死者30万人と出費2兆ドル。大国アメリカが払った犠牲、失った信頼

 

1つは、自らの立ち位置がスンニ派諸国に対して有利な状況にあることを認識し、イランが望めばアラビア半島への影響力拡大は容易になることを確信したが、イラン核合意をめぐる欧米諸国からの制裁のダメージを考えると、今、アラブ諸国との戦いは棚上げするほうがベターと判断したのではないかと考えます。

実際には、これは明らかにはなっていませんが、イランから地域安全保障に取り組む地域共同体を作ってはどうかとの提案があり、サウジアラビア王国もUAEも前向きな姿勢を示したようです。

2つ目の理由は、イランの強硬姿勢を支える中国・ロシア、そしてトルコの存在です。中国は制裁下のイランの窮状を救うべく、25年間にわたる戦略的経済合意を締結し、イラン産原油の購入を約束し、イランへの食糧の供給とインフラ整備などの支援も行うことを約束しています。一帯一路の応用版と呼ばれるゆえんです。実際にはちょっと違うのですが。

ロシアはイランに対して兵器を輸出し、イラン核合意の当事者でありながら、原発関連の技術の提供も行っているようで、昨今、噂されるウラン濃縮度90%を可能にする決め手となっているようです。そしてトルコは、サウジアラビア王国などを襲ったドローン兵器をイランの革命防衛隊に提供しているという噂があり、中東アラビア半島における影響力拡大と地政学的バランスの変更に勤しんでいるようで、そのためにイランとは、友好的な関係を維持しています。

余談ですが、トルコは自国が誇るKargu-IIを始めとするドローン兵器をイラン、シリア、リビア、エチオピア、そしてアゼルバイジャンなどに提供することで各国の安全保障基盤にしっかりと入り込んでいると言われています。

これら3か国による働きかけは、これまでにもサウジアラビア王国やUAEなどに広がり、じわじわと、その強権的な政治体制とも相まって、国家資本主義体制の構築が進んできましたが、今回のイラクからの米軍という重しが取れたことで、力の空白と不安定な状況に中ロそしてトルコが巧みに介入し、勢力圏の拡大を進めています。

この状況が何を引き起こしているのでしょうか。1つは、アラブ諸国に広がる「アメリカは同盟国を見捨てる」というイメージの拡大です。バイデン政権が推し進めるアジアシフト(対中国シフト)がいみじくも、その中国を利する状況になってしまっているわけですが、アメリカ軍が地域からいなくなり、アフガニスタンとイラクというイランの両隣での力のサンドイッチ状況が解消されることでイランはのびのびと行動できるようになりました。

そして、これまでは「イランが核武装するなら我々も」と言っていたスンニ派は、そのイランと直接的に対峙することよりも、各国内で一気に活発化する反政府組織からの攻撃に備えることが優先的になっています。

そのためにイランとの対立を棚上げし、イランの後ろ盾となる中ロ、トルコと接近しており、大げさに言えば、反米勢力の一員に加えられ、中東アラビア半島が反米の色に塗り替えられるのもそう遠くないのかもしれません。アメリカはこれで中東での影響力を失ったのかもしれません。

(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2021年12月17日号より一部抜粋。この続きをお読みになりたい方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

国際情勢の裏側、即使えるプロの交渉術、Q&Aなど記事で紹介した以外の内容もたっぷりの島田久仁彦さんメルマガの無料お試し読みはコチラ

 

image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

有料メルマガ好評配信中

    

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』 』

【著者】 島田久仁彦(国際交渉人) 【月額】 ¥880/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 金曜日(年末年始を除く) 発行予定

print
いま読まれてます

  • 死者30万人と出費2兆ドル。大国アメリカが払った犠牲、失った信頼
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け