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取り返しのつかぬ損失。京都大学・霊長類研究所の「解体」に抱く疑問

2022年3月での組織再編・名称変更が決定した、京都大学の霊長類研究所。言葉や数字を理解するチンパンジー「アイ」の研究等で世界に知られた「知の拠点」の事実上の解体は、はたして正しい選択と言えるのでしょうか。この決定について、「取り返しのつかない損失になり、全く同意できない」とするのは、健康社会学者の河合薫さん。河合さんは今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』にその理由を記すとともに、同研究所がこれまで果たしてきた役割や上げ続けてきた成果を紹介し、我々人類が霊長類に学ぶべきことはまだまだ多いと結んでいます。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

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サルを見て、ヒトを知る 京大・霊長類研究所「解体」に疑問

京都大学の霊長類研究所の解体が決まりました。

解体決定の理由は、元所長で高名な認知科学者の松沢哲郎氏(2020年に懲戒解雇)らによる約11億3,000万円の研究費の不正使用が主な原因です。ときを同じくして、霊長研の教授であった正高信男氏(20年度で定年退官)による実験データ捏造も判明し、最後のとどめを刺したかっこうです。

経理不正もデータ捏造も絶対にあってはならない問題であり、信頼をゆるがす由々しき“事件”であることは紛れもない事実です。

しかし、解体とは…。実に残念、というか「今」こそ残さなくてはならない拠点を一部の不届な研究者たちの行いで解体するのは、取り返しのつかない損失になる。研究者の端くれとして全く同意できない、というのが率直な気持ちです。

霊長類研究所に代わって来年4月に発足する「ヒト行動進化研究センター(仮称)」では、脳科学などの実験を主に行うそうです。

つまり、霊長類研究所が大切にしてきた「野外研究」はなくなるのです。いかなる組織でも有形無形の「大切な道具」があり、それが先人たちから受け継がれ続けることが新しい未来を切り開きます。その「道具」をなくしてしまおうというのです。

京都大学霊長類研究所は、日本の霊長類研究の創始者として知られる今西錦司博士により1967年に設立されました。

一般的にはあまり知られていませんが、先進国の中で“その辺にサルがいる”のは日本だけ。日本には「桃太郎」や「サルカニ合戦」など、サルが出てくる童話や民話がありますが、イソップ物語にも、グリム童話にも「サル」が主人公のお話がないのは、そのためです。

そこで今西博士は「サルの社会」を知ることで、「人類の生態」を解き明かそうとしました。サルから「ヒト」を考えるという発想は、当時、欧米の研究者には受け入れ難いものだったそうです。

しかし、今西博士らは、徹底的に「サルの社会観察」に精をだした。木々の間に見え隠れする野生ニホンザルの姿を追い、観察し、行動を徹底的に記録し、「サルの社会」の実態をあかそうとしました。

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そこでわかったのが、サルの交尾が秋から冬だけに限られ、春から夏にかけて子供が生まれることや、「リーダー」の存在です。サル社会は階層社会で、リーダーに従い、一緒に群れだって行動する。男性は大人なると群を離れる母系社会。「芋洗い」「毛繕い」など群れには固有な文化がある…etc.etc。

サル社会を持続させているのが、「調和」であり、「棲み分け」でした。そして、「ヒト」もまたサルを自分たちの一員だとみなし、棲み分けることで共存していたのです。

今西博士と教え子たちの徹底的なフィールドワークによって、日本のサル学は世界に認められる学問になった。教え子である伊谷純一郎博士が、フィールドワークを通じ新しい学説を次々と発表し、日本の霊長類研究は世界に認められる「世界最高水準」の地位を確立したのです。

全く分野は違いますが、健康社会学も「人の正体」を考える学問です。

私が専門とするSOC理論も(Sense of Coherence)も、健康社会学の祖であるユダヤ系アメリカ人のアーロン・アントノフスキーが、ナチスの収容所から生還した人たちを徹底的なフィールドワークで観察し、インタビューを繰り返したことで生まれています。

「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」とは、『踊る大捜査線』の有名なセリフですが、学問も同じです。

限られた空間で行われる「実験」だけではなく、自然の中の「実態」を追いかけるからこそわかることがある。

その拠点だった研究所をなくすという選択は、ホントに正しいのでしょうか。

新型コロナウィルス、温暖化、異常気象、超高齢社会…今、私たちは「人」として、何が正しい行いか?人口知能とどうやって共存していくのか?が問われている時代に生きているわけです。

そのためには「人」とは何か?を知り、霊長類に学ぶべきことも多いように思います。

毎日毎日、きちんきちんと続けてこそ、新しいことは生まれます。それを途切れさせないで、と切に願います。

みなさんのご意見、お聞かせください。

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image by: Shutterstock.com

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米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
「自信はあるが、外からはどう見られているのか?」「自分の価値を上げたい」「心も体もコントロールしたい」「自己分析したい」「ニューストッピクスに反応できるスキルが欲しい」「とにかくモテたい」という方の参考になればと考えています。

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