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プーチンが描く「核使用」恐怖のシナリオ。国際社会の完全なる分断

ウクライナ紛争のひとつの焦点でもある、ロシアによる核兵器使用。プーチン大統領自身は「核の恫喝」を繰り返していますが、もし核が用いられたとしたら、世界はどのような状況に置かれることになるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、さまざまな要素を勘案しつつEU諸国やアメリカの反応を予測。さらに確実に起こることとして「国際社会の完全なる分断」を挙げ、その理由を解説しています。

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ウクライナ戦争は国際協調時代の終焉の始まり

「ウクライナ戦争は長期化する見込みだ。プーチン大統領はその準備をしている」

このような発言がアメリカ政府高官から相次いで出されています。ヘインズ国家情報長官が米上院での公聴会でそのように発言しています。

儲け話のような邪推を挟むのは止めておきますが、これはどのような意味を持つのでしょうか?

ヘインズ長官の発言から抜粋すると、「ここ数か月の間にロシア軍による攻勢がレベルアップされ、それに対するウクライナ側も反抗を強めることで、より戦闘が激化し、それにより勝利にこだわるプーチン大統領は、過激な手段に訴えかける可能性が高い」ということです。

この“過激な手段”に核兵器の使用が含まれるか否かは議論が分かれるところですが、良くも悪くも期待はずれな内容に終わった5月9日ロシア(旧ソ連)の対ナチスドイツ戦勝記念日でのプーチン大統領の演説は、より今後についての推測を困難にしたと思われます。

核兵器の使用の可能性については、また後程触れることにしますが、このような話を展開している間も、ウクライナ国内ではウクライナ軍とロシア軍との一進一退の攻防が続いています。

例えば、激戦地となっているハルキウでは、一時、ロシア軍による制圧が行われ、ロシアの支配地に色塗られていましたが、今週、ウクライナ側の情報によると、ウクライナ軍が奪還に成功したと伝えられています。しかし、その次の日には、またロシアが再攻勢をかけており、まさにウクライナ戦争における“現在”の状況を映し出しているように思います。

また未確認情報ではあるのですが、ロシア側が支配地域として確保したと言われていたドンバス地方のいくつかの都市でも、ウクライナサイドの反攻が再開し、ここでも激戦が繰り広げられているとのことです。

そして激戦地の典型例になっている南東部マリウポリでは、製鉄所から一般市民が退避したとの情報もありますが、アゾフ連隊はまだ立てこもって徹底抗戦を続けています。アゾフ連隊の幹部がメディアに語っている内容では「遅かれ早かれ、どのような形であっても待っているのは死のみ」と語り、ロシア軍からの徹底的な攻撃の前に、希望の灯ももう風前の灯火であるといった雰囲気さえ漂わせています。

ドンバス地方の確保に加え、マリウポリの完全掌握を命じているプーチン大統領の手前、ロシア軍による攻勢は強まる一方だと推察できます。

そして驚いたのは、南部の要衝と言われるへルソン州において、親ロシア派が「州のロシアへの編入をプーチン大統領に直接依頼する方針だ」と語ったことです。

もちろんウクライナ政府側は即時にそれを非難し、ゼレンスキー大統領自身も「必ずすべての都市を取り戻す。その日まで戦いは終わらない」と述べているように、へルソン州でも戦いが激化することを示しています。

それはドンバス地方からマリウポリ、オデーサを通り、隣国モルドバにまで至る回廊を作りたいという、ロシア側の意図が見える状況とも言え、今後はそれが叶うか否かにも注目しなくてはならないでしょう。

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プーチン大統領のチェックリストにまだいろいろな案件が含まれていそうなことと、今回のウクライナ軍による攻勢とそれを支える欧米諸国という図式によって、チェックリストの完成はかなりの困難を極めることが予想されますので、今回のウクライナ戦争は非常に長引く可能性があります。

