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朝日が「地上の楽園」と喧伝した北朝鮮に43年も閉じ込められた京都女性の壮絶人生

 ミサイルの発射などを繰り返してアジア周辺に緊張を与えながら、自国内では国民が飢餓に苦しむなど、矛盾に満ちた動きを見せ続けている北朝鮮。そんな「ならず者国家」をかつて「地上の楽園」などと持ち上げ、「躍進目覚ましい」などと日本のマスコミが喧伝していたことをご存知でしょうか? 今回のメルマガ『在米14年&起業家兼大学教授・大澤裕の『なぜか日本で報道されない海外の怖い報道』ポイント解説』では著者の大澤先生が、香港の英字紙が報じた「北から亡命した女性」の壮絶な過去の話を翻訳して紹介し、80年代に北を持ち上げることで多くの人々の人生を狂わせた朝日新聞などの日本メディアを批判しています。

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北朝鮮「地上の楽園」報道の40年後

1980年頃、筆者が世界情勢に興味を持ち始めたころ、朝日新聞の正月版で「躍進目覚ましい北朝鮮」といった記事があったのを憶えています。一面の大きな写真入りで伝えていました。

1950年代から1980年代初頭にかけて在日朝鮮人の北朝鮮への集団的な帰国が大規模に行われました。日本のマスコミもそれを支援しました。その過程で「北朝鮮は地上の楽園だ。政府がすべて保証してくれる」といった報道があったのです。

そして北朝鮮についた途端に「これは騙された。日本に帰りたい」と思っても遅かったのです。9月8日付 香港サウスチャイナモーニングポスト紙は、一人の女性を紹介しています。

「楽園を期待して日本から北朝鮮に渡り43年間も閉じ込められていた」

川崎エイコさん(79歳)は17歳のとき、 プロパガンダにのせられて日本を離れ北朝鮮に渡りました。地上の楽園を期待していた彼女は、飢餓、差別、夫の死を経験し、出国を禁止されました。

長い年月の後、彼女は亡命を果たしましたが家族は北朝鮮に残したままでした。北朝鮮が彼女と97,000人の人々に与えた悲劇を世界に伝えるために、彼女らは訴訟を起こしました。

川崎さんが最後に末娘と話すことができたのは、寒くて真っ暗な時でした。「私が覚えているのは、末娘が北朝鮮の状況を訴えていて、私にお金を送ってほしいと言っていたことです。その後、電話は切れました」

その日の夜から、川崎さんは息子さんと3人の娘さん、お孫さんから何の連絡もありません。

そのため、川崎さんは北朝鮮政府に補償を求める訴訟に参加しました。この訴訟は、10月14日に東京地方裁判所で初公判が開かれます。

京都府で朝鮮半島からの移民一世の子として生まれた川崎さんは、在日朝鮮人協会の学校に通っていました。生徒たちは北の素晴らしさを教えられ「地上の楽園」と称する祖国への「帰還」を奨励されたといいます。

「当時、日本に住んでいた多くの朝鮮人は、この宣伝を心から信じており、私も例外ではありませんでした」と彼女は言います。「私は北朝鮮に帰ることを決めました」。

1959年、彼女は新潟港に向かう帰国子女専用列車に乗り込みました。 

乗船するといきなり不吉なことがありました。「かつて日本の植民地だったため、日本のものを持ってくると怒られる」という理由で、日本の食べ物をすべて海に捨てるように命じられたのです。

さらに不吉な兆候がありました。船がチョンジン港に停泊しているとき、岸壁で青年が「船から降りるな。日本に帰れ」と叫んだのです。しかし遅すぎました。

「到着してすぐに、日本で言われていたことが全くの嘘だと気付きました」平壌から500km離れた地方都市に配属された川崎さんはタイムスリップしたかのような生活を送りました。学校の寮に入れられた川崎さんは、シラミとの戦いや、ジャガイモやトウモロコシを塩で味付けしただけのひどい食事との戦いを強いられました。

帰国者の中には栄養失調になった人も多く、またホームシックで精神的に参ってしまった人もいたといいます。日本の家族に衣類や家電製品を送ってもらわなければならないほどの厳しい状況でした。1990年代半ばには大飢饉に見舞われ、事態はさらに悪化していきました。

「大飢饉のとき、私の街では餓死した人の死体が散乱していました。遠くから食べ物を求めて街に来た人は屋外で亡くなることが多かったのです」。

「人々は食べるために、殺人、強盗、詐欺などあらゆることをしました。私が見た遺体は、電車から突き落とされて頭に重傷を負った子どもの遺体や、足を切断された男性の遺体など、ひどい状態のものが多かったです。私の知り合いもこの時期にたくさん亡くなりました」。 

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必死になって亡命を決意したものの、国境を越えるためのブローカーへの支払いや、子供たちの安全を確保するための結婚の手配など、お金を貯めるのに数年を要しました。

1年半の中国での生活を経て2002年に日本に帰国することができました。当初は年に2、3回の手紙や電話でのやりとりをしていたが、今では子どもたちとの連絡はほぼ不可能になってしまった。

この訴訟の主任弁護士である福田健治氏は裁判で賠償をえるのは難しいと見ています。それでも彼は、この訴訟を続けることが重要だと述べています。

川崎さんは、平壌が自分や他の97,000人の人々に与えた「楽園」への旅の悲惨さを世界に伝えるために、北朝鮮政権に対する訴訟に参加することを決めたと言います。 

「私たちは、北朝鮮が私たちにしたことが間違っていると世界に伝えたいのです」と彼女は言います。「私たちは、まだ北にいる親戚に帰ってきてほしい。独裁者を倒して家族と再会したいのです」

こういった話を聞くと、無責任な報道の恐ろしさを思います。おそらく朝日新聞の記者も1980年の時点では北朝鮮の本質的な問題は十分に知っていたでしょう。

それでも「素晴らしい経済発展をしている」といった報道を続けたのです。海外報道はその真偽の判断が難しいです。場合によっては人生を狂わせます。

(メルマガ『在米14年&起業家兼大学教授・大澤裕の『なぜか日本で報道されない海外の怖い報道』ポイント解説』 9月12日号より一部抜粋)

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image by: LMspencer / Shutterstock.com

大澤 裕この著者の記事一覧

・株式会社ピンポイント・マーケティング・ジャパン 代表取締役社長  ・情報経営イノーベーション専門職大学 客員教授 ・法政大学大学院イノーベーションマネジメント研究科 兼任講師 慶應義塾大学を卒業後、米国バンカーストラスト銀行にて日本企業の海外進出支援業務に従事。カーネギー・メロン大学でMBAを取得後、家業の建築資材会社の販売網を構築するべくアメリカに子会社を設立。2000年、ピンポイント・マーケティング・ジャパンを設立。海外のエージェントとディストリビューターを使った販路網構築・動機づけの専門家として活動を行っている。2015年「中小企業が『海外で製品を売りたい』と思ったら最初に読む本」を、2017年「海外出張/カタログ・ウェブサイト/展示会で 売れる英語」をダイヤモンド社から上梓。

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