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高笑いの米国、冷静な中国。EUが「ウクライナ戦争」最大の“敗者”となる訳

連日さまざまなメディアで伝えられている、ロシアのウクライナ侵略に関するニュース。しかしその報道スタンスは、当然ながら各国により異なるものになっています。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんが、中国でのウクライナ紛争の報じられ方を紹介。「紛争の勝者はアメリカ、敗者はEU」という説得力に富む見立てを取り上げ詳しく解説しています。

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中国がロ烏戦争でEUが最大の敗者になると考える理由

日本と中国を比べたとき、ウクライナの問題を論ずる姿勢に大きな違いがある。

ロシア応援団(=反米)ともいえる一派がウクライナ擁護派を攻撃する対立の構図は、親ロと親烏の割合さえ変えれば日本で起きているものと大差ないように思われる。だが、明らかに違っているのがメディアの報道姿勢だ。

日本の報道がロシアとウクライナの戦況に大きくフォーカスしていったのとは対照的に中国は大国の思惑に重心を置いた報道が目立つのだ。

自然、前者はロシアの攻撃で被害を受けたウクライナの市民に焦点が向けられ、「無差別攻撃」、「侵略」、「戦争犯罪」というロシアの残酷さを強調した見出しが踊る。当然、その反動として「ウクライナ側にも原因が……」といった意見は淘汰され、強い同調圧力も働く。反対意見が活き残る空間が急速に失われていったのである。

かつて日本を取材した著名な中国人ジャーナリストが「(日本には)言論の自由はあるが、日本人の言論は不自由だ」と喝破したような現実が目の前に広がっている。

学歴が大好きで先生の言うことに従わない人間を攻撃する傾向の強い日本人は、ときに国際政治を考えるのに不向きだと感じることがあるが、まさにいまがそれだ。

誰もがロシアを憎むのが当たり前で、それに従えない者に牙を剥く。国も同じで、中国には制裁をちらつかせて従わせるのが正義だという空気が広がっている。

だが、その正義の制裁は果たしてどんな法的根拠を持っているのか、と問われてきちんと答えられる日本人はいるのだろうか。またアゼルバイジャンとアルメニアの戦争では何もしなかったのに、なぜ今回は行うのか、と問われたときはどうだろうか。

問題は、今回の制裁がもし国際社会の“善意”に後押しされているとしたら、その善意が一つの重要な国際秩序に深刻なダメージとなることを多くの人が気付いていない点だ。国連軽視の傾向だ。

国際連合には欠陥がある。安全保障理事会のメンバーに対して無力であるからだ。ただ、そんなことは元々分かっていたことで、脆弱な秩序を、それでも大切にしてきたのが戦後の国際社会だ。しかし今回、国連の機能不全を理由に正面から国連を蔑ろにする制裁を行えば、それこそ国連に対する死刑宣告にも似た効果を及ぼす。それは良いことだろうか。

結局、残るのはアメリカの正義であり、それに従えないと考える国々は新しいグループを形成せざるを得なくなる。これが世界を二分して戦う第三次世界大戦の入り口になることは言を俟たない。

制裁をしろと叫ぶ人々は、一方でこの方向に向けて世界を押し出していることを自覚しなくてはならない。

その意味で、終始一貫して国連の秩序を強調──これはアメリカの秩序への反発もあるのだが──し続ける中国は筋を通しているとはいえないだろうか。

その中国から見たとき、今回のロ烏戦争にはアメリカ・北大西洋条約機構(NATO)が果たした役割が大きいと映る。簡単に記せば、ロシアがレッドラインを示して危機感を伝えているにもかかわらず、その安全保障空間をNATOが侵食し続けたからだ。

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いまもし日本のテレビでこんなことを話せば、ロシアに洗脳されている、中国はロシアの味方だから、中国のプロパガンダに乗せられているといった安易な言葉で切り捨てられそうだが、残念ながらこの考え方の大本はアメリカのリアリストたちだ。

具体的にはアメリカのヘンリー・キッシンジャー元国務長官とアメリカの対ソ連外交を担った外交官・ジョージ・ケナンである。

対ソ連封じ込め戦略の創案者で「アメリカの外交の対ソ戦略で最も優れた実績を残したケナンは90年代後半、NATOの拡大は誤りであり、ロシアの反発を招きかねないと「警告」していた。そしてキッシンジャーもまた、「(ウクライナは)東西対立の駒ではなく、意思疎通の架け橋になるべきだ」と提言していた。

皮肉なことにキッシンジャーの提言は無視され、ケナンの警告は現実となった。このことが現在の惨劇に何も影響しておらず、ひたすらロシアの専制主義的とプーチン大統領のパーソナリティ──なかには病気説まで飛び出したが──に帰結させることが正しいはずはないのだ。

大国間の競争という視点を持ち続ける中国に目には、ウクライナ問題はどう映っているのか。一つの典型的な記事がある。

3月25日に『人民網日本語版』が掲載した〈【国際観察】「戦争帝国」が誘発したロシア・ウクライナ衝突〉である。筆者の李自国中国国際問題研究院ユーラシア研究所所長は、アメリカ・NATOがロシアの警告を無視して東方拡大を続けた理由を、「(アメリカが)ロシアを地域の安定を脅かす悪しき隣国に『仕立て上げる』こと」だったとした上で、ウクライナは「不幸にもアメリカに、ロシア抑止の重要な足がかりとして選ばれてしまった」と記している。

