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西側と交渉決裂。ロシア「核」使用もあるウクライナ侵攻シナリオ

緊迫度を増すウクライナ情勢の打開を図ろうと、年明け早々の10日にアメリカ、12日にNATO、13日にはOSCEがロシアと協議しましたが、いずれも不調に終わってしまったようです。この状況に「決裂」という決定的な表現を選択するのは、ロシアの軍事・安全保障政策が専門の軍事評論家・小泉悠さんです。今回のメルマガ『小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略』では、着々と集結するロシア軍の動きからウクライナへの侵攻準備が整いつつあると警告。核を限定的に使用するオプションまであると分析しています。

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西側との対話決裂 考えられるオプション

あけましておめでとうございます、というにはもう年が明けてからだいぶ時間が経ってしまいました。とはいえ、まだ新年に入ってから2週間少しだというのに、今年ももう随分と盛り沢山な感じです。

カザフスタンにおける突如の騒擾発生とこれに対する集団安全保障条約機構(CSTO)による平和維持部隊の派遣、そしてこの間に起きたトカエフ大統領によるナザルバエフ元大統領排除の動き(と思われるもの)はその第一に数えられるでしょう。第二に、北朝鮮が極超音速ミサイルと自称する新型ミサイルを立て続けに発射し、どうやら実際にある程度の軌道変更能力を持っているらしいことがわかってきました。

これらの出来事については次回にでも詳しく扱いたいと思いますが、今回は第三の出来事、すなわちウクライナをめぐるロシアと西側の関係性について引き続き考えてみたいと思います。

失敗に終わった対話

先週、ロシアと西側諸国の間では一連の対話が行われました。最初に行われたのは、1月10日の米露外務次官級協議です。米国のシャーマン国務副長官とロシアのリャプコフ外務次官を筆頭とする両国外交団はスイスのジュネーヴで会合し、昨年12月にロシア外務省が提示した新たな欧州安全保障枠組みに関する条約案について8時間にわたる話し合いを持ったとされています。

ロシア外務省のサイトに掲載された条約案を見ると、

などが謳われており、一種の不可侵条約を目指したものであることがわかります。

しかし、協議後、シャーマン副長官はNATO不拡大案は受け入れられないとして上で、ロシアがウクライナへの軍事圧力を緩和しないことには「建設的で生産的な外交を行うことは非常に困難だと伝えた」ことを明らかにしました。
ウクライナ情勢でアメリカとロシアの高官が協議 隔たり大きく | NHKニュース

続く12日には、ロシアがNATOに対して提案した類似の条約案(本メルマガ第158号を参照についての協議が行われましが、その結果はやはり大同小異でした。

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NATO側はミサイル配備規制については話し合う余地ありとしたものの、NATO不拡大要求に関してはやはり受け入れられないとの姿勢を示したためです。この方針は協議前の7日に行われたNATO外相会合で予め確認されていたものであり、驚くべきことではないとしても、やはり協議が決裂したことには変わりはありません。協議後、ストルテンベルク事務総長は、「ウクライナのNATO加盟拒否を認めることはない」とこの点をあらためて強調しました。

他方、ロシア側の交渉代表者を務めたグルシュコ外務次官(ロシアの役所には複数の次官がおり、そのうえに第一次官、さらにそのうえに大臣がいるという構造になっている)は、「ロシア側の提案の都合のいい部分だけを選ばれることは容認できない」として、NATO不拡大提案が受け入れられなかったことに不満を示しています。
NATO、ロシアに軍備巡る協議提案 ロシアは危険性警告 | ロイター

13日に行われたOSCE(欧州安全保障協力機構)との協議も同様の結果に終わっています。この点は『朝日新聞』に端的な要約があるので以下に抜粋してみましょう。

「ロシアの主な要求は三つ。1. NATO拡大を停止し、旧ソ連のウクライナ、ジョージアの加盟を認めない 2. NATOの東方拡大が決まった1997年以降、東欧に配備した部隊、兵器を撤去 3. ミサイル配備規制や軍事演習の制限──などだ。米国とNATOは「『開かれたNATO』の原則」を盾に拡大停止は「問題外」とし、兵器の撤去も拒否。軍縮や双方の透明性を確保する措置などについてだけ、協議の継続を提案した」(1月15日付朝日新聞

1週間の間に集中的な協議の帰結は、どれもひとつの方向性を示しています。つまり、軍備管理や信頼醸成については話し合うことができるが、NATO不拡大に関するロシアの要求は認められないというのが西側の立場である、ということです。