ところで、ここで【ウクライナ戦争が長引く】という際、私は大きく分けて2種類の“戦争”についてお話ししています。

一つ目は、これまでに話している【武力紛争という意味での戦争】です。

そして二つ目は、【国際政治経済体制における“完全なる分断”と“二分化”という意味での戦争】です。

まず、一つ目の武力紛争について触れます。

こちらは毎日のようにメディアはもちろん、インターネット上で“どのような武器が使われているか”“破壊されたか”といった情報が盛り上がっていますし、欧米諸国がどのような武器・装備をウクライナに支援しているかというリストも出回っていますのでここでは詳しく触れませんが、確実に戦争の長期化と国際化、それに加えて複雑化も進んでいることは確かです。

長期化については、ウクライナの予想外の善戦と、思いのほか通常兵器の運用がうまくいっていないというロシア軍サイドのお家事情もあり、戦闘は一進一退の攻防を繰り返しています。

結果として、ウクライナ市民に大きな犠牲が継続的に出てしまっています。まさに出口の見えない悲劇です。

そこに欧米諸国がウクライナへの軍事支援の内容をアップグレードしていくことにより、より物理的な戦いは激しさを増し、戦闘は膠着状態に陥ることになるでしょう。

あとの懸念は、明らかにロシア側に不利な状況が見えてきた際に、プーチン大統領が大量破壊兵器使用に踏み切るか否かという問題です。

ここには核兵器、生物兵器、そして化学兵器が含まれますが、もし戦争においてロシアが(プーチン大統領が)コーナーに追い込まれたと感じた際には、それらの発動もないとは言い切れません。

個人的には、“核兵器の使用の可能性はまだ低い”と思っていますが、この際、アメリカを直接攻撃するような核兵器(戦略核兵器)の使用はないという意味で、ウクライナ国内やその周辺国に対して使われる可能性がある戦術核兵器については、ないとは言い切れません。もちろん使用においては、ロシアもかなりのダメージを受けることになりますが(国際政治経済上)、ロシアにも、欧米諸国にも非常に困難なジレンマを突き付けることになります。

それはどういうことなのでしょうか。

一つ目は【ロシアが核兵器を使用した場合、欧米諸国とその仲間たちは一致した対応を取ることが出来るか】という問いです。

EU諸国にとっては、ロシアとは地続きであるという地政学的な要素が直接に絡み、ロシアによるウクライナに対する核使用は、自国・自エリアへの直接的な脅威と感じるかもしれません。

その場合、果たしてEU諸国はこれまで同様に対ロ制裁を強化し、徹底的な対峙を選び続けられるでしょうか。

もしかしたら、対ロ批判のトーンが弱まり、プーチン大統領をこれ以上、刺激すべきではないと感じ、欧米サイドでの対ロ包囲網がEUサイドで緩みが出てしまいかねません。

つまりロシアにとっては、制裁の抜け道が出来る可能性です。

EU諸国としては避けたいシナリオでしょうが、同時に自国に対してロシアの核の脅威という影が覆いかぶさってくることもまた極力避けたいシナリオでしょう。

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二つ目は【ロシアの核使用に対して、欧米諸国(NATO)は核を用いた対ロ報復が出来るのか】という問いです。

NATO諸国において、核戦力を保有するのは米英仏のみですが、日本でも話題になった各シェアリングのコンセプトが成り立っているのも事実です。

この問いに対する答えをしてみるとしたら、まずは【時と場合による(It depends.)】ではないでしょうか。

もし間違ってNATO加盟国への影響が出るようであれば、対ロ核報復の口実・大義名分ができることになり、使用への機運が高まりやすくなります。確実に各国、そしてNATO内での激論を呼び、すぐには対応できないでしょうが、NATO憲章第5条の規定を援用して、戦術核兵器による限定的な核使用とでも名付けて報復する可能性は否定できません。

