思わず口ずさんでしまう懐メロのように、ファッションでも懐かしさの感じられる洋服に飛びつく人が増えるかもしれません。今回のメルマガ『j-fashion journal』では、著者でファッションコンサルの坂口昌章さんが、 “懐フク”の特徴と今後のファッション業界のデジタル化を踏まえての提案をしています。
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懐メロならぬ懐フクはどうか?
1.懐メロとは何か?
懐メロは「懐かしのメロディ」の略で、狭義には、1930年代から1950年代までの歌謡曲を指す。昔は歌謡曲を流行歌と呼び、常に新しい歌が発表され、人々は新しい歌を追いかけていた。
しかし、70年代以降、団塊世代がグループサウンズ、フォークソング、ニューミュージック等の新しいジャンルを生み出すにつれ、旧世代との世代間ギャップが広がって入った。彼らの歌はビートルズなどの洋楽がベースにあり、戦前、戦中、戦後と続いてきた歌謡曲、演歌は、小唄、端唄、浪曲、講談等の邦楽をベースにしたものだった。大げさにいえば、歌の世界の文化の衝突である。
普通の歌番組には自分たちが歌える歌が流れない。むしろ、昔の歌を集めて流した方が懐かしくて親しみやすいと考える人か大勢いたのだ。
同じように、服装も変化していった。懐メロ世代に服装は、和洋折衷だった。会社に行く時は背広を着て、家に戻ると着物に着替えた。当時は、現在のようなカジュアルウェアはほとんど存在していなかった。背広以外は、軍服、作業着、運動着程度。夏になると縮みのシャツにステテコ、腹巻、カンカン帽で自転車に乗っていた。
団塊世代の男性は、VANのアイビールックでお洒落に目覚め、その後、Tシャツ、ジーンズ等のアメリカンカジュアルにも親しんでいった。ライフスタイルのベースはアメリカ文化である。
今風の歌では満足できず、懐メロに飛びついたように、今風の服では満足できず、懐フクに飛びつく人は出てこないのだろうか。
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2.懐フクの特徴とは?
今の服と、昔の服との違いは何だろう。第一に、昔の服は重かった。特に、メンズの服は重かった。重いということは、打ち込みが良い良質の生地が多かったということでもある。
ジャケットが軽くなったのは、イタリアブームの影響が強い。それまでは英国風のしっかりとしたスーツが好まれたが、イタリアでは風に裾がなびくようなジャケットが良いとされた。
しかし、イタリアのジャケットの軽さは、良質で細いウール糸の軽さであり、現在のような打ち込みが甘いペラペラな軽さとは異なる。
これはシャツにもパンツにも通じる。昔の紳士服地は重く厚くしっかりとしていた。紳士服地と婦人服地は明らかに異なっていたのだ。しかし、これも80年代頃から婦人服地のような軽い生地のメンズウェアが市場に出るようになった。
第二に、昔の服はゆとりが多く着やすかった。今の服は、身体にフィットしている方がカッコイイと評価されるようだ。
数年前から、欧州ではビッグシルエットが主流になりつつあるが、日本ではあまり見られない。
これは、価格志向が強いために、ビッグシルエットが流行しても、用尺が掛かるシルエットは価格が上がるために敬遠されていることもあるだろう。
そもそも、日本の夏は高温多湿であり、密閉型の洋服は湿気がこもって不快である。日本のきものは開放型の構造で湿気を逃がす構造になっている。日本に洋服が入ってきた時も、ボタンを首まで止めるのは息苦しく感じたに違いないし、また、あまりにもタイトなシルエットは動きづらいと感じただろう。
ゆとりの多い洋服は、ある意味で和洋折衷なのである。
第三に、昔の服はスタンダードなデザインが主流だった。というより、きものは形の変化がないので、洋服に対しても、形の変化より色柄の変化を好んだ。ベーシックな形に色柄の変化、というのが基本だった。
これは、婦人服に顕著だった。プリントのブラウスやワンピースの人気が高かった。また、シルクのように薄くしなやかなレーヨン、ポリエステル生地も、きものになれていた日本人には馴染みやすいものだった。
これも懐フクニーズと言えるだろう。
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3.顧客がコレクションを作る
ファッションとは常に変化を続けるものだ。従って、昔の服をテーマにして新しいコレクションを作ることもできる。
私が言いたいのはそういうことではなく、膨大な過去のアーカイブを丸ごと保存して、それを活用できないだろうか、ということだ。パターンCADデータをデータベースに保存しておけば、いつでも使えるし、そのデータを工場に送信することもできる。
アナログな時代では、昔の服のデータを保存しておくのは困難だったが、デジタルな時代ならば容易である。
デザイナーやアパレル企業がコレクションを作る。それをデジタルデータとして保存し、いつでも復刻できるようにすれば、毎年コレクションは増え続ける。
その中で気に入ったデザインがあれば、それを一生着続けることも可能である。常に新しいファッションを追いかけるのも楽しいが、自分のスタイルが決まってくれば、同じ服を一生着続けるというニーズも生れてくるのではないか。
メンズなら、シャツとパンツジャケットを一型ずつ保存しておけば、生地の乗せ換えだけで迷う必要はない。
これは婦人服でも同様である。ジャケットスカート、シャツとパンツ、ワンピースを基本としてジャケットを組み合わせてもいい。女性は男性よりも変化を好むだろうが、それでも、自分自身の制服を作ってそれを着続けるという発想もできるだろう。
この場合、生地が重要である。例えば、テキスタイルメーカーと組んで、顧客にシーズン毎に新しいコレクションを選ばせることもできるだろう。新しい生地、あるいは定番の生地で新型の服を作ってもいいし、継続している型のパターンの服を作ってもいい。
デザイナーは新型を提案し、テキスタイルメーカーは新しい生地を提案する。それを組み合わせるのは顧客でもいいだろう。そうなれば、コレクションを作るのは顧客ということになる。
あるいは、スタイリストのような人が、お客様と会話しながら、パターンと生地の組合せを決めていくのも良いかもしれない。
こうなると、ファッションビジネスの流通もビジネスモデルも一新される。縫製工場とパターン、テキスタイルメーカーが顧客と対峙して新しいコレクションをつくり出す。個々の顧客が自分のブランドを持つという発想である。
■編集後記「締めの都々逸」
「古い奴だと 思われたけど 毎年買ってる同じ服」
サスティナブルって何でしょう。ファッションが持つ根本的な特徴は変化を続けるということです。しかし、一度発表した服の販売を1シーズンで終了する必要はないのではないか。勿論、定番と呼ばれる服は何年も継続します。バーバリーのトレンチコートのように。
これを最初から仕組みとして取り入れられないか。シーズン毎に新しい服を作り足していくという発想。コレクションは毎年増え続けるという発想です。
デジタル化によって、こんなビジネスも可能になりました。どこかやらないかなぁ。(坂口昌章)
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