日本経済新聞が掲載した広告をめぐって全世界で多くの議論が飛び交っています。そこで、今回のメルマガ『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』では、その広告の詳細とともに、問題の概要からその背景までを詳しく語っています。
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「月曜日のたわわ」全面広告をめぐる議論 本当に「表現の自由」をめぐる問題か?
日本経済新聞が4月4日に掲載した「月曜日のたわわ」の全面広告をめぐり、様々な議論が飛び交っている。
まず、国連女性機関(UN Women)が抗議する書面を日経新聞に対し送付、一方で一連の騒動を大きく報じたハフィントンポストにも非難が集中した。
広告は、「胸を非現実的なほど強調したミニスカート姿の女子高生のキャラ」(ハフィントンポスト)が、
今週も、素敵な一週間になりますように
と語りかける内容。これに対し、UN Womenは4月11日付で、日経新聞の経営幹部に対し、今回の全面広告を「容認できない」とする書面を送付。
他方で、計量経済学者である田中辰雄氏は、「SYNODOS」で、『「月曜日のたわわ」を人々はどう見るか』と題し、
今回の事件に限らず、一般的な傾向として言論・表現の自由を重視する人が容認的で、一般的傾向として正義を重視する人が問題ありと考えている。
と主張した。
【目次】
・問題の概要
・国連女性機関が抗議
・軽量経済学者・田中辰雄氏の寄稿文
・一方で、日本は春画を厳しく規制
・背景にある「漫画至上主義」
・問題の概要
問題となったのは、4月4日に掲載された全面広告。
「今週も、素敵な一週間になりますように」
とのキャッチコピーのもと、
「顔は幼くあどけないのに、胸は非現実的なほど強調され、体だけは過剰に成熟したミニスカートの女子高生が、上目遣いで読者にそう語りかける」金春喜『「月曜日のたわわ」全面広告を日経新聞が掲載。専門家が指摘する3つの問題点とは?』(ハフポスト)
という内容だ。
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ハフポストによれば、
ネット上では「女性はもちろん、娘を持つ男性も不安になる広告」「これが全国紙の全面広告になることでげんなりする人は少なくない」「女子高生を癒しの対象にし、それを日経が後押しすることへの違和感が大きい」などと批判が相次いでいる。(金春喜『「月曜日のたわわ」全面広告を日経新聞が掲載。専門家が指摘する3つの問題点とは?』(ハフポスト、2022年4月8日)
と書いている。
広告は、比村奇石さんの漫画『月曜日のたわわ』の単行本最新刊をアピールするもの。講談社の「週刊ヤングマガジン」で2020年11月から連載しており、2022年4月4日に単行本第4巻が発売された。
「コミックナタリー」は同作を「月曜日が憂鬱な社会人に向け、豊満な体型をした女子を中心に描かれるショート作品」とする。
ハフポストの取材に対し、東工大の治部准教授は、今回の全面広告の主な問題点を3つ指摘した。
第1に、あらゆる属性の人が読む最大手の経済新聞に掲載されたことで、「見たくない人」にも情報が届いたこと。
第2に、広告掲載によって「異性愛者の男性が未成年の少女を性的な対象として搾取する」という「ステレオタイプ」(世間的固定概念)を肯定し、新聞社が「社会的なお墨付きを与えた」と見られること。
第3に、これまで「メディアと広告によってジェンダー平等を推進し有害なステレオタイプを撤廃するための世界的な取り組み」を国際機関とともに展開してきた日経新聞が、自ら「ジェンダーのステレオタイプを強化する」という矛盾に陥ってしまったこと。
日経新聞は、国連女性機関(UN Women)などがつくった「女性のエンパワーメント原則」というガイドラインにも署名している。この原則は、
「女性と女の子に対するネガティブで画一的な固定観念は、ジェンダー平等の実現を阻む最も大きな要因の一つです。」
とする。
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国連女性機関が抗議
