今年2月、繊維問屋街として有名な東京・日暮里に誕生した荒川区のインキュベーション施設「イデタチ東京」。区のアドバイザーとして開設に関わったファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんは、はっきり言葉にしてはいませんが、9カ月経過したこの施設の現状を物足りなく感じているようです。今回のメルマガ『j-fashion journal』では、この施設を日暮里の街おこしの核とするためには何が必要かを考え、YouTubeをフル活用して発信し続けることを提案。箱モノを作って箱の中でしか完結しない運営は公務員にありがちで、そうした考えを捨てて外の世界とつなぐことの重要性を説いています。
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YouTubeを軸とした日暮里の街おこし
1.イデタチ東京を真の拠点に
私は荒川区のアドバイザーとして、日暮里繊維街の中にある荒川区の施設「イデタチ東京」開設に関わった。その時に、荒川区の人達と話したことは、インキュベーション施設は箱ものだけ作っても成功しない。最も重要なのは「人」であること。これは、台東区のデザイナービレッジの鈴木村長の事例を見ても分かる。
もう一つは、メディアだと思っている。つまり、インキュベーション施設、入居しているデザイナーや起業家の情報を外部に発信すること。そして、外部の人材を招き入れて交流を重ね、その情報も発信すること。常に面白い人達が集まり、面白い人を育てているという場になれば、自ずと情報と人は集まってくる。
もう一つ重要なことは、地元とのコミュニケーションである。これは、地元の企業とインキュベーション施設のコミュニケーションであり、日暮里繊維街に集まるクリエイターや趣味人とのコミュニケーションでもある。
そもそもファッションインキュベーション施設を設置した目的は、地元の日暮里繊維街の活性化である。その意味では、常に拠点施設と地元が交流できる開かれた施設にならなければならない。それには、互いに情報を発信し、理解を深め交流をすることだ。全てのスタートは情報発信ということになる。イデタチ東京は既に開設したが、今後はそこに魂を入れなければならないのである。
2.YouTube「日暮里繊維街チャンネル」
日暮里繊維街は、生地の現金卸、小売店が集積している場所だ。誰でも生地を購入できるので、全国からクリエイターが集まる。コロナ前までは、インバウンドの顧客も数多く集まっていた。インバウンドの顧客が以前のように戻るかは不明だ。戻ればラッキーだが、戻らないこともあり得る。むしろ、国内のクリエイターが集まるような戦略が必要だろう。
そこで、国内のクリエイターに向け、日暮里繊維街を紹介するYouTubeチャンネル「日暮里繊維街チャンネル」を提案したい。日暮里繊維街の情報発信の基本になるものだ。「日暮里繊維街チャンネル」は、日暮里繊維街の生地店の紹介の他、新着商品、用途別、素材別、トレンド別商品等の情報発信を行う。YouTubeの動画を作っておけば、店頭やWEBでプロモーション動画を流すことも可能になる。
更に、テキスタイルの知識、国内の繊維産地の紹介、テキスタイル展示会等の情報もタイムリーに届けられたら良いと思う。最初は日暮里繊維街の情報発信からスタートし、将来的には日暮里に集まるクリエイターの情報を発信したい。そして、クリエイターの作品を日暮里で販売したい。
それらの情報発信も基本は、「日暮里繊維街チャンネル」になる。同様に、「イデタチ東京チャンネル」も必要になる。クリエイター、起業家の紹介、作品の紹介、イベントの紹介等。できれば、作品販売サイトも作りたいと思う。
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3.地元YouTuberの育成
荒川区にも動画撮影を行っている企業、地元の情報を発信しているYouTuberは存在する。YouTubeの良さは、撮影や画像の完成度は高くなくても、簡単にタイムリーな情報発信ができることである。YouTubeで採算を取ることは意外に難しい。それほど簡単に広告がつくわけではないし、業者に撮影を依頼したのでは、更に経費が増大してしまう。
そこで遠回りのようだが、まずはYouTuber育成ワークショップを開設することを提案したい。例えば、「YouTubeによる地域貢献ワークショップ」というタイトルはいかがだろう。
講師は地元のYouTuberか動画制作会社にお願いする。ワークショップでは受講生と日暮里繊維街を取材に行く。事前に組合の協力を取り付けておくことは言うまでもない。そして、ワークショップの腕章を作り、それを付けている人なら店内撮影を許可してもらう。また、各店の担当者を設定してもらう。
画質を追求するわけではないので、原則として撮影はスマホで行う。そうすれば、受講生全員が動画を撮影し、それを編集することができるからだ。ワークショップの参加費で講師の謝金を支払うこととする。ワークショップを通じて、地元とのネットワークもできるので、講師にもメリットがあるはずだ。
ワークショップの動画は、「日暮里繊維街チャンネル」にアップしてもらうことがワークショップの条件となる。もちろん、個人の動画としてアップすることは認める。ワークショップ修了者で、本人が希望すれば地元で動画撮影による地域支援に協力してもらうこととしたい。
4.YouTubeと連携したリアルイベント
YouTubeは手段であって目的ではない。目的は、全国のクリエイターに日暮里繊維街を認知してもらい、日暮里繊維街に来てもらうことだ。そして、できれば、クリエイターの作品を日暮里で販売できるようにしたい。そうすれば、顧客にとって、日暮里繊維街は原材料の仕入れの場であり、同時に作品の販売の場になるからだ。そして、クリエイターの作品を購入したい新たな顧客も日暮里繊維街に集まってくる。
クリエイターの多くは、制作者であると同時に消費者である。どちらにも魅力がある街になって初めてクリエイターのメッカになることができる。例えば、日暮里繊維街周辺でクリエイターの販売イベントを行う。同時に、イデタチ東京でも展示会、販売会、ファッションショー等を行う。重要なことは街全体の広がりである。当然、その様子はYouTubeを通じて大々的に動画配信を行う。
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これを実現するためには、行政と民間が緊密に連携する必要がある。一つの箱ものに引きこもっていたのでは、周辺への波及効果はない。拠点、地域、全国をつなぐ情報メディアと、それを軸としたコミュニティを組織化することが最終的な目的である。
編集後記「締めの都々逸」
「人に知らせて 人集めたら 人と人とをつないでく」
お役所仕事と揶揄されることもありますが、お役所しかできないこともあります。例えば、地域を紹介する動画撮影をしてもらうインターンシップの学生を集めることは、お役所しかできません。また、地域活性化のイベントを主導していくこともお役所しかできません。問題はお役所しかできない仕事をお役所通いの人たちが思いつかないことです。
箱ものを作れば、箱の中で完結する仕事しか行わない。でも、箱と外界をつなぐ仕事が重要なんです。つなぐ仕事をしないと、施設は利用されない。しかし、誰も注目されないことは、ある意味で楽なことでもあります。誰からも責められない。
いろいろ企画してプロジェクトを進めることは、それだけ大変だし、逆に批判されることもあります。それなのに、やってもやらなくても給料は変わらない、ということになれば、やらない方が良いという判断になります。こういう事例が実に多い。それを何とかできないかな、と思っています。(坂口昌章)
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