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世界中で日本だけ。4割の企業が「テレワークで生産性低下」の異常事態

新型コロナウイルス感染症の第5波が猛威を振るう中、政府は出勤者の7割削減を掲げ企業にテレワークの徹底を呼びかけていますが、その効果が上がっているとは言い難いのが現状のようです。なぜ日本ではテレワークの導入が進まないのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、日本企業に巣食うテレワーク定着を阻害する原因を考察。洗い出された問題の本質は、極めて深刻なものでした。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2021年8月3日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

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日本のテレワーク、どうして生産性が上がらないのか?

コンピュータ製造販売の中国企業レノボによれば、日本では「テレワークが生産性を低下させている」というのは顕著なのだそうです。同社が2020年に世界各国で実施した調査によると、「テレワークでは、オフィス勤務時よりも生産性が下がる」という回答結果は日本だけが「40%」と突出しており、他の主要国は全て10%台だったそうです。

「テレワークで生産性低下」は日本だけ?通勤との“ハイブリッド”で重要な施策とは

アメリカでは、コロナ禍の前からテック系の企業を中心にテレワークは浸透していました。そんな中で、例えば多くの企業の経営者は「テレワークが増えすぎて、オフィスに出社するのが減って困る」とボヤいていたのですが、それは「テレワークは生産性が高すぎる」という問題意識でした。

生産性が高いのはいいことですが、多くの経営者(例えば2013年のヤフーにおけるメイヤーCEOなど)が指摘していたのは「テレワークでは、目先のタスクがどんどん効率的に処理されるばかりで、無駄な会話、無駄な試行錯誤が切り捨てられる」という危機感でした。つまり、在宅だと実務はブンブン回るのですが、同僚とのボヤキとか将来の夢、荒唐無稽な新発想などは全く省みられないというのです。

その一方で、日本の場合は全く状況が違うようです。テレワークだと、実務がブンブン回りすぎるのではなく、反対に実務が回らないのです。

その日本でも、2020年にコロナ禍が始まった際には、多くの企業がテレワークの試行錯誤を行なっていました。その際には、テレワークに慣れない上司が問題だというような指摘がされていたのです。ですが、それから1年を経て、現在は、若手の社員が「テレワークでは実務が回らない」としてボヤいています。

現在は、30代以下のコロナ感染が大問題になっていますが、テックに親和性のある世代のはずの若手が、どうして「テレワークではダメ」で出社を強いられているのかというと、上司の目があるから出社するというよりも、テレワークでは実務が進まないので、出社するというようになっているようです。

どうしてなのでしょうか?

この問題について、最初に紹介したレノボ社の調査では「(日本の場合)回答者の46%が「同僚との対面コミュニケーションがなくなったことで、ストレスや不安を感じる」と答えたそうです。

この「対面コミュニケーション」が必要という感覚ですが、例えばその原因について日本語の特質を挙げて説明することは可能です。日本語というのは、高コンテキスト言語であり、つまり話者と聴者が事前に情報共有している場合には、どんどん言語を省略して非言語の表情やニュアンスなどを混ぜながら複雑なコミュニケーションを展開する、そのような特徴があるのは事実だからです。

だったら、日本語をやめて英語を共通語にするとか、あるいは、同じ日本語でも、少し古い表現にして例えばメール(スラックなどでもいいです)で部下から上司に「甲案、機構簡素なりと言えども運用に難アリ。乙案を上策とす」と意見具申したら、上司は「貴職の見解は先の技術資料と併せて説得力十分なり、諒とす」などというように、辛口でニュアンスは最小限、事実とロジック優先でやればいいなどとも思うのですが、どうでしょうか?

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実は、そこまで思い詰める必要はないように思います。というのは、問題の本質は日本語ではないからです。原因は2つあります。

1つは、日本の企業や官庁の仕事の進め方は、経験則を前提とした「自己流」で、各組織でバラバラだということです。

もう1つは、その自己流の進め方の中に「グレーゾーン」を抱えているということです。

特に、アドミ部門、つまり総務、経理、人事の仕事に顕著なのですが、普通、会社の総務、経理、人事などというのは、どの企業にも共通であるはずです。ですから、欧米やアジアでは会計学を専攻してCPA(公認会計士)などを取った人間をそのまま経理の実務に配置して、どんどん仕事を回してもらうようになっています。

総務の中のオフィス環境のインフラ管理とかは、専門の企業に外注することも多いですし、企業内のコミュニケーションなどはアプリの選定と、ハードソフトの管理で終わりです。人事に至っては、個別の採用権限は現場にありますし、給与計算は、例えばアメリカの場合はADPという企業に出退勤データをオンラインで送れば自動的にやってくれます。

ですが、日本の場合は何でも自前でやっています。どうしてかというと、自己流の仕事をしたいからです。

どうして自己流なのかというと、経験則しか信じないからですし、また経験則の塊である古株が権限を持ち、経験則に基づく自己流が最善だと信じているからです。現場はまだいいのです。製品開発や製造について、勿論、最先端を知ることは必要ですが、優秀な人材が管理職にいればそうしたことは自然にやっているし、最先端を取り入れていかねば競争に勝っていけません。

ですが、総務、経理、人事、経営管理といった部門の場合は、とにかく自己流が多いです。官庁もそうで、同じような業務をやっているので、全国で同じようにやればよく、従って処理の外注などもやればいいし、様式の統一もすればいいのですが、やはり経験則に縛られた自己流が続いている部分があると思います。