ニューヨークに本部を置く、UN Women(国連女性機関)が日経新聞に抗議していたことがわかった。
UN Womenは4月11日付で日経新聞の経営幹部に対し、今回の全面広告を、「容認できない」とする書面を送付。対外的な公式の説明や、広告の掲載の可否を決めるプロセスの見直しなどを求めた。
もっとも、UN Womenが抗議に乗り出したのは、それなりの理由がある。日経新聞は、UN Womenの日本事務所を中心にジェンダー平等を推進する、「アンステレオタイプアライアンス」と呼ばれる取り組みに加盟しているため。
この取り組みでは、以下のような理念を掲げている。
「アンステレオタイプアライアンスは、UN Women が主導する、メディアと広告によってジェンダー平等を推進し有害なステレオタイプ(固定観念)を撤廃するための世界的な取り組みです。
企業の広告活動がポジティブな変革を起こす力となり、社会から有害なステレオタイプを撤廃することを目的とし、持続可能な開発目標(SDGs)、特にジェンダー平等と女性・女児のエンパワーメント(SDGs 5)の達成を目指します。
「女・男はこうあるべき」などに見られるステレオタイプは、企業や人を縛ったり、型にはめることで、イノベーションや自由な発想を遠ざけます。消費者もステレオタイプを描くブランドや商品からは、離れていきます。また、ステレオタイプは、ジェンダー平等を達成するための大きな障壁にもなっております。」
この取り組みの中でも、日経新聞は主導的な立場にある。UN Women 日本事務所と連携し、ジェンダー平等に貢献する広告を表彰する「日経ウーマンエンパワーメント広告賞」を主催するなど、広告のジェンダー平等化の旗振り役を担ってきた。
また賞では、広告からステレオタイプを取り除くため、「3つのP」という審査項目を設けている。
Presence 多様な人々が含まれているか Perspective 男性と女性の視点を平等に取り上げているか
Personality 人格や主体性がある存在として描かれているか
UN Women 日本事務所の石川雅恵所長は、今回の全面広告が、「アンステレオタイプアライアンス」の加盟規約などに反すると指摘する。
「今回の広告は、男性にとっての『女子高生にこうしてほしい』という見方しか反映しておらず、女子高生には『性的な魅力で男性を応援する』という人格しか与えられていません。私たちが重視してきた『3つのP』の原則は守られていないのです。
明らかに未成年の女性を男性の性的な対象として描いた漫画の広告を掲載することで、女性にこうした役割を押し付けるステレオタイプの助長につながる危険があります」(「国連女性機関が『月曜日のたわわ』全面広告に抗議。「外の世界からの目を意識して」と日本事務所長」ハフポスト、2022年4月15日)
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軽量経済学者・田中辰雄氏の寄稿文
一方で、軽量経済学者の田中辰雄氏は、「SYNODOS 専門家の見解が読める教養ポータル」に『「月曜日のたわわ」を人々はどう見るか』と題した寄稿文を寄せた。
それによれば、
「日経新聞に載った「月曜日のたわわ」の広告は波紋を呼んだ。「月曜日のたわわ」は青年漫画誌の連載漫画であり、その漫画のキャラを使った広告が不適切であるとして批判されたのである。
批判の趣旨は、広告で描かれた絵は女子高生を性的に扱っており、新聞の広告として不適切という点にある。これに対し、表現の自由で許される範囲であるという反論がなされ、活発な論争が起きている」(田中辰雄『「月曜日のたわわ」を人々はどう見るか』SYNODOS、2022年4月20日)
とし、
「これに類似の論争はこれまでに何度も繰り返されてきた。古くは、人工知能学会表紙事件(2014年)、新しくは宇崎ちゃん献血ポスター事件(2019年)、そして直近では温泉むすめの事件(2020年)が記憶に新しい。
これらの論争では、人々がその表現をどう受け取るかが争点の一つである。しかし、騒動の渦中に人々がその表現をどう受け取っているかが調べられた例は多くはない。本稿ではこれを試みる。この広告に対して批判する意見、容認する意見はどれくらいあるのか、また、それを決定づける要因は何であるかを調べるのが課題である。
