北京オリンピックで銀メダルに輝いたカーリング女子日本代表のロコ・ソラーレは、笑顔が印象に残るチームでした。その笑顔は外国人には理解不能とされる日本人特有の“作り笑い”や“愛想笑い”をポジティブに昇華させたものと言えるのかもしれません。今回のメルマガ『j-fashion journal』では、ファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんが、日本人の笑顔について考察。ロコ・ソラーレがコミュニケーションやリラックス、さらには集中力を高めることにも「笑顔の力」を使えたのは、日本の社会で育ったからではないかと綴っています。
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笑顔の力
1.日本人は意味なく笑う
日本人は、嬉しい時は勿論だけど、困った時や嫌なことがあった時でも笑うことがある。また、何もなくても、何となく笑ったりもする。そんな日本人を見て不気味だと思う外国人は少なくない。
欧米人にとって、表情は感情と直結している。というか、直結すべきものだ。嬉しければ笑い、悲しければ泣く。内面にある感情は外面に表現してこそ意味がある。言いたいことがあったら言う。そうしないと、他人の気持ちなんて分からない。何を考えているか分からない人間は不気味な存在なのだ。
この論理でいけば、真面目に勝負している時は真面目な顔をしなければならない。そこで笑うことは、真面目に勝負に取り組んでいないという意味であり、対戦相手を侮辱しているということになる。
日本人は、自分の気持ちを隠す本能がある。気持ちを読まれることは、危険なことだ。なぜなら、日本人は西欧人のように個人として神に対峙しているのではなく、世間という相対的な集合体に対峙しているからだ。個人の感情が世間に筒抜けでは、個人を失ってしまう。個の部分を守護するためには、世間と個人を分離しておかなければならないのだ。
日本人にとって、表情とは世間という荒波に対する防波堤であり、個人を守る鎧なのだ。日本人にとって、感情を露わにする行為は大人げなく子供じみていると考えるのだ。
2.カワイイが隠していること
気持ちを隠すという点では、アイドルにも共通している。その意味でアイドルを演じている子供は子供っぽくても、アイドルの本質であるイメージは人をも超える存在だ。アイドルは、完全な受け身だ。どんな人のどんな感情も拒否することはない。全ての感情を受け入れるブラックホールのような存在だ。だから安心して感情をぶつけられる。
アイドルの笑顔やカワイイは完全無欠の鎧であり、どんな感情もアイドル個人を傷つけることはできない。たまに、勘違いする人が出てきて、ストーカーになったりするが、それは掟破りの行為であり、罰当たりな行為である。神は決して侵してはならない。
そう考えると、アイドルは巫女や稚児に似ている。生身の人間であるが、神の依代(よりしろ)であり、神が宿る存在だ。つまり、人を超越している。アイドルとはそういう存在である、という共通認識が存在するから、人が虚像になれるのだ。
そう考えると、アイドルの笑顔は、人の内面や感情を表現しているものではないことがわかる。笑顔は人に向けられるものではない。笑顔そのものに意味があるのだ。
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3.笑顔が競技にもたらす効果
2022北京冬季五輪、カーリング女子の日本チームは銀メダルだったが、笑顔の採点があれば金メダルを獲得したに違いない。アスリートが笑顔を心がけるのには理由がある。笑うと、脳波の中でもアルファ波が増えて脳がリラックスするほか、意志や理性をつかさどる大脳新皮質に流れる血液量が増加し、脳の働きが活発になる。
また、笑うことで交感神経が促進した後、急激に低下するので、リラックス効果をもたらす。更に、笑っているときは心拍数や血圧が上がり、呼吸が活発となって酸素の消費量も増える。笑うだけでトレーニングになるのだ。
脳内ホルモンであるエンドルフィンも笑いによって分泌が増える。この物質は幸福感をもたらすほか、“ランナーズハイ”の要因ともいわれ、モルヒネの数倍の鎮静作用で痛みを軽減する。日本女子カーリングチームが笑顔を絶やさないことは、フィジカルとメンタルの両面で競技に対して有利に機能しているのである。
4.笑顔がもたらす濃密な空間
日本女子カーリングチームの笑顔は、コミュニケーションツールとしても機能していた。様々な相談や指示、アイコンタクトにも笑顔が加わると、相手に許容されたような印象を受ける。笑顔には笑顔で返すので、双方が相手を信頼し、相手を許容することができるのだ。
更に、笑顔のコミュニケーションの濃度が高まってくると、チームの空間が濃密になり、周囲から独立した空間が構成される。これは、村社会、共同体社会に育った日本人ならではのものではないか。
海外のチームは、多くの場合真剣な表情を崩さない。そして、日本人ほど会話することもない。なぜなら、それぞれが役割を持ち、その責任を果たしているから、会話する必要もないのである。
しかし、日本チームは互いに役割分担するよりも、互いの役割を常に共有し、相手に問いかけ、相手を許容している。その結果、相互の笑顔、相互の対話によってチーム全体が常に一つに空間で包まれる。
これはチームワークという概念を超えている。チームワークとは、勝利のためにチームが機能することだ。しかし、日本チームはチームでいることが目的であり、挑戦することが楽しみなのだ。勝利は結果に過ぎないのである。
■編集後記「締めの都々逸」
「笑顔交わせば 何でもできる そして笑顔が 待っている」
日本女子カーリングチームの笑顔は誰に向けられたものなんだろう、とテレビを見ながら考えました。勿論、相手に向けた笑顔ではありますが、自分に向けられた笑顔でもあります。
何かの役割を果たすとき、西欧人は真面目で真剣な表情になりますが、日本人は笑顔になることもあります。勿論、真面目な表情もありますが、真面目な顔から一転して笑顔になると更に強い気持ちが持てるようです。
笑顔は神が降りてきた印なのかもしれない、と思います。笑顔に笑顔で返すことは、互いに神の領域に入っていくことかもしれません。結果が出て、泣いた瞬間に人間に戻ったんだなと思います。笑顔には最強のパワーがあります。(坂口昌章)
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