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中国の影響力増大で消えた「国連」の存在意義。20年間で加速した“無力化”

9月21日に始まった国連総会では各国の首脳が演説。注目されたバイデン大統領、習近平国家主席は共に「米中冷戦は望まない」と語り、国際協調を重視する意思を示しました。しかし具体的なメッセージにおいては「分断」を印象づけたと分析するのは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんです。かつて総会前には事務総長報告の執筆作業にも携わった島田さんは、現在国連が重要視している国際問題を整理し、中国の影響力の増大に伴い無力になっていく国連の現状を憂いながらも、グテーレス事務総長のメッセージに希望があると伝えています。

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混乱の国際情勢と国連の役割とは?

「米中冷戦は決して望まない」初めて大統領として国連総会でスピーチをしたバイデン米大統領。就任時と同じく、国際協調への復帰というイメージを強調しようとした狙いも見えましたが、実際には、世界の分断を印象付けたのではないかと感じます。

国連総会と並行して、英国と豪州とのつながりを強化し、共通でインド太平洋地域で顕著になる中国の脅威に対抗するというAUKUSが結成され、また日米豪印が中心となるクアッドの首脳会合もニューヨークで開催されることとなりました。そこに込められたアメリカ政府の決意は「インド太平洋地域の権益・利益は何としても守り抜く」という内容と、「いかなる強硬手段にも対抗する」という強い意志の表れでした。

中国との対峙をはじめ、特定の国々を名指しして非難するアメリカ大統領は、皆さんもご存じの通り、先のトランプ大統領をはじめ(イラン、北朝鮮、中国など)、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言など、特段目新しいものではありません。しかし、これまでこのような対立軸を浮き彫りにしたのが共和党の大統領であり、民主党政権の大統領は、どちらかと言えば協調を強調してきた傾向がある中、民主党のバイデン大統領がこの対立軸の明確化スタイルを取ったのは、もしかしたら目新しいところかもしれません。

とはいえ、気候変動問題やコロナへの対策といったグローバルイシューでは、中国をはじめ、各国との協力を模索する姿勢を強調し、民主党の大統領っぽさもにじみ出ていたように思われます。

では、米中対立のもう一方の岸にいる習近平国家主席はどうだったか。習近平国家主席は総会場には現れず、ビデオメッセージでの演説となりましたが、バイデン大統領と同じく「米中冷戦は望まない」とのメッセージを発しました。

しかし、ニュアンスとしては、アメリカへの揶揄もあるのでしょうか?「コロナや気候変動などのグローバルな問題に各国が力を合わせて立ち向かう必要があるときに、小さなnational interestsにこだわるようなことはすべきではない」と、アメリカ主導で進められる“対中包囲網”の形成に対して釘をさすことも忘れていませんでした。

そして直接的な表現と間接的な表現を交えて「内政的な問題に対して、とやかく言う権利はどの国も有さない」と発言し、欧米が人権問題を盾に、中国の“内政問題”を非難し、制裁をちらつかせることへの全面対決の姿勢を強調しています。

そこには新疆ウイグル自治区の問題、香港情勢、そして台湾をめぐる欧米サイドからの圧力が含まれていますが、中国が国連安全保障理事会の常任理事国であるがゆえに、国連ではこれらの問題に対する決議は一切出されません。そして、台湾が国連の正式な加盟国でないという事実もネックになっています。

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最近の“国際情勢”の多くが、このようなUN外での直接的な対立構造をもっていることもあり、果たして安全保障理事会は本来の働き・役割を果たすことができるのか、大きな疑問を抱くところです。

そして、興味深いことに、習近平国家主席の演説でも、バイデン大統領の演説と同じように、「気候変動やコロナ対策など、グローバルイシューに対しては、国際社会が一致団結して対応すべきで、中国政府はその役割を果たす所存だ」と述べたことでしょう。両方の演説を聞き、いろいろな機会に議論をして感じたのは、両者のスピーチのアピール合戦は、互角か、習近平国家主席の僅差での勝利だったような気がします。

ところで、今回の米中両首脳の演説内容を見て、どのようなメッセージが得られるでしょうか?個々のイシューに対する評価はさておき、全体として「国連の影響力の弱化もしくは無力化」という印象に加え、「ただの首脳・同盟国間のミーティングの一つという位置づけに格下げ」という印象を私は抱きました。

