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誰が嘘をついているのか。郷原信郎氏が公表した美濃加茂市長収賄事件「再審請求」の要点

2013年、当時全国最年少の市長として初当選を果たすも翌年収賄の容疑で逮捕・起訴、2017年に一審の無罪判決が覆され有罪が確定した藤井浩人氏。執行猶予が満了した後に美濃加茂市長に返り咲いた藤井氏ですが、昨年11月、無実の罪を晴らすべく、名古屋高裁に再審請求したことが報じられました。今回のメルマガ『権力と戦う弁護士・郷原信郎の“長いものには巻かれない生き方”』では著者で藤井市長の弁護人を務める郷原さんが、「再審請求の理由の要点」を公表。有罪判決の根拠となった贈賄事実の供述の虚偽を証明し、確定審の判断が誤りであったと結論付けています。

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プロフィール:郷原信郎(ごうはら・のぶお)1955年島根県松江市生まれ。1977年東京大学理学部卒業。鉱山会社に地質技術者として就職後、1年半で退職、独学で司法試験受験、25歳で合格。1983年検事任官。2005年桐蔭横浜大学に派遣され法科大学院教授、この頃から、組織のコンプライアンス論、企業不祥事の研究に取り組む。2006年検事退官。2008年郷原総合法律事務所開設。2009年総務省顧問・コンプライアンス室長。2012年 関西大学特任教授。2017年横浜市コンプライアンス顧問。コンプライアンス関係、検察関係の著書多数。

美濃加茂市長事件再審請求について(その1)

朝日新聞の言論サイト「論座」の「『有罪』前市長が圧勝した美濃加茂市長選(上)~あぶりだされた『人質司法』と『犯人視報道』」から始まる3部作で、今年1月の市長選挙で圧勝し、市長に返り咲いた藤井浩人氏が、市議時代の収賄で逮捕、起訴され、一審無罪判決、控訴審で逆転有罪判決、上告棄却で、有罪が確定するまでの経過について詳しく述べましたが、昨年11月に、藤井氏が名古屋高裁に対して行った再審請求の中身については、記者会見で説明しただけで、一般には公表していません。

いずれ、再審請求に対する裁判所の動きがあった場合には、広く発信していくことになると思いますが、会員制メルマガでは、先行して、再審請求書の概要、検察官の意見書、藤井氏側の反論意見書の概要についてお伝えしようと思います。

【美濃加茂市長事件再審請求について(その1)~再審請求理由書の概要】

本件の証拠構造

再審請求の内容について理解するために、まず、一審の無罪判決と、確定判決となった控訴審有罪判決の証拠構造を理解する必要がある。

この事件の問題は、警察、検察の取調べ、公判証言で、2回の現金授受の贈賄事実を供述しているNと、捜査・公判を通じ一貫して現金授受を全面的に否定している藤井氏のいずれが事実を述べているか、どちらの供述の方に信用性があるかということに尽きる。

一審裁判所は、Nの証人尋問を3期日にわたって行ったほか、証人として、現金授受があったとされるすべての会食の場に同席し、「現金授受は見ていないし、席も外していない」と供述するTの証人尋問、Nから現金授受の話を聞いたと述べるNの知人のH、Z、Nと同じ留置場で隣の房に在監していたOなどの証人尋問を行ったほか、藤井氏の被告人質問も行い、各証言・供述を直接見聞し、その信用性を評価した上、Nの贈賄供述の信用性を否定した。

そして、各現金授受について、

「N自身において第1現金授受に関して自ら経験した事実を語っているのか疑問と言わざるを得ず」

「現金授受の事実を一貫して否定している被告人供述、各会食の場での離席を否定するT供述を排斥することはできない」

と述べてN供述の信用性を否定した上、

「Nが、融資詐欺に関して、なるべく軽い処分、できれば執行猶予付き判決を受けたいとの願いから、捜査機関の関心をほかの重大な事件に向けることにより融資詐欺に関するそれ以上の捜査の進展を止めたいと考えたり、N自身の刑事事件の情状を良くするために、捜査機関、特に検察官に迎合し、少なくともその意向に沿う行動に出ようと考えることは十分にあり得る」

「Nにとって当初の期待に沿う有利な展開になっていたといえる。さらに同年4月頃、Nが、Oに対し、被告人に対する現金供与の話を出せば融資詐欺の捜査が止まる旨の話をしている事実もNの上記意図の存在を推認させるものといえる」

