半年に渡る軍事的沈黙を破り、突如ミサイル発射訓練を行った北朝鮮。朝鮮中央テレビが公開した、トンネルから現れた列車の荷台からミサイルが打ち出される映像は、迎撃をより困難なものにしたとの分析がなされていますが、そもそも北朝鮮はなぜこのタイミングで実験を強行したのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、様々な側面から金正恩政権の真意を推測。さらに、北朝鮮の動きを無視しようという各国の思惑がもたらしかねない「危機的状況」勃発の懸念を記しています。
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沈黙を破った北朝鮮―ミサイル発射実験や核開発再開疑惑が意味するものとは?
「2発の短距離弾道ミサイルが北朝鮮東部から発射され、それらは日本の排他的経済水域内に落下したことが確認された」
9月15日朝に入ったこの情報は、日本の国家安全保障会議(NSC)を慌てさせただけでなく、アメリカ政府、中国政府、韓国政府、そしてロシア政府にまで大きな衝撃を与えました。
その2日前の9月13日には、北朝鮮が長距離巡航ミサイルと主張する飛翔体が発射され、確実に戦闘能力と技術力が上がっていることを示しました。
しばらく外交的な煽動や激烈な発言でアメリカや韓国、日本を非難することはあっても、軍事的な挑発行為は控えていた北朝鮮ですが、今週に入り、まるで冬眠から起きてきたかのように、ミサイル発射実験を連日行っています。
また、確認は取れていないとのことですが、9月に入ってから寧辺あたりの核施設で核開発再開の動きが探知されたとのことですので、その真意は明らかではないですが、確実に外交的・軍事的な側面でギアが変わったと思われます。
どうしてこのタイミングで、アメリカや周辺国に挑発的な態度を取るようになったのでしょうか?
今回は、様々な側面からその真意を探ってみたいと思います。
まず考えられる理由は、【韓国政府に対する挑発と支援の引き出し】という狙いがあると考えます。
これまで文政権から対北朝鮮融和姿勢と支援を引き出しつつ、アメリカとの対話の機会も設定させるなど、なかなかな外交巧者ぶりを示してきました。
しかし、韓国側が「どうも都合よくつかわれているだけではないか」と板門店での米朝首脳会談時での“冷遇”を機に気づいたことで、韓国政府も国民感情も一気に北朝鮮への疑念に振り切れ、その後はあえて距離を取る姿勢を取ってきました。
アメリカのバイデン政権が、オバマ政権時のように、「戦略的忍耐」「沈黙」という実質的には北朝鮮による挑発を一切無視する姿勢を取ったことも、韓国の文政権の北朝鮮離れを加速させたと思われます。
その反動でしょうか。韓国政府は、これまで撤退を働きかけていた米軍との距離を再度縮めるべく、共同軍事演習への積極参加と実施に加え、独自の軍事力強化にも乗り出しています。
北朝鮮による“長距離巡航ミサイル”が発射された9月13日には、韓国軍もSLBMの発射実験を成功させています。
韓国によるSLBM発射実験の2時間ほど前に、北朝鮮が巡航ミサイルの発射を行い、何とか韓国に対する圧力をかけようとしたようですが、韓国の情報筋によると、「全くの逆効果で、韓国政府はより戦闘力の強化の必要性を認識した」とのこと。
韓国に対する圧力強化のための挑発が狙いだったとしたら、今回については失敗に終わったとみることが出来るでしょう。
次に考えられる理由は、一つ目とも関連するのですが、アメリカ・バイデン政権が採用する「戦略的忍耐」や「無視」の姿勢を変えさせる狙いがあります。
これは別にアメリカによる攻撃を誘導しているのではありません。北朝鮮にとっては、アメリカ、そして国際社会から無視されること・相手にされないこと・北朝鮮問題が話題に上らないことは、金王朝の存続にとっては致命的であり、それは国内における統治の足場を崩すきっかけになりかねません。
そのために、今回、しばらくの沈黙を破り、巡航ミサイルと思われる飛翔体を発射したと同時に、15日には2発の弾道ミサイルの発射を強行するという賭けに出ました。
それはどのような賭けか?
