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なぜウクライナ危機は「トランプ的陰謀論」を氾濫させるのか。危険な親露・ナショナリズムの動き

ロシア軍高官がモルドバの親ロシア派地域「沿ドニエストル」まで支配下に収める計画を示唆するなど、停戦どころかさらなる侵攻が懸念されています。国際的な批判が高まる一方で、親露・ナショナリズム的な動きも目立っていると語るのは、金沢大学法学類教授の仲正昌樹さん。仲正さんは今回、一部であがりつつある「ヴィラン(悪役)を求める声」に警鐘を鳴らしています。

プロフィール仲正昌樹なかまさまさき
金沢大学法学類教授。1963年広島県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了(学術博士)。専門は政治・法思想史、ドイツ思想史、ドイツ文学。著者に『今こそアーレントを読み直す』(講談社)『集中講義!日本の現代思想』(NHK出版)『カール・シュミット入門講義』(作品社)など。

ウクライナ危機で「日本版トランプ」は誕生するのか?

ロシアのウクライナ侵攻をめぐっては、日本を含む西側諸国の多くは、ロシアとの直接的な戦闘に加わることは回避しながらも、ウクライナ支援・ロシア制裁で概ね一致している。

しかし、その一方、結束を乱す、親露・ナショナリズム的な動きも目立っている。ハンガリーの総選挙では、親露的な政権与党が議席を伸ばした。

フランス大統領選では、ロシアへの経済制裁強化に反対し、NATOからの離脱を示唆する国民連合のルペン党首が支持を伸ばし、中道のマクロン大統領との決戦投票に進んだ。結果はマクロン氏の勝利だったが、前回の大統領選よりも票差はかなり縮まり、40%を超える得票をした。

アメリカでは、プーチン大統領を政治家として評価するトランプ前大統領の再登板待望論が盛り上がっている。

日本でも、ウクライナ危機の背後で、「アメリカを牛耳る“ディープ・ステイト”が暗躍している」、「日本のメディアは彼らの言いなりに報道し、国民の利益を損なっている」といった陰謀論的な言説が流布している。世界で何が起こっているのか。

トランプ氏やルペン氏のプーチンびいきは今に始まったことではない。グローバリゼーションによって自国の雇用が破壊されているという前提に立ち、移民排斥と国内産業保護を前面に出していた彼らは、EUやNATOの東方拡大に抗して、大ロシアの復活を目指すプーチン大統領を盟友のように見ていた。

彼らに共通するのは、むき出しの自国中心主義だ。

長年にわたって自由主義社会の盟主を自認し、世界各地のもめ事に警察官として介入してきたアメリカでは、ごく最近まで、反グローバルなナショリズムは根付きにくかった。世界の警察官が、排他的になるわけにはいかなかったのだ。

1980年代後半から90年代にかけての共和党は、レーガン—ブッシュ(父)政権時代に英国と共にグローバリゼーションを推進した。

しかし、グローバル化によって“職を奪われた”ことへの怒りを募らせる白人貧困層の怒りを支持基盤としたトランプ氏が大統領に当選したことで、共和党はあっという間に自国ファーストの政党になった。

アメリカもフランスも元来、自分たちは世界で最もオープンで、多様な人材を受け入れることで、進歩の最先端にいることを売りにしてきた国である。国際的なヒーローを演じてきた。

しかし、ヒーローを演じ続けるのはきつい。労働市場や生産拠点のグローバル化が進んで、国内産業の空洞化が進むにつれ、ヒーローであるための体力は失われていく。

そこで、かっこうつけなくてもいい、邪魔な連中を排除し、身内を最優先してなにが悪い、と開き直る、いわば、ヴィラン(悪役)になり切るトランプ流が受けたるようになったのである。

バットマン・シリーズで、バットマンがますます暗いキャラになり、ジョーカーやリドラーが“主役化”しているのは、そうしたアメリカ人のメンタリティの変化を反映しているのかもしれない。

ヴィランとして頂点に立ったトランプ氏は、民主党やCNNなどのリベラル派こそ、グローバルな大企業と結び付いて、一般国民を苦しめる“真の悪党”だ、という分かりやすい物語を作り出した。悪党がどんな汚い手を使ってきても、ヒーローは正々堂々と、正義に適ったやり方で真実を明らかにしなければならない。

しかし、ジョーカー的な存在であるトランプ氏は、証明のための手間ヒマを惜しみ、いきなり相手を口ぎたなくののしって、嘘つきと決めつける。

そうした下品なけんか腰で、「もうきつい。他人のことなんかどうでもいい。俺たち(白人労働者)の面倒を見てくれ」という“本音”を言いたい人、自分たちが苦しいのは、努力不足のせいではなく、社会を陰で牛耳る“真の悪党”のせいだと思いたい人たちの支持を集めることに成功した。

