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プーチン最大の誤算。“民度の高い”ウクライナ人の前に散る大国ロシア

停戦交渉が進展を見せぬ中、犠牲者が増えてゆくばかりのウクライナ紛争。もはやすべての常識的な国家の信用を失ったロシアですが、そもそもプーチン大統領はなぜこのような軍事行動に出てしまったのでしょうか。今回、その理由を地政学的見地から解説するのは、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんはロシアがウクライナを死守しなければならない理由を詳説した上で、プーチン大統領にとってこの戦争がもはや「進むも地獄、引くも地獄」であると断言。さらにロシアがウクライナ侵攻で完全に失ったものを記すとともに、泥沼と化した現状の解決案を提示しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

泥沼化するウクライナ情勢、そもそもロシアは何を望んでいたのか?

ウクライナ紛争が泥沼化している。ロシア軍は、ウクライナを数日以内に降伏させる短期戦を目論んでいた。だが、各地でウクライナ軍と市民の強い抵抗に遭った。ウラジーミル・プーチン露大統領は、ロシア軍がウクライナに入れば、大歓迎で迎えられると思っていた。ウクライナ国民が、自らウォロディミル・ゼレンスキー大統領を引きずり下ろし、新しい親露の大統領を選ぶと思っていたようだ。しかし、プーチン大統領の楽観的な思惑は外れた。

一方、米国・NATOの計算通りに事態が進んではいない。ウクライナ紛争が始まる前、ジョー・バイデン米大統領やボリス・ジョンソン英首相が、「大国ロシア」が今すぐにでもウクライナに侵攻すると煽り続けていたようにみえた。だが、それはロシアの弱みを見透かして追い込んでいたのであり、ロシアが無謀な戦争を強行すると思っていなかった。

ロシア経済は戦争に耐えられる構造ではない。石油・天然ガスを単純に輸出するだけで、旧ソ連時代の軍需産業のようなモノを作る技術力を失い、製造業が発展していない。これでは、石油・天然ガスの価格の下落が経済崩壊に直結する。

現在、世界の原油・ガス価格は高騰している。しかし、原油・ガス価格の決定権を究極的に持つ世界最大級の産油・産ガス国・米国が「シェールオイル・ガス」を増産し、石油・ガス価格が急落すれば、ロシア経済はひとたまりもない。

ロシアがウクライナに侵攻し、「力による現状変更」を強行すれば、欧米から経済制裁を受ける。ロシア経済はそれに耐えられない。ゆえに、米国やNATOは、ロシアが戦争を始まると本気で考えていなかったのだ。

ロシア軍は、徐々に首都キエフを包囲している。ウクライナ軍の奮戦は驚嘆に値するが、どこまでロシア軍の攻勢にどこまで持ちこたえられるかわからない。しかし、ロシアがウクライナを制圧したとしても、ロシアは戦争に勝利できない。この戦争は、ロシアにとって「進むも地獄、引くも地獄」である。

ウクライナ紛争を、世界全体から俯瞰的にみてみたい。東西冷戦終結後の約30年間で、旧ソ連の影響圏は、東ドイツからウクライナ・ベラルーシのラインまで後退した。たとえ、ウクライナを制圧しても、それはリング上で攻め込まれ、ロープ際まで追い込まれたボクサーが、やぶれかぶれで出したパンチが当たったようなものだ。

ウクライナは、旧ソ連構成国である。そのNATO加盟は、ロシアにとって「ソ連の領土」の喪失を意味する。旧東欧圏のNATO加盟とは意味合いがまったく違う。その上、ウクライナ領の港にNATOの軍艦が停泊することになると、ロシアは黒海からエーゲ海・地中海を経て世界に海軍を展開することができなくなるという、地政学的に深刻な事態に陥る。ウクライナだけは失うことはできない。

一方、米国・NATOは、約30年間順調に影響圏を東に拡大してきた。東欧の旧共産圏は民主化し、同盟国となった。残るは、旧ソ連構成国のウクライナ、ベラルーシなど数か国だけだ。NATOに加われば儲けものだが、そうでなくても問題はない。だから現在、ロシアに侵攻されたウクライナを支援しても、それを死守する軍隊は出していない。

要するに、ユーラシア大陸の勢力争いで、米国・NATOはすでにロシアに勝利している。ロシアは、なんとかウクライナだけは死守したいということだ。

これが、ウクライナ紛争の本質だ。ロシアが、ウクライナ侵攻を皮切りに失った東欧の旧共産圏を取り戻そうとする「大国ロシアの再興」を目指すことはあり得ない。軍事的にも経済的にも力量がないことを、プーチン大統領は認識している。「大国ロシア」はプーチン大統領の虚勢によって生まれた「幻想」にすぎない。

