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右派も左派も。日本人のほとんどが知らぬ在沖縄米軍基地の大きな存在意義

これまで幾度となく軍事的緊張が高まりを見せた台湾海峡。しかしそこには、絶妙にして不思議なバランスが存在しているようです。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、そのバランスを生み出している要素を「ねじれ」とし、現在考えうる「4つのねじれ」の各々を詳細に解説。さらに、「それらのねじれの解消が、台湾の安全を確実にするものではない」とのパラドキシカルな見方を記しています。

台湾海峡をめぐる4つの「ねじれ」

4月の菅総理訪米に際して行われた日米首脳会談では、「台湾海峡における現状維持」という問題が話題となり、共同声明の文書にも盛り込まれました。内容そのものは、至極常識的なもので、「一つの中国論」を逸脱することはなく、しかしながら台湾海峡の現状を「力によって変更」することは抑止するという明確な内容であったと思います。

中国外務省は、これに対して「激怒しない」という姿勢を見せることにより、アメリカとの対話の窓口を開いた格好と言えます。これで、日米2+2、米韓2+2、そしてブリンケン国務長官による米中外相級協議という「やや辛口の応酬」に始まった、アメリカのバイデン政権における東アジア外交の方向性は定まったと言えるでしょう。

つまり、現状維持を厳格に行うということです。これは、私の私見ですが、この「現状維持」の「現状」というのは、かなり厳密なものであり、例えばですが、香港を「雨傘」以前の状態まで戻せということは、バイデンは言っていないし、ウイグルについても基本的には「これ以上、国際法や人権規約に反することはするな」というメッセージ以上でも以下でもない、という理解ができます。

そうなのですが、問題は、今でも「習近平は6年以内に台湾に武力侵攻する」という噂が絶えないということです。勿論、現状維持というのは、関係するプレーヤー全員の努力で作っていく、つまり維持してゆくものですから6年も先のことは、誰にも保証はできません。また最悪の事態を想定するということ自体は、悪いことではありません。

ですが、習近平が武力侵攻するかもしれない、という激しい予測を言葉にすると、それは言葉にした瞬間から意味を持ってしまいます。そして、厳しい言葉は、それが一人歩きするということにもなりかねません。

その結果として、想定しうる最悪のシナリオに振れるようなことがあっては大変です。台湾への武力侵攻というのは、仮に現実のものとなった場合には、日本の安全保障にとって、2つの大きなダメージを与えることとなるからです。1つは、アメリカが台湾を防衛できなかった(しなかった)という巨大な事実が残るということであり、もう1つは日本は中国のプレッシャーを与那国島で直接受けるということです。

これは、戦後日本の平和にとって大きな脅威になります。ですから、絶対に避けなくてはならない事態です。

こうした事態を避けるには、現状のバランスを維持して行かねばならないわけですが、その現状そのものの中に「不安定さ」つまり、一種の「ねじれ」があるということを、理解してゆく必要があります。この「ねじれ」という問題では、台湾海峡だけでなく、日本側にもあります。

今回は、台湾海峡の「ねじれ」を2点、沖縄を中心とした日本側の「ねじれ」を2点指摘して、皆さまの議論の材料としたいと思います。

最初にお断りしておきますが、「ねじれ」イコール「どうしても解決すべき問題」ではありません。解決するに越したことはないが、犠牲を払ってまで解決すべき問題と、そうではなく先送りにできるし、した方がいい問題もあります。その一方で、個々の問題として解決できるのであれば、解決することが全体の安定に寄与するという問題もあります。

まず台湾の「ねじれ」の第1は、国民党と共産党の問題です。中国共産党からすれば、台湾に逃げた蒋介石の国民党とは、国を争う全面内戦を戦った仇敵であるわけです。にも関わらず、現在の台湾政局においては、国民党イコール親中派になっています。

反対に、台湾の政局から見れば、現在の蔡英文総統率いる民進党というのは、国民党の蒋介石が過酷な戒厳令支配を行なった歴史へのアンチとして登場している政治勢力です。例えば、蒋介石一派が逃げてくる前から台湾に暮らしていた人々である内省人の系統であり、つまりは右派ファシストの被害者といえます。

その民進党というのは、中国共産党から見れば「敵の敵」ですし、憎い国民党の弾圧を受けた被害者という位置づけになります。そうなのですが、中国共産党は民進党を敵視しています。台湾独立、台湾人による台湾という概念を認めないからです。

では、どうして仇敵である共産党と国民党が手を組めるのかというと、国民党には、今は形骸化したとはいえ「本土奪還(光復祖国)」というスローガンがあるからです。内戦の敵ではあるが、とにかく中国本土を統一し、そこに台湾も含めるという「思想」においては、共通であり手を組めるというのです。

これは、ハッキリ申し上げて「モラルハザード」としか言いようがありません。とにかく、この「ねじれ」、つまり共産党と国民党が一緒になって台湾土着の被害者たちを「独立派」として弾圧するという構図になっている、この構図については、どちらに味方するにしても理解しておかねばならないと思います。

2つ目の問題は、現在の台湾が極めて親日的だということです。日本から見れば、大変に結構な、そして有難いことですが、その原因をよく理解しておくことは大切です。理由は2つあります。1つは、朝鮮半島統治と比較すると、台湾統治は比較的成功したからです。鉄道や郵便、治水といったインフラ投資に加えて、日清戦争の結果として日本が統治を始めた時点で、大変な問題であった麻薬汚染という社会問題を、極めて現実的な効果のある政策で抑え込んだことも大きかったようです。それでも、日本統治時代には反対派への過酷な弾圧などはありました。

