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安倍晋三の“息の根”を止めろ。元秘書が立憲から出馬、最強の刺客で戦々恐々の元首相

7月の参院選で、安倍元首相のお膝元・山口選挙区では安倍氏の元秘書・秋山賢治氏が立憲民主党から出馬する。14年にわたって安倍事務所で私設秘書を務めた人物が反旗を翻した形だ。秋山氏から何らかの“暴露”があるのではとの声も上がる中、大切なのはそこではないと語るのは、元毎日新聞で政治部副部長などを務めたジャーナリストの尾中 香尚里さん。尾中さんは今回、秋山氏が立憲民主党から出馬した意味を解説するとともに、国民の政治不信を招いた「安倍政治」に対して強く批判しています。

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

安倍氏秘書が立憲民主党から出馬の衝撃

安倍晋三元首相の「口だけ番長」ぶりは相変わらずだ。例えば、ウクライナへの侵攻を指揮するロシアのプーチン大統領について「力の信奉者。戦国時代の武将みたいなもの」と評した(4月21日)。

何が言いたいのか全く分からない。「プーチン氏との個人的関係」というメッキがはがれ、この非常事態に自身が何の外交力も発揮できない現実から目をそらそうとしているわけだ。

一方、急激な円安が国民生活を直撃すると「右往左往する必要は全くない」「日本のように輸出の工業力があり、外国からの観光客が再び戻ってくれば、円安は日本にとって間違いなくプラスの環境になる」などと強弁した(25日)。アベノミクスのメッキがはがれた現実を、何としても認めたくないのだろう。

外交でも経済政策でもその失敗が次々と可視化されつつある安倍氏だが、そのお膝元の山口県でも興味深い動きがあった。

夏の参院選の山口選挙区(改選数1)で、安倍氏の私設秘書を務めていた新人の秋山賢治氏(52)が、野党第1党の立憲民主党から立候補すると、13日に発表したのだ。

山口と言えば、あの「桜を見る会」前夜祭問題の主要な舞台である。安倍氏に批判的な勢力からは早速「どんな爆弾発言が飛び出すか」といった期待の声が聞こえる。

しかし筆者は、秋山氏自身による何らかの「暴露」の有無には、あまり興味はない。「桜を見る会」問題については、現在表に出ている情報だけで、安倍氏を政界から去らせるには、すでに十分過ぎるからだ。だいたい「国会で118回の虚偽答弁」だけでも、安倍氏はすでに首相はおろか、政治家を続ける資格がない。

だが、筆者は秋山氏の出馬表明について、そういうこととは違う期待をしている。秋山氏のような、古い保守政治のど真ん中を生きてきた人が、その限界に気づき、自民党と異なる「目指すべき社会像」の模索を始めることへの期待である。

秋山氏は安倍氏の選挙区・衆院山口4区に含まれる下関市の出身。1993年から2007年まで、14年にわたって安倍氏の私設秘書を務めた。

1993年と言えば、安倍氏が初当選した年であり、2007年と言えば、第1次安倍政権が突然終わった年である。秋山氏は安倍氏の新人議員時代から首相に上り詰めるまでを見届けたわけだ。

安倍事務所退職後は、2度の地方選に無所属で立候補し落選した。注目されるのは、その後一度政界を離れ、老人保健施設で支援相談員を務めていたことだ。

秋山氏によれば、安倍氏は秋山氏が務めていた老健施設を訪ねたこともあるそうで、少なくとも出馬の動機は、この世界によくある「仲間割れ」「遺恨」などではないようだ。

おそらく秋山氏は、市井の人々の生命と暮らしの現場に身を置いた時、政治の世界から見てきた景色とはまるで違うものが見えたのだろう。

山口市のホテルで開いた記者会見で、秋山氏は「アベノミクスを提唱した安倍首相の地元でありながら、その恩恵が県内隅々まで行きわたるどころか、一般庶民の暮らしは厳しくなるばかり。『一強政治は強い者を強くする政治に過ぎない』ことに気づかされた」と出馬の動機を語った。