として、Nの虚偽供述の動機が存在する可能性についても付言した上、藤井氏に無罪を言い渡した。

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これに対して、控訴審裁判所は、Nの取調べ警察官の証人尋問とNの証人尋問を行っただけで、一審での各証人尋問、被告人質問の結果を公判調書のみで判断し、N供述が信用できるとして、藤井氏に逆転有罪判決を言い渡し、同判決が確定判決となった。

同判決は、

「勘違いや記憶違いは考えにくく、単純化すれば、Nが記憶どおり真実を述べていると認められるのか、意図的に虚偽の事実を述べている疑いがあると判断されるのかが問題である」

とした上、以下の第1から第5を、N供述の信用性を肯定する理由とし、一審判決の判断を覆した。

第1に、N証言の内容と授受の資金の流れ、現金授受に至る経緯との整合性について、「相当程度具体的かつ詳細で、その時々のNの抱いた感情や思いをも交えたものであり、その内容にも不合理な点は見当たらず、弁護人からの反対尋問にも揺らいでいない。このような点は、一般的には信用性を高める事情と考えられる」と判示し、

第2に、「Nの贈賄工作についての関連事実」として、藤井氏の美濃加茂市長選挙の際のNの応援としての「Tの宿泊費の負担」、Nが名古屋市の役人への贈賄資金として「Tに300万円を渡した事実」を認定して、「N証言の信用性を高める事情」と評価した。

第3に、Nが、第2授受の直前の時期に、Zに対し借金を申し込む際のNの発言内容、及び浄水プラントの実証実験が始まった後に、NがHを美濃加茂市立西中学校の浄水プラントに案内した際のNの発言内容を、Z及びHの供述によって認定し、信用性を高める要素として評価した。

第4に、Nの供述経過を、控訴審での取調べ警察官の証言に基づいて認定し、一審判決が疑問視した供述経過に関する問題は信用性を否定される理由にはならないとし、

第5に、一審判決が、虚偽供述の動機が存在する可能性を指摘したことに関して、融資詐欺についての捜査の進展を妨げたり、起訴や求刑等で検察官に手心を加えてもらおうという気持ちを持っていた可能性は否定できないが、それが虚偽かどうかは別問題であり、虚偽の現金授受の事実を捜査機関に供述したとした場合の疑問点として、虚偽だとするとかえって説明困難な点として、Nとしても、実際に犯してもいない贈賄という犯罪も加えて処罰を受けるおそれがある上、それによって融資詐欺の捜査・起訴が止められるという保証はないことが「極めて危険な賭け」であること、藤井氏に渡すという名目で50万円を借りたことと辻褄が合うように第2授受だけを話しておけば贈賄の事実を作り上げられたはずであるのに、わざわざそれよりも金額の少ない第1授受の件を付け足したことの説明が付きにくいことを指摘した。

上記第1から第5のうち、第1については、第一審判決が、

「検察官が入念な打合せを行ったため、Nの公判証言が、客観的な資料と矛盾がなく、具体的かつ詳細で、不自然、不合理な点がない供述となるのは自然の成り行き」

と指摘し、確定判決も、第一審判決の同指摘を踏まえて、検察官側の事前の打合せを控えさせて、証人自身の具体的な記憶に基づいて供述させることを目的に職権でNの証人尋問を行ったこと、しかも、その控訴審証人尋問で、Nが、検察官との打合せが「1ヶ月くらい、毎日朝昼晩」行われていたことを認めていることからすると、供述内容の具体性・詳細性・整合性などは、N供述の信用性を評価する上で重要な要素にはなり得ない。

上記第2の「Nの贈賄工作についての関連事実」についても、いずれも本件との関連性が極めて薄い事実である。

確定判決が、Nの公判供述について、第一審判決の判断を覆し、信用できると判断した主たる理由は、上記第3、第4、第5の3点である。

再審請求における新証拠は、H及びZの新供述と大橋靖史教授及び高木光太郎教授による供述心理鑑定書であるが、それらは、確定判決の証拠構造の根幹を動揺させるものである。

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第3の点について

H及びZの新供述によって、上記第3についての確定判決の判断が誤りであったことが明らかになった。

【確定判決】

確定判決は、第一審でのZ証言に基づき、Nが平成25年4月24日頃、Zに対し借金を申し込むに際し、藤井氏にお金を渡したいから50万円貸してくれないかと頼んだ事実を認定し、同事実が、