日本にもアメリカ大統領選をめぐる陰謀論を広めたQアノンや、議会襲撃で有名になったプラウド・ボーイズなど熱狂的支持者にとって、トランプ氏は、バットマンのような偽りのヒーローを倒してくれる、真のヒーローだったのだろう。

“頼れるヴィラン”であろうとするトランプ氏やルペン氏にとっては、自分たちと同じような、あるいはもっと狂暴そうなヴィラン・キャラであるプーチン氏は、反グローバリズム・反リベラル・リーグの頼れる仲間であったのだろう。

プーチン氏が暴れてくれるほど、グローバリズムは阻害され、大国が露骨な自国中心主義の路線を取ることが当たり前になり、かつ、そういう暴れ者と渡り合うには、トランプ氏のような型破りで何をするか分からないキャラが必要だという印象が強まる。三重の利益があったわけである。

トランプ氏は、(グローバリゼーションの副産物とも言うべき)コロナの対応への杜撰さや人種差別を容認するかのような発言が災いして、選挙に敗れたわけだが、トランプ敗戦を未だに受け入れていない人にとって、プーチン氏の戦争はトランプ復権のカギであり、ヴィランたちの壮大な国盗り物語の幕開けなのだろう。

そういう人たちには、国際的正義を訴えるゼレンスキー大統領の演説やそれに感動してみせる、バイデン大統領などの西側首脳の態度には、欺瞞と陰謀しか感じられないだろう。

彼らの視点に立てば、次のような物語を描ける。

①バイデン大統領の息子は、ウクライナ天然ガス会社の取締役を務めており、副大統領時代のバイデン氏はその会社へのウクライナの検察当局の捜査に圧力を加えた(らしい)。

②その“真実”を暴露しようとしたトランプ大統領は逆に弾劾されるはめになった。

③バイデン氏は、ウクライナとのコネを利用して、ウクライナがNATOに接近するようゼレンスキー大統領に働きかけ、ロシアを挑発した。

④止むなくウクライナ侵攻に踏み切ったプーチン氏を、バイデン氏は素知らぬ顔で“正義”の名の下に非難すると共に、アメリカ製の対戦車ミサイルなどの兵器を供与する形で、軍需産業に利益をもたらしている。

⑤この事態を収められるのは、トランプ氏のように胆力のある、真の政治家だけだ。

この内、③と④に近い見方は、日本でも、鳩山元首相だけでなく、保守系の反グローバル系の論客にも共有されていると思われる。ネットでは、彼らの言説に、①~⑤を一続きのストーリーとして信じるトランプ-プーチン・ファンが便乗する構図になっている。

私は別に、国際正義より国益を優先するナショナリズムが悪いと言いたいわけではない。それぞれの国家に主権・国益がある以上、常に普遍的正義に則って行動することはできない。

しかし、欧米の大手メディアを味方につけたバイデン氏やゼレンスキー氏の言葉が嘘くさく聞こえるからといって、その“嘘を暴く”と称するソースを無条件に信じて拡散するのは、愛国者でもリアリストでもなく、ただの陰謀論者である。

自分は陰謀論者でもトランプ信者でもないという人は、以下の点についてよく考えてみるべきだ。

①トランプ氏であればプーチン氏を抑えられるという議論にどのような根拠があるのか。アメリカの国内利益最優先のトランプ氏は、ウクライナがロシアの勢力圏であるとあっさり認め、天然ガスなどの利権を得ようとする、といいことはないのか。

②仮にバイデン氏がウクライナのNATO加盟に向けて裏工作をしていたというのが本当だとしても、それがロシアがウクライナにいきなり攻め込み、全土制圧を目指すことを正当化する理由になるのか。

③逆キューバ危機だと言う人もいるが、アメリカがウクライナに核ミサイルやそれに匹敵する兵器を持ち込んだのか。

④国際法の大原則を無視して、プーチン流に全ては力だという“本音”に徹することが国益に適うのか。

プーチン氏の戦争はトランプ復権のカギでもなんでもないのである。

プロフィール仲正昌樹なかまさまさき
金沢大学法学類教授。1963年広島県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修了(学術博士)。専門は政治・法思想史、ドイツ思想史、ドイツ文学。著者に『今こそアーレントを読み直す』(講談社)『集中講義!日本の現代思想』(NHK出版)『カール・シュミット入門講義』(作品社)など。

image by : Presidential Press and Information Office / CC BY 4.0

仲正昌樹

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