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経済制裁も不可能に。米の国力を削ぐ「デジタル人民元」の恐るべき威力

世界に先駆けてキャッシュレス化社会の実現に成功した中国ですが、習近平政権主導で開発・導入が進められているデジタル法定通貨、すなわち「デジタル人民元」は国際社会を一変させる力を秘めているようです。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では「Windows95を設計した日本人」として知られる米シアトル在住の世界的エンジニア・中島聡さんが、中国企業がデジタル人民元を海外との取引に使うようになった際に起こりうる大変革について解説。さらに、デジタル人民元に対抗可能な「デジタル円」を、既存のプラットフォームを用いて作成するアイディアを記しています。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

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デジタル法定通貨

このメルマガでは過去に、何度か暗号通貨について触れて来ましたが、最近になって、注目すべき一つの大きな動きが出て来たので、今日はそれについて解説します。

暗号通貨の特徴は、ブロックチェーンという技術により可能になった「分散台帳」(複数の人たちがコピーを持ちながらも、整合性が保てる台帳)を活用することにより、どの国にも縛られない「通貨」の交換を可能にした点にあります。

利点としては、

などがある一方、

などの大きな問題点も持っています。

それゆえ、「自分が購入した価格よりも高い価格で将来買う人がいることを期待したギャンブル」でしかないのが暗号通貨の現実です。

そんな中で、暗号通貨の問題点を認識しながらも、その利点と技術に真正面から向き合い、「デジタル法定通貨」の開発を本気で始めた国がいくつかあります。通常の法定通貨と同じく、中央銀行が発行する通貨ですが、紙幣やコインの代わりにデジタルトークンの形で通貨を発行する仕組みで、「中央銀行デジタル通貨(CBDC: Central Bank Digital Currency)」とも呼ばれます。

そんな中で、今、もっとも注目されているのが、中国政府が本格的な実験を開始した、「Digital RMB(renminbi)」と呼ばれる、CBDCです。Digital Yuan(デジタル人民元)と呼ぶ人もいます。

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CBDCに関する中央銀行による調査・研究は、日本や米国でも行われていますが、どちらも「CBDCを導入する必要があるのか、導入するとすればどうあるべきか」という研究にとどまっています。つまり、「何のためにCBDCを導入するのか」というゴール不在の研究でしかないのです。

それに対して、中国政府は、研究を開始した2014年の段階で、明確なゴールを定めた上で、これらのゴールを同時に満たすものを設計する、というアプローチを取りました。そのゴールとは、

というものです。

この背景には、AlipayとWeChat Payがデジタル決済に関してあまりにも強力な力を持ってしまっていることに対する懸念と、ビットコインを活用したマネーロンダリング(特に、中国国外への資金の流出)や脱税が行われてしまったことに対する強い問題意識があったのです。

つまり、中国政府としては、デジタル決済をDigital RMBによりオープン化して普通の銀行がAlipayやWeChat Payと同じ土俵で戦えるようにし、同時に、中央政府が把握できない暗号通貨によるトランザクションが一般化することを未然に防ぎたいのです。

Digital RMBが、中国国内だけで使われるのであれば、国際社会に対して大きな影響は与えませんが、それを中国企業が海外との取引に使うようになると、話は大きく変わってくるので、その可能性を指摘した上で警告している経済学者がいます。

現在、世界では米ドルが基軸通貨として使われ、ほとんどの取引がドル建てで行われていますが、(Digital通貨ではない)米ドルで取引をする限りは、Swiftという昔からあるシステムを使う必要があるため、時間もかかるしコストもかかります。

「世界の工場」としてさまざまな工業製品の製造を請け負っている中国企業が、米ドルに加えて、Digital RMBでも支払いを受けるようになった場合、Swiftコストを避けるためにDIgital RMBを使う海外の企業が増えても不思議はありません。

中国は、Digital RMBを使ったPayment Systemと連携して動くSmart Logistics Systemを構築していると言われ、それが実現してしまうと、そんなものを持たないSwift・米ドルにとっての優位性は圧倒的なものになります。

つまり、Digital RMBが基軸通貨である米ドルを、(全てではないものの)徐々に置き換えてしまう可能性が十分にあるのです。米国は、米ドルが基軸通貨であるからこそ、気に入らない国に対して経済制裁を行うことが容易に出来ますが、Digital RMBでの取引が増えてしまうと、その能力を失ってしまいます。

中国政府は、まだDigital RMBを国境を跨いだ取引に使うとは宣言していませんが、それが「一帯一路」計画と結びついた時には、とんでもない力を中国に与えてしまう可能性すらあるのです(「一帯一路」計画の一部として、国境をまたいだ取引に、米ドルの代わりに人民元を使おうという動きが既にあります)。

中国は、QRコードを活用したモバイル・ペイメント・システムで世界に先駆けてキャッシュレス社会を実現してしまいましたが、日本や米国がそれに追いつく前に、キャッシュレス社会2.0(もしくはデジタル通貨2.0)を実現しようとしているのです。

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2022年の2月には北京で冬季オリンピックが開催されますが、中国はその時にDigital RMBを世界の人々に体験してもらう準備を進めているという話も伝わって来ます(AlipayやWeChat Payは、銀行口座を持たない外国人には使えないので、Digital RMBを使う選択肢しかない、とも言えます)。

それが実現すれば、北京オリンピックに来た世界中の人たちが、中国製のワレットアプリをスマートフォンにインストールし、会場で使ったDigital RMBの残金を持って、帰国することになるのです。

ちなみに、日本には既にSuicaという素晴らしいデジタル通貨のプラットフォームがあるので、日本の場合はこれをベースにデジタル法廷通貨を作れば移行もスムーズだし、コストも安くて済みます。

政府としてSuica上のお金を正式な通貨として認め、オープン化した上でQRコードでの交換を可能にし、ある程度以上の金額のトランザクションに関してだけマイナンバーが紐づいた報告が政府に来るようなレイヤーを追加すれば、Digital RMBに十分対抗出来るものが作れるように私には思えます。

【参考文献】

China’s Digital Yuan will Change the World | Real Talk China Ep6
China has given away millions in its digital yuan trials. This is how it works
デジタル人民元の基本的な特徴と仕組み(大和総研)

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image by: helloabc / Shutterstock.com

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