けれども、そうした日本支配の「汚点」は、戦後になって中国本土から逃げ込んできて全土に戒厳令を敷いた蒋介石の国民党の悪行が「上書き」してしまったのでした。つまり、蒋介石政権の非道さに比べると日本支配は、はるかに「まし」に思えたということです。この問題ですが、どうして「ねじれ」なのかというと、これでは韓国と手が組めないからです。韓国と台湾が軍事外交的に強く連携していれば、効果は絶大であるはずなのですが、これが上手く機能しないのです。

もっとも、1990年代までは、化粧をせずバリバリ職場に進出する台湾女性のカルチャーと、ルッキズム一色の韓国女性の間では、全くお互いが水と油という感じがあったのが、21世紀になるとそうしたカルチャー面での距離は、かなり縮まったようですので、台韓関係は潜在的な近さがあるという見方もできるので、単純化はできません。ですが、両国がなかなか「手を組めない」というのは、問題を複雑にしています。

3つ目の問題は、その日本側です。日本という経済と技術面で、存在感のある国が台湾海峡の現状維持に関して、ハッキリとした態度を示せば、台湾としても安心でしょうし、アメリカも現状維持コストを分散できます。

ですが、日本においては軽武装の範囲でも積極的に防衛力を整備しようと思うと、賛成してくれるのは枢軸国の名誉回復などという、国連やサンフランシスコ講和の精神を否定する勢力が中心になってしまいます。それでも、アメリカは仕方なしに相手にしていますが、流石に台湾の場合はそうした「日本の右派」に過剰にコミットすると、「中国側の正義」への「追い風」になってしまうわけで、非常に難しいことになります。

改憲か護憲かというのは、テクニカルな条文の問題として進めるにしても、とにかく日本サイドの「自主防衛を通じて台湾海峡の現状維持を」という勢力が、戦後世界を認めていないというパラドックスは、非常に困った問題です。

4つ目の問題は、3番目の問題の一種の派生ですが、沖縄の問題があります。基地反対派も、そして賛成派も、あるいは自主武装派もそうですが、沖縄を取り巻く安全保障環境の中で、日本サイドには「在沖米軍基地の意味は、台湾海峡の安定のため」が第一の存在意義だという認識が、ほとんどありません。

もっと言えば、沖縄における反基地感情というのは、本土にも支持者がいるわけですが、現実の安全保障、とりわけ台湾海峡の安全という問題とは、全くリンクしないところで、成立しています。では、極端な親中なのかというと、そうではなく、とにかく関連づけがされていないわけです。

では、反基地の根拠とは何かというと、例えば、沖縄における基地反対運動の背景にはまず「沖縄の誇り」というものがあるわけです。その中には、本土では下火になってきた絶対的な反戦主義というものも根強く残っています。その背景には、沖縄戦の戦場にされて自決カルチャーを押し付けられたという旧軍への強めの反発もあるわけです。

そんな中で、旧軍への違和感に、戦後の軍政への反発が重なって反基地という感情が根を張っています。その結果、同盟関係であるにも関わらず、そして東アジアの安全保障を担ってくれているにも関わらず、「基地は負担である」という論理があり、米兵が悪行をするのも「個別の犯罪を憎む」のではなく「基地の負担」として全体への憎悪になってしまうわけです。

この外部からはほぼ理解不能である、沖縄基地問題なるものがあるために、台湾の危険は増大しているわけですが、その点に関しての議論は本土でも沖縄でも全く行われていません。これも不思議な「ねじれ」であると思います。

最初にお断りしたように、「ねじれ」イコール即時解決が必要というわけではありません。ですから、この4つのねじれが解消し、例えばですが、台湾国民党の影響力がなくなり、台湾独立派が圧倒的な民意を獲得するとともに、日本国内に「枢軸の名誉は求めない自主武装派」が成長し、また沖縄世論がそれを認め、同時に在沖米軍も友軍扱いするようになったとします。

そうなった場合に、台湾の安全は確実なものとなるかというと、そうではありません。敵味方のエネルギーがマックスになるような形での「ねじれの解消」は、全体を不幸にする、そんな巨大なパラドックスもあります。換言すれば、さまざまな「ねじれ」に足を引っ張られることで、台湾海峡には不思議なバランスが生じているのは事実のようです。ですが、その微妙なバランスを崩さないために、政治や論説の現場では、海峡に関係する「ねじれ」の問題については、正確な理解をしておくことは必要と思います。

ちなみに、台湾海峡の最前線というのは、海峡の中心線ではありません。そうではなくて、金門(島)と馬祖(諸島)という小さな島々です。金門は、厦門市のすぐ対岸、馬祖はそれより北東に位置し、いずれも福建省の本土から目と鼻の先です。

台湾は、この2つのエリアを、60年代までの壮絶な戦闘を通じて死守し、実効支配を確立しています。仮に、台湾海峡に波風が高くなるとしたら、この金門と馬祖は真っ先に動揺することでしょう。ですが、現時点ではその気配はありません。

反対に、金門島も馬祖諸島も、大陸からの観光客が殺到する中で、中台が共存する空間となっています。携帯回線は基本的には台湾ですが、大陸サイドの「闇基地局」もあるという話で、奇妙な、そしてかなり確かな平和が実現しているわけです。2021年時点における最前線は、とりあえず落ち着いているという理解が必要です。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)

image by: Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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