現実にいま、ロシアの行動が世界中から非難され、制裁の波がロシアを取り囲んでいることを考えれば、この見立てには一定の説得力が備わっていると言わざるを得ないが、李氏はさらにアメリカの利益について、「今回のロシア・ウクライナ危機を作り出すことで、アメリカは低コストでロシアと欧州の関係を離間させ、天然ガスパイプラインプロジェクト「ノルドストリーム2」をぶち壊し、NATOを活性化させ、ロシアを弱体化させたのであり、間違いなく『勝者』と言えるだろう」と断じているのだ。

だが、この見解には注意が必要だ。ロシアを取り囲んで制裁をしているのは米欧だが、李氏が勝者と呼んでいるのはアメリカ一国であり、ヨーロッパではないからだ。

中国のメディアが扱うウクライナ問題は、実はこうした見方が一般的だ。いわゆる勝者はアメリカで、敗者はウクライナを含むヨーロッパとロシアという位置づけだ。

ロシアとウクライナが共倒れになる未来は想像に難くない。だが、制裁をしているヨーロッパが敗者となるという見方は、日本ではほとんど見掛けない。日本人には抵抗がある捉え方なのだろう。

一つの事例がある。それはロシアによるウクライナ侵攻の影響を受けた通貨の変化だ。ドルは高騰し、ユーロは大きく値を下げた。

侵攻後、ウクライナのビリオネラたちは一斉に出国したとされている。一説には100人のうち96人が海外に渡ったとさえいわれている。こうした場合、ウクライナを深刻なキャピタルフライトが襲うが、彼らが持ち出した莫大な資産はどこに向かったのか。一人一人追跡することはできないが、この過程でドルの価値が上がり、対するユーロの価値が下がったことを踏まえれば、資金はアメリカに向かったと考えるのが自然だ。実際、アメリカの株式市場は急速に持ち直した。

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対ロシア制裁が及ぼす影響についても、米欧の明暗はあまりにも顕著だ。それはすなわちロシアとの距離でもある。単純に貿易額を比べてみてもアメリカの対ロ貿易額が年間わずかに300億~400億ドルであるのに対し、欧州共同体(EU)全体のロシアとの貿易額は年間約4,000億ドルにも達し、アメリカとの間には10倍の開きがあるのだ。

個別の品目に目を向ければ、それこそ自国経済を直撃するケースも少なからず想定される。例えば天然ガスや原油だ。アメリカのロシア原油への依存は8%前後とされ、ロシアから入らなくなってもダメージは小さい。しかしEUの場合はガスと原油でそれぞれ40%と30%という高い依存状態なのだ。EUは今後、ロシアからのエネルギーの輸入をゼロにする方向を示している。目標を掲げるのは簡単だが、現実は苦難の道のりであり、EU経済に与える逆風は計り知れない。

またロシアからは小麦の輸入量も多く、同じく小麦の輸出国として知られるウクライナの混乱を考えれば、小麦価格の上昇がヨーロッパの人々の生活を直撃することは避けられないだろう。

つまりEU域内の各国政府は、コロナ禍のダメージを回復できないなかで、新たに制裁による長期的な物価上昇に対応していかざるを得なくなるのだ。

ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにした直後であれば、社会にはまだしも経済的な負担に理解を示す素地がある。しかし時間が経てば人々の気持ちも変わる。日々の生活の苦しさが蓄積すれば、それが不満となって政権へと向かうことは十分に予測されることなのだ。

時間の経過にともない理解が得られにくくなるという意味では、難民問題も同じだ。物価の上昇が家計を直撃すれば、難民に向けられる目も次第に厳しくなり、不穏な空気がEU全体を包むことにもなりかねない。なんとも暗い見通しだ。

EUの未来に影を落とす要素をこうして並べてみると、中国がなぜEUをロ烏戦争の敗者と位置付けているかがよく解かるだろう。

心配なのは、このことが影響してEU内部に深刻な亀裂が入ることだ。域内で抱える対立は、主に、対ロ制裁強化を巡る意見の相違だ。エネルギーの大幅な輸入制限を含む厳しい制裁に慎重なドイツ、イタリア、ハンガリー、オーストリア、ブルガリア、スペインなどの国に対して、ポーランドやルーマニア、リトアニアなどロシアと近く被占領の歴史を持つ中東欧諸国が苛立っているのだ。

繰り返しになるが地理的にロシアと近く警戒心の強い国とそうでない国とでは同じEUにあってもその差は歴然なのだ。そして、その違いはそのままNATOに対する親近感の濃淡にも反映され、アメリカに対する距離感にも影響している。

かつて中国マネーが急速に流入した時代には、その影響によるEUの分断が大きなテーマとなり、中国に対する警戒心は高まった。しかし、そのときの懸念はロシアのウクライナ侵攻により、別の意味で実現されてしまったのである。EUが重い課題を抱えてしまったことは間違いないだろう。

長期化が予測される物価の高騰に加えて国防費の増額による各国の負担増。そして難民問題に加えてEUメンバー国同士の対立の激化……。

EUが敗者なのかもしれないという説には説得力があり、それだけにロシアの侵攻前に妥協点を見いだせなかったことが悔やまれるのだ。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は2月6日の時点で、「ウクライナでの戦争を回避するための合意成立は可能だ」と述べていた。そしてロシアの目的を「ウクライナではなく、NATOやEU相手のルールの明確化だ」と見抜いていた。まさにケナンやキッシンジャーのように。

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image by: Yanosh Nemesh / Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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