そして、前掲の第158号で述べたとおり、これこそがロシアの要求の本丸であることを考えるならば、一連の協議は決裂に終わったと見てよいでしょう。たしかにリャプコフ次官は今回の協議に関して「アメリカ側は、ロシアの提案を真剣に深く考えている印象を受けた」と述べているものの、その結果は前述のとおりです。

さらにいえば、ロシアがウクライナ国境付近に部隊を集結させてはじめて「NATO東方不拡大」というアジェンダを「真剣に深く考え」るようになったのだとすれば、ロシアは軍事的威圧の効果に関して一種の手応えさえ感じているのかもしれません。

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続く部隊集結

この間にも、ロシアはウクライナ国境周辺への軍事力展開を着々と続けていました。昨年11月時点において、ウクライナ周辺に集結しているロシア軍は39個大隊戦術グループ(BTG)、兵力にして11万4000人であるとウクライナ国防省は見積もっていましたが、現在ではその数はさらに増加していると見られます。
Ukraine Demands Beefed-Up U.S. Military Response to Russian Buildup | foreignpolicy.com

各種の調査報道によると、現在、ロシア軍はウクライナ国境にもともと展開している南部軍管区の部隊だけでなく、西部軍管区の第20諸兵科連合軍及び第1戦車軍の主力をブリャンスク、ヴォロネジ、ボグチャルに至るウクライナ北方地域に戦略展開させていると見られます。

また、サマラ付近には中央軍管区から展開してきた第41諸兵科連合軍の主力が居座っているほか、年明け以降には東部軍管区からも部隊がウクライナ付近への鉄道機動を開始していると思しき映像がインターネット上で多数見られるようになりました。
Техника Восточного военного округа едет на Запад | by CIT | Jan, 2022 | Medium

今月15日に海軍分析センター(CNA)のマイケル・コフマンとドミトリー・ゴレンブルグが『ワシントン・ポスト』に寄せた記事によると、以上を合計すると60個BTGに達するとされています(ただし、両名は、60個BTGの兵力は4万8000人程度、支援部隊を含めても8万5000人くらいであろうとしている)。
Russia has been shifting troops to the Ukraine border for months. – The Washington Post

先週からはヘリ部隊の空中機動も目撃されており、あとは航空宇宙軍の戦術航空機が周辺の飛行場に展開すれば侵攻作戦の準備はひとまず整ったということになるでしょう。これについては昨年12月3日の『ワシントン・ポスト』が100個BTG、17万5000人で進行を開始するという米国情報機関の見通しを伝えており、このとおりであれば現在は進行兵力の6割が揃った状態ということになるでしょう。
Russia planning massive military offensive against Ukraine involving 175,000 troops, U.S. intelligence warns – The Washington Post

断っておくならば、ロシアが本当にウクライナに侵攻するのかどうかはまだ不明です。おそらくこれはプーチン大統領とほんの数人の側近だけが決定する問題であって、多分、この点について自信を持って答えられる人間はモスクワにもそう多くはいないはずです。

ただ、外形的に観察できる範囲で言えば、ロシアはこれまでで最大規模の兵力をウクライナ周辺に集結させており、政治指導部の決断さえあれば相当大規模な軍事作戦を開始できることは確実であると思われます。

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偽旗作戦

それがいつ、どのようにして始まるのかについては、昨年末にYahoo!ニュース個人に簡単なシナリオを示しました。
米露首脳会談でも止まらない ロシアによるウクライナ侵攻の危機(小泉悠) – 個人 – Yahoo!ニュース

主な想定シナリオは2つで、

  1. サイバー攻撃や騒擾を引き起こしてウクライナを混乱状態に陥れた上で、人道的介入とか平和維持作戦の名目でロシアが介入する
  2. 真正面からロシア軍が侵攻し、ウクライナ軍を打倒する

のいずれかでしょう(第2のシナリオについてはNEW BOOKSのコーナーで紹介したバラバノフのシナリオも参照されたい)。

この考えは現在も大きく変わっていませんが、その後、2つの興味深いニュースが出てきました。その第1は、ロシアがウクライナ東部で「偽旗作戦」を目論んでいるというものです。偽旗作戦というのは要するに自作自演で、自分で何かことを起こしておきながら標的国に責任をなすりつけ、自らの軍事力行使の口実とすることを言います。

