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なぜトヨタ生産方式「生みの親」大野耐一は“型破り”でも許されたのか

マネジメントの代表格として名高い「トヨタ生産方式」ですが、その生みの親である大野耐一氏についてみなさんはご存知でしょうか? メルマガ『戦略経営の「よもやま話」』の著者、浅井良一さんは「こんな型破りな人がどうして活躍できたのか」という疑問を抱き、その人物像とトヨタという企業について、マネジメントの観点から詳しく掘り下げています。

エクセレント・カンパニーの資産  問題解決中毒

トヨタの株価が、1949年の上場以来初めて1万円台に乗せたそうです。時価総額は32兆円を超え2位のソフトバンクの2倍以上で、地味だけれどその底強さはひときわ際立っています。

そんなトヨタに、常々不思議に思っていたことがあったのです。それは「トヨタ生産方式」の生みの親・大野耐一さんの存在で、この型破りな人物がどうして活躍ができたのかということです。その活動は、豊田喜一郎さんの「ジャストインタイム」や豊田佐吉翁のものづくりの考えを含む、他に類を見ない独創です。

「トヨタ生産方式」では「かんばん方式」や「ニンベンの付いた自働化」などがあげられるのですが、そのことにもまして“現場の専門家”である“従業員の知恵”が総動員される「カイゼン」が驚きなのです。そこがポイントで、ものづくりの「真実の瞬間」に“現地”で“現物”に“現実”に「智恵」が尽きることなくつくり込まれるのです。

「三人寄れば文殊の知恵」なのですが、繰り返しになりますが現場にいて、最も現物と現実と知悉する従業員が「カイゼン」の知恵を絞り出すのだから戦略的な判断が間違えなければ“強さ”は続くでしょう。故にトヨタは、経営者および起業家が、そのマネジメントの根源をベンチマーク(取り込み)しなければならないモデルとなるのです。

ところが、多くの学ぶ意欲のある企業がトヨタをベンチマーキングして、その仕組みを取り込もうとするのですが「方式」を学ぶことはできるのですが“文化”までは取り込めず「強みの形成」にまで至りません。あの経営の神様・松下幸之助さんでも、それを学ぼうとしてもトヨタ通りにはいかず、そのあり様に感嘆しているのです。

トヨタの社員を評して、こんなことが言われています。「社員が『問題解決中毒』になっているような状態だ」と。問題がないところに課題を見つけ“カイゼン”を尽きることなく続けます。その基盤をつくり上げた立役者が、トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一さんという型破りな人物でした。

トヨタには大野耐一さんを活躍させる環境があり、それを探ろうとしているのですが、マニュアル的にハウツーを学べばよいといった表層のものでなく、多くの要因が重層的に重なっております。よりよく理解するために、いくつかの予備知識を得たいので、すこし横道に逸れるのですが確認して行きたいと思います。

また、マネジメントとしての思考指針を整理したいのでドラッカーの言っていることを、いつものように顧りみます。

「企業の目的(顧客創造)を達するには、富を生むべき資源を活用しなければならない。資源を生産的に使用する必要がある。これが企業の管理的機能である。この機能の経済的な側面が“生産性”である」

「目に見えるコストの形をとらなくとも、生産性に重大な影響を与える要因がいくつかある」

として、その資源となる“知識”をあげます。

「“知識”とは正しく使用したとき、もっとも生産的な資源となる。逆にまちがって適用したとき、もっとも高価でありながら、まったく生産的でない資源となる」

と語っています。

ここからトヨタの「“知識”の創造基盤」について考えて行きますが、その系譜については、ものづくりについては3人の人物があげられ、マネジメントのついては1人の人物があげられます。ものづくりは「豊田佐吉翁」「豊田喜一郎さん」「大野耐一さん」そしてマネジメントについては「石田退三さん」があげられます。

トヨタのホームページを見ると

「生産方式の概念」として、「お客様に『もっといいクルマ』をお届けするためには『人間の知恵や工夫』が欠かせません。『自ら考え、改善に結びつけることができる人材』を今後も育て続けることに徹底的にこだわっていきます」

