西安在住のフリージャーナリストの江雪氏は、閉鎖中の日記「長安の十日間」の中で、「この都市は、最終的にどんな壮大な物語から苦しみが語られても、私は、今夜はただ、父親を失った少女のこと、泣きながら見知らぬ防疫官のところに行って生理用品をもらい、何度も何度も告げた若い母親のことだけを考えている。そして、辱められ、傷つけられ、ないがしろにされてきた人々。そもそも、こんな目に遭う必要はなかった」と書いている。
混乱状態の後、反省も教訓もなく、官僚たちが「表彰と賞賛」を急ぐようでは、人々の苦しみは「無駄に終わるだけ」である。西安の惨憺たるコロナ対策は、西部地域の管理水準が上海や広東などの先進地域からかけ離れていることをある程度反映しているといえるだろう。
中国で2年間の新型コロナと戦う経験と、武漢でのロックダウンの前例がある。しかし、住民人口1,000万人を超える西安は、新型コロナに関する知識がほとんどなかった武漢に比べて進歩はなさそうだ。抜け穴だらけで、食料不足などで苦しんでいる人が多いことに胸が痛む。
2022年の西安、響きわたる悲鳴は、この2年間、新型コロナを封じ込めると宣言する中国の防疫対策に影を落としている。武漢、そして西安、ロックダウンの教訓は深い。人々の生活と人権が侵害されるに第三の中国都市が生まれないことを願うばかりだ。
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