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客単価が千円もUP。話題のイタリアン食堂「東京MEAT酒場」は何を変えたのか?

料理人として独立することを夢見てパスタ専門店に職を得た一人の青年が、店舗運営のサイドに立ち辣腕を振るっています。そんな「新しい飲食業の形」を作り上げた若き経営者の奮闘ぶりを取り上げているのは、フードサービスジャーナリストで『月刊食堂』『飲食店経営』両誌の編集長を経て、現在フードフォーラム代表を務める千葉哲幸さん。千葉さんは今回、イタリアンイノベーションクッチーナの社長・青木秀一氏の「従業員本位」とも言える事業推進の取り組みを紹介するとともに、その経営感覚を称賛してます。

プロフィール千葉哲幸ちばてつゆき
フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

パスタ専門店の運営会社が展開する“おしゃれ系”イタリアン食堂「東京MEAT酒場」が変えたこと

コロナ禍での飲食業のことは「その影響を被って……」という具合に業績を大きく減じた話、または「それにも関わらず……」といった好調組の話という二極で語られがちであった。しかしながら、その影響を被りながらも自己変革を試みているところが存在する。今回は、このような活動によって新しい飲食業の形を自らつくり上げた話である。

パスタ専門店からスタートして超人気商品を育てる

「日本一おいしいミートソース」という“商品”がある。これは「TOSCANA」というカジュアルレストランが、自他ともに“日本一おいしい”と認める自店の「スパゲティミートソース」を店内外(web上とか)でこのようにブランディングしている。筆者が勤務していた神谷町(港区)の会社の近くに2011年ごろ同店ができて、すぐにこのパスタの評判が伝わり、筆者はランチタイムの常連となったものだ。

「TOSCANA」の名を知らしめた「日本一おいしいミートソース」

同店を展開するのはイタリアンイノベーションクッチーナ(本社/東京都新宿区、代表/四家公明)。同社は1992年9月東京・武蔵小山でパスタ専門店として創業して以来、繁盛店を築き、斬新なことを展開してきた。その端緒となるのが「日本一おいしいミートソース」で、この店側の主張をメニュー名にした商品は人気を不動にした。

そして、店内での外販、EC、そしてコンビニをはじめとした小売業と販売チャネルを拡大していった。しかしながら、“日本一おいしい……”は景品表示法に抵触することから、イートイン以外では「TOSCANA 濃厚ミートソース」という商品名で流通している。

「日本一おいしいミートソース」は「TOSCANA濃厚ミートソース」という商品となってECや小売りで流通するようになった

同社では2014年12月に「東京MEAT酒場」という居酒屋を東京・浅草橋にオープンした。“ハイボール&もつ煮”が定番といったいわゆる“おじさん系”である。カジュアルイタリアンの会社がなぜ“おじさん系”大衆居酒屋を営業するのだろうか。オープンした当初に筆者が代表の四家氏に尋ねたところこのように語っていた。

「イタリア料理店は、わが街にオープンしたといっても店の中を伺い知ることはなかなか難しく立ち上がりに時間がかかる、ということが常だった。しかし“おじさん系”は店の外観からしてどのようなメニューなのか想像がつく。そこで立ち上がりが早い」

JR浅草橋駅近くにある落ち着いた外装の「イタリアン食堂 東京MEAT酒場」

こうして同社は「TOSCANA」の“カジュアルイタリアン”と「東京MEAT酒場」の“おじさん系”の両輪で事業を推進するようになった。

“おじさん系”大衆居酒屋をリブランディングする

このように斬新な売り方を展開するイタリアンイノベーション(以下、IIC)では2021年5月にプロパーの青木秀一氏が取締役社長に就任した。

イタリアンイノベーションクッチーナ取締役社長の青木秀一氏

青木氏は1982年9月生まれ。2001年に当時2店舗の同社に入社する。将来、飲食店で独立することを目標にしていた青木氏はたちまち頭角を現し実績をつくっていく。「日本一おいしいミートソース」のクオリティアップにも大きく貢献した。独立起業を決意したタイミングで代表の四家氏から「一緒に面白いことをやろう」と言われて経営陣に就き、さまざまな分野の改革を推進してきた。

これらの中で、青木氏は「東京MEAT酒場」のリニューアルとリブランディングの必要性を感じるようになっていた。その理由について青木氏はこのように語る。

まず、店のクオリティを維持向上させる視点から。

「団体の宴会がなくなる中で少人数のお客様に利用してもらえるような店にする。食材が高騰していくことから客単価2,800円のレベルでは食材や調味料にこだわることができない。当社の理念は、お客様と末永くお付き合いするために健康的な食材にこだわるというもので、これに反することはしたくない。この点には妥協しない」

