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世界的エンジニアが喝破。トヨタが「Tesla」と同じ土俵で戦えないワケ

電気自動車で世界をリードするTeslaの決算が発表されました。市場予想を上回るとされる数字が並ぶ中でも「粗利益率」に注目すべきと語るのは、メルマガ『週刊 Life is beautiful』著者で「Windows95を設計した日本人」として知られる世界的エンジニアの中島聡さん。トヨタの直近の粗利益率約16%に対しTeslaが30%に達している理由として「自社製チップ」の存在をあげます。この自社製チップにより自動運転においてもその優位性は拡大し、トヨタは同じ土俵で戦うことすら難しいと厳しい見通しを示しています。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

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自社製チップと粗利益率

先週、TeslaとAppleの決算が発表されました。Teslaの決算結果についての細かな話を知りたい人は、Voicyの「Teslaの決算を分かりやすく解説」を聴いて下さい(メルマガとVoicyをどう使い分けるかは模索中です)。

決算発表の中で、私が最も注目していたのは、「売り上げ(revenue)」の伸びと「粗利益率(gross margin)」です。成長が落ち着いた成熟した会社においては、「営業利益(income from operations)」や「利益(net income)」が重要ですが、Teslaのように成長が著しい会社の場合、営業利益や利益にはノイズが多いので(Teslaの場合、CEOのElon Muskに対するボーナスが最も大きなノイズです)、まずは「売上」と「粗利益率」を見るべきなのです。

粗利益率とは、売上から売上原価(cost of goods)を引いて求めた粗利(gross profit)を売上で割って求める数字です。
粗利益率=(売上-売上原価)÷売上
自動車の場合で言えば、さまざまな部品や素材のコスト、消耗品、人件費、光熱費、機材のリース費用など、自動車を製造する際に直接必要な費用をすべて合わせたものが売上原価です。「直接費用」であることが重要で、研究開発費、宣伝広告費、営業費、事務費、(建物の)減価償却費などは含みません。

粗利益、もしくは粗利益率が重要なのは、研究開発や建物に対する投資を粗利益によって回収し、その後は利益を出す、というのがどんなビジネスにおいてでも基本だからです。

日本でタケノコのように作られた「タピオカ屋」の場合、店舗の設置コスト(初期費用)が高々300~500万円なのに対して、1杯500~600円するタピオカの粗利益率がとても高いのです(材料費だけだと80~90%、人件費を含めても50%以上)。そのため、数ヶ月間で初期費用が回収出来て、その後は継続的に利益を生み出すことが出来るのです。

こんなビジネスの累積損益をグラフにすると下のようになります。最初は初期投資分だけ赤字ですが、売り上げをあげるたびに粗利益の分だけ赤字が減り、ある時点からプラスに転じます。実際には、売上原価以外に、広告宣伝費や営業・事務費用がかかるため、もっと複雑ですが、ビジネスのベースには、この「初期投資を粗利で取り返して、黒字に転じる」ことがあることを覚えて下さい。

粗利益率が大きいということは、このグラフの傾きが大きいことを意味し、その分だけ、早く初期投資を取り戻すことが可能なことを示します。逆に言えば、粗利益率が大きなビジネスは、大胆な初期投資をすることが可能だし、広告宣伝や営業活動に回すお金も潤沢にあることを示しています。

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ここでTeslaとAppleに話を戻すと、それぞれ粗利益率が約30%、40%という結果でした。これはハードウェアを売っている会社としては驚異的に高い数字です。パソコンメーカーや自動車メーカーは、10~20%が普通で、例えばトヨタ自動車は直近の決算で粗利益率は約16%でした。

TeslaとAppleの両方に共通する点は、二つあります。どちらもハードウェア・メーカーでありながら、ソフトウェアで勝負(差別化)をする会社であり、かつ、心臓部のチップには自社製品を使っている点です。

ソフトウェア企業の粗利益率はとても高いことが知られています。代表的な、Microsoftの場合だと、その粗利益率は80%を超えています。これは、ソフトウェアの「原材料」が不要なためです。ソフトウェアの売上原価として計上されるのは、電気代と、(消耗品扱いされる)サーバーの減価償却費ぐらいです。