「Zに依頼した時点で、被告人に対し金銭を供与することを企図していたことを推認させる事実」

だとして、第2授受において藤井氏に現金を渡したとするNの供述の信用性を高めるものと評価している。

また、第一審でのH証言に基づき、浄水プラントの実証実験が始まった後の同年8月22日、Nと、その知人であるHが西中学校に浄水プラントを見に訪れた際、HがNに、「よくこんなとこに付けれたね」と言ったのに対して、Nが、「接待はしてるし、食事も何回もしてるし、渡すもんは渡してる」と発言し、何百万か渡したのかとの質問に、Nが「30万くらい」と述べた事実を認定し、同事実は、各現金授受に関するN証言と金額も含めて整合していると評価している。

そして、

「Z、Hの各証言から認められるこれらの事実は、Nが融資詐欺で逮捕されるよりも9か月以上前とか、5か月以上前であり、後から作為して作り上げることのできない事実であるという意味において、N証言の信用性を質的に高めるもの」

と評価した上、第一審判決がZ、Hの証言をN証言の信用性の判断に関して評価しなかったことが問題だと指摘している。

そして、

「後から作為して作り上げることのできない事実であるという意味において、N証言の信用性を質的に高めるもの」

と評価し、N証言の信用性を認める根拠とした。

【新証拠】

1.Hの陳述書

(1)Hは、検察官の取調べで、「贈賄」側であるNから「渡すものは渡した」と聞いた旨、「Nにいくら渡したのか聞いた」「Nは、30万円と答えた」旨供述しており、確定審でも同様の証言をしていた。

確定判決は、Hの同証言を、「贈賄」者の証言の虚偽性を排除する有力な証拠であり信用性を相当程度担保するものとして、有罪判決の根拠とした。

(2)前提錯誤を明かした新証言
ところが、令和2年10月6日に至って、同人は、上記の供述も証言も、取調べ検察官から「あなたがNに貸してやった50万円から20万円が藤井氏の口座にすぐに入金された」事実がある旨告げられ、「H本人→N→藤井市長」という動かぬカネの流れがあると思い込み、藤井市長にカネが渡ったことは間違いないと即断し、取調べ検察官の筋に合わせた話をしただけだと明かした。

そして、同人自身が

「証人尋問の際に、本当のことがわかっていたら、同じ証言はしませんでした」

「検察官から言われたことが嘘だったことがわかりました。私はそういう話を聞いていたからこそ、藤井さんの裁判で証言した」

と吐露している。

確定審での証言が錯誤に基づくものだったことは明らかである。

そのうえで、H本人が同人自身の記憶として確かに覚えているのは、「よくこんなところに(浄水プラントを)付けられたね」「何百万円か渡したん?」と言ったことだけだと明かしている。

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2.違法捜査(検察官の詐術による供述取得)を示すHの新供述

(1)上記供述は、検察官の詐術による供述取得を明かすものでもある。
H本人によれば、伊藤検事(取調べ担当検事)から

「あなたがNに貸した50万円のうち、20万円が、すぐに藤井の銀行口座に入金されていたことがわかった」

「あなたが貸した金が藤井に渡ったことは間違いない」

と言われたという。そして、同検事は、

「Nが、その前に藤井に10万円の賄賂を贈っているが、それも、渡した翌日に、10万円がそのまま藤井の銀行口座に入金されている」

と畳み込み、

「これで、Nが藤井に30万円を渡したことがはっきりした」

と結論付けまでしていたという。

取調べ担当検事は、

「あなたが貸した金から20万円が、すぐに藤井の銀行口座に入金されていた」

と裏付けのない事柄を確信的に申し向けているから、詐術を用いたことは明らかである。

そのうえ、

「その前の10万円についても、渡した翌日に、そのまま藤井の銀行口座に入金されている」

とおっかぶせて、金額の辻褄を合わすために、新たな詐言を弄している。挙句に、

「あなたが貸した金が藤井に渡ったことは間違いない」

「Nが藤井に30万円を渡したことがはっきりした」

などとダメ押ししているとすれば、いわゆる「供述の詐取」に当たることは疑いない。先例によれば、調書や供述の証拠能力が否定される(「信用性」以前の問題である)、強度の違法捜査にほかならない。

(2)H本人も、「私は伊藤検事に騙されていた」「騙されてとられた調書」と言って憤慨している。

3.Zの陳述書

(1) Zは、検察官の取調べで、「藤井市長に渡す金」としてNに50万円貸した旨供述し、確定審でも「Nが私に、藤井市長に渡す金を貸してくれと言ってきたので50万円を貸した」旨証言していた。

