MAG2 NEWS MENU

知恵の無さ露呈。ウクライナ危機に乗じ憲法改正を吹聴する人が信用できぬ訳

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、国内で急激に高まりを見せ始めた憲法改正の必要性を訴える声。超大国となった隣国に対する牽制には、9条の縛りをなくし軍備を拡張するしか手はないのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書籍を上梓している拓殖大学教授の富坂聰さんが、ウクライナ危機が引き起こされた原因を多角的に検証。その上で、大国と向き合うのに「武装」しか唱えられない人間に対して厳しい評価を下しています。

中国問題を中心に精力的な取材活動を行う富坂聰さんのメルマガ詳細はコチラ

 

ロシアのウクライナ侵攻で「日本も憲法改正が必要」は本当か?

ロシアがウクライナに軍事作戦を行うニュースを世界が駆け巡ってから間もなく、日本のメディアやネット上には「次は台湾だ」という意見があふれた。予測された展開だが、これに続いて湧き出してきたのが、「日本も憲法を改正して備えるべき」という議論だったのにし少し驚かされた。

気になる動きなので、このメルマガでも号外として取り扱いたい。

といっても結論は単純だ。両意見ともに、それを吹聴しようとする人間を信用するな、という一言に尽きるからだ。

ロシア軍がウクライナの領土に足を踏み入れたことは、同国の主権と領土の侵害に当たる可能性が高く、国際社会から厳しく批判されるのは当然だろう。

だが、そうしたメインストリームの見解とは別に考えなければならない視点もある。

一つは、ロシアが西側社会を中心とした国際社会から強い制裁にさらされ、なおドイツとの間で進めてきた天然ガスパイプラインを稼働させられないという経済的なダメージや国際社会でのイメージの低下など、明らかな不利益が予測できたにもかかわらず、侵攻を決断したのはなぜか、という視点だ。しかも今回は、必ずしも支持率上昇にもつながってはいない。プーチン大統領の領土的野心というだけではとても説明はつかないのだ。

そしてもう一つの視点は「原状回復できない」決断をしたウクライナの政治について。

順番に考えていきたいのだが、まずは一点目から見てゆこう。

ウクライナに爆発音が響き渡る前、中国のテレビ番組でウクライナ問題を解説していた専門家たちは、ロシアの軍事侵攻の不利益を口をそろえて指摘していた。つまり普通に考えれば「侵攻はしない」との意見だった。それはウクライナによってじわじわとロシアの力を削ぐというアメリカの術中にはまることでもあったからだ。

だが、ウクライナ東部で起きていること──親ロ派武装勢力とウクライナ国軍との戦闘が続いている──については「不透明」で、何より「ゼレンスキー大統領がそれをきちんとグリップできているのか」を疑問視していた。ウクライナにはリトアニアを通じて武器が運び込まれ、それを手にした血気盛んな民兵が何をしているのか。誰にも分らない状況が続いていたからだ。

彼らがロシア系住民を襲い、それがロシアの侵入の口実になるというシナリオは、アメリカが早くから「ロシアがでっちあげる」と警戒していたことだが、実際に襲撃が起きていないと断じることも困難だった。事実、プーチン大統領はジェノサイドが起きていると発言している。

中国問題を中心に精力的な取材活動を行う富坂聰さんのメルマガ詳細はコチラ

 

問題は一旦、憎しみ合う武装勢力が向かい合う状況を作り出し、その緊張状態を解く努力を放棄すれば、やがてウソと謀略にまみれながら戦端を開く口実が出来上がるのは時間の問題だということだ。

その意味で中国は早くから「ミンスク2」に戻るべきだと繰り返してきた。ロシア系の住民が多く、親ロ派武装勢力が実効支配する東部・ドンパス地域に特別な自治権を与えたミンスク合意を「履行して落ち着かせるべき」との考えだった。だがゼレンスキー大統領は国内の反ロシア感情を意識し、「(合意を)を認めない」と言い始め、プーチン大統領を苛立たせ続けた。