TeslaとAppleは、ハードウェア・メーカーではあるものの、大きな価値はソフトウェアやサービスにより生み出しているため、粗利益率が通常のハードウェア・メーカーよりも高くなるのです。特にTeslaの場合、オートパイロットや自動運転機能はハードとは別売りのソフトウェアオプションなので、その部分だけ見ると粗利益率はほぼ100%なのです。

自社製チップも粗利益率を高くすることに大きく貢献しています。心臓部のチップをNvidiaやIntelから購入する場合、その購入価格すべてが「売上原価」に加算されます。

例えば、トヨタ自動車がNvidiaから自動運転用の2000ドルのチップを購入していると想定しましょう(実際、Teslaも昔はそうしていました)。その場合、その2000ドルが売上原価に加わります。

Nvidiaは、そのチップの製造をTSMに委託していますが、NvidiaがTSMに製造原価として支払っているのは800ドル程度なのです(40%)。つまり、2000ドルのうち、1200ドルはNvidiaの粗利益なのです。Nvidiaは、その粗利益を使って、莫大な研究開発費を回収し、その後は利益をあげるのです。

そのため、トヨタ自動車が自動運転機能を4000ドルで売ったとしても、粗利益は1000ドル、粗利益率は25%にしかならないのです。

しかし、Teslaは今は自分で開発したチップを採用し、Samsungに製造を委託しているため、(値段が同じだと仮定すると)製造原価は800ドルしかかかりません。同様に4000ドルで自動運転機能を販売したとすれば、利益率は80%になります。

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それだけでも大きな違いですが、「ハードウェア・オプションの設置」にお金がかかる自動車の場合、さらに大きな差が開きます。

自動運転チップをNvidiaから購入しているトヨタとしては、全ての車種にNvidiaのチップを搭載すると車の値段が高くなってしまうので、自動運転機能が標準装備されている高級車や、購入者が自動運転オプションを購入時に選んだ場合のみ、Nvidiaのチップを搭載します。

そのため、購入時に自動運転オプションを選ばなかった人が、後から自動運転機能を追加しようとする場合、ディーラーにまで自動車を持ってきてもらう必要があるため、手間もかかるしコストも高くなってしまいます。

一方のTeslaは、全てのTesla車に(自社製の)自動運転チップを搭載しておき、ソフトウェアオプションとして自動運転機能を提供することが可能です。これにより、ユーザーにとって自動運転オプションを選ぶ敷居が大きく下がるし、コストも大幅に節約することが出来ます。チップを大量に購入することにより、一つあたりのコストを下げることすら可能です。

ちなみに、トヨタ自動車の場合、自動運転チップどころか、そのチップを搭載したボードを丸ごと外注するため、自動運転オプションに必要なハードのコストは5000ドルを超える可能性が高いのです。そうなると、全車装着は到底無理です。

一方のTeslaは、既にModel 3、Model Yを含めたすべての車種に自動運転ボードを標準装備しており(コストは未発表ですが、高々1000ドルでしょう)、1万2千ドルの自動運転オプションは純粋なソフトウェア・オプションとして、粗利益率100%で提供することが可能なのです。

2023年には、2万5千ドルという低価格のモデルを発表すると予想されていますが、そんな安価な自動車に1万2千ドルの自動運転オプションを売るとなると、全体での粗利益率がAppleのように40%近くになってしまっても不思議はありません。

さらに面白いのは、この自動運転オプションを月額課金のサブスクリプション・モデルで提供するというアイデアです。ご存知の通り、サブスクリプション・ビジネスは、売り切りビジネスと違って、「収入が安定していて先が読みやすい」という特徴がある、とても魅力的なビジネスモデルです。

Teslaは「自社製チップを持ち、かつ、ソフトウェアに強い会社である」ことを最大限に活用し、自動運転に必要なハードウェアを全て持つ電気自動車を安価に大量に販売し、そのプラットフォームの上で、サブスクリプション・ビジネスをすることが可能なのです。

トヨタ自動車の財力・技術力を持ってすれば、それなりに魅力的な電気自動車を市場に投入することは可能だと思いますが、ソフトウェアは不得意だし、自社製チップどころか車載コンピュータそのものを外注してきた企業カルチャーを考えれば、Teslaと同じ土俵で戦うことすら難しいと、私には思えます。

 

(※本記事はメルマガ『週刊 Life is beautiful』2022年2月8日号より一部抜粋したものです。この機会にぜひご登録ください)

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