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ウィル・スミスは逮捕寸前?ビンタ事件で浮き彫りになった日米間の相違とは

世界中で話題になっている、先日のアカデミー賞授賞式でのウィル・スミスの平手打ち事件。ロサンゼルス市警察はウィル・スミスを逮捕する準備をしていたとCNNが報じるなど、一連の騒動は“事件”として扱われていました。しかし、日本ではウィル・スミスを擁護する意見が多かったことは周知の通りです。そこで今回は、メルマガ『NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』著者でニューヨークの邦字紙『NEW YORK ビズ!』CEOの高橋克明さんが、ウィル・スミスのビンタ事件でわかった日米間の相違について語っています。 

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ウィルのビンタに見る日米間の相違

日本でも(もちろん世界中でも)かなり話題になっています。俳優ウィル・スミスの「アカデミー賞、平手打ち事件」。事件なんて書くと誤解されそうですが(笑)。今回は、実は、本当に「事件」になるかもしれない、というお話。

映画くらいしか趣味のない僕にとって、毎年この時期の世界最大の映画の祭典「アカデミー賞授賞式」のテレビ中継を生で鑑賞することは1年を通して、最も楽しみなイベントのひとつ。開始前から実際の映画鑑賞のごとく、飲み物、スナックを用意し、正座をしつつ、万全の体勢でテレビの前に臨みます。正座は嘘だけど。

誰に頼まれたわけでもないのに、勝手にひとりでノミネート作品の中からどれが受賞するのかを予想して一喜一憂しています。最低限でも「作品賞」にノミネートされた作品は、すべて観ている状態にしたいのですが、さすがに外国語映画賞までは全部フォローできない。ニューヨークでは未公開作品もあるからです。今回、作品賞にノミネートされた9作品のうち8作品は鑑賞していました。

いきなり本題とは関係ない話ですが、いつも不思議に思うのですが、ノミネート作品を全部観ていないのに受賞作品を予想しているユーチューバーや、一般人が存在するのは、なぜ?観ていないのに、どうして予想できるのか。

多分、本職の映画評論家の方々の意見に影響されて、バイアスがかかっている状態での予想の、そのまた予想なのだと思うのですが、あんまり意味ないんじゃないかなと思うわけです。余計なお世話だけど。

当然、日本において今年のアカデミー賞の話題を独占したのは、日本映画史上初の作品賞にノミネートされた『ドライブ・マイ・カー』だったことは言うまでもありません。ノミネートされた途端、劇場に足を運ぶ人が急増したことがニュースになりました。

いや、もちろん、世界的に評価されたのだから劇場でかかっている間に実際に見ておきたいと思うのはとてもいいことだと思うのです。映画ファンとしても、「映画館冬の時代」と言われている今、観客動員が増えることはとても喜ばしいことです。

ただ、それらの方々が観終わって、SNSで急に大絶賛するのは、少し、見ていて滑稽に感じました。余計なお世話だけど。

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話が逸れてしまったので、本題に戻します。その『ドライブ・マイ・カー』の13年ぶりに日本作品で国際映画賞受賞という快挙さえ霞むくらい、話題を持っていってしまったのが、表題の「ウィル・スミスのビンタ」です。

知らない人は少ないと思いますが、いちおう概要に触れると、長編ドキュメンタリー部門のプレゼンターとして舞台に立ったコメディアンのクリス・ロックが、最前列に座っていたジェイダ・ビンケットに「『G.I.ジェーン』の続編を楽しみにしているよ」とジョークを言ったことがきっけけでした。

『G.I.ジェーン』は90年代のデミ・ムーア主演の映画。劇中、デミがバリカンで自らの長髪を丸坊主にするシーンが話題になった女性海兵隊員の物語です。

で、ジェイダは脱毛症の為、極端に短髪です。病気をイジったジョークをクリスは言ったわけです。それを聞いた旦那のウィルは壇上まで上がり、クリスに歩み寄り、いきなりビンタ。テレビの前の僕まで吹っ飛びそうな、スナップの効いた、切れ味するどい平手打ちでした。

とはいえ、あまりに急な展開の出来事だったので、会場も、そしてテレビの前の僕も、一瞬、何があったかわからない状況でした。

事実、直前までウィルは笑っていたし、平手打ち直後も会場は笑いのような声も上がっていた。人間の正直な反応なのだと思います。

コメディアンがジョークを言って、笑い声、ジョーク、笑い声、ジョーク、笑い声の、慣性の法則のようなものか、ビンタ、笑い声、みたいな流れでもありました。

そして、なにより二人は仲良しであることも有名でした。もともとコメディアン出身のウィルは誰よりも「笑い」を理解していた。こういった場でのジョークに誰より寛容なイメージもありました。(事実、そのあと、コメディアン時代に、脱毛症を揶揄したジョーク映像が出てきてSNSで拡散されたりもしています)