国連時代には、紛争調停官という特殊な仕事をする傍ら、事務総長報告の執筆作業というイベントが、国連年次総会前には控えており、国際情勢の趨勢に対して国連が果たす役割について張り切っていた身としては、少し残念かつ寂しくなる現状に思えます。

しかし、現在のグティエレス事務総長のリーダーシップの下、国連も一定のプレゼンスは発揮できているような気がします。例えば、9月10日に発表されたCommon Agenda for Peaceでは、今後、私たちが直面する様々なグローバルな問題に対して、どのような姿勢で臨むべきかという方向性が示されていましたし、国連創設以来、憲章にも掲げられているように、核兵器の廃絶に向けた決意が明確に述べられていたことは、非常に強いメッセージに感じました。

そして、気候変動サミットの主催もリーダーシップの現れであると感じます。「COP26(10月末からグラスゴーで開催)は非常に重要な岐路に立っており、気候変動という世界共通の、人類にとっての問題に対して、各国がいかに協力して取り組む決意を示すかが試されている」と述べたうえで、「しかし、現状は非常に厳しく、このままでは私たちはこの問題に打ち勝つことはできない」と各国にさらなるコミットメントの深堀と確実な実施を訴えかけました。

それでもコロナに苦しめられた世界各国にとって、現時点での深堀は非常に厳しいのですが、ここでも決意と方向性を示すことが出来たのは、リーダーシップの現れと評価してよいでしょう。

もちろん、ほかの事務総長レポート同様、中身は一般的な書きぶりになり、それぞれの問題に対する深堀はできませんが、国連事務総長が国際的なモラルリーダーとして果たすべき役割は果たせているのではないかとも思います。今後、Common Agenda for Peaceの中で挙げられた問題と解決への方向性を、いかに政策・対策として具体化できるかが、国際社会と国連に課せられた宿題でしょう。

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今年の国連総会に際し、国際社会が抱える喫緊の課題をあえて挙げるとしたら、

そして

があります。

これらはすべて安全保障理事会マターとなり、総会でも懸念が表明された問題ですが、面白いことに常連客ともいえる『北朝鮮問題』と『イラン問題』がトップアジェンダに挙げられていません。

大くくりで『北朝鮮問題』については、『弾道ミサイル』については、特別委員会の下、安保理決議違反かどうかという専門家による分析に委ねられ、その報告が安保理に上がってくることになっていますが、特に政治レベルでの議論対象には、現時点ではなっていません。『核開発問題』に関しては、国連安保理の関心マターとなっているものの、主な議論と検証はIAEAに委ねられています。

『飢餓と食糧難』については、WFPやFAO、UNICEF、UNDPなどの専門機関が対応することになっていますし、『人権問題』については、常に国連人権理事会の対応になっています。

直前にミサイル発射を繰り返したり、核開発の再開を匂わせるような動きをしたりしていますが、今年の年次総会とその裏で行われる政治的な議論の対象には入りませんでした。言い換えると、政治レベルでは意図的に北朝鮮による挑発を無視したとも言えるでしょう。

どちらかというと、日米中韓ロそして北朝鮮という、予てよりの6か国会合の関心事項に留まり、対応もそちらで行うというような空気になっているように思われます。もちろん裏にはストックホルム・グループと呼ばれる協議の場もあるのですが。

そして『イラン問題』については、核合意をめぐる当事国の協議に議論が委ねられ、協議が行われるジュネーブにライシ大統領のイランも外相を派遣していますし、枠組みから離脱したアメリカも、オブザーバーという形式で代表を派遣していますが、ニューヨークで行われる国連ポリティカル週間とは別プロセスとなっています。国連での議論の扱い方の構造も変化したと思われます。

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その変化という点では、先ほど挙げた今年の喫緊の課題についても同じで、国連の場でその重要性が述べられても、実際の性格は『米中双方のブロック間の対立構造』が持ち込まれた議論になっています。その典型例は、アフガニスタン問題とミャンマーの問題です。

ミャンマー問題については、国軍による“暫定政権”側は現在の大使を召還し、新しい大使に代表させたいという意図があり、それを中国が後押ししていますが、アメリカと欧州諸国は「国軍によるクーデターは認められるものではなく、NLDによって任命された現大使は正当な代表と認識している」と対立してきました。