問題は、自己流なので各企業で実務が好き勝手にバラバラだということです。極端な話、用語まで違ったりします。状況を変えて良くすることを、ある会社では改善、ある会社では良化、ある会社では前進などと用語が違い、違うことを「社風」だとか「企業文化」などと自己満足して、中途入社の優秀な人材を「早く社風に馴染め」などといって潰すのが良い例です。

例えば、今でもそうかもしれませんが、日本の企業の経理部は大学などで会計学を学んだ学生を嫌います。「我が社の方法が優れているので、余計な色(先入観)のない人材がいい。半端に会計などやっていて、頭の固い(その企業の自己流の方法に批判的な)ヤツより、地頭(じあたま)の良いヤツの方がいい」というような感じです。

今はそんな贅沢はできなくなりましたが、バブル期には多くの企業が内部の人材を留学させてMBAを取らせたりしていました。そんなにMBA人材が欲しいのなら、MBA卒業生を採用すればいいのですが、日本企業は嫌っていました。通常は欧米やアジアの優秀なMBAというのは「最先端の実務ノウハウ」をその会社に「持ち込む」ことが期待されます。ですが、日本の場合は「冗談じゃない、俺たちの方法論が最善なんだ」という頭の悪い不平士族ですからダメだったのです。

この「自己流の経験則」至上主義があるために、若い社員は本当に細かなことについて、「先輩社員に尋ね、過去の文書を調べ」て、その「自己流ルール」に従っていかないと、実務が回らないのです。

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ですが、仮にそうだとしても、スラックとかメールでもいいので、テレワークでもジャンジャン「その会社の自己流の方法論」とか、どうでもいいが、守らないとバッシングされる「前例」などを先輩に聞けばいいのです。

ところが、問題は、その「自己流」という中には必ず「グレーゾーン」があるということです。日本の社会というのは、理念の共有という発想はないので、全て実定法と判例で動いています。コモンセンスを共有して、実務はフレキシブルに判断というのができないのです。

そこでルールは非常に厳密にできています。ですが、実際は、そのルール通りに運用していては社会は回りません。ですから、ルールにはこう書いてあるが、実際の運用は違うという「グレーゾーン」があるのです。

また、形式主義というのも多いので、「本当はこうだが、形式をああすれば通ってしまうので、やってしまうし、実際にできてしまう」という実務もたくさんあります。役所と政治がバカなだけですが、制度を現実に合わせてもらうのは、面倒なので運用でしのぐということです。これも沢山あります。

中には、少し悪質なものもあります。企業の側では「本当はこの部分は課税されるが、国税も査察で見ないらしいので、いいや」とか、「本当はこの部分は、休日出勤で割増にしなくてはならないが、そうすると別のパートと処遇が逆転してマネジメントが面倒になるし、昔からこうしてきたので、バレなければいいや」といった話は、どの部署のどの実務の周りにもあると思います。

欧米の場合は、法人税については、多くの企業が当局と堂々と喧嘩することはありますが、それ以外の規制やルールに関しては、「おかしなルールなら直させる」ということを前提に、本当に今あるルールは守るという運用にできるだけ近づけるのが当たり前とされます。

もちろん、正しい意味での(形式主義ではない)コンプライアンスということでもそうですが、そうでなくては標準化できないからです。

ですが、日本の場合は、総務部の株主対応、経理部の費用認識・原価計算、人事部の給与計算など、「グレーゾーン」の業務が多いために、

「標準化できない。従って外注できない」

「文書に残せない。従って口頭伝承になる」

「バレると困る。従って非正規などの人には(企業の自己流価値観を最優先にしてくれないので)振れない」

ということになるわけです。実際に現場におられる方は、点検してみるといいと思います。キーワードは「自己流」と「グレーゾーン」です。この2つがなく、MBAの教科書通りに経営がされて、標準化された実務が既存アプリや外注サービスに乗せられるようなら、一体どのくらいの効率化になるのか、そしてこの2つがあるために、どうしても「テレワーク不能」になるというケースも洗い出してみたら良いと思います。

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デルタ株が猛威を振るう中でも、満員電車での通勤を強いられている方が多い、その日本では、「自分の仕事はテレワークに馴染まない」と強く断言する方が多く、胸が痛みます。

リアルなサービスをどうしても現場で提供しなくてはならない、実験や製造の現場に通勤しないと仕事が回らない、そんなケースであればエッセンシャルワーカーとして、むしろ「コロナ禍の中で経済を回すために頑張っている」として、頭の下がる思いがします。

ですが、自分の仕事は

「どこの会社にもある仕事だし、内容は知的な事務作業がほとんどだ」

「だが、実務の詳細は自社の自己流であり、詳細や前例はオフィスに行って資料を見たり、先輩に聞かないとダメ」

「内容がグレーゾーンに重なるので、業務マニュアルはないし、伝承は口頭が中心」

という方も多いと思います。そうしたケースでは、自分の会社を守り、自分の実務を回すためにはどうしても出社しなくてはならないということになるわけです。ですが、最初のレノボのレポートにもあったように、そんなことをやっているのは日本だけです。

日本のオフィスワークが非生産的なのは、紙とハンコと日本語に縛られているからだ、パンデミックの初期にはこの欄でそうした議論をしました。間違ってはいないと思います。そして、こうした指摘を続けることは大切です。

【関連】極めて日本的。総務・人事・経理部門がリモート化できない理由

ですが、問題の本質はその奥にあったのです。日本の仕事は、官民問わず、「自己流」でバラバラ、そして「グレーゾーン」に重なるので口頭伝承という、この2つが深刻な病根として突き刺さっているのです。今、デルタ株の猛威の中で、改めてテレワークが問われています。この本質を直視して、日本の働き方を改革する時期だと思います。

(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋)

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image by: StreetVJ / Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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