しかし、NATO加盟国に影響が及んでいない場合、すでに今回のウクライナからの武力介入の要請を反故にしてきたように、ロシアによる核使用がウクライナに限定された場合は、NATOとしてどこまでの対応が出来るかは未知数です。

確実に起こるのは、対ロ経済制裁による包囲網が強化され、ロシアは国際社会から追放される方向に進むということでしょう。この際、その成否は、ロシアを今でも支援する中国(国連安保理常任理事国)の出方次第ですが、中国が見捨てた場合は、一気にロシアの瓦解への道を進むことになるでしょう。

ところで、これはまた別のジレンマを国際社会に投げかけることになります。

それは、ロシアが核を使用した場合、アメリカは必然的に報復に打って出ないと、これまで第2次世界大戦以降築いてきた超大国としてのステータスが終わりを迎えることになりかねません。

もしアメリカ政府の対応が生ぬるいと評価されてしまった場合、アメリカによる有事の防衛が意味してきた信頼性は失われてしまい、中ロに隣接し、これまでアメリカの核の傘に守られてきた国々は、もしかしたら自主防衛のために核開発と配備に偏りかねません。

できればロシアとの直接的な対峙は避けたいと願い、実際にウクライナへの派兵は見送ってきたバイデン政権ですが、その裏には二つの大きな理由があるようです。

一つ目は【バイデン政権下で、アフガニスタンとイラクから米軍を撤退させた今、ウクライナを含む外国に米軍を派兵する決定を政治的に下せない】という状況です。

そして二つ目は【財政状況の悪化度合いがすでに大幅に危険水域を超えており、アメリカ単独でも派兵できた時期のように自軍を送り込み、戦闘に駆り出すだけの経済状況が存在しない】というジレンマです。

このような理由をベースに起きうるのが、欧米諸国の対ロシア制裁に温度差が生まれ、同盟関係内での関係の亀裂を呼びかねない状況です。

このような状況は、場合によっては、中国を利することにもつながります。欧米諸国や日本がロシアに持っていた権益から撤退を進める中、着々と経済圏を広げているのが中国ですが、それとは別に、間接的には【中国による台湾侵攻決行時に、核兵器の使用の可能性をちらつかせる戦略を取れば、対中包囲網の結束を崩し、アメリカとその同盟国との間の信頼関係を傷つけることもあり得ます。

プーチン大統領がただ自らのTo do listを順にこなしていくという野望だけならばまだしも、仮にアメリカとその同盟国との関係に亀裂を入れることまで目論んでいたとしたら、大変恐ろしいシナリオを描いているようにも感じます。

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ではその“ロシア”はどのような核関連のジレンマを抱えることになるでしょうか?

それは核兵器の不使用に落ち着いた場合、個人的には非常にめでたいトレンドだと考えるのですが、それは核兵器を持つことは、決して国際社会における力のシンボルとはならないことも明らかにします。そして【核兵器は使えない兵器】という認識が広がることで、国際社会における力のバランスの定義が大きく覆ることも意味します。

今回のウクライナ侵攻において、本当に報じられるようにロシアが通常戦闘において不利になってきているとしたら、勝利が絶対条件であるロシアにとっては、核を使うための壁は低くなりがちでしょう。

しかし、核を使わなかったとしたら、それは危機的な状況に際しても、核は“使えない”兵器という認識を強化し、核兵器の役割が終焉することを意味するかもしれません。

これはこれで望ましいことなのですが、プーチン大統領はロシア国家および人民が追い詰められたと感じた際には、恐らく躊躇せずに使うと明言していることもあり、自らの権力基盤を再度固めようとするのであれば、無茶を承知で使用へと傾くかもしれません。

この際、確実に起きてしまうのが、国際社会の完全なる分断状況でしょう。核使用に対しては、ロシア・米国(英国)双方が激しい非難を浴びることになります。先述のように欧州各国との協力も消え去りかねず、反ロシア同盟内での「分断」は、結果的にロシアを利することにつながるでしょう。