とあり、さらりと読むと何ともないのですが、これが“核心”であって。

ここで核心というのは「“改善”に結びつけることができる人材」とは誰かということで、トヨタでは「現場で働く従業員全員」だとし、それを成しているのだから驚くべきことです。そこには大野耐一さんという破天荒な人物の活動があり、そんな人材を積極的に支援し評価するトップマネジメントがいたのでした。

企業文化の系譜

ドラッカーは

「『人こそ最大の資産である』という『組織の違いは人の働きだけである』ともいう、事実、人以外の資産はすべて同じように使われる」

と言います。さらに

「人のマネジメントとは、人の強みを発揮させることである」

「人が雇われるのは、強みゆえである能力のゆえである」

と言います。けれど

「マネジメントのほとんどが、あらゆる資源のうち人がもっとも活用されず、その潜在能力も開発されていないことを知っている。だが現実には、人のマネジメントに関する従来のアプローチのほとんどが、人を資源としてではなく、問題、雑事、費用として扱っている」

けれども大野耐一さんは「人を強みの源泉」として扱ったのです。

大野耐一さんは貴重な“稀人”で、多くの組織においては「持て余し者」として排除されてします部類の人でしょう。「豊田佐吉翁」「豊田喜一郎さん」「石田退三さん」そして「豊田英二さん」という「企業文化の系譜」が「トヨタの従業員が『人こそ最大の資産である』」として育て上げるように全面的に支援したのです。

トヨタの系譜について「石田退三さんの“視点”」で語って行きます。その前に石田退三さんの人となりを、あるエピソードで紹介します。

終戦後、生産体制がやっと整い、輸出により買い手を見つけようと通産省へ押しかけたところ「GHQへ頼むがよかろう」と言われて、それならということでGHQへ乗り込んだそうです。その時のやり取りで

「『いま、うちに家族ぐるみ5,000人おる。ひとつ許可してもらいたい』担当者はスチーブという若い少佐だったが『輸出禁止令を知らんのか、三流国が輸出するとは何事か』その言葉にムラムラと燃えてきた私は『輸出がダメなら、かわりにメシをよこせ』」

そんな問答を3日間続けて、やっと輸出ワクを得たそうなのです。

トヨタの“ものづくりの精神”は、豊田佐吉翁にはじまります。石田さんは、こんな言葉を聞き続けたのだそうです

「『能率のいい織機を造れ。素性のいい糸ができる紡機を造れ。そいつを織機にしたときに、ちゃんと“風合い”の出る、そんな糸ができる機械を造れ』これなども、やはり『よい品、よい考』のおもんばかりである」

“トヨタの企業文化の系譜”について、こんな感慨を述べています。

「佐吉翁は豊田の諸事業を運営して行くために、実子(喜一郎)の技術に配するに、養子(利三郎)の経営者を以てしたのである」

「実子でいささか冷やメシ的境遇にあった喜一郎さんに対してこそ、未知数で、冒険で、大事業ともなるべき自動車工業の深い谷間へ『お前やってみろ』と追い落とすことが出来たわけである。しかも、その喜一郎さんならばこそ『道楽仕事』のそしりを尻目にかけて、菜っぱ服姿で機械のの下にもぐりこませたのである」

「いつもしずかに思い返してみる。トヨタ自動車はどうしても、佐吉、利三郎、喜一郎の三人が、それぞれにそれぞれの役割を果たすことで、ここに初めて今日の陽の目をみるに至ったものであるのだ」

石田さんは「トヨタの連中は、どうして、こうも働き者がそろっているんですか」と尋ねられたとき、「わたしは内心ニンマリとしながら『田舎モンのええとこですわ』と受け流しておいたが、われながらうまいところズバリ言ったもんだ」「トヨタ・マンに対する大きな自慢である」と言っているのです。