直後、席に戻った、ウィルの「妻の・名前を・F○○○(Fワード)・口にするな!」といった怒号で、会場もそこで我にかえったように、あ、マジなんだ、と悟った様子でした。おそらく向こう100年は語り継がれるアカデミー賞授賞式史上最大の「珍事件」と言えるかもしれません。

翌日のネットの話題は、この件でもちきりでした。肝心の受賞作品、受賞者の話題以上に。

で、僕個人が今回の件で、なにより興味を引かれたのは、この件に対する日米間のあまりに大きな「見解の相違」でした。もうね、びっくりするくらい、両国間での反応は違いました。

日本ではー、おそらくここの読者も含め、圧倒的…、とは言わずとも、多数派なのは「ウィル・スミス擁護派」なのではないでしょうか。

実は、生中継を観ていた僕も一瞬、そう感じました。暴力はよくないけれど、全世界が見ている中、愛する妻を侮辱されたのだから、許せなくなる人情は理解できるー、と。

その時、横で一緒に観ていた妻が「いや、でも、アメリカでは絶対許される行為ではないと思うよ…」と呟きました。彼女は僕よりも10年以上この国に長く住んでいます。

僕自身も、許される行為とは思っていない。だとして、心情的にウィルに肩入れする人は日本も、アメリカも多く出てくるのではないか、と思っていました。

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事実、翌日のニュースで大衆の多くはウィル・スミスのとった行動を擁護し、中には絶賛する人もいました…。日本では。

日本では多くの有名無名に関わらずユーチューバーたちが、早速、今回の件に関する自身の見解を動画でアップしていました。翌日の段階で、その時にアップされていたすべての動画に目を通した、と思います。

著名な見識者から、無名の映画オタクまで、芸能界のご意見番から、テレビで最近見かけなくなったタレントさんまでが、カメラに向かった自身の考えを述べていました。

その多くが、いや、この時点では、そのすべてが、「ウィル・スミス擁護派」でした。本筋で、意見は一致していました。その意見は、次の通りです。

“暴力は確かによくないけれど、それでも、自分の愛する家族を侮辱されたのだから、ウィルの行動も仕方がない。なによりクリス・ロックのジョークは笑えない。人を傷つける、ましてや病気をネタにした冗談で笑いをとるなんて、あまりに品がないし、言葉の暴力ではないか。

行動は極端だったにせよ、ウィルのとった行動はある意味、人間らしいし、家族愛に満ちているじゃないか”と。そんな感じ。

中には「よくやった!ウィル・スミス!スカッとしたよ!」とコーフン気味に話す、大御所の役者さんもいました。「それでこそ、ヒーローを演じる、本物のヒーローだ!」と。

では、本国アメリカではどうなのか。アメリカ人の反応は、この日本の反応と真逆です。

ウィル、めちゃくちゃ叩かれています(とうとうアカデミー会員を辞退するまで発展しました)。

いや、「心情的には理解できる」「家族を侮辱されたんだから許せないのは当然だ」。ここまでの感情は、実はアメリカも同じです。日本人と同じようにここまでは理解し、ウィルに対しても同情している人も多数派ではないけれど、いるには、いる。

問題なのは、その解決法、の方です。「どうあれ、どんな理由であれ、暴力は絶対にダメ」。アメリカはそこが最初に来ます。

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日本は話を聞いていると文法が逆になっている気がします。

「いや、そりゃあ、暴力はダメだけどさぁ、でも、病気を笑いにしてどーのこーので、ウィルは家族を守ってどーのこーので、クリスってやつは調子にのってどーのこーので…etc……」。

話しているうちに、最初の「暴力」がどうでもよくなるほど、「心情」の部分が多く出てきます。やはり浪花節な感覚、なのかもしれません。

再三、このメルマガで書いたように、とにかくこの国では「ルール」が絶対になります。

あらゆる人種、宗教、習慣の集合体なので、それぞれのお国柄がセットでついてくる「心情」や「価値観」までかまっていられない。

国によっては自分の身内をかなり卑下することが礼儀の国もある。日本もそうかもしれません。“アメリカンジョーク”と日本人がいうように、ジョークのネタの許容範囲が国によっても変わってくる。あらゆる価値観と心情が一切合切ごっちゃになって、その上で、この国は動いている。