分断と言えば、すでに対ロ制裁への各国の反応について温度差があることに注目しなくてはなりません。

ロシアによるウクライナ侵攻直後に行われた対ロ非難決議をめぐる国際社会における攻防は、今度はインドネシアが議長国を務めるG20の場に持ち込まれ、それはG20の完全なる機能不全へとつながりかねません。

ロシア・プーチン大統領は、この分断を巧みに利用しているようにも見えます。

先日、その口火を切ったのが4月21日にワシントンDCで開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議において、ロシアによる発言時に、アメリカ・英国・カナダの大臣たちが一斉に離席するという、前代未聞の外交的なボイコットです。

同じことが11月15日から16日にかけてインドネシア・バリ島で開催予定のG20サミットでも起こりそうな気配です。

議長国のインドネシアは、すでにプーチン大統領をG20に招待する意向を示しており、当のプーチン大統領もすでに参加を表明しています。

これにより、G20の分断が明確化することになります。ロシアの参加に異議を唱える米・加・英・EU・豪州、そして日本政府のグループと、中ロが率いるグループにG20諸国が分かれることになるでしょう。この時、新政権が発足した韓国や、欧米とロシアの間でバランスを取ろうと苦戦しているトルコはどのような対応を取ったとしても、分断に加担する羽目になります。

結果として、中国とロシアのきずなはさらに強化されますし、対ロ制裁に異議を唱えてきたG20諸国は欧米とのつながりを弱め、中ロが構築しようとする国家資本主義体制の陣営になびいていく可能性が高まるでしょう。

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その背景には、プーチン大統領参加時にはG7はボイコットすることで、議長であるジョコ・インドネシア大統領と政府の顔をつぶし、顔に泥を塗ることになってしまいます。

そうなったら、当のインドネシアはもちろん、途上国サイドのメンバーからの大バッシングがG7に向けられることになります。

それはそして非難しているプーチン大統領を結果的に利してしまう可能性が高まります。

リーマンショック直後に、G7単独では解決できず、主要な途上国との連携なしには達成できない国際問題(気候変動、パンデミックへの対策、エネルギー・食料安全保障の確保など)に協力して取り組む枠組みを意図していたG20が機能不全に陥ることをも意味します。

そしてそこには、すでに財務大臣会合でも垣間見られたように、反ロシア陣営と親ロシア派という分断が生まれ、より明確に表れることになります。

そしてそれは、また、すでに解決されたと思っていた【先進国 vs. 途上国】の対立軸を復活させることにもつながります。

これはつまり、対プーチン・ロシア包囲網が弱まり、ロシアと中国を核とした勢力圏が作られることに繋がり、対立が明確になってくると、【国際協調の下、地球的な問題を解決しよう】という当初のG20の理念も、消え去ることになりかねません。

そしてそのような分断は、ゆくゆく中国を利することに結びついていくのですが、それを欧米諸国とその仲間たちでつながる反ロシア包囲網の構成国たちはどこまで理解できているのでしょうか?

最後にこのような中、G7のメンバーで、かつ直接的な利害関係をロシアとの間に抱える日本はどのように対応すべきでしょうか?

話すと長くなるので少しだけにしますが、結論としては、【これまでのように目立つ必要もないし、奇をてらう必要もなく、地味でつまらないと思われたとしても、明確な態度表明は行わず、conflicting partiesの間で、両方向をきちんと見据えた対応への回帰】が必要だと考えています。

果たして、今の対応はそうなっているでしょうか?

武力紛争はいつか終わりますが、今回のウクライナ戦争でより強固かつ明確になってしまった“世界の分断”という戦いを終わらせるには、相当長い時間を要することになるでしょう。そして、もしかしたら、もう2度と解決は訪れないのかもしれません。

皆さんはどうお考えになりますか?

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image by: Mr. Tempter / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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