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トランプ政権下にあった際と同じく、核開発再開の兆しを見せつつ、国連安保理決議違反すれすれのミサイル発射実験を強行することで、「どこまでがバイデン政権の許容範囲か」というアメリカのred lineの見極めという危険な賭けであったと考えられます。
寧辺周辺での核開発の再開を匂わせ(衛星で探知させ)、並行して新型のミサイル発射実験を行うことで、アメリカおよび韓国などの周辺国に対して、軍事技術、特にミサイル技術の進歩状況を匂わす狙いがあったと思われます。
例えば、今回2発発射された“短距離”弾道ミサイルは、低高度を迎撃が非常に困難と言われる変則軌道を描く形で750キロメートル余りを飛行し、日本の排他的経済水域に落下したことが確認されていますし、同ミサイルが実際には、鉄道・列車から発射されたとの事実も明らかになり、日米韓(そして中ロ)の安全保障・軍事関係者を驚かせたとの報告もあります。
一歩間違えれば、「ゆえに、北朝鮮をこれ以上、野放しにしておくことはできない。のらりくらりと対応をかわす姿勢を許容できず、北東アジア地域の安全保障の観点から攻撃すべき」という結論を招きかねない事態ですが、ここでもまだアメリカ政府は、懸念は一応表明しつつも、戦略的にでしょうか、無視の姿勢を貫き、相手にしていません。
とはいえ、すでに北朝鮮への攻撃のシナリオは出来上がっているともいわれており、その気になればいつでも攻撃できるというのも、どうも本当のようです。
ただ、バイデン政権の方針としては、アメリカが直接的にコミットするよりは、韓国の防衛力、軍事力の強化を容認して、朝鮮半島内で対処させようという内容のようです。
それを察知してか、北朝鮮政府は米韓(そして日本)の安全保障・軍事的な結束に楔を打つ狙いも見え隠れします。
その狙いが表れたのが、意外なことに、王毅外相が韓国を公式訪問している折に、北朝鮮がミサイル発射実験を強行したという事実です。
普通に考えると、北朝鮮の金王朝の後ろ盾とも言える中国の外務大臣が韓国を訪れている際に、その頭上を飛び越す形でミサイル発射という、威嚇行為・敵対行為にも取られかねないことを強行するのは考えづらいのですが、中国政府も懸念を示していた韓国によるSLBM発射実験の直前に巡航ミサイル発射実験を強行することで、「我々も心は同じ。それを阻止するべく、韓国に抗議の姿勢を示す」とでもいうかのように行動したのではないかと推測できます。
では、当の中国政府、そして王毅外相の反応はどうだったか?
実際の発言は聞いていませんが、周辺からの情報によると(中韓双方)、王毅外相は呆れていたようです。すぐに懸念を表明していますし、朝鮮半島、そして北東アジア地域における平和と安定を損なうものとして不快感も表明したようです。
しかし、北朝鮮はその2日後の9月15日に、今度は2発の弾道ミサイルを発射しています。落下したのが日本のEEZというのもまたミソなのでしょうが、どうして中国政府が不快感を示したにもかかわらず、そのような行動を追加したのでしょうか?
理由の一つには、「後ろ盾を自任している中国だが、このところ、コロナ禍における物理的な接触の機会がなかったことも影響し、北朝鮮へのバックアップがおろそかになっているのではないか」との思いから、「中国を振り向かせるための仕掛け」というものがあるのかもしれません。
それには、国内での困窮状況を踏まえ、中国からの支援を引き出そうとしたのか?それとも「ちゃんと中国は有事の際、北朝鮮を守ってくれるのか?」という保護を確認するためのwake-up callだったのか。
または、中国に追随しているにもかかわらず、未だに中ロが中心になって形成・拡大に動く国家資本主義陣営(別名 Red Team)に加えてもらえていないことへのフラストレーションの現れなのか。
それとも、あまり考えられませんが、中国と北朝鮮を同等に並べようとの苦し紛れの国内対策だったのか?
