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ウクライナ紛争でも証明か。戦争は「英国が味方に付いた方が勝つ」という不敗神話

圧倒的な軍事力を誇るロシアを相手に、一歩も引かぬ抗戦姿勢で驚異的な戦果を上げるウクライナ。そんなウクライナをアメリカとともに強力に援護するイギリスには、現在まで継続している「味方についた国は負けない」という神話があるといいます。この不敗神話を取り上げているのは、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんは今回、その事例として日露戦争を挙げイギリスが果たした役割を紹介するとともに、日本が今後、イギリスと同盟関係を結ぶべき「神話」の存在以外の理由を解説しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

「戦争は英国が味方についた方が勝つ」という不敗神話

ウクライナとロシアの停戦協議が停滞している。ロシア軍による民間人虐殺疑惑が明らかになったことで、ウクライナ側が態度を硬化させた。ウクライナ側は、ロシアが併合した南部クリミアについて「15年かけて協議する」との方針を撤回し、「ウクライナの領土の一体性」について一歩も譲歩しない姿勢に戻った。それをロシア側は、「最も重要な部分が抜け落ちている」と拒否した。停戦協定は、先行きがみえなくなった。

ウクライナ軍の想像を超える奮戦が続き、紛争が長期化・泥沼化した背景には、米国、英国などを中心とするNATO軍のウクライナに対する支援がある。対戦車ミサイル「ジャベリン」、トルコ製のドローン「バイラクタルTB2」、歩兵が肩に担いで撃てる地対空ミサイル「スティンガー」などの、NATO軍からウクライナ軍に提供された兵器が威力を発揮している。重要なことは、これらの兵器が、戦争が始まってから提供されたものではないことだ。すでに開戦前にウクライナが保有し、ロシア軍を待ち構えていたのだ。

特に、米英は昨年11月頃から、ロシアのウクライナへの大規模侵攻の懸念を訴え続けていた。確かに、ロシア軍約17万人がウクライナとの国境沿いに終結していた。だが、ウクライナのオレクシー・レズニコウ国防相が「侵攻が迫っている兆候はない」と発言するなど、誰も本当にロシア軍がウクライナに侵攻するとは考えていなかった時だった。ところが、ジョー・バイデン米大統領やボリス・ジョンソン英首相は、まるで戦争を煽るかのように、ロシア軍の危険性を指摘し続けていた。

昨年12月、米誌ワシントン・ポストは、情報機関の文書の内容として、ロシアがウクライナ侵攻を計画中と報じた。そして、ウクライナ国境に集結したロシア軍の規模や侵攻ルートを指摘した。驚くべきは、実際に侵攻が始まった時の規模・侵攻ルートを正確に当てていたことだ。

そして、戦闘が始まると、ウクライナ軍は、ロシア軍の経路、車列の規模、先端の位置などを把握して市街地でロシア軍を待ち伏せし、対戦車ミサイルやドローンで攻撃した。ロシア軍は多数の死者を出してしまった。ウクライナ軍の背後には、米英の情報機関の支援があると指摘されている。

要するに、米英は、プーチン政権・ロシア軍の意思決定をリアルタイムに近い形で把握している。それが、ウクライナの想像を超えた大善戦をもたらし、ロシアを「進むも地獄、引くも地獄」の泥沼の戦争に引き込んだということだ。

泥沼化・長期化しているウクライナ紛争について、1つ言えることがある。それは「戦争は、英国が味方に付いたほうが勝つ」という「不敗神話」が、いまだに健在だということだ。

「不敗神話」の事例の1つは、大英帝国が歴史上初めて同盟関係を結んだ日本が、ロシアと戦った「日露戦争」だ。日本を目指したロシア海軍の「バルチック艦隊」が、大西洋から喜望峰を通過して、インド洋を進んだ時、休息と補給のために寄港すれば、ことごとく大英帝国の支配下で嫌がらせを受け続けた。艦隊が日本に着いたときは疲労困憊、万全の態勢で待ち構えていた日本艦隊の猛攻撃を受けて、ほぼ全滅の大敗を喫した。

また、大英帝国は日本に対して、戦争遂行のために必要な多額の資金援助を行った。日本が募集した1,000万ポンドの外国公債のうち、500万ポンドをロンドン市場が引き受けた。そして、ロンドン滞在中だった、ロシアを敵視するユダヤ系銀行家ジェイコブ・シフが支援して、ニューヨーク金融街が残りの500万ポンドの外債引き受けた。

さらに、日本にロシアに対して行った情報戦にも協力した。大英帝国の諜報機関がロシア軍司令部に入り込み、ロシア軍の動向に関する情報や、旅順要塞の図面など入手し、日本に提供した。日本が、ロシア国内の社会主義指導者、民族独立運動指導者などさまざまな反政府勢力を扇動して、デモ、ストライキが起こさせた工作活動の背後にも、大英帝国の諜報機関がいたことは、容易に想像できる。この工作は、後に「ロシア革命」につながっていったとする説がある。

「大国ロシアと戦う日本を支援した大英帝国」という構図は、ウクライナ紛争と被る部分がある。その他の戦争でも、英国が味方した方が勝利した。日英同盟が解消された後、日本は第二次世界大戦で英国に敗れた。

ウクライナ紛争から少し離れて、日本の安全保障政策について考えてみたい。日本の安全保障政策の基軸が「日米同盟」だということはいうまでもない。だが、中国の経済的・軍事的台頭に対応するために、「自由で開かれたインド太平洋戦略」が構想され、日米にオーストラリア、インドの4か国によるQUAD(日米豪印戦略対話)という多国間の安全保障体制の枠組みが成立した。今後注目されるのが、それに英国が参加することだろう。