そして、1月14日にCNNが米国政府高官の談話として報じたところによると、ロシアによって訓練された破壊工作員が爆発物を用いてウクライナ東部の親露派武装勢力にテロを仕掛けることを計画している兆候を米国の情報機関はキャッチしたとのことです。このような見方は米国防総省やウクライナ国防省からも提示されており、どうやらこれがロシアによる開戦の口実になるのではないかというのが現在の焦点となっていることが窺われます。
First on CNN: US intelligence indicates Russia preparing operation to justify invasion of Ukraine – CNNPolitics

ただ、この記事の中盤では「そういう情報は入ってきているが現在では(その見通しが)格下げされている」というジェイク・サリバン国家安全保障担当補佐官の談話も紹介されており、既に予期された方法でロシアが戦争を始めると考えるのは早計でしょう。

ロシアの軍事思想において常に強調されてきたのは、偽装(マスキロフカ)によって敵の情勢判断を誤らせ、奇襲を仕掛けることの重要性であって、こうした方法を弱体な敵に対して用いれば戦争の初期段階(IPW)で決着をつけることが可能であるとされているからです。したがって、CNNの報道が事実であれば、ロシア軍としては「やっちまったな」ということで何か別の方法を考えるかもしれません。

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ロシア軍戦略核部隊大演習と「エスカレーション抑止」

もうひとつ気になるのは、毎年秋に実施される戦略核部隊大演習が昨年は実施されなかったことです。ただ、1月3日に報じられた未確認情報によると、ロシアはこれを今年初頭に延期して実施する方針であるとされており、近いうちに弾道ミサイルの発射訓練を含む大規模演習が始まる可能性はあるでしょう。
Источник: учения стратегических ядерных сил России пройдут в начале 2022 года – Армия и ОПК – ТАСС

問題は、これが単なる演習であるのかどうかです。といっても、ロシアが西側に対して核攻撃を行うという話ではなく、ウクライナへの侵攻と同時に戦略核部隊演習を行うならば、西側に対する強力な牽制球としての機能が期待できるだろうということです。

ロシアでは1990年代から、紛争参加国を限定するために(つまり米国などの有力な大国の介入を阻止するために)核兵器を用いるという考えが生まれており、米国ではこれがロシアによる限定・予防的核使用(いわゆるエスカレーション抑止)につながるのではないかという懸念が持たれてきました。

たとえば、ロシアが旧ソ連の小国に対して行った軍事介入にNATOが介入してきそうだとなった段階で、無人地帯に「デモンストレーション」的に限定核攻撃を行うとか、それでも介入を諦めない場合には重要な目標を少数選んで「威嚇」的な攻撃を行うという考え方です。

1999年にロシア軍部内誌『軍事思想』に掲載されたレフシン、ネジェーリン、ソスノフスキーの三軍人による連名論文は、この種の核使用を6つに類型化したものとして西側でも度々引用されてきました(В. И. Левшин, А. В. Неделин, М. Е. Сосновский, “О применении ядерного оружия для деэскалации военных действий,” Военная мысль, No. 3 (1999), pp.34-47.)。

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ただ、ロシアにおける議論の動向を詳細に分析したマイケル・コフマンらの研究やディマ・アダムスキーの研究を見るに、いくら「デモンストレーション」であっても核兵器を実際に使用することはあまりにリスキーであるとロシア軍でも見られているようです。

したがって、現在のロシアの軍事思想においては「デモンストレーション」や「威嚇」によるエスカレーション抑止は排除されないものの、その前段階において訓練を装った核威圧も含まれるようになっていると見られるわけですが、これは現在の状況とどうにも不気味に符合しています。

つまり、ウクライナへの軍事介入の前、あるいは最中に戦略核部隊大演習を行なって、西側に対しては「手出しするなよ」というメッセージを発するのではないかということです。これはこれで非常に危険な振る舞いではあるにせよ、実際の限定核攻撃を行うのに比べれば遥かに低リスクで、しかも確実にロシアのメッセージを伝達できるとモスクワが踏む可能性は排除できないでしょう。

新年からどうもあまり明るい話になりませんでしたが、これが不吉な初夢に終わることを祈りたいと思います。また、冒頭で述べたとおり、2022年には北朝鮮とカザフスタンに関しても不穏な動きが見られるので、何事もなければ次回はこちらの話を取り上げたいと思います。

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image by: Shutterstock.com

小泉悠この著者の記事一覧

千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了(政治学修士)。外務省国際情報統括官組織で専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所特別研究員などを務めたのち、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。

 

ロシアの軍事や安全保障についてのウォッチを続けてきました。ここでは私の専門分野を中心に、ロシアという一見わかりにくい国を読み解くヒントを提供していきたいと思っています。

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