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国民を操作したいだけ。文科省が高校生へ課した宿題「夢実現計画」のバカらしさ

小学校の卒業アルバムに「将来の夢」が作文や寄せ書きで載っているのは定番ですが、文科省は最近「夢実現のための時間割」の作成を高校生に課すよう教師を指導しているようです。哲学者の内田樹氏の問題提起を受けて、持論を展開するのは、メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』著者でCX系「ホンマでっか!?TV」でおなじみの池田教授です。小学校に上がる前から早稲田大学の教授に就任するまでの偶然だらけの自身の人生を振り返り「人生にとって最も重要なのは偶然」と、無駄なことをさせる役人の思惑を木っ端微塵にしています。

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人生は計画通りにいかないから面白い

内田樹が少し前の「AERA」の巻頭エッセイで『児童生徒の夢を管理したがる文科省 最短距離・最短時間=最善ではない』と題して、将来の夢を想定して、その実現のために事細かな計画を策定せよという、文科省肝いりの指導に対して苦言を呈していた。高校生に対して「9月までに将来の夢を確定し、そのための計画を立てること」といった宿題が出るらしい。

「どうして文部科学省はそれほどまでに子どもの成長過程を管理したがるのか。どうして子どもが無駄な迂回をすることなく、決められた軌道を最短距離・最短時間で進むことが人生の緊急事だと信じられるのか。私には理解できない」(内田樹、AERA 2021/5/24)

文科省の役人もバカではないから、そんなことを信じている奴はほとんどいないだろうが、権力は好コントロール装置なので、名目は何であれ国民をコントロールしたくて仕方がないのだ。大人は飴をちらつかせたり、恐怖を煽ったりしない限り、コントロールするのは難しいが、子どもをコントロールするのは比較的簡単なので、権力の意のままになる国民を養成すべく、初等中等学校に対して、政治的な介入が行われることになる。

私が高校性の頃も、「期待される人間像」なんていう愚にも付かない作文が文部科学省主導のもとに作成されたが、期待される人間像になるための計画を立てて提出せよ、といった宿題は出なかった。小学校の卒業文集で将来なりたい職業という欄があって、男子の同級生の多くは、プロ野球の選手とかパイロットとか列車やバスの運転手とか書いていたが、私は昆虫学者と書いてみんなに笑われていた。みんな単に憧れを書いていただけで、どうすればそうなれるかを考えているわけではなかった。

そもそも、将来の夢を実現する計画書を書いたところで、計画通りに行くわけはなく、時間の無駄だというのは、当たり前だと思うのだけれどね。学校という所は、無駄な書類を山ほど書くのが仕事になっているので、児童生徒にも無駄な作業をさせて恬として恥じないのかもしれない。将来の夢を実現する計画を書く暇があるのなら、勉強をした方が賢いと思う。

人生は計画通りにならないから人生なのであって、生きているとは計画通りにならないことの謂いであって、計画通りになるのは機械であって、生物ではないのだ。人生が面白いのは思いもよらないことが起こって、それをきっかけに、新しい局面が出現するからである。その結果、素晴らしい僥倖に恵まれることもあるし、志半ばで挫折することもある。

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私自身の話をすると、私は小学校に上がる前に小児結核にかかり、幼稚園にも保育園にも行けなかった代わりに、毎日、虫と戯れて遊んでいた。小学校に入学したときにはひらがなが書けなかったが、幼稚園でつまらないしつけをさせられなくて、本当に良かったと思っている。友達がいなくても全然平気という感性は、朝から晩まで、一人で虫と遊んでいた時に養われたのだろう。

ちょうどその頃、抗生物質が市場に出てきて、「月給が全部清彦の薬に化けてしまったよ」と親父が嘆いたくらい高かったけれど、命はとりとめた。結核にかかったのも偶然で、新薬が使えるようになったのも偶然だ。人生にとって最も重要なのは偶然であって、計画ではないのだという事がよく分かる。