これについても、確定判決は、「贈賄」者の証言の虚偽性を排除する有力な証拠であり、信用性を相当程度担保するものと位置づけ、有罪判決の根拠としていた。

(2)ところが、令和2年10月24日に至って、Zは、上記の供述や証言は、実は、単なるNに対する貸金の事実を藤井氏に振り向けたものであることを明かした。

N、Nの当時の弁護人(融資詐欺事件の弁護人]と共謀して、作為的に捜査を攪乱しようとしたものであることを明かした。

Z本人によれば、従来から同人はNから借金を申し込まれ、金を融通してやってきたが、その際には、Nは、いろいろな名目で貸してほしいと頼んできており、その中に、「美濃加茂市長になる藤井さんに金を渡したいから金を貸してほしい」という口実で頼んできたことがあったという。

その際の融通を「藤井市長に渡す金」として貸したという話を警察に供述したのは、上記の捜査攪乱のためであったことを明かした。

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4.贈賄の仮構(N弁護人K弁護士の違法介入)を示すZの新供述

(1)上記供述は、贈賄の仮構(いわゆる「デッチアゲ」)を明かすものでもあり、その点において、一層重要である。

Z本人が明かすところによれば、上記のような「すり替え」を考え付いたのは、Nの融資詐欺事件の当時の弁護人のK弁護士であり、同弁護士は、一方では、藤井氏へ贈賄したとNに言わせ(「K弁護士は、Nに、美濃加茂市長選の前に藤井さんにお金を渡したことを警察に話をさせると言っていました」)他方では、藤井氏に渡すための金をNに融通したとZに言わせ(「私がNに貸した50万円を藤井さんに渡したという話をさせるということでした」)Nの藤井氏に対する贈賄を捏造した(「K弁護士が絵を描いたものだった」「Nが、藤井さんにお金を渡したという話を警察でしたのは、K弁護士がすべて絵を描いた話だ」)。

K弁護士の目的は、巨額の融資詐欺事件の捜査を贈収賄事件に向けることで目くらましを図り、量刑取引をするためであり(「Nは、4億円近くの融資詐欺をやっているということでした。それが全部事件になると、とてつもなく重い刑になるので、できるだけ融資詐欺の事件を有耶無耶にする…政治家に金を渡したという話をして、警察の捜査が、融資詐欺ではなく贈収賄の方に向けようというのが、K弁護士の作戦でした」)、実際、藤井氏に贈収賄の濡れ衣を着せようとする前には、名古屋市議をターゲットにして同様の工作を画策していたという(「最初は、名古屋市議会議員に金を渡して、名古屋市の病院に浄水プラントを設置してもらうよう頼んだという贈収賄の話をしていた」「名古屋市議から美濃加茂市長の藤井さんの話しに切り替えようとしているということをK弁護士から聞きました」)。

(2)Z本人は、新供述をするに至った経緯を、

「その後、平成29年にK弁護士は癌で亡くなられましたので、今回、…正直にお話ししました」

と心情を吐露している。

【新証拠の証拠構造上の位置づけ】

Hの陳述書による新供述によれば、Hの記憶に基づく供述は、各現金授受に関する「N証言と金額も含めて整合しているなどと評価できる」ものでも、「Nの供述の信用性を質的に高める」ものでも全くないことが明らかになった。

また、Zの陳述書による新供述によれば、Nが警察の取調べで「美濃加茂市長になる藤井に現金を贈った」と供述し、それに符合するように、Zが、Nに藤井に渡すための金として50万円を貸したと供述したのは、警察の捜査を、融資詐欺ではなく贈収賄の方に向けようというK弁護士の指示で、同時期に、そのような供述を始めたとのことである。

Z・Hの藤井氏の刑事事件での供述は、「後から作為して作り上げることのできない事実」などでは全くなく、H供述は検察官によって、Z供述はK弁護士によって「作為して作り上げられた供述」であるものであることが明らかとなった。

もっとも、Zは、新供述においても、

「Nは、私から金を借りる時に、いろいろな名目で貸してほしいと頼んできていました。その中に、美濃加茂市長になる藤井さんに金を渡したいから金を貸してほしいと言ってきて、貸してやった記憶があった」

と述べており、Nから藤井氏に金を渡したいと言われて50万円を貸した事実を否定しているわけではない。

しかし、Hの新供述によれば、Nは、同時期に、Hにも、藤井氏に金を渡したいと言って50万円を借りていた事実があったとのことであり、Nが、Z・Hらから、藤井氏に金を渡すという名目で金を借りていた事実が認められる。