立憲民主党からの出馬を選んだ理由については「一強政治に対峙するもう一つの政治勢力が必要であり、(出馬するなら)野党第1党の立憲民主党しかない」と述べた。

言うまでもなく、山口は全国有数の保守王国だ。自民党は衆参両院で長年議席を独占しており、民主党政権の下野後3回の参院選ではすべて、自民党が得票率6割を超える圧勝だった。

おまけに今回の参院選は、野党が四分五裂している。秋山氏のほかにも国民民主党が候補擁立を決め、共産党も独自候補擁立を模索している。

全選挙区で野党候補が一本化した前回とは一転して、現時点では絵に描いたような「一強多弱」。簡単な戦いではないだろう。

それでも秋山氏は、あえて野党からの出馬を決めた。

「強い者を強くする政治」とは違う政治、つまり「弱い者を底上げし、支え合う政治」を求めた、ということだ。

だから、秋山氏はかつて所属した自民党と政策的に親和性が高いだろう保守系の「第三極」政党などではなく、立憲民主党という「野党第1党」からの出馬を決めた。

そこには「自民党と対峙する勢力を構築する」「選挙で有権者に『目指すべき社会像』を選択してもらう」という、明確な目的意識がある。政治を「分かっている」人の選択だと考える。

私たちは選挙のたびに「政治への無関心層に働きかけて投票率を上げよう」と叫んできた。「投票に行かなければ政治は変わらない」と訴えてきた。確かに、一人でも多くの人に政治への関心を持ってもらうことは、民主主義を守るためには死活的に大切だ。

しかし、国民の政治不信がこれほど根深いものになってしまった今、一から無関心層を掘り起こすのは容易ではない。そんな状況で政治を変えるためには、これまで政治の「内側」にいた人々や、常に当たり前のように「いつもの自民党」に投票してきた人々の意識が変わることが、より重要なのではないか、と考え始めている。

自民党の政策はおおむね正しい。アベノミクスは成功しているし、外交もうまくやれている――。長年とらわれてきたそんな「常識」は、コロナ禍対応の不手際やウクライナ危機の影響などを受けて揺らぎ始めている。

アベノミクスで経済指標がどんなに好景気を示しても、足元の地域で実感できない。「外交が得意な首相」の名を欲しいままにしていたのに、首脳間の個人的信頼関係を誇示していた国の蛮行に、全くなすすべもない。

「常識」を揺るがせた張本人の地元で、外野ではなく内側からそのことを指摘する存在が現れた。驚くとともに歓迎している。野党サイドが敗北した昨秋の衆院選の後、ともすれば忘れかけていた「この道しかないのか、別の道を歩むべきか」という選択肢の提示の大切さを、改めて思い起こされたからだ。

山口だけではない。日本各地で長年にわたり、誠実に自民党で政治にかかわって来た、どんなに低投票率の選挙でも必ず投票所に足を運んでいた人々の中から「このままでいいのか」という声が出始めた時、ようやく政治に地殻変動が起きるのかもしれない。

秋山氏が将来、その先陣を切った存在として記憶されることになるのか、それとも「2022参院選の注目選挙区の一つ」として記憶されるにとどまるのか。与野党各党の戦いぶりを含め注視したい。

なお、この記事の中で「桜を見る会」問題について「秋山氏の暴露には興味はない」と述べたが、「桜を見る会」問題そのものへの関心を失ってよいという話でないことは、念のため付言しておきたい。

この問題をめぐって最近、略式起訴された安倍氏の元秘書の供述調書の内容が報じられた。元秘書らが前夜祭の費用の補填について、違法性を認識していたことが明らかになった。

「安倍政治」の清算は、まだ決して終わってはいないのだ。

image by: 安倍晋三 - Home | Facebook

尾中香尚里

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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