高校3年生の時に、あまりにもお勉強の出来が悪くて、さすがにこれはまずいと秋口から根を詰めて勉強して、何とか東京教育大学に滑り込めたのは、まあ、計画通りと言えなくはないが、大学院の博士課程の入試に落ちたのは、もちろん計画通りではないし、次の年に東京都立大学の北沢右三先生が拾ってくれたのは、都立大の博士課程の入試の半年くらい前に、教育大学に集中講義に見えた北沢先生に修士論文をお見せして、気に入ってもらえたのがきっかけで、偶然みたいなものだ。結果論だが、教育大学の博士課程に落ちて運が開けたのである。

山梨大学に就職できたのも、候補者の推薦を頼まれた隣の研究室の桑沢清明先生が意中の人と全く連絡が付かずに、私にお鉢が回ってきたもので、運が良かったとしか言いようがない。人生は偶然の出会いと運で決まることがほとんどで、あらかじめ立てた計画通りに行くことはまずないし、計画に縛られると大体ろくなことはない。

私の人生で最も重大な事件は柴谷篤弘先生と出会ったことである。1985年に、当時、岩波書店から出ていた「生物科学」にネオダーウィニズムとは異なる進化のメカニズムを考察した論文を発表したところ、日本の生態学者や生物学者にはほぼ黙殺された中、ただ一人私に手紙を下さったのが柴谷篤弘先生である。私にとっては予期せぬ出来事で、これをきっかけに、構造主義生物学の構築に突き進むことになったわけで、これも計画とは無縁な出来事である。

そもそも計画を立てて、その通りに実現する夢などは夢ではない。なんでそんな詰まらない計画を立てさせるのかというと、権力が嫌がる夢を潰すためとしか思われない。たとえば、「自公維新が推進している金権政治を潰したい」との夢を描いて、そのための計画を書いても、文科省に支配されて頭が腐っている教師は、良くて黙殺するか、もっと現実的な夢を考えなさい、といって指導するんでしょうね。昔だったら、「そんな夢のようなことを言ってんじゃねーよ」と一喝されるところだけれどね。もともと夢について書くのに、夢のようなことを書いてもかまわないという理屈は通用しないのかもね。

国立大学は2004年から法人化されたが、法人化になりそうだという頃に、山梨大学の評議員をしていた私は、これは悲惨なことになると分かっていたので、面倒くさいから辞めちまおうかと思っていた。評議員の中には法人になった方が自由になるとか、能天気な夢を語っていた人もいた。戦後、文部省や文科省主導の教育改革で、事態が良くなった試しは一度もないのに、一部の人は、考えられうる限り最良の未来を夢見るのは、なぜだろうね。不思議だ。悪い未来を考えるのが怖いのかしらね。

そんな折、偶々甲府駅のホームで、早稲田大学の商学部の教授であった桜井洋さんと出会った。桜井さんは山梨大学の助教授から早稲田大学に転出された社会学者で、山梨大学時代は結構親しかった。『国立大学はそろそろヤバそうなので、辞め時かなと思っている』と話したら、早稲田大で2004年度から開設する新学部(国際教養学部)に移らないかと誘ってくれた。桜井さんは新学部の創設準備委員会の副委員長だったのだ。

お世辞半分だと思っていたら、どうやらマジで、とんとん拍子に話が決まって、2004年度から早稲田に勤務することになった。あたかも計ったかのように、早稲田大に移ったけれども、甲府駅で桜井さんに会わなかったら、そんな話にはならなかったので、これも偶然の僥倖だ。

私は極度の面倒くさがりで、自分から積極的に動くことは滅多にないので(女房を口説いた時は唯一の例外だ)、自分の就職も本の出版も、自分から積極的に頼むというより転がり落ちてきた話なのだ。自分の子供や友人に関しては、出版や就職をずいぶん頼んだ覚えがあるけれどね(首尾よく行った試しは滅多にないが)。だから、自分自身に関しては、良いことも悪いことも、自分が計画を立てて、どうにかなるという考えがないのだ。行き当たりばったりで生きていても人生何とかなることもあるし、計画を立ててもどうにもならないこともある。(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』より一部抜粋)

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image by: Shutterstock.com

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