先日の衆院選において単独で絶対安定多数を確保した岸田政権。しかしその前途は決して楽観できるものではないようです。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、我が国が現在抱えている3つの深刻な問題を挙げるとともに、それぞれについて詳細に解説。さらにこれらの問題が今後、日本の安全を「瞬殺」する可能性もあると指摘しています。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2021年11月9日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
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選挙は終わっても、日米の危機は深まるばかり
日本では10月31日の投開票で総選挙が終わりました。一方で、アメリカでは、選挙日程としては「谷間の年」なのですが、それでも「エレクション・デー(選挙の日=11月2日から8日の間の火曜日)」に当たる、11月2日には一部州で地方選が行われました。
こうした選挙を受けた政局がどうなるかですが、残念ながらそう簡単に安定とは行かないようです。まず、日本の場合ですが、岸田政権への信任がされたかに見えます。確かに自公での勢力は、事前の予想をはるかに上回るものでした。ですが、総理としては来年2022年夏の参院選に勝たねば政権基盤は固まりません。岸田氏は、その点を理解しているように見える、そこはいいのですが、実際問題として、そう簡単ではありません。
一方のアメリカのバイデン政権の場合ですが、2022年11月の中間選挙まで1年を切る中で、政局運営は益々厳しくなっているのは事実です。バージニア州知事選を落とし、同時にニュージャージー州の知事選でも苦戦。だからこそ、審議に難航したとはいえ巨額のインフラ予算を通して景気の維持に努めているのですが、この予算については穏健派の声を入れて縮小したことが、党内左派の恨みを買っています。
それにしても、バイデンの支持ですが、「RCP(リアル・クリア・ポリティクス)の全国平均値」では、
「支持42.8%、不支持51.7%」
と一時期のトランプよりヒドい状況です。中でも強烈なのが「USAトゥデイ+サフォーク大学」の調査(10月18日から11月7日に実施)の
「支持38%、不支持59%」
です。共和党の保守派はコロナ対策に反発して「ロックダウン+ワクチン+マスク」への怨念を抱える一方で、民主党の左派は「環境予算を減らしやがって」と怒っている中では、完全にサンドバッグ状態というわけです。
そうなのですが、バイデンとしてはとにかく前へ進むしかないわけです。これからの1年、バイデン政権の道のりは非常に厳しいわけで、御大としてはもうこうなったら開き直ってやるしかないわけです。
その一方で、自公政権が信任を受けた形となった日本の政局は遙かに安定しているように見えます。ですが、そう楽観はできません。日本には日本で別の困難があるからです。
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1つは円安問題です。何度も言いますが、この間の円安は、多国籍企業が海外で稼いだ利益を「大きく見せ」、同じく多国籍企業が海外で形成した株価を「高く見せ」ただけです。勿論、円安にはデメリットがあり、日本の場合は特に化石燃料の輸入コストが高くなる点ですが、これはこの間の原油安で奇跡的に助かっていたわけです。
また円安の危険ということでは、日本の企業や技術が海外勢に買われるという問題ですが、これも「既に買う価値のあるものがない」、つまりは「国際基準での投資に対するリターンを期待できるモノは残っていなかった」ということで、何とかセーフで済んでいます。もっとも、2010年以前に気がつかない間にたくさん買われていたのは事実ですが。
というわけで、特に痛みを感じることなく円安をダラダラ続けてきたわけですが、ここへ来て、かなり厳しい状況になってきました。まず、日本としてはどうしても一定程度の化石燃料を輸入しなくてはならないのですが、これが高騰してきたわけです。ガソリン、灯油の価格も上昇し、一般消費者だけでなく例えば中小企業や農家などにもダイレクトなインパクトが行っています。
更に、木材、大豆、小麦などのコモデティ、そして再生可能エネルギーのための太陽パネルなども、ここまでの円安になると厳しさが出ています。一番問題なのは、デフレ経済のために人件費が抑制された結果、ただでさえ安くなっている日本の賃金水準が、ドルに倒すと極小になっている問題です。こうなると、一流の人材を国際労働市場から調達するのは難しくなります。また、日本から要員を海外の研究施設や工場などに駐在ベースで派遣するのもかなり難しくなります。
人の移動ということでは、海外への留学も非常に困難になってきます。反対に、円安は、訪日観光客の受け入れビジネスには追い風ですが、こちらは当分の間は「ゼロ」ですから折角のメリットが生かせていません。
