を未来に、すなわち不確実な未来に、すなわち不確実な期待に賭けることである。その本質とは、リスクを冒すことである。リスクを皆無にすることは不毛である。最小にすることも疑問である。得るべき成果と比較して冒すべきリスクというものが必ずある」

「戦略計画に成功するということは、より大きなリスクを負担できるようにすることである。より大きなリスクを負担できるようにすることこそ、起業家として成果を向上させる唯一の方法だからである」

未だかって失敗したことがないと言われる経営者の方がいたら、まずもって“利益額と利益率の推移”を確認してください。この二つが低下しているはずで、もしそうでないならよほどの強運の持ち主か、もしくは戦略的冴えがあるかどちらかで、後者でないならば確信して言いたいのですが、それは続かないということです。

日々の生産性向上活動は、現場に例外事項を除いて権限委譲されます。しかし、変化と競合は常にあり、既存のものは陳腐化するというのは定めであり、もはや時代と顧客の欲求に合わなかうなったものの廃棄とそれに代わるより良い効用ための「革新」はトップマネジメンにしかできない仕事なので、いかに実行するのかが専権の責務となります。

松下幸之助さんはこの責務を果たすために、あらゆる人からあらゆることを聞き出して、これを「衆知を集める」とし独裁しました。東芝の土光敏夫さんはしょっちゅう現場に行き、従業員と話をしました。ホンダの藤沢武夫さんは、会社まで徒歩で通い移ろい確かめました。直な情報こそが、革新のための判断の情報源となります。

イノベーションについての判断は、トップマネジメントでしか行えないもので、このことがない企業は陳腐化に巻き込まれて停滞します。

ドラッカーは「マネジメントは、その責務からして必ず意思決定を行う。違いは、責任を持って行うか。無責任に行うかだけである。成果と成功についての妥当な可能性を考慮に入れつつ行うか、でたらめに行うかだけである」と教えています。松下幸之助さんは「血の小便が出る」まで呻吟して果たされています。

■業務的(生産性向上)意思決定

企業の仕事には2つの相異なる性質の仕事があります。1つは現時点の収益を最大化するための既存の事業の仕事で、もう1つは将来の収益を獲得するための革新の仕事です。

ドラッカーは、この2つについて、尺度、予算、支出の面からまったく異なるアプローチのあり方を指し示しました。

「既存事業について発する問いは『この活動は必要か。なくてすむか』であり、答えが『必要である』ならば、次に発する問いは『必要最小限度の支援はどれだけか』である。これに対して、イノベーションについて発すべき第一の問いは、しかも最も重要な『これは正しい機会か』である。答えが『しかり』であるならば、第2の問いは『この段階において、注ぎ込むことのできる最大限の優れた人材と資源はどれだけあるか』である」

意思決定においても、これを踏まえて考えます。また「意思決定の原則」として

「意思決定は常に、可能な限り低いレベル(現場)、行動に近いところで行う必要がある。これが第1の原則である。同時に意思決定は、それによって影響を受ける活動全体を見通せるだけの高いレベルで行う必要がある。これが第2の原則である。」と語っています。

その意味するところは、価値活動や戦略的な意思決定と、各分野の成果目標、制度設計、予算や人材配置についての意思決定は、トップマネジメントもしくはトップマネジメント・グループが行うが、それに基づく品質向上、コストダウンについての具体的な意思決定および実現ついては現場に権限委譲するということです。

これからひとくさり、新たな展開で説明を続けることになるのですが、ドラッカーの風になれない人は、思考負担が多く疲れるばかりだと思いますので、ここで一区切りとしてやめます。さて、現場に権限委譲での意思決定に堪能な企業を並べると「カイゼンのトヨタ」と「アメーバ経営の京セラ」ということになります。

最後に「起業的意思決定」と「戦略的意思決定」は、トップマネジメントの専権事項で、これを間違えると企業に未来はなくなります。先に言ったように松下幸之助さんは「血の小便出るまで考え抜き」京セラの稲盛さんは「何回も倒産の夢を見て目覚め」トヨタの豊田章男さんは「今日も一日生きてこられた」と噛みしめながら果たされています。

こんな過酷さに耐えなければ、さらに喜びを感じなければ、まともな経営者として責務を果たすことができないらしいので、社長業とはつくづく苦難なもので、それについて強い自覚が誇りになるのでしょうか。

image by: Shutterstock.com

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戦略経営のためには、各業務部門のシステム化が必要です。またその各部門のシステムを、ミッションの実現のために有機的に結合させていかなければなりません。それと同時に正しい戦略経営の知識と知恵を身につけなければなりません。ここでは、よもやま話として基本的なマネジメントの話も併せて紹介します。

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【著者】 浅井良一 【発行周期】 ほぼ週刊

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