ロシアの軍事力の行使は論外だが、大国の横暴という陰に隠れてウクライナ政治の無責任な言動が忘れ去られるのも公平ではない。例えば台湾海峡で緊張が高まった裏側には、台湾の蔡英文総統が島内の反中感情を利用して「92年コンセンサスなどなかった」と民族感情を煽って政権浮揚に利用した事実があるにもかかわらず、台湾海峡の問題が報じられるなかで、台湾側の一方的な行いに触れられることはほとんどないのだ。

事態を落ち着かせるために「92コンセンサスに戻れ」というのは理屈は通っているし、ゼレンスキー大統領がミンスク合意を履行することは当たり前のことだ。

もし世界が戦争を望まなければ、ロシアに自制を促すと同時にウクライナにミンスク合意を順守させるように圧力をかけるべきではなかったのか。

次に、もう一つの視点についてだ。これは今後もし西側の対ロ制裁が奏功し、プーチン大統領がウクライナ侵攻を後悔する日が訪れたとしても、それ以前のウクライナが戻ってくるわけではないという話だ。

ウクライナ国民やゼレンスキー大統領は、本当にこんな結末を望んでいたのだろうか。

2月25日、ゼレンスキー大統領は国民に向けた演説のなかで、「我々と共に戦う国はないようだ。我々はひとりで国を守っている状況だ」と絶望した。やつれたTシャツ姿で発信された演説は、さらに「今日、欧州27ヵ国に直接(ウクライナが)北大西洋条約機構(NATO)加盟国になることができるかと尋ねたが、回答がなかった」と続いた。

演説には明らかにアメリカとNATOへの恨みが込められていたが、冷淡な見方をすれば「誰もが予測できた結末」だろう。それが見えなくなったのは、ロシアとの対決に目がくらんで冷静な判断力を失ったためだ。一つの国を国民に憎ませる怖さの一つだ。

アメリカやNATOがいれば──。もし国を背負う者がそんな博打をうったとしたら恐ろしい。戦争は国民がゼレンスキーを選んだ時を起点と考えるべきなのだろう。

私はウクライナの専門家でもなければロシアの専門家でもないが、ここ数年、ロシアとの対決姿勢の空気を醸成に貢献した政治家はゼレンスキーだけではなかったはずだ。たくさんの政治家や専門家、ジャーナリストがメディアで勇ましい意見を発信し続けていたはずだ。そうした人々はいま、現状をどうとらえているのだろうか。

できもしないことを、さもできるように煽り人気を得ようとするのは政治家の卑しき一面で、どの国の政界にも存在する。内政での公約であれば害は少ないが、対外政策でそれをやれば、死活的なダメージが国と国民に及ぶこともある。それこそがロシアのウクライナ侵攻から得られる教訓だ。

中国問題を中心に精力的な取材活動を行う富坂聰さんのメルマガ詳細はコチラ

 

ロシアの行動を見て「日本が第2のウクライナになる」と危機感を持つことは理解できる。しかし、中途半端な武装でそれが防げると考えるのは単純過ぎる。それよりも賢くあることこそ肝要なのだ。

かつて米中二つの核大国と戦火を交えたベトナムは、二つの戦いで「勝利」した。なぜ、小国が大国を退けられたのか。その理由は少なくとも二つ指摘できる。

一つは大国と戦争をしながら決して相手を本気にさせなかったベトナムの知恵だ。表で戦いながらも裏側では外交を駆使した狡さと言い換えても良い。

さらにもう一つは民の熱狂から距離を置いていたことだ。ベトナム戦争が激化しても、ベトナム共産党は徹底して国民が反米感情を抱くことを抑制した。感情的な対立を背景に戦えば恐怖心が戦争を悪化させてしまう。また、戦争を終結する絶好のタイミングが到来しても、国民感情が和解を許さなければ、行き着くところまで戦争は止められない。

大国と向き合うのに「武装」しか唱えられないのは、その時点で自らに知恵がないことを露呈しているに等しいのだ。

中国問題を中心に精力的な取材活動を行う富坂聰さんのメルマガ詳細はコチラ

 

image by: Mykola Tys / Shutterstock.com

富坂聰この著者の記事一覧

1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 富坂聰の「目からうろこの中国解説」 』

【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け