【イラク戦争~イスラム国へ】ぶれる米国軍事政策が生み出した脅威

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残念ながらそうした考え方は非常に薄いと言わざるを得ません。まず保守の立場、具体的には「共和党支持者の中の軍事タカ派」に取っては、イラク戦争は不可避であり、その中で行われた拷問にしても、電子戦にしてもアメリカ本土へのテロ攻撃を抑止するためには必要な行動であったという考え方です。

例えば、オバマ政権はCIAによる拷問行為が実際にあったとして、膨大な報告書を公開しましたが、ディック・チェイニー前副大統領は、そのような「不必要な情報公開、不必要な反省」はアメリカの安全を損なうとして猛反発しています。

では、保守派は仕方がないとして、リベラルの方はどうでしょうか? 例えば、オバマであるとか、ヒラリー、あるいはその周辺にいる外交の専門家たち、つまりスーザン・ライス補佐官とか、サマンサ・パワー国連大使といった人びとは、「被抑圧者の人権」ということを極めて重視する人びとです。

例えば、シリアの反体制派の中で、アサド政権にもISILにも迫害を受けている部分をどう救うか、あるいはISILの迫害を直接受けているヤジーディー教徒を、どうやって救出するかという問題には大きな関心があるのです。

ですが、この14年弱という「反テロ戦争の時代」を経験してきた彼らは、イラク戦争について、例えばサダム政権崩壊について、あるいは一連の「電子戦」による民間人犠牲に関する「反省」というのは、正面切ってはできないのです。それは何よりも、世論を気にしてのことであり、膨大な米兵の犠牲という事実を背負う中で「米兵の犠牲によって勝ち得た成果を全否定することは不可能」という呪縛を受けているからです。

そんな中で、オバマ政権はようやく最近になって「グアンタナモ収容所の閉鎖」や「拷問記録の公開」に動き出していますが、それでも反対が多く、大統領としては正攻法ではなかなか攻められないということのようです。

つい先週の動きとしては、悪名高いその収容所を含む、キューバの「米海軍グアンタナモ基地」で、基地の司令官と部下の妻の不倫が発覚すると同時に、その部下の死体はグアンタナモ湾に浮かんでいたという、まるで軍事スリラー映画のような事件が発生しています。軍紀の退廃もあるのでしょうが、政治的な背景も複雑なものがあるのかもしれません。

問題が複雑になるのは、オバマという人の性格にあるのかもしれません。彼の統治スタイルというのは、三重構造になっているということを時々私は感じることがあります。

まず表層には「理想主義」があります。その一方で、その理想主義を「めくる」とその下の層には「政敵との妥協も厭わない現実主義」が覗きます。その現実主義を剥がしてその下の層を露出させると、そこには表面的なイメージとは正反対の「秘密主義、隠密行動主義」が隠れているのです。

イラク戦争へのスタイルが正にそうでした。表面には「大義なきイラク戦争は終結させる」という政策を、2008年の選挙戦以来ずっと掲げています。ですが、その下には「軍や保守派のメンツは潰さないし、当初の戦闘プランの範囲、イラク新体制作りの方針は外さない」という現実主義で、与野党の合意を図りながらタイミングを見計らった政治をしていたように思います。

ですが、その下の層ではブッシュ以上に「ドローン攻撃」や「スパイ潜入工作」などを繰り広げています。パキスタンの主権を侵害しての超法規的な「オサマ・ビンラディン殺し」がその良い例ですし、超法規的なドローン使用は、オバマの時代になって猛烈な規模でエスカレートしています。

そのようなオバマの「清濁併せ呑む姿勢」の中に、アル・バクダディというような怪物が生まれてしまう元凶があるのは、確かであると思います。ですが、残念ながらそのことの全体に関して反省するという視点は、極めて脆弱と言わねばなりません。

一つ、例外があるとしたら、それは「リバタリアン」の勢力です。現在のこのグループのリーダー格である、ランド・ポール上院議員(共和、ケンタッキー選出)は、「政府の極小化」という立場、アメリカの左右対立の軸からすれば極右の立場から、「国際紛争からの超然主義」を唱えています。

そのランド・ポール議員が国民的な人気を得ている背景には、彼の父親であり、元下院議員のロン・ポールと言う人のレガシーがあるように思います。「小さな政府論」を突き詰める中で「アメリカのために必要ない」として、共和党員でありながらイラク戦争に対して唯一の反対票を投じた彼の伝説的なストーリーは、今でも多くの若者に支持されています。

そう考えると、安倍首相の主張する「積極的平和主義」というのは、アメリカから見ると、そのパートナーは、スーザン・ライスとか、サマンサ・パワーといった「リベラル・ホーク」に近いということも言えるでしょう。経済政策同様に、軍事外交政策においても、安倍政権の政策は「アメリカの左派との親和性」があると言えるのです。そこには「ねじれ」があり、その「ねじれ」は実は危険性を含んだものだとも言えますが、この議論は改めて別の機会に展開したいと思っています。

 

『冷泉彰彦のプリンストン通信』第48号
著者/冷泉彰彦(作家)
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を毎週土曜日号として寄稿(2001年9月より、現在は隔週刊)。
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