2点目は、エネルギー問題です。グラスゴーのCOP26で、岸田首相は相変わらず「石炭火力の輸出をやめない」ということから、「化石賞」という悪名高い賞を受けてしまいました。このニュース、かなり恥ずかしいし、非常に問題だと思うのですが、日本のメディアはほとんどスルーの構えです。
この「化石賞」について積極的に取り上げていたのは、共産党の「しんぶん赤旗」だけでした。この党は「環境対策の結果、経済が死んでも全員が貧しく平等になってバンザイ」という極端な政党ですから、それ以外のグループは、この「化石賞」をスルーしたいということだと思います。
どうしてスルーしたいのでしょうか。日本というのは、世界における「評判」をとても気にする傾向があります。1980年代に「集中豪雨的輸出」だと怒られると、「良品を廉価で売って何が悪い」という正論を捨てて、「お詫び」に必死となり、ついに自国の経済を自爆させてしまったくらいだからです。
ですが、この「化石賞」については、誰も恥ずかしいと思わないわけです。というのは、経済を回しつつ、排出ガスを減らすには「もう少しだけ安全な原発を再稼働」しなくてはならないのですが、自民党も野党も、国民の「首に鈴をつけに行く」のを嫌がっているし、世論もこの問題を「直視するのを避けて」いるからです。
と言いますか、日本国内の無意識の合意としては、「原発は真っ黒だが、石炭火力は灰色」だという感覚があって、そこで罪悪感がないということになっているようです。ですが、問題は、世界の常識ということでは、少なくともグラスゴーとか、グレタ氏とかといったレベルでは「原発は白、石炭は真っ黒」という認識ですから、このズレというのは大変です。
これは全くシャレにならない話で、例えばですが、2030年ごろになって、日本を軍事的に挑発したい国が「日本の石炭火力をピンポイントで空爆する」と宣言して、これに反発したその時代の日本が「敵基地先制攻撃」の構えを取るようなことになると、その時点で国際世論を敵に回して、日本はゲームオーバーになる、そのぐらい怖い話だと思います。
とにかく、総裁選でも総選挙でも、岸田氏は「一定程度の原発再稼働」を言ってきたのですから、これは実行しないと前へ進めません。
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3点目は、アジアの軍拡競争の問題です。総裁選と総選挙を通じて日本では「敵基地攻撃能力」についての論戦が盛んでした。基本的には対北朝鮮の話ですが、話が曖昧なままダラダラ続いたので、もっと一般的なようにも聞こえていたようです。
ですが、これはそんなに危機感を持って語られていたのではないように思われます。一番煽っていた安倍+高市コンビにしても、別に全くの空想的軍国主義者ではないわけで、それなりに政権中枢にいるリアリストでもあるわけです。にも関わらず、「敵基地攻撃能力」について、あれだけ大騒ぎをしたというのは、「いつもの保守アピール」という「内向きの話」という暗黙の前提があったように思います。
ここに計算違いがあります。この議論、実は近隣国の世論をかなり刺激しているからです。というのは、彼らとしては、昔の話とはいえ「日本の攻撃能力」に苦しんだ記憶があり、こうした話が出ると、条件反射的に反発するし、反発した世論を放置すると、政治家はクビになってしまいます。
ですから、この議論をこのまま放置しておくと、そのまま東アジアにおける軍拡競争が加速する危険があります。本当は、そうした場合には、日米同盟が「ビンの蓋」になって、周辺国に対して「あれは日本の国内向けの話芸、または日米での費用の負担比を変えるだけの話なので、過剰反応しないように」というメッセージが出るのですが、そのアメリカは「右も左も内向きの非介入モード」ですから、以前のような「仕切りの能力」はありません。
一方で、メーカーとか商社には、軍需という公共事業への誘惑は相当に強いものがあるわけです。そんな中で、円安がズルズルと危険水域に入ってきた中では、計算として軍拡競争へ回すキャッシュフローは限られます。
つまり「円安+緊張拡大」を求心力としてきた安倍路線というのは、テクニカルには成立しなくなっているわけです。では、岸田氏に「円高+緊張緩和」へと国策を転じるだけの決意があるかというと、ここからが難しいところです。
色々な経緯があって、外相に林芳正氏を据えるところまで来たわけですが、素直に「もう円安+アジアの緊張拡大」という路線は取れないので、「円高+アジアの緊張緩和」という方向に転換したい、として、参院選の前にこれをしっかりやる勇気があるのかは疑問が残ります。
仮に円安が続く中で、東アジアでの軍拡競争に日本が巻き込まれ、それでも日本が石炭を止められないという場合には、本当に日本の安全が瞬殺になる危険があるわけで、日本が直面する潜在的な危機はアメリカの比ではないように思います。
コロナ禍で傷ついても、アメリカはまだまだ「トランプごっこ」とか、「若者の支援する左派の極端な理想論」などに走る余裕があるのですが、日本にはそんな余裕はありません。国の安全を確保して存続させるためのゾーンは、かなり狭いと考えるべきです。
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