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死者30万人と出費2兆ドル。大国アメリカが払った犠牲、失った信頼

今年8月のアフガニスタンからの完全撤退に続き、イラクからも訓練担当人員を除き兵を引いた米バイデン政権。「米軍の重し」が取り除かれた中東情勢は、この先どのような変化を見せるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、アラブ諸国とイランが対立を棚上げし反米で一致する可能性があると分析。その背景にアメリカへの不信感を巧みに利用するイラン及び中国・ロシア・トルコの思惑があるとして、各国の動きを詳しく解説しています。

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アメリカ衰退のドミノ?‐米軍のイラク撤退と変わる中東情勢

8月末のアフガニスタンからの完全撤退に続き、アメリカのバイデン政権は“公約”通り、イラクからの米軍戦闘部隊の撤退を行いました。イラク国軍の訓練を担当する人員(約2,500人)は残すようですが、2003年以降続いたアメリカ軍の軍事的な重しが取り払われることを意味します。

元々は2011年12月14日にオバマ大統領が「これ以上、アメリカの若者の血をイラクの地で流させるわけにはいかない。イラク戦争は終結した」と宣言し、米軍をイラクから撤退させましたが、国内での部族間・宗派間での緊張関係を解決することなく撤退を行ったため、米軍撤退後すぐに、イラク国内は力の空白に悩まされることになり、首都バクダッドをはじめ、のちにISが拠点を置くことになるモスルなどで内戦が勃発しました。

そこに付け込んだのがイランのシーア派勢力と、のちにイラク・シリアのみならず、全世界を恐怖に陥れることになるISの台頭と勢力拡大を許す一因になってしまったと思われます。

相次ぐテロ事件。イランの影響力拡大による地域のパワーバランスのシフト。それらを見て、結局、2014年にオバマ政権はイラクへの米軍再派兵を決定しました。つまり、アメリカは自ら撒いた混乱の種を刈り取るべく、遠いイラクの地に引き戻されることになりました。

トランプ政権になり、再度、イラクからの米軍撤退の機運が高まりますが、イラクとシリアにおけるISとの戦いの必要性から、米軍はイラクに留まり続け、治安維持とは名ばかりのイラク内政にも関与するほど、どっぷりと泥沼につかることになります。

結果、ブラウン大学の「戦争のコスト」プロジェクトの試算によると、2021年8月までに米軍は4,600人強の人員を失い、犠牲者は全体で30万人強に上りました。そして、その間に約2兆ドル(約230兆円)を費やす結果になってしまいました。

それだけの効果・見返りがあったかと言われれば、YESと答える人はほとんどいないでしょう。多くの犠牲者、多額の支出、泥沼化したテロとの戦い、そしてアメリカが忌み嫌う隣国イランの影響力の拡大、そしてもう修復不可能と言われる民族・宗派間の分断、そして著しい政治不信と反米感情の高まり…。

今年1月にイラク国会が米軍撤収要求を可決したことを背景に、バイデン政権はその実行に乗り出したということのようですが、この撤退要請も、スンニ派やクルド人は支持しておらず、ここにも国内情勢の混乱の様子が見えています。

8月のアフガニスタンからの撤退と同様、バイデン大統領はイラクからの米軍戦闘部隊の完全撤退を強行したのですが、これはどうしてでしょうか?8月31日のカブール陥落が示した、アメリカの失敗から、バイデン政権は学び取らなかったのでしょうか?

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政権内の安全保障担当の高官によると、「訓練要員を残すのが、アフガニスタンとの違いだが、恐らくこの決定により、中東地域におけるアメリカの影響力の低下は否めないだろう」とのことでした。一応、表向きには「サウジアラビア王国やUAEといったアラブ諸国の同盟国に、地域の安全保障を任せたい」というアラブのアメリカからの自立を促したと言われていますが、実際には地域の混乱を深める結果になってきているようです。

イエメンではサウジアラビア王国が軍事介入したことで戦争が泥沼化し、それがサウジアラビア王国の影響力を削ぐということになっていますし、アメリカの同盟国エジプトでは、民主主義どころかシシ大統領による独裁政治が伸長しています。そして、アラブ諸国が警戒を強めるイスラム教シーア派の雄、イランの影響力は高まるばかりです。

トランプ政権下で、対イランを念頭に、イスラエルとUAE、オマーンなどとの国交樹立というウルトラCが成立し、いずれはスンニ派の雄であるサウジアラビア王国も、パレスチナ問題に解決の兆しを感じるようなことがあれば、イスラエルとの和解に乗り出すかもしれないという期待が語られたこともありました。

