月刊誌上の対談で、五輪開催反対派に対して「反日」という言葉を用いた安倍前首相。掲載誌編集部はその対象を「五輪を政治利用する野党」とし、前首相の発言を批判する向きについては「印象操作」だとしていますが、仮にも一国の宰相を務めた人物が自国民に対し「反日」呼ばわりすることは、果たして許されるものなのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、掲載誌の内容を紹介しつつ、彼らの話の進め方そのものが「極めて政治的な意図」に基づいていると指摘。その上で、「愛国」や「反日」といった二元思考は国民を分断するもとであるとして、前首相の発言を容認できないものとする姿勢を示しています。
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五輪開催反対派は「反日」なのか。安倍前首相の貧困なネトウヨ思考
どうやら、安倍前首相の脳内には、「反日的な人々」というカテゴリーの国民が存在するようである。共産党や朝日新聞がその代表例で、「東京五輪の成功が不快」だから開催に反対するのだと、奇妙なことを言う。
月刊誌の対談で、安倍前首相が発言した内容だが、「反日」なる言葉の強烈さも手伝って、ネット上に波紋を広げている。
発端は、7月3日に掲載された毎日新聞のこの記事だった。
安倍晋三前首相は発売中の月刊誌「Hanada」で、東京オリンピック・パラリンピックについて、「歴史認識などで一部から反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対している」と批判した。具体的には共産党や5月の社説で中止を求めた朝日新聞を挙げた。
ざっと読んだ限りでは、五輪開催に反対しているのは「反日」的な人、と前首相が決めつけている印象を受ける。
まさか。なんということを。新型コロナの感染拡大を恐れるからで、「反日」とかなんとか関係ない。今夏の開催を中止、または延期すべきだと世論調査で答えている人々はみんな「反日」なのか。そう訝る人が多いだろう。SNSやブログなどで次々と批判の声が上がり始めた。
作家、平野啓一郎氏のツイッター。
こういう人物が前首相で、10年がかりで日本をぶち壊し、あわよくばもう一度と考えている現実を直視すべき。「非常に自己愛が強いので、批判されることに耐えられない」とは、自分のことではなく枝野氏の分析らしい。失笑。
こういう人物が前首相で、10年がかりで日本をぶち壊し、あわよくばもう一度と考えている現実を直視すべき。「非常に自己愛が強いので、批判されることに耐えられない」とは、自分のことではなく枝野氏の分析らしい。失笑。 #NewsPicks https://t.co/gLgugq8WT5
— 平野啓一郎 (@hiranok) July 3, 2021
タレント、モト冬樹氏のブログ。
一国の首相だった人が反日という言葉を軽々しく使ったことにも驚いたが 国民はこのコロナの状況で 無理やり開催される東京五輪に反対している 反日どころか 日本のことを思って反対しているんだ
あまりの“炎上”ぶりに、月刊「Hanada」編集部のツイッターが反応した。
毎日新聞の「安倍前首相『反日的な人が五輪開催に強く反対』」の見出しに釣られて大騒ぎしていますが、安倍前総理の発言は五輪を政治利用する野党に向けられたものであり、「共産党に代表されるように、」が前置きです。悪質な印象操作!
【「反安倍」のクラスター】
毎日新聞の「安倍前首相『反日的な人が五輪開催に強く反対』」の見出しに釣られて大騒ぎしていますが、安倍前総理の発言は五輪を政治利用する野党に向けられたものであり、「共産党に代表されるように、」が前置きです。悪質な印象操作!https://t.co/yhYIF4M97n— 月刊『Hanada』編集部 (@HANADA_asuka) July 3, 2021
「反日」はあくまで野党に向けられたものだという。安倍氏になりかわったご親切な弁明だ。これだけではない。実名をあげて、個人への反撃まではじめた。
志位和夫さん、小沢一郎さん、山口二郎さん、鳥越俊太郎さん、米山隆一さん……おなじみの面々が猛抗議していますが、毎日新聞の見出し・引用記事だけで批判しているとしたら、政治家、大学教授、ジャーナリスト、失格です!まさかとは思いますが…。
志位和夫さん、小沢一郎さん、山口二郎さん、鳥越俊太郎さん、米山隆一さん……おなじみの面々が猛抗議していますが、毎日新聞の見出し・引用記事だけで批判しているとしたら、政治家、大学教授、ジャーナリスト、失格です!まさかとは思いますが…。
□8月号絶賛発売中!→https://t.co/vJyWWEsQ9R pic.twitter.com/YGYsl1sTZB
— 月刊『Hanada』編集部 (@HANADA_asuka) July 3, 2021
志位、小沢、山口、鳥越、米山…各氏のツイッターを確認すると、なるほどこの件についてコメントしている。
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月刊「Hanada」編集部は、上記の面々が、対談記事を読まず、毎日新聞の記事だけで判断しているのではないかと疑っているのだが、前新潟県知事、米山氏は以下のツイートを返した。
この面々で何で私が入るの?という感じですが、いや、読んどるがな(苦笑)。私、こういうのちゃんとお金を払って読む派なんですよ。ですので一応私、御誌の読者で売上に多少貢献しています。私に確認もしないで「見出し・引用記事だけで批判」はそれこそレッテル張りで出版社失格じゃないですかね。
この面々で何で私が入るの?という感じですが、いや、読んどるがな(苦笑)。私、こういうのちゃんとお金を払って読む派なんですよ。ですので一応私、御誌の読者で売上に多少貢献しています。
私に確認もしないで「見出し・引用記事だけで批判」はそれこそレッテル張りで出版社失格じゃないですかね。 https://t.co/ksLRwgTz3Z