英国は、EU離脱後に「グローバル・ブリテン」という新たな国家戦略を掲げている。EUに代わる地域との関係を強化することで、英国の国際社会におけるプレゼンスを再強化しようというものだ。

経済的には、オーストラリア、カナダ、ブルネイ、マレーシア、シンガポール、ニュージーランドと加盟11か国中6か国が「英連邦」加盟国である「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)」に英国が加盟することだ。

軍事的にはインド洋・太平洋地域への再進出だ。例えば昨年、英空母クイーン・エリザベスが米海軍横須賀基地に初めて入港した。同空母は、米海軍の駆逐艦やオランダ海軍のフリゲート艦などNATO加盟国の艦船とともに打撃群を構成した。日本側も、英国の空母派遣を中国の台頭を念頭に置いた連携の象徴と位置付けている。

英国は、米英豪による新たな安全保障協力枠組み「AUKUS(オーカス)」の立ち上げに主導的な役割を果たしている。AUKUSは、潜水艦、自立型無人潜水機、長距離攻撃能力、敵基地攻撃能力などの軍事分野、サイバーセキュリティ、人工知能、量子コンピューターを用いた暗号化技術といった最先端テクノロジーの共同開発を主な目的とした協定である。

4月12日、産経新聞が、AUKUSが非公式に日本の参加を打診していると報じた。極超音速兵器開発や電子戦能力の強化などで日本の技術力を取り込む狙いがあるという。しかし、日本政府は、その事実はないと即座に否定した。

日本政府内には、AUKUS入りに積極的な意見がある一方で、日米同盟がすでに存在している中でAUKUSに参加する効果があるのか、懐疑的な意見もある。政府内で明確に方針が決まっていないということだろう。

しかし、日本の安全保障は、日米同盟が存在するから十分とはいえないのではないか。米国と英国は、得意分野が異なっている。安全保障分野においては、相互に補完し合う関係にある。つまり、日本は英国との協力から、米国とは違うメリットを得られる可能性がある。その1つは、例えば外国のスパイ活動の防止やテロ対策のための「インテリジェンス活動」だろう。

インテリジェンス活動には、

  1. 画像情報(イミント)
  2. 信号情報(シギント)
  3. 人的情報(ヒューミント)

の3つの基本形がある。イミントは、偵察衛星が撮影した画像や、航空機による偵察写真など画像や映像の情報を得ることだ。シギントは、相手国の通信を傍受することやインターネット上での通信の傍受、相手国のレーダーの波長を調べるなどで情報を得ることだ。米国は、高度な技術力を駆使して、これらの分野を得意としている。

一方、ヒューミントは、古典的な情報取得手段である。スパイを相手国に潜入させたり、相手国のスパイを懐柔したりして情報を得る活動だ。映画「007シリーズ」が有名な英国は、伝統的にヒューミントが強い国である。

英国は、旧植民地だった国などで構成される「英連邦」を中心として、世界中に広く深い人的ネットワークを築き、情報網を持っている。オックスフォード、ケンブリッジ、ロンドンなどの大学を卒業した留学生のネットワークもある。BP、シェルなどオイルメジャーやHSBC(香港上海銀行)グループなど多国籍企業による資源・金融ビジネスのネットワークなどがある。これらの多様で複雑な人的ネットワークを、インテリジェンス活動に活かしているのだ。

英国のインテリジェンス活動を、私が英国在住時(2000~2007年)にみたことから紹介してみたい。例えば、英国の「テロ対策」である。その特徴は、例えば、英国のロンドン市内やヒースロー空港に「自動小銃を持った警官」の姿がほとんど見られなかったことである。

2001年の「9.11」などテロが頻発し、世界中で警戒態勢が強化された時期で、例えば、成田空港に入るためには、見送りに来ただけの人でもパスポートを提示しなければならなかったが、ヒースロー空港では駐車場に車を停めてターミナルに入るときに、パスポート提示を求められたことは一度もなかった。

ロンドン市内も一見、警戒態勢は緩く、いつでも簡単にテロを起こせそうな感じだった。これは、フランスのパリ市内やシャルル・ド・ゴール空港には多数の警官や武装兵が立ち、警戒しているということと、大きな違いだった。だが、テロが頻発するフランス、ベルギーなど欧州大陸に比べれば、発生件数は格段に少ない。英国ではテロはほとんど起きないと言い切っていいレベルであった。

なぜ、無防備で隙だらけのように見えながら、テロが起きないのか。それは、英国の警察・情報機関が、国内外に細かい網の目のような情報網を張り巡らせ、少しでも不穏な動きをする人物を発見すれば、即座に監視し、逮捕できる体制が確立されていたからだ。

具体的には、地方自治体、刑務所、保護観察、福祉部門の職員、学校や大学の教員、NHS(国家医療制度)の医師、看護士は、過激化の兆候を見つけたら当局に報告することが義務付けられていた。当局の要注意リストには約3,000人が掲載され、別の300人を監視下に置いているとされていた。毎月、テロリストの疑いありとして逮捕される人数は大変な数に及んだ。要するに、英国のテロ対策とは、警察と情報機関が長年にわたって作り上げてきた情報網・監視体制をフルに使って、テロを水際で防ぐということである。

日本には「スパイ防止法」がない。テロ対策が脆弱であり、国内に外国のスパイが好きなように出入りし自由に行動できる「スパイ天国」だともいわれてきた。さらにいえば、日本は英国MI6や米国CIAのような「対外情報機関」が存在しない。英国との協力は、このような日本の安全保障上の弱点を補完するものとなり得ると考える。

参考資料

image by: 首相官邸

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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