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『鬼滅の刃』に蔓延する“飢え”。作品が本当に描きたかったテーマとは?

子供から大人まで多くの人を熱中させ、ブームとなった『鬼滅の刃』。同作を見る上で、人によって様々な視点があると思いますが、“飢え”という点で考察するとどんなことが見えてくるのでしょうか。朝日新聞の元校閲センター長という経歴を持つ前田安正さんが自身のメルマガ『前田安正の「マジ文アカデミー」』の中で熟考しています。

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『鬼滅の刃』に見る「飢え」

明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。みなさん、年末年始はゆっくりできましたでしょうか。

僕は年明けに遅ればせながら、吾峠呼世晴の人気コミックス『鬼滅の刃』(集英社)全23巻と「外伝」読みました。

今回はこれを基に書いてみます。年明け最初に「鬼」の話もいかがとは思ったのですが、なかなか感慨深いものがあったので、お付き合いいただければ幸いです。ネタバレ部分も出てくるで、まだお読みになっていない方は、ご容赦ください。

陰の気、得体の知れない精霊

中国の字書『説文解字』には
人が(死後に)帰するものが「鬼」である。霊鬼は陰の気のものであり…
とあります。

人が(死後に)帰するものが「鬼」である、という解釈は、死亡することを「鬼籍に入(い)る」ということばにも表されているように思います。また、「鬼(キ)」と「帰(キ)」は、ともに漢字の成り立ちが同じだという語源感覚があったのではないか、とする説もあります。

「陰の気」が、もともとの意味で、亡霊とか死者を指しました。そこから得体の知れない精霊や化け物、人知を超えたもの、また技や力が人間離れしているという意味に展開しました。「鬼」は甲骨文字にも現れているので、紀元前15世紀頃からこうした概念があったと考えられます。

「山鬼」と言えば「山の精霊」を指すことばです。「鬼気」は人を病気にさせたりする邪気とか、気味悪く、ぞっとするような気配という意味があり「鬼気迫る演技」などという具合に使われます。

「仕事の鬼」「復習の鬼」などは、執念に取りつかれて夢中になっている人のたとえとして、使われました。そこから「ひどい」という意味で、かつては「鬼軍曹」とか「鬼嫁」などということばもよく使われました。

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現代のことばにも通ずる「鬼」のイメージ

最近の俗語として「鬼かわ(いい)=すごくかわいい」「鬼うま(い)=すごく美味しい」「ベルが鬼鳴ってる」なども、こうした流れをうけたものと考えられます。「超」の程度が増したものを「鬼」と表現しているのです。

一方で「神ってる」「神アプリ」などのことばもあります。「神」が「陽の神」で、「鬼」が「陰の神」という対称的なものでありながら、超絶するものを「神」とする意識は、共通するものかもしれません。

「大きい」という意味も含まれ、「鬼アザミ」「鬼ユリ」「鬼ヒトデ」「鬼ヤンマ」など、動植物の形状を表すことにも使われています。

もともと「角が生え人を食らう「鬼」という想像上の妖怪を指すことばではありませんでした。いわゆる「おに」は、仏教の六道の一つ「餓鬼道」に描かれる「餓鬼」が、そのイメージです。前世で我欲をむさぼり、金や食べ物を独り占めした欲深い人間が、餓鬼となり、常に飢えた状態に置かれるというのです。

「飢え」から見た鬼滅 

『鬼滅の刃』で描かれる鬼は、「飢えた状態」が具現化されたものと言えます。ここで描かれるテーマ一つは、「家族への飢え」です。家族のなかで認められなかった者の劣等感、嫉妬、羨望、妬み。これらのマイナスの気が「鬼(き)」として、形を持ったものとして描かれています。

上弦の壱となった鬼・黒死牟(こくしぼう)は、超すに超されぬ双子の弟・縁壱(よりいち)への思いが描かれています。

「お前になりたかったのだ」
「人を妬まぬ者は運がいいだけだ」

黒死牟は、その劣等感を数百年も持ち続けているのです。

家族に対する思い

一方、鬼を退治する「鬼殺隊」のメンバーが幸せな家族に恵まれたかというと、そうでもないのです。主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)こそ、愛情あふれた家庭環境にあったように描かれていますが、同期の嘴平伊之助(はしびらいのすけ)、我妻善逸(あがつまぜんいつ)が同様の環境で育ったとは言いがたいのです。

煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)は、元鬼殺隊に所属していた父との亀裂を味わっていたし、不死川実弥(しなずがわさねみ)は、鬼の支配する家に生まれ育ち、逃げ出したところを煉獄杏寿郎に救い出された過去を持ちます。栗花落(つゆり)カナヲは、虐待にあって売られるところを胡蝶カナエ・しのぶの姉妹に救われたのです。カナヲは、虐待にあって感情もことばも判断力も失っています。

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「永遠」を巡る争い

もう一つのテーマが「生への飢え」です。

「鬼」の始祖となった鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)は、平安時代から「生」に取り憑かれて生きています。病弱だった無惨に医師が与えた薬で強靱な肉体と不死を手にいれました。しかし、日を浴びることができなくなり、人の血肉を求めるようになったのです。無惨の望みは、日中も行動できる完璧な不死身でした。

鬼殺隊の当主・産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)は、無惨と同じ血筋だと言います。無惨のせいで一族は呪われ、短命に終わります。それを解決する手段が、鬼と化した無惨を討つことだというのです。

つまり、1000年続く「長命」を得るための一族の争いに、鬼と鬼殺隊が、それこそ命を賭けるという構図にも読めるのです。

専制君主と家族

1000年もの間、力を蓄えてきた無惨は超越的な力を持ち、鬼を配下に治めています。いわば専制君主です。鬼も不死を得て力を蓄えています。しかし互いに力を誇示するばかりで、協力体制は取れていません。

一方、鬼殺隊は人なので、生命の限界があります。互いに協力し合わなければ、鬼には勝てません。そして、それぞれが独自の考えで鬼に対応しています。産屋敷は、鬼殺隊のメンバーを「私の子供たち」と呼び、家族のごとく扱うのです。

この争いには「許し」はありません。那田蜘蛛山(なたぐもやま)での闘いのときに、家族に固執する鬼(蜘蛛)に対して、炭治郎が同情を寄せる場面もあります。しかし、格上の鬼と闘うに従って、鬼にも鬼殺隊にも「許せない」「許さない」という感情が衝突します。

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柱の意味するもの

「鬼殺隊」のトップ9人の剣士は「柱」と呼ばれています。「柱」には、組織を成り立たせ、支える最も重要は人を意味します。しかし、死者の霊を数えたり、神や仏、高貴の人を数えたりする助数詞でもあります。ここに「死者の霊=鬼」という構図を見ることもできます。

先に述べたように、鬼舞辻側、産屋敷側に立って戦うものたちは、それぞれに過去の辛さを引きずっています。つまり、鬼になるか鬼殺隊になるかは、偶然が導いた結果とも言えます。それは炭治郎の最後の姿に象徴されています。

表と裏の存在

「人を妬まぬ者は運がいいだけだ」という黒死牟のことばは、「鬼殺隊になった者は運がいいだけだ」と読み替えることもできそうです。

まさに表裏一体。物事には必ず表と裏があり、それが分かちがたく存在しているということかもしれません。シェークスピアの戯曲『マクベス』にも「穢いはきれい、きれいは穢い」という台詞に通ずるものがあります。

ことばの意味するものが、人の思いを左右します。また、人の思いがことばの意味するものを作り出しもします。「鬼」も僕たちの思いが表出したものの姿かもしれません。

産屋敷耀哉は鬼舞辻無惨に言います。

永遠は人の想いだ。
人の思いこそが永遠であり
不滅なんだよ
君は誰にも許されていない

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image by: sumito / Shutterstock.com

前田安正この著者の記事一覧

未來交創株式会社代表取締役/文筆家 朝日新聞 元校閲センター長・用語幹事 早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了 十数年にわたり、漢字や日本語に関するコラム「漢字んな話」「漢話字典」「ことばのたまゆら」を始め、時代を映すことばエッセイ「あのとき」を朝日新聞に連載。2019年に未來交創を立ち上げ、ビジネスの在り方を文章・ことばから見る新たなコンサルティングを展開。大学のキャリアセミナー、企業・自治体の広報研修に多数出講、テレビ・ラジオ・雑誌などメディアにも登場している。 《著書》 『マジ文章書けないんだけど』(21年4月現在9.4万部、大和書房)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』(すばる舎/朝日文庫)、『漢字んな話』(三省堂)など多数。

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【著者】 前田安正 【月額】 ¥660/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎月 5日・15日・25日

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