しかし、この流れは今、米軍のイラクからの完全撤退を受けて、リバースしているようです。その例が、サウジアラビア王国やUAEといった反イラン国が、次々と対立を棚上げしてイランとの対話に乗り出しています。この背景には、隣国イラクに存在した米軍という、対イランの重しがなくなることで、一気にイランの影響力が高まるという、地域各国の読みがあるようです。

言い換えると、アメリカなき地域において、イランと本気で戦う気がある“敵”と言えばイスラエルくらいしかなく、イランの影響力の伸長により、これまで散発的にあった革命防衛隊によるサウジアラビア王国やUAEへの攻撃(ドローン)が日常化する恐れがあるという分析をしているようです。

こうなると打てる手は、イスラエルと手を結ぶか、それともイランと一時休戦するか、の2択になるかと考えますが、アラブ諸国は、まだ一枚岩でイスラエル支持はしておらず、国交樹立したUAEでさえも、安全保障面での協力には抵抗があるようです。しかし、イランとの一時的休戦もまた、これまでの反イランポジションから考えると非常に困難なチョイスです。

そこでUAEもサウジアラビア王国も、水面下でイランのライシ政権に接触し、イランがアラブ諸国との対立を同じく棚上げし、地域の安定化において協力できるか否か、確かめに行っているのだと考えられます。

いくつかの情報筋から聞くと、イラン側の反応は友好的で、地域の安全と安定のために手を携える用意があると答えたらしいのですが、イラン側の意図はどこにあるのでしょうか?

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1つは、自らの立ち位置がスンニ派諸国に対して有利な状況にあることを認識し、イランが望めばアラビア半島への影響力拡大は容易になることを確信したが、イラン核合意をめぐる欧米諸国からの制裁のダメージを考えると、今、アラブ諸国との戦いは棚上げするほうがベターと判断したのではないかと考えます。

実際には、これは明らかにはなっていませんが、イランから地域安全保障に取り組む地域共同体を作ってはどうかとの提案があり、サウジアラビア王国もUAEも前向きな姿勢を示したようです。

2つ目の理由は、イランの強硬姿勢を支える中国・ロシア、そしてトルコの存在です。中国は制裁下のイランの窮状を救うべく、25年間にわたる戦略的経済合意を締結し、イラン産原油の購入を約束し、イランへの食糧の供給とインフラ整備などの支援も行うことを約束しています。一帯一路の応用版と呼ばれるゆえんです。実際にはちょっと違うのですが。

ロシアはイランに対して兵器を輸出し、イラン核合意の当事者でありながら、原発関連の技術の提供も行っているようで、昨今、噂されるウラン濃縮度90%を可能にする決め手となっているようです。そしてトルコは、サウジアラビア王国などを襲ったドローン兵器をイランの革命防衛隊に提供しているという噂があり、中東アラビア半島における影響力拡大と地政学的バランスの変更に勤しんでいるようで、そのためにイランとは、友好的な関係を維持しています。

余談ですが、トルコは自国が誇るKargu-IIを始めとするドローン兵器をイラン、シリア、リビア、エチオピア、そしてアゼルバイジャンなどに提供することで各国の安全保障基盤にしっかりと入り込んでいると言われています。

これら3か国による働きかけは、これまでにもサウジアラビア王国やUAEなどに広がり、じわじわと、その強権的な政治体制とも相まって、国家資本主義体制の構築が進んできましたが、今回のイラクからの米軍という重しが取れたことで、力の空白と不安定な状況に中ロそしてトルコが巧みに介入し、勢力圏の拡大を進めています。

この状況が何を引き起こしているのでしょうか。1つは、アラブ諸国に広がる「アメリカは同盟国を見捨てる」というイメージの拡大です。バイデン政権が推し進めるアジアシフト(対中国シフト)がいみじくも、その中国を利する状況になってしまっているわけですが、アメリカ軍が地域からいなくなり、アフガニスタンとイラクというイランの両隣での力のサンドイッチ状況が解消されることでイランはのびのびと行動できるようになりました。

そして、これまでは「イランが核武装するなら我々も」と言っていたスンニ派は、そのイランと直接的に対峙することよりも、各国内で一気に活発化する反政府組織からの攻撃に備えることが優先的になっています。

そのためにイランとの対立を棚上げし、イランの後ろ盾となる中ロ、トルコと接近しており、大げさに言えば、反米勢力の一員に加えられ、中東アラビア半島が反米の色に塗り替えられるのもそう遠くないのかもしれません。アメリカはこれで中東での影響力を失ったのかもしれません。

(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2021年12月17日号より一部抜粋。この続きをお読みになりたい方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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