— 米山 隆一 (@RyuichiYoneyama) July 3, 2021
「Hanada」編集部が最も激しくかみついた相手は、共産党の志位委員長だった。
志位氏が「自分に反対するものを『反日』とレッテルを貼る。こういう貧しくも愚かな発言を、一国の総理までつとめたものがしてはならない」とツイートすると、「Hanada」編集部はこれに返信する形で反撃した。
弊誌対談のいったいどこをどう読んだらそのような解釈になるのですか?あまりにも卑劣なレッテル貼りに唖然とします。さすがは破防法に基づく調査対象団体である日本共産党!こんな人が20年以上も委員長に就く独裁政党が一定数の議席を保持しているとは…
弊誌対談のいったいどこをどう読んだらそのような解釈になるのですか?あまりにも卑劣なレッテル貼りに唖然とします。さすがは破防法に基づく調査対象団体である日本共産党!こんな人が20年以上も委員長に就く独裁政党が一定数の議席を保持しているとは・・・ https://t.co/txw78WUkgB
— 月刊『Hanada』編集部 (@HANADA_asuka) July 3, 2021
「どこをどう読んだら」と言うのだから、よほど内容に自信があるのだろう。ならば、ぜひとも、対談内容をつぶさに吟味してみなくてはならない。さっそく筆者も同誌を購入し、熟読した。
安倍発言は、右派論客として知られるジャーナリスト、櫻井よしこ氏との誌上対談で飛び出した。
櫻井氏が、東京五輪の新型コロナ対策について「かなり万全な対策を講じることがわかります」と述べて、こう続けた。
「ところが、野党は『来日した外国人が日本で感染して、帰国してからその国で感染が拡大する心配がある』とまで批判しています。菅政権を引きずりおろすために五輪を政治利用している、と言わざるを得ません」
これを受けて、安倍氏は次のように語る。
「極めて政治的な意図を感じざるを得ませんね。彼らは、日本でオリンピックが成功することに不快感を持っているのではないか。共産党に代表されるように、歴史認識などにおいても一部から反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対しています。朝日新聞なども明確に反対を表明しました」
つまり、櫻井氏が野党による五輪の政治利用を問題にしたのに対し、安倍氏は対象を「反日的ではないかと批判されている人たち」に広げ、彼らは五輪の成功に不快感を持っていると決めつけたうえで、その代表例として共産党や朝日新聞の名をあげているのだ。
筆者は共産党の支持者でもなく、必ずしも今夏の五輪開催に反対するものでもないが、前総理ともあろう人が容易に「反日」と口に出す愚かさを指摘したことに関しては、志位氏に同意する。
そもそも「反日」とは何であろうか。外国の反日運動とは何ら関わり合いのない日本人に向けて、なぜ「反日」と呼ぶのだろうか。政権を批判したらどこかの国を利するというなら、自由な言論などできない。
安倍政権のころ最も顕著だったように、政権を批判する言論人は、いともたやすくネット上で「反日」だの「売国奴」だの、気味の悪い称号を贈られる。ネトウヨ諸氏は、そう決めつけ、揶揄、嘲笑、罵倒して、スカッとさわやかになるのであろう。
そんな、偏執的ボキャブラリーを平然と駆使する人物を、われわれは首相として、いただいていたのだ。
もとより、野党の政策批判に政治的意図がまったくないわけはない。五輪開催をめぐり、感染拡大、医療危機を心配して、さまざまな批判的発言をする場合も同じだ。
だがそれを、「彼らは、日本でオリンピックが成功することに不快感を持っている」とまで言ってしまったら、「愚か」と評されるのも仕方がない。五輪の失敗を望む日本人がどこにいるというのか。本気でそう思っているのなら、権力者特有の被害妄想が高じているとしか思えない。
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この安倍発言は、五輪のコロナ対策が万全であるという櫻井氏の意見に共感していることが前提となっている。
櫻井氏は「東京五輪組織委員会の発表を見ますと、日本らしいきめ細かな対策をとっていることがわかります。…入国時から帰国時まで選手たちをアワで包み込むようにするバブル方式を採用…」などと、組織委のマニュアルを紹介して、懸念を表明する野党を「五輪を政治利用している」と批判。安倍氏も「極めて政治的な意図を感じざるを得ない」と同意しているのである。
こういう話の進め方そのものが、いかに事実よりも「極めて政治的な意図」に基づいているかは、最近のニュースを振り返るだけでもすぐにわかることだ。
選手や関係者は続々と来日している。ウガンダ選手団の水際対策はうまくいっただろうか。バブル方式は機能しているだろうか。バブルの穴が次々と見つかっているのが現実ではないか。
政府や大会組織委員会のコロナ対策に覚束なさを感じるいくつものファクトが、五輪開催にまつわる不安の原因である。
櫻井氏は、「野党は『来日した外国人が日本で感染して、帰国してからその国で感染が拡大する心配がある』とまで批判しています」と言うが、実はそっくりそのままのことが、五輪コロナ対策に関する専門家たちの提案書に書かれている。
本大会期間中にバブル内での感染対策が徹底されないと、本大会終了後に選手や大会関係者が世界各国に帰国することによって、感染が拡大するリスクもあります。
(政府や都道府県等に新型コロナ対策を助言してきた専門家の有志による提案書より)
何も野党が言い出したことではないのだ。しかも、感染拡大を心配するのは当然のことだ。政治利用だとか開催に不快感を持っているとか言い、二人して溜飲を下げるだけでは、なんの説得力もないのである。
好悪、愛憎の“気分本位”に陥ると事実が見えない。「愛国」だの「反日」だの、感情過多な二元思考は国民を分断するもとである。
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image by: 安倍晋三 - Home | Facebook