で、だからこそ、ルールを決めましょう、とうこと。

で、そのルールは出自、宗教、文化に関係なく、絶対に、絶対に、絶対に、守りましょう、ということになります。なっています。

で、ここでいう「ルール」は「いかなる理由があっても、暴力で解決してはダメですよ」ということです。

もちろん、こんな当たり前のルール、アメリカだけじゃないんだけどね。でも、アメリカはより徹底しないと、日本とは比較にならないほど振り切ったヤツが出てきます。

日本の“ちょい悪オヤジ”みたいなのはいません。悪けりゃトコトン悪い。日本の毒舌コメディアンは、こっちじゃアベレージコメディアン。なので、ルールをより徹底することが、この国で生きていく最低条件になります。

日本では考えられないくらいの金持ちも、日本では考えられないくらいの貧乏も、日本では考えられないくらいの天才も、日本では考えられないくらいのバカも、日本では考えられないくらいのセレブも、日本では考えられないくらいの毒舌ジョークも、すべて混在する。

なので、絶対ルールが日本人には、想像以上に重要になります。

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もう一回、整理します。今回の一連、日米間で大きく世間の反応、見解が違いました。

でも、前半部分、つまり「心情編」は結構、合致してるんです。日本人が言うように「ウィルの気持ちもわかる」「ひどいジョークだよね」「家族を侮辱されるのはナイよね」というアメリカ人は多くいます。

でも、後半部分、つまり「解決編」では、違ってきます。日本の方が言うように「まぁ、暴力も仕方ないよね」と言う意見はほぼありません。

「ウィルの気持ちもわか」ったとして、「ひどいジョークだ」ったとして、「家族を侮辱されるのはナイ」として、でも、だからって「あの行為(暴力)は絶対に許されるべきではない」というのが大方の意見です。そこの部分は、確かに、我が母国と、今住んでいる国では、あまりに大きな相違があります。

でも、人間社会に置いて、最も重要な部分は、後半部分、つまり「解決編」の方なのです。それこそが、妻があの時つぶやいた「だとして、この国では絶対許されない行為だよね、、」なのだと思います。

そして、もうひとつ。いまだに「黒人は怖い」といった間違えた認識を持つ人間も、多く存在します。ノーテンキは僕は、「いつの時代だよ、いまやそんな偏見、もうないだろ」くらいに思っていました。

でも、妻は「その瞬間」をうちの6歳の子供たちに見せたくないと言いました。それは「黒人は怖い」からではなく、「黒人は怖い」という間違った考え方を植えつけてしまいかねないのが「怖い」からです。

そう考えると、ウィルのしたことは、島国のある俳優が動画内で絶賛した「よっ!家族を守って男らしいねー!」というレベルではないのは明白です。結構、重罪なのかもしれません

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そして、あくまで僕の個人的主観で間違っているすっとんきょうな意見かもしれませんが、もうひとつ。

普段、感情表現が苦手な日本人は、どこかであんな大舞台で率直な感情を大観衆の前で露出させた大物俳優に対して、ある種の「憧れ」に近い感覚を持ったのではないか。

もっと言うなら、不自由さを常に感じている国民から見た時、自由さ、みたいな(あくまで間違った「自由」ではあるけれど)、人間らしさ、みたいなものを感じてしまったのではないかとも思うのです。なんなら「カッコいい」と。

対する、人前で感情表現をすることが普通のアメリカ人は、逆に「カッコ悪い」と思った。あれだけの大物スターが自分の感情すらコントロールできないのって、ダサいよねと。

とはいえ、在米21年の僕も、どこまで行っても日本人であり、やっぱり「その瞬間」はウィルを責める気にはなれませんでした。多くのアメリカ人の意見を聞いて、やっと自分が間違えていることに気がついた、というのが正直なところです。

そんな僕でも、その時でさえ、司会者クリス・ロックの平手打ちされた後の対応にはシビれました。見事でした。何事もなかったように進行して、その場をまとめました。もちろん品のないジョークを許せないという人もいます。

でも、式典でセレブをイヂるのはこの国の文化であり、あそこまでのプロフェッショナルさを見せつけられると、そんなジョークを言う資格すらあるのではないかなと思ったのでした。

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image by: BAKOUNINE / Shutterstock.com

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