問題解決の糸口が見つからず、「国連総会でミャンマー政府を代表したスピーチは許さないが、現在の大使をミャンマー政府の国連大使として認める」という折衷案で米中双方の折り合いがつき、今年の総会は乗り越えることとなりましたが、これは10月に開催予定の任命委員会(米中共にメンバーとなる慣行)に結論が持ち越しとなりました。

同様の問題がアフガニスタン問題に絡んで起きています。報道でも出ましたが、タリバン政権の報道官であるスハイル・シャヒーン氏を国連大使に任命する旨、国連事務局に伝達してきました。しかし、これも見事に米中間の争いの具となってしまいました。こちらについては、タリバン政権を政府承認しようとする中ロと、認められないとしている米欧で綱引きが起きており、今回の総会中の解決は非常に難しい見込みです。

国連事務局的には、すでにガニ政権下で任命されたイサクザイ氏を国連大使とするリストを9月15日に受け取っており、非常に悩ましい政争に巻き込まれる形となっています。実はこれ、20年前までのタリバン政権時にも起きた問題で、その際にもタリバン政権の任命した国連大使が演説を行うことが出来ず、また大使としての任務も遂行できなかったという前例があります。つまり、ここでも20年前と何一つ変わっていない実情が垣間見られます。

しかし、20年前と大きく変わったことがあるしたら、それは『中国政府の影響力』でしょう。その中国によるプッシュが、どこまで中立性が謳われる国連の場で通用するか、非常に見ものです。

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そして『エチオピアのTigray紛争問題』については、国連安保理マターとなり、事務総長も名指しで懸念を表明する事態が続いていますが、ここでも米中ブロックの立場の対立に加え、エチオピアの周辺国とのいざこざ(ルネッサンスダム問題やスーダンへのちょっかいなどを含む)が絡み、とても解決が難しくなっています。

その被害者はもちろん国民であり、特に今回紛争の舞台になっているTigray州の住民です。エリトリア軍も加わった組織的な虐殺、収奪、性的暴行、成人男子に対する殺戮などは、大きな人道的な危機を招いています。そこにAbiy政権側の非協力的な態度も重なり、人道支援が必要とされる人たちに届いていないという惨状を認識しつつも、何一つ効果的な対策が打てない理由の一つが、エチオピアに利権を有する米中欧各国の意図でしょうか。

人権侵害に対する激しい非難をしつつも、各国間の主導権争いゆえに、Tigrayの人々の惨状が放置されています。エチオピア政府サイドに時間稼ぎを許し、それに反対するTPLFとOLAによる反攻が激化し、被害は拡大する一方です。恐らく国連の無力感が示されるとても残念なケースの筆頭かもしれません。

第2次世界大戦の悲劇に鑑みて、二度と戦争が起きないようにと願って創設された国際連合(UN)ですが、実際には創設直後から米ソ冷戦の影響に苛まれ、安全保障理事会常任理事国が有する拒否権によってその役割を阻まれてきた気がします。

そして、冷戦が終わったら、今度は国内紛争や地域紛争が一気に勃発しました。旧ユーゴスラビア内戦、コソボ紛争などもそうですし、民族浄化が進められたルワンダ内戦でも、国連は有効な対抗策を持ち合わさず、大きなジレンマに陥りました。私の国連紛争調停官のキャリアはそのような時期に始まり、多くのケースで翻弄され、国際政治について多くを身をもって学んだ気がします。

そして今、中国の著しい台頭により、両首脳は“新しい冷戦は望まない”と発言してはいますが、実際には、国連の場でも両国間の対立は激しさを増し、国連が本来果たすべきだと考えられる役割が制限されているケースが多くなってきているような気がします。

そのような世界情勢の中で、国連無用論を唱えるのは簡単ですが、グティエレス事務総長のCommon Agenda for Peaceに含められた内容のように、私にはまだUNが果たしうる役割があるような気がしています。

元国連内部にいた人としての希望を抱きつつ、皆さんにお尋ねします。皆さんの眼から見て、国連がこれから果たすべき、果たすことが出来る役割とはどのようなものがありますか?

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image by: Alexandros Michailidis / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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