しかも、Hが、同事実を、Nから藤井氏に金が渡ったことに関する事実として検察官に供述したにもかかわらず、検察官は、その事実を供述調書に録取しなかった。

「Nが、平成25年4月24日頃、Zに対して、借金を申し込むに際し、藤井にお金を渡したいから50万円貸してくれないかと頼んだ事実」から、「Zに依頼した時点で、被告人に対し金銭を供与することを企図していたこと」を推認することの妨げになると考えて、隠蔽したものとしか考えられない。

これらの事実は、藤井氏の確定判決におけるNの証言の信用性評価に重大な疑問を生じさせるものである。

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第4の点について

確定判決の判断の上記第4の点について重要な新証拠と評価できるのが、認知心理学の専門家である大橋靖史教授及び高木光太郎教授にNの供述が「体験供述」であるか否かについて供述心理鑑定を依頼した結果の鑑定書である。

一般的には、供述の信用性の評価は、刑事訴訟・民事訴訟ともに、裁判所の自由心証に委ねられており、供述心理鑑定の結果が、供述の信用性評価にただちに結び付くわけではない。

しかし、本件では、刑事第一審裁判所が、Nの3期日にわたる証人尋問における証言を直接見聞し、供述内容のみならず、供述態度等なども含めて形成した心証が、「果たしてN自身において自ら経験した事実を語っているのか疑問」との判断だったのに対して、そのNの第一審証言を、直接見聞したのではなく裁判記録のみで判断した確定判決は、供述の変遷を「通常の記憶の減退、又は記憶喚起の過程として十分説明ができる」と判示して供述の信用性を認め、第一審判決の判断を覆した。

Nの生の証言に接した上で形成した「心証」に基づき「体験供述」であるか否か疑問と判断した第一審裁判所の判断と、それを書面上の供述のみで判断した確定判決のいずれの判断が正しいのか、本件の有罪・無罪の判断に関して極めて重要な意味を持つものである。

大橋・高木鑑定の結果、Nの「第1現金授受」についての供述が、記憶の安定性や忘却の可能性という面からも、供述の特徴という面からも「実体験に基づくものではないと考えられる」との結論が得られた。

これによって、Nの証言は実体験に基づくものか疑問との第一審判決の判断が供述心理学の見地から裏付けられたと言える。

「法廷に提示してもよい水準で科学的に確立された知見であるかどうかを評価する調査の結果に基づき、専門家の80%が法廷に提示してもよい水準で確立された科学的知見であると評価した17の要因」

に基づいて、上記N供述について、形成した記憶に忘却ないし変容が生じた可能性について検討が行われた結果、これら諸要因で、「初回授受供述の変遷」にみられる特徴的な忘却の原因となりうるものは存在しなかった。

このことから、大橋・高木鑑定は、「初回授受供述の変遷」にみられるガスト美濃加茂店での出来事の全体的な忘却は、もしそれが実際に生じていたとするならば、心理学的にみて通常は生じにくい相当に特異な現象であり、その発生を説明できる特別な要因が特定できない限り、このような忘却が実際に生じた可能性は非常に低いと結論づけているのである。

上記N供述については、「ガスト美濃加茂店での出来事の全体的な忘却の発生を説明できる特別な要因」は全く見当たらず、確定判決においてもそのような要因は示されていない。

大橋・高木鑑定により、一審判決が、N証言を直接見聞した上、その内容について、「体験供述であるか疑問」と判断したことが、認知心理学の知見からも裏付けられ、供述の変遷が、Nの証言が実体験に基づかない「創作による供述」であるために生じていることが明らかになったのである。

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第5の点について

Z及びHの新供述は、第5の点に関しても、確定審の判断が誤りであったことに関する重要な事実を含むものである。

確定判決は、「N証言が虚偽だとするとかえって説明困難な点」の一つとして、

「Nとしても、実際に犯してもいない贈賄という犯罪も加えて処罰を受けるおそれがある以上、それによって融資詐欺の捜査、起訴が止められるという保証はない。これは極めて危険な賭けという他なく、Nが、…そのような行動に出るとは必ずしも考え難い」

としているが、陳述書でのZ供述によれば、当時のNの弁護人であったK弁護士が、

警察の捜査2課というのは、贈収賄狙いで捜査をやっているところなので、贈賄の自白をすれば食いついてくる

ということに着目し、できるだけ融