しかし、この本質から考えれば、あえて冷徹にいえば、米国・NATOがウクライナをロシアに渡してしまえば、ウクライナ国民には大変不幸だが、この戦争は終わる。米国・NATOが東方に伸ばした影響圏はなにも失われない。

一方、ロシアは安全保障上の懸念は払しょくできるが、得るものがない一方で、払った代償は大きい。ウクライナに傀儡政権を作って間接統治する軍事力・経済力はない。この戦争は、米国・NATOの勝ちである。

だが、この形での戦争終結はありえなくなった。その理由は、ロシアが主権国家を軍事侵攻するという「力による現状変更」を行ってしまったことにある。

ウクライナ侵攻で、ロシアは国際社会で完全に孤立した。国連総会の緊急特別会合では、「ロシア軍の即時・無条件の撤退」「核戦力の準備態勢強化への非難」などを盛り込んだ決議が、193カ国の構成国のうち141カ国の支持で採択された。2014年のクリミア併合時の決議への賛成は100か国だった。

ロシアを批判する国の数が大幅に増加したということだ。反対は北朝鮮など5か国のみ。国際社会における立場を考慮して棄権という態度を取った国もある。だが、もろ手を挙げてロシアを支持した国はほとんどなかった。

主権国家に軍事侵攻する「力による現状変更」が、世界中の誰にとっても、絶対に認めることができないことだったからだ。軍隊によって国が蹂躙されて、命が奪われることが容認されてしまうならば、自国に対する侵略も、許されてしまう。大国に蹂躙される恐怖を常に感じている中堅国、小国ほど、その思いを強く持ってしまったのだ。

「力による現状変更」は、皮肉なことにNATOの東方拡大を止めるどころか、加速させてしまうかもしれない。ウクライナがEUへの加盟申請書に署名した。また、ウクライナ東部の親露派支配地域と同じように、一方的に「独立」を宣言された地域を国内に抱えている、旧ソ連構成国のモルドバとジョージアもEUへの加盟申請書に署名した。

この動きは、NATOの拡大にもつながるかもしれない。すでに、ウクライナとジョージアは、NATOが加盟希望国と認めている。モルドバはNATOの「平和のためのパートナーシッププログラム」に参加しているのだ。

さらに、NATO非加盟国のスウェーデンとフィンランドの世論調査で、NATOへの加盟の支持が初めて過半数を超えた。ロシアのウクライナ軍事侵攻によって、欧州のNATO非加盟国のあいだで、一挙に「ロシア離れ」が加速してしまったといえる。

国際社会はロシアの言うことをまったく信じなくなった。例えば、ウクライナ南東部のザポロジエ原発で、火災が発生し、「ロシア軍が砲撃した」と批判された。ロシアは「ネオナチが占拠していたので排除した」と主張している。真実はわからない。ただ、国際社会はロシアが原発を攻撃したと決めつけた。

また、ロシアはウクライナでアメリカが資金提供する生物兵器研究の証拠を発見したと発表した。リビウ、ハルキウなどにある米出資の研究所が証拠をロシア側に渡さないよう炭疽、ペスト、サルモネラ菌などの生物兵器を破壊していると訴えたのだ。

ロシアの要請で国連安保理の緊急会合が開催された。だが、ロシアの主張を欧米は「無責任な陰謀論」と批判した。しかし、会合に出席した中満泉国連事務次長(軍縮担当上級代表)は「国連は、ウクライナでいかなる生物兵器計画も認識していない」とロシアの主張を完全に否定した。

「火のないところに煙は立たぬ」である。ロシアの主張はすべてフェイクとはいえず、一部は事実も含まれているのではないかとは思う。米国・NATOやウクライナに、なにも後ろめたいところがないともいえないだろう。ただし、重要なことは、さまざまな情報が飛び交う中、世界はウクライナを信じる。ロシアを信用していないということだ。情報戦で、ロシアは完全に敗北した。それは、誰もが容認できない「力による現状変更」を強行し、国際社会の信用を完全に失ったからだ。

「力による現状変更」は、ロシアの戦争の遂行そのものを困難にしている。たとえ、ロシアがウクライナ全土を征服しても、ウクライナ国民は決して屈することはないだろう。亡命政権ができて、ゲリラ戦が延々と続くことになる可能性が高い。ロシアによる無理やりな「力による現状変更」が、ウクライナ国民を完全に怒らせたからだ。