どれが真意だったとしても、共通することは、【最近、こちらに向いてこない中国の眼を、また北朝鮮に向かせたい】という切ない思いがあったように思います。
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同じようなことは、別の北朝鮮の後ろ盾であるロシアに対するメッセージとも取れるでしょう。そして、国連を始めとする国際社会からの関心の薄れへの挑戦だったとも言えます。
ご存じの通り、最近のUN安全保障理事会でのテーマは、ミャンマー情勢、エチオピアにおけるティグレイ紛争と地域の安定を脅かしかねないルネッサンスダム問題、そしてカブール陥落を受けてタリバンが実権を取り戻したアフガニスタン、そしてもちろん、コロナがらみの話題です。ライシ大統領が誕生したイラン情勢も、時折、安保理や国際政治の場で語られますが、不思議と北朝鮮情勢への関心は、このところ薄かったように思われます。
金与正氏が非常に辛辣な非難を米韓に行ったとか、軍の人事体制が変わったとか、そして時には、ワイドショー的に金正恩氏の健康問題への懸念や、髪型を祖父である金日成氏に似せてきたらしい、といった話題が出ても、国際情勢においてはほぼ無視されていたと思われます。
別の見方をすると、無視をされていたがゆえに、禁じられていたはずの軍拡、特にミサイル開発と核開発を進める時間稼ぎが出来た、とも言えますが、関心が薄れたとはいえ、確実に米中ロからは常時監視下にあったはずですから、いろいろと見ていても「北朝鮮、恐れるに足らず」ぐらいにとらえていたのかもしれません。
そこに強烈なブローを与えたのが、ここ数日の動きでしょう。とはいえ、まだアメリカが動く気配はないのですが…。
今、この時点でこのような賭けに出た主な理由は、先ほども少し触れましたが、【国内での金王朝、金正恩氏への求心力回復のための術】だったのではないかと考えます。
最近、国民に寄り添う姿勢を示し、時には自らの失敗にも触れて涙し、国民からの愛着を得ようとしている戦略が目立っていましたが、コロナ感染の拡大によってより苦境に立たされる北朝鮮国民の不満を押さえ込み、不満の矛先を、再度、アメリカや国際社会に向けさせるための煽動だったのではないでしょうか。
アメリカなどから攻撃される可能性がゼロとは言えない中、【リーダーはアメリカなどからの挑発には決して屈しないのだ】という“いつもの決意”を見せることで、国内の引き締めにかかったのではないかとも思います。その実効性については、以前ほどはないと思われますが…。
しかし、国際情勢という観点からは、それでも北朝鮮が望むようなレベルの注目は集められていないようです。
14日から始まった国連総会でも、北朝鮮のミサイル開発問題と核開発問題についての懸念の声は出たものの、あくまでも安保理決議に基づいて判断されるべき問題で、その評価と対策は専門家に委ねるべきとの結論に出て、新たな安保理マターともならず、アメリカ、中国、欧州各国、そしてロシアにも、懸念は表明させても、大きなショックを与えることはできなかったようです。
恐らく唯一の例外は、お隣韓国と日本でしょうか。
そのような状況を受けて、北朝鮮が次にどのような手段を選ぶのか。
各国の動静を読み違えて誤った行動を取った場合、もしかしたら北朝鮮という国の存続を左右するような事態が、さほど遠くないうちに起こるかもしれません。
国際社会、特に安全保障コミュニティでは、台湾を舞台にした米中の直接開戦を懸念する声が高いですが、もしかしたら北朝鮮有事が起こることで、逆に台湾をめぐって起きかねないと思われている緊張が、ガス抜きになるのかもしれません。
ちなみに私が懸念するのは、北朝鮮が一か八かで暴発し、北東アジア地域を巻き添えにするような事態です。もしかしたら北朝鮮の動きを無視しようとする各国の思惑は、北朝鮮をさらなる孤立に追いやり、自爆的な選択肢しか与えないまでに追い詰めてしまうかもしれません。
現在起こっている挑発行為が、北朝鮮の金王朝が行うお馴染みの瀬戸際外交なのか。それとも…。
皆さんはどうお考えになりますか?
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image by: 朝鮮労働党機関紙『労働新聞』公式サイト