この種の問題は、かつては炎上してしまい、ほとんど議論が不可能であったが、今回は多少なりとも議論の兆しが見える。議論ならば事実分析を踏まえるのが建設的である。このレポートはそれに資することを意図している」(田中辰雄『「月曜日のたわわ」を人々はどう見るか』SYNODOS 、2022年4月20日)
そして、
「最初に結論を述べておくと、この広告に問題ありとしたのは女性の3割強である。5割程度の人は容認しており、容認する人の方が多い。
年齢別にみると若年層ほど容認的であり、20代の女性で広告に問題ありとする人は40代以上の人の半分程度にとどまる。若年層が容認的とすると、時間の経過とともに容認する人がしだいに増えていくという予想が成り立つ。
また、今回の事件に限らず、一般的な傾向として言論・表現の自由を重視する人が容認的で、一般的傾向として正義を重視する人が問題ありと考えている」(田中辰雄『「月曜日のたわわ」を人々はどう見るか』SYNODOS 、2022年4月20日)
とした。
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一方で、日本は春画を厳しく規制
国連が日本の漫画表現を批判したのは今回が初めてじゃない。2016年にも日本の漫画表現を問題視。
女子差別撤廃委員会の報告書では、
日本ではポルノ、ビデオゲーム、漫画などアニメが、女性や少女への性的暴力を推進していると指摘、とくに国連特別報告者は日本を、「バーチャルな子どもを性的搾取する表現の主要製造国」
とまで読んだ。
このような国連の批判に漫画研究者の藤本由香里氏は反論。
「日本では女性が主体となった性表現が、男性向けのそれと同じくらい発展していることが、他国とは大きく違う特徴だ。
その中には当然、『性暴力』表現も含まれる。即ち、日本において『性暴力』表現を禁止することは、これまで営々と築かれてきた女性たちによるオールタナティブな性表現に対してもNOを突きつけることになるのだ。
表現を『禁止』することによっては現実は変わらない。むしろ『性は危険でもありうる』ことを伝えることこそが現実を変えると信じて女性作家たちは表現してきた。その営為を止めてはならない。
国連は、表現を問題にすれば、『現実の問題を解決する』ことをかえって阻害することを認識すべきだ」(『国連が批判する日本の漫画の性表現 「風と木の詩」が扉を開けた』BBC NEWS JAPAN、2022年3月16日)
しながら、日本社会が長年、絵の中の性表現について実際に規制してきた事実に触れなければならない。 浮世絵の春画だ。
春画は、ロンドンをはじめ、欧米で大規模な展示が成功して初めて、日本でも大々的に展示会が2015年に開かれるようになった。春画はカップルの情事の横に子どもが描かれていることが珍しくない。しかし、そのことは当時としては日常的な一コマだった。
ただ、そのような絵は、現代の価値観に照らし合わせ、展示会で外されることが少なくなかった。
春画は自主規制にとどまらず、実際に公権力により規制。2015年には、春画の画像を掲載したとことがわいせつ図画頒布罪にあたるとして、「週刊ポスト」「週刊現代」「週刊大衆」「週刊アサヒ芸能」が警視庁により口頭指導を受けていたことがわかっている。
背景にある「漫画至上主義」
今回の問題に背景にあるものは、「表現の自由を守る」という問題であるとか、そのような高らかな社会的使命の問題があるわけではない。
実際には、漫画であるとかアニメであるとか、「日本らしい」現代的なコンテンツの“表現の自由“が守られれば良いという、至極、短絡的なもの。
それ以外のコンテンツ、あるいは、例えば春画、もしくは広義的な“表現の自由“についての大きなテーマの問題についてまったくもって無関心である日本人の姿がそこにはある。
(『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』2022年5月22日号より一部抜粋)
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