ゼレンスキー大統領の支持率は、ウクライナ紛争前の30%台から、90%台に跳ね上がった。大統領のロシアに徹底抗戦する姿勢が支持された。それは、ウクライナ国民の総意である。プーチン大統領の最大の誤算は、このウクライナ国民の「民度」の高さだと思う。

2004年のロシアによるクリミア半島併合後、ウクライナで自由民主主義が着実に根付いてきていた。ウクライナでは汚職防止や銀行セクター、公共調達、医療、警察などの制度改革が実施されてきた。民主的な選挙が実施され、政権交代で3人の大統領が誕生した。

一方、ロシアはウクライナの政情が不安定とみていた。ロシアのような権威主義の国では、指導者への支持率は80%を超えたりする。大統領の支持率が30%台というのは低すぎる。ゼレンスキー大統領の権力基盤は脆弱だと判断した。また、ロシアはネオナチ勢力が跋扈し、ロシア系住民が危険にさらされているとみていた。だから、ロシア軍がウクライナに入り、ゼレンスキー大統領とネオナチ勢力を追放に動けば、大歓迎されると楽観視したのだ。

だが、言論、報道、学問、思想信条の自由がある自由民主主義では、国民の考えは多様だ。野党が存在し、指導者への対立候補が多数存在する。指導者の支持率が約30%というのは、特に低いわけではない。また、あえていえば、極右・極左勢力が存在できる多様性も自由民主主義社会の特徴だ。ウクライナ国民の多数は自由民主主義社会を支持している。旧ソ連のような権威主義の社会に戻りたいとは思っていないのだ。

なにより重要なことは、香港、ミャンマーなど世界中でみられるように、自由民主主義を一度知った人々は、それを抑えようとするものに抵抗し続けて決して屈しないものだ。それが、自ら銃を取って民兵となったウクライナ国民だ。プーチン大統領の最大の誤算がここにある。

現在、ロシアとウクライナの停戦交渉が続いている。ロシアは、ウクライナに対して事実上の「無条件降伏」と「非武装中立」を求め続けて、妥協するつもりがない。しかし、ウクライナには、絶対に受け入れられない。ウクライナを支持する国際社会も「力による現状変更」は絶対に容認できない。停戦交渉をまとめるのは、極めて困難だ。

泥沼の戦闘が延々と続くと、ロシアに対する経済制裁が次第に効き始めてくる。ロシア経済が悪化すると、国民の不満が爆発する懸念がある。しかし、ウクライナから撤退すれば、プーチン大統領がアピールしてきた「大国ロシア」が幻想であることを国民が知ってしまう。大統領への支持は地に落ち、政権は「死に体」となる。戦争を進めても、引いても、大統領の失脚や暗殺を企てるクーデターが起こり得る。

ロシアは、ウクライナに対して一切妥協せず、非常に強硬な態度で停戦交渉に臨んでいるようにみえる。だが、実はロシアは頭を抱えているのではないか。どんな交渉カードを出したところで、まったく先の展望が見えない「進むも地獄、引くも地獄」な状況に陥っているようだ。

この膠着した状況を脱するには、そもそもロシアがなにを望んでいたのか、原点に戻ってみることではないかと思う。ロシアの望みは、約30年間続いたNATOの東方拡大が止まること。端的にいえば、東欧諸国・バルト三国の支配を失ったロシアが、ウクライナだけは失いたくないということだ。

繰り返すが、米国・NATOはすでに勝者だ。ウクライナのNATO加盟はないと確約しても失うものがあるわけではない。加えて、ロシア軍のウクライナからの完全撤兵を条件に、ゼレンスキー大統領が一旦退陣し、議会を解散する。

ただし、ロシアの傀儡政権を認めるわけではない。大統領選挙と議会選挙を実施する。大統領選にはゼレンスキー大統領も、親露派も出馬できる。ウクライナは民主主義国だ。あくまでウクライナの将来は、ウクライナ国民が決めるべきである。ここは絶対に譲らない。

これだけ事態がこじれてしまうと、ベストだという案をみつけるのは難しい。現時点でいえることは、ロシアが懸念する安全保障上の最大のリスクを取り除いて、ロシアを落ち着かせること。「力による現状変更」は断固として認めないこと、ウクライナの将来は、国民が民主主義的手続きで決める。この2つをどうバランスさせるかが重要ではないかと思う。

image by: Sasa Dzambic Photography / Shutterstock.com

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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