次に、労働環境の視点から。

「当社の従業員が若くなる傾向にあって、以前の業態の当時、異動があると『あの店に行きたくない』という声があった。店は働く人がプライドを持って働くことが重要だ。従業員が働きたいと思わないとお客様に伝わらない」

リブランディングしてからかつての常連客が再来店

では、リブランディングではどのようなことを行ったか。ここでは2月にリニューアルオープンした「浅草総本店」の事例を中心に紹介しよう。

ハードのリニューアルは、まず、女性客、お一人様。ノンアルコールの人も入りやすいファサードにした。店内はオープンキッチンにして調理風景をライブ感あふれるものにして、フラットカウンターにすることで従業員とお客との会話が弾むようにした。居心地のいい雰囲気をつくることによって滞在時間が長くなるようにした。

メニューは、単品価格380円、480円(税込、以下同)の小皿料理を増やした。

リブランディングした「イタリアン食堂 東京MEAT酒場」メニュー全般のイメージ

「おすすめメニュー」として、同社が得意とするパスタを“おつまみ”として利用してもらう「お酒のアテパスタ」をラインアップした。通常のパスタメニューのハーフサイズで、具体的には「カツオ出汁香る。濃厚和風カルボナーラ」680円、「生ウニとイクラのトマトクリーム」980円、「旨辛麻婆アラビアータonふあふあチーズ」680円となっている。

おつまみパスタの一例「カツオ出汁香る。濃厚和風カルボナーラ」680円

和の大衆業態では串料理が定番となっているが、同ブランドでは、カダイフ(小麦粉やトウモロコシ粉を原料とした極細麺状の生地)を用いた串の揚げ物をラインアップした。パン粉で揚げたものと比べて、サクサク感、パリパリ感がはっきりとして食感が新鮮である。具体的には「ホクホク染み大根のパリパリ揚げ ポルチーニソース」1本280円、「ラム肉とオリーブのパリパリ揚げ サルサトマト」380円、「カマンベールとトマトのパリパリ揚げ バルサミコ味噌ソース」350円などが挙げられる。

これらのリニューアルによって、客単価が“おじさん系”当時2,800円だったものが、“イタリアン食堂”となってから3,800円となった。

「東京MEAT酒場」のリブランディングによって顕在化した現象として、かつての常連客が「リニューアルしたと聞いて楽しみにしていた」という来店の事例が増えてきたことが挙げられる。これは従業員のモチベーションを高めることであろう。ちなみに2022年3月末現在、カジュアルイタリアンは11店舗、イタリアン食堂は5店舗となっている。

従業員が一体となりシードルづくりを体験

さらに、この度オリジナルクラフトシードルの醸造に着手した。

それは、同社と取引のある生産者からの相談がきっかけとなった。その内容は、規格外のリンゴの活用について。長野の農園で月間3tが出てくるこれらのリンゴをなんとできないか、ということだった。

そこでひらめいたのがリンゴを使用したスパークリングワインの“シードル”を醸造することであった。

そのために、リンゴの生産者である長野県飯綱町の「丸西農園」と、同じエリアにある醸造所の「林檎学校醸造所」を紹介してもらった。こうして、生産者、醸造所、IICの3社によるオリジナルクラフトシードルをつくる合同事業が昨年12月に始まった。IICの総コストは材料費込みで40万円とのこと。

従業員と一緒に規格外のリンゴでシードルをつくり商品化した

この事業では、オリジナルクラフトシードルを290本醸造した(1本720ml)。名称はイタリア語で“再生”を意味する「rinato(リナート)」。価格は1本3,900円(税込)。店内で飲む時も、ボトルを購入して持ち帰る場合もこの価格で販売した。2月18日よりIICの各店舗で発売を開始したところ3月上旬でほぼ完売した。

この活動を振り返って青木氏はこう語る。

「まず、社会課題である食材ロスの対策となっている。当社従業員の教育機会にもなっている。みんなで現地に行って様子を見て、みんなでシードルをつくった。だから、当社の従業員はそのストーリーをお客様にしっかりと伝えることができる。今後この活動をシリーズ化しようと考えている」

このようにIICでは、自店のアピールと経営の安定に余念がなく、従業員本位で事業を推進してきた。特にシードル醸造の顛末は社会課題の解決である。このような飲食業は持続可能な経営の感覚を身に着けていると言えるだろう。

image by: 千葉哲幸
協力:㈱カロスエンターテイメント

千葉哲幸

プロフィール:千葉哲幸(ちば・てつゆき)フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

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