Netflixドラマとして公開され、大きな話題となっている『新聞記者(Journalist)』。豪華出演陣もさることながら、その作品クオリティーの高さなどが評価されているようです。「Windows95を設計した日本人」として知られる世界的エンジニアの中島聡さんは自身のメルマガ『週刊 Life is beautiful』の中で、日本の既存のテレビ放送局で放映されるドラマとNetflixの『新聞記者〜』や韓国発の『イカゲーム』などのクオリティーが雲泥の差であることを指摘しつつ、「私がNetflixのコンテンツ担当者だったら」と仮定し、戦略シミュレーションを披露しています。
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
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Netflix放送革命の最終章
Netflixで公開された「新聞記者(Journalist)」を観ました。映画版の方は米国で観る方法がなかったので、こんな風に日本で話題になっている番組をすぐに世界中で観られるのは本当に素晴らしいことです。
映画のストーリーに関しては、さまざまな人が既にネットで発言しているので、ここにはあえて書きません。あくまで、「実際に起こった事件をベースにしたフィクション」としておくのが良いと思います。
「新聞記者」を観て思ったことはいくつかありますが、最初に感じたのは、同じくNetflix経由で見た「日本沈没」との違いです。脚本・演出・演技のいずれの面でも「新聞記者」の圧勝で、その差は、プロ野球と子供の草野球ぐらいの開きがあり、その差は、ちょっとやそっとでは埋まるものではありません。
私がTBSの経営者であれば、相当な危機感を感じるだろうと思います。こんな差が開いてしまったのには、社内政治、昔からの慣習、事務所との力関係、スポンサーの意向などさまざまな理由があるのだろうとは思いますが、ここまで差をつけられてしまったら、放送局という存在そのものの危機です。
Netflixという会社には昔から注目していますが、Netflixのコンテンツ作りに対する態度は、「真摯」と呼べるほどクリエーター重視ですが、その背景には「良質なコンテンツが加入者増に直結する」というストレートなビジネスモデルがあります。
Netflixは「優秀な人を雇い、その人を全面的に信頼して仕事を任せる」という企業文化で成長してきた会社ですが、その企業文化が、会社の外にまで染み出し、Netflixが「クリエーター(このケースでは監督)に最大の力を発揮してもらえる場」を提供することに専念した結果が、このような素晴らしい作品を生み出したのだと思います。
Netflixの日本の会員数は、去年の9月で500万人だったそうですが、この作品のおかげで今年中には1000万人を超えるだろうと私は観ています。Netflixに加入する人は、「Netflixというサービスを楽しみたいから」加入するのではなく、この「新聞記者」や、去年話題になった「イカゲーム」などの他では観ることの出来ないコンテンツを楽しむために加入するのです。
その意味では、「新聞記者」は、たった1本で、300~500万人の新規加入者を増やす力を持ったコンテンツなのです。少し前までは、日本では「テラスハウス」が新規加入者を増やす役割を果たしていたようですが、出演者の一人が起こした自殺事件が大きなイメージダウンになったため、Netflixとしては仕切り直しの良いコンテンツが必須だったのです。
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次に感じたのは、Netflixのグローバル・コンテンツ戦略の脅威です。Netflixは、国ごとに必要とされているコンテンツは異なる、という信念の元に、いくつかの国にローカル・コンテンツを制作する拠点を作り、それぞれの国の担当者に「その国の加入者を増やすコンテンツ作り」に専念するように指示したのです。
その結果作られたのが、韓国発の「イカゲーム」や日本発の「新聞記者」なのです。「イカゲーム」は韓国だけでなく、世界中でヒットになりましたが、それは決して、「ハリウッドの真似をして世界を狙ったコンテンツ作り」の結果ではなく、「韓国市場向けの韓国人による作品」が、そのクオリティの高さにより世界に通用してしまった結果なのです。
「新聞記者」の方は、ベースとなった森友学園事件等の知識を持つことがコンテンツを楽しむ上で重要な役割を果たしているため、グローバルでの大ヒットには至るとは思いませんが、作品そのもののクオリティも出演者たちの演技も超一流であり、「イカゲーム」に決して負けていません。
つまり、このクオリティの作品を作り続けていれば、「イカゲーム」のように世界で大ヒットする作品も日本から生まれても全く不思議はないのです。私が日本のクリエーター(監督、脚本家、演出家)であれば、日本の放送局の下請けとして働くのはすぐに辞め、Netflix向けのコンテンツ作りに専念するだろうと思います。
こんなことを書いているうちに、「私がNetflixのコンテンツ担当者だったらどんな戦略を立てるだろう?」と考え始めてしまいました。
まず最初にすることは、既存の放送局から(『日本沈没』のような)コンテンツを購入することをストップします。これほどコンテンツ力に差がついてしまった今、放送局からコンテンツを買う必要は全くありません。
次にやることは、日本で過去に成功したテレビドラマをリストアップし、それぞれに関して、リメークする価値があるか、リメークする際に放送局を排除して原作者と直接契約することが可能か、を調べます。
たとえば、月9の代表作とも言える「東京ラブストーリー」。スマホがない時代だからこそのすれ違いがありますが、あのドラマに流れるテーマは時代を超えて普遍なので、すれ違いの部分だけ上手に作り直せば、今でも十分に使える素材だと思います。原作は柴門ふみさんが『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)に掲載した漫画なので、彼女や小学館がフジテレビと「ドラマ化の独占契約」さえ結んでいなければ、(フジテレビを排除して)新たに脚本を作り直してリメークすることは十分に可能です。
「東京ラブストーリー」に限らず、日本の漫画業界には素晴らしい作品が溢れているので、それらの実写化をコツコツとしていくのもありだと思います。
「アニメ化で十分じゃないか」と考える人も多いと思いますが、アニメだとどうしても市場が限られてしまうので、実写化の方がNetflix全体にとっての価値は大きいと思います。
とは言え、ジブリ作品や新海誠監督の作品クラスのものは別格なので、彼らの新作に投資するという戦略もありだと思います。新海誠監督に関して言えば、「天気の子」に続く「すずめの戸締り」の制作は既に始まっていますが、その次の作品を取りに行きます。
彼の新作が「Netflixでしか見れない」となれば、それだけのために加入する人はたくさんいるでしょう。新海誠さん自身にとっても、「いきなり世界で勝負する」チャンスが得られるので、悪くないと思います。
ジブリ作品は、せっかく良いものを作っても、配給権を持つWalt Disneyが全く本気で上映してくれない状況(アカデミー賞を取った「千と千尋」ですら、米国での上映館の数は、ごくわずかでした)がいまだに続いています。ジブリとDisneyとの間の契約がどうなっているかを調べ、可能であれば、Disneyとの関係を絶って Netflixだけで新作を配信するという関係を結ぶことを目指すと良いと思います。
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image by: Vantage_DS / Shutterstock.com