3月4日、ソニーグループと本田技研工業が提携し、EV(電気自動車)を共同開発・販売する新会社を設立すると発表しました。日本を代表する2社の提携は成功するのでしょうか。メルマガ『週刊 Life is beautiful』著者で「Windows95を設計した日本人」として知られる世界的エンジニアの中島聡さんは、「両社にとってとても良い提携」と評価。その理由を詳しく解説し、自分が20代のエンジニアならこの新会社には大きな魅力を感じると期待を表明します。ただし、新会社にどんな人材を送り出すか、特にホンダの経営陣には覚悟が必要と、成功の条件を上げています。
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
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ソニーとホンダの提携
先週、ソニーとホンダが電気自動車を開発・販売する新会社を共同で作ることを発表しました。この件に関しては、読者の方々から複数の質問が来ていましたが、質問コーナーで答えるには少し長くなるので、ここで私なりの解説をします。
● ソニーとホンダ、EVを共同開発・販売する新会社設立 2025年にEV販売開始へ – Car Watch
発表の要点を箇条書きにすると、以下のようになります。
- 両者合弁の新会社を今年中に設立する
- 新会社は高付加価値の電気自動車を開発・販売する
- モビリティ・サービスの提供と併せて事業化する
- 電気自動車の発売は2025年を想定している
- ホンダが自動車の開発力、製造技術、アフターサービスなどを提供
- ソニーはイメージ・センシング、通信、各種エンターテイメントを提供
- 初期モデルについては、ホンダが車両製造を担う
- モビリティ・サービスはソニーが開発し、新会社に提供
最初に結論を言うと、この提携は両社にとってとても良い提携であり、期待しても良いと思います。成功(=電気自動車業界で意味のあるシェアを持つ会社に育てること)は簡単ではありませんが、ホンダにとっては最適解、ソニーにとっても悪くない選択肢だと思います。
特にホンダは、トヨタ自動車と同じく、水素自動車に大きな投資をしていたこともあり(ホンダは去年、水素自動車から実質的に撤退することを発表しました)、電気自動車に関して、Teslaにはもちろん、GMやフォルクスワーゲンと比べても大きく出遅れてしまっています。
ホンダのブランド力は過去の栄光を失っており、Teslaが業界全体に巻き起こした急激なEVシフトが、業界の勢力図を大きく塗り替える中で、このままではホンダは存続が危ぶまれるような状態に追い込まれることは明らかでした。
一方のソニーは、
2020年のCESで「VISION-S」と呼ばれる試作車を発表
2021年のCESでは、公道を走れる試作車を発表
2022年のCESでは、遠隔自動運転機能やSUV車「VISION-S 02」を発表
と着実に駒を進めて、ソニーが電気自動車・自動運転車の時代に向けて、重要な技術(各種センサーや画像処理技術)のサプライヤーとなることを印象付けて来ました。
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業界関係者をさらに驚かせたのは、1月にソニー自身が「EVの市場投入を本格的に検討」する事業会社としてソニーモビリティという会社を設立すると宣言したことです。この時点で、私も含めて、多くの人たちは、ソニーは製造のみ別の会社(マグナ・インターナショナルなど)に委託し、ソニー自身は、それをロボタクシーのような形でサービスとして提供するのではないかと予想していました。
● ソニーのEVはどうなるのか。リカーリングという「必然」【西田宗千佳のイマトミライ】-Impress Watch
しかし、ソニーがそんな形で自動車業界に進出するのには大きなリスクが伴います。Elon Muskがしばしば指摘するように、プロトタイプまでは比較的簡単に作れますが、大量生産をしてちゃんと利益を上げることは簡単ではありません。自動車の製造に全く経験のないソニーが、ゼロから自動車ビジネスを立ち上げるのは簡単ではありません。
それに加えて、ソニーは複数の異なる業種のビジネスを持つコングロマリットであることを株主から批判されており、今からリスクの高い自動車ビジネスをソニー本体として立ち上げることに、株主から賛同を得られるとは考えられません。
そう考えると、ソニーにとってもホンダとの提携は理にかなっているし、お互いに不得意な部分を補い合うという意味では、両社にとってとても良い提携のように思えます。
ちなみに、私の会社(Xevo Inc.,2019年にLEARに売却)もホンダとのビジネスをしていましたが、当時は、ソフトウェアの話がなかなか通じず、苦労していたことを覚えています。
唯一の救いは、ホンダが2019年にDrivemodeというソフトウェア・ベンチャーを買収したことです。
● ドライバー向けスマートフォンアプリの開発会社 Drivemode社を完全子会社化 | Honda
ベンチャー企業など買収して、ホンダに上手に人を使いこなすことが出来るのかとても心配でしたが、CEOの古賀洋吉氏も残っているし、LinkedInを見る限り(こんなケースでのLinkedInの使い方は別途下に書きます)、ちゃんとソフトウェア・エンジニアも雇っているようなので、今後の活躍が期待出来ます。
● シリコンバレー起業でイグジット、米Drivemode創業者の古賀氏に聞く | Coral Capital
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私がホンダの経営者であれば、Drivemodeのチームは、全員新会社に移籍し、同時に、ソニーにはモビリティ・サービス・チームを新会社に移籍させてもらい、新会社を「ソフトウェアのDNA」を持った会社として、将来のホンダを託すぐらいの気持ちで立ち上げます。逆に、Drivemodeチームはホンダ本体に残し、電気自動車も新会社だけでなく、ホンダ本体からも出す、みたいな中途半端なことをすると、この事業は失敗すると思います。
これはトヨタ自動車にも言える話ですが、昔ながらの「ハードウェア・カルチャー」を持った会社を、「ソフトウェア・カルチャー」の会社に変革させることは、ほぼ不可能です。これまでの会社の成長に大きな貢献をしてくれた人たちが抵抗勢力となった時に、それを抑えることが出来る経営者はいないし、ましてや彼らを積極的にリストラすることなど不可能です。
つまり、ホンダにとっては、ソニーと合弁で作る新会社こそがホンダの将来を担う存在であり、今のホンダは、そしてそこにある旧態依然とした「ハードウェア・カルチャー」は、内燃機関車とともに徐々に衰退していく存在であって良いのです。
こんなことを言うと、昔からのホンダのファンには叱られそうですが、それが正しい形の「企業の新陳代謝」なのです。これまで日本社会はそんな形の「ドライな企業の新陳代謝」を嫌って来ましたが、それこそが「失われた20年・30年」を作り出した根本原因であることを再認識すべきなのです。
それぐらいの覚悟がホンダの経営陣にあれば、今回の提携には大いに期待出来ると思います。発売が2025年とかなり先なことが心配ですが、そのころでも電気自動車のシェアは世界全体では20~30%程度でしょうから、決して遅くはありません。
私が二十代のソフトウェア・エンジニアであれば、トヨタ自動車やホンダで働くことには全く魅力は感じませんが、この新会社には大きな魅力を感じます。上に書いたカルチャーの問題もあるし、会社の伸び代が大きいのでストックオプションに大きなポテンシャルがあるからです(ちなみに、日本の大企業でしか働いたことがない人には、この違いが全く理解出来ないのが、一番の問題です)。
優秀なソフトウェア・エンジニアを集め、Teslaに技術力でもブランド力でも負けない会社を是非とも作っていただきたいと思います。
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image by:VanderWolf Images/Shutterstock.com