加えて「人づくり」については、こんなことを語ります。

「これぞと思う有望なタレントには、それこそ、本人がネをあげるまでに、次から次へと新しい仕事を与える。押し付けるのではない。自らすすんでこれを引き受けるようにさせる。そうして、どこまでその可能性を追求できるか(本人としても験し甲斐のあることだし、会社としてもすこぶるやらせ栄えのあることになるものだ)。こうしたところから始めて『考える社員、敢えて行なう社員、大きく物事を掴み取る社員』の粒揃いになってくるのである」

と。ここまで石田さんの話を聞いて来て、少しは雰囲気を感じてもらえるかと思うのですが、大野耐一さんは貴重なタレントである故に、その活躍の場が生れて、大いに期待され支援されたのです。大野耐一さんも『よい品、よい考』のもと「トヨタ生産方式」の実現のために忍耐強く全従業員を巻き込んでいったのです。

事は、豊田喜一郎さんの「3年でアメリカに追いつけ」と言われたことに始まるのですが、そう言った昭和20年の日本の生産性はアメリカの8分の1であることが知らされていました。豊田喜一郎さんは、そのための方策を“ジャスト、インタイム”をアイディアとして、以下のように提言したのでした。

「『過不足なき様』換言すれば、所定の製産に対して余分の労力と時間の過剰を出さない様にする事を第一に考えて居ります。無駄と過剰のない事。部分品が移動し循環してゆくに就いて『待たせたり』しない事。“ジャスト、インタイム”に各部分品が整えられる事が大切だと思います。これが能率向上の第一義と思います」

「人のやったものをそのまま輸入する必要もありますが、何と云っても、苦心してそこまでもって行った者には、尚それをよりよく進歩させる力があります。人のものをそのまま受け継いだものには、楽をしてそれだけの知識を得ただけに、さらに進んで進歩させる力や迫力には欠けるものであります。この『迫力を養わなければ』なりません」

“ジャスト・イン・タイム”の生産方式に対する部下の「フォードの工場ではそんな事はしていません」という言葉に対して、

「フォードがどんな方式を取っておろうと、トヨタはトヨタでやります。フォードよりすぐれた方式を打ち立てねば、フォードに勝てません」

「模倣の知識」では、その知識を凌駕することなどないのです。ドラッガー流に解釈すると、喜一郎さんは、独自の「トヨタ生産方式」の開発に“集中”することを意思決定し、トップレベルの“市場地位”を確立することを意思決定したとなります。

普遍の世界

最後に、大野耐一さんがどう感じていたのかをいくつか列挙します。

「会社には発明王の遺風が残っていて、無意識のうちに世界レベルがいかなるものであるかを知りえたように思う。その後、豊田喜一郎氏という先見性では比類のない人物にめぐりあうことができた。私の身辺には、世界的に通用する『普遍の世界』が開かれていたことになる」

「佐吉翁が、お婆さんが機を織るのを終日立ち尽くして見ていて、機の動く調子がだんだんとわかってきたこと、見れば見るほどおもしろくなってくること、この態度に感動した。私は口を酸っぱくして言っている対象物に5回『なぜ』を繰り返してみるという思考原則も、じつをいうと、佐吉翁のこうした態度に通ずるものである」

「“ジャスト・イン・タイム”の一言が、いく人かに一種の啓示を与えた。私も取りつかれた一人で、最初から現在にいたるまで取りつかれっ放しで。言葉自体、目新しかったが、引きつかれたのはその中身で。必要な部品が必要なときに、必要な量だけ、生産ラインの脇に同時に到着する光景は、想像するだけでも楽しいし、刺激的であった」

image by: Ink Drop / Shutterstock.com

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戦略経営のためには、各業務部門のシステム化が必要です。またその各部門のシステムを、ミッションの実現のために有機的に結合させていかなければなりません。それと同時に正しい戦略経営の知識と知恵を身につけなければなりません。ここでは、よもやま話として基本的なマネジメントの話も併せて紹介します。

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【著者】 浅井良一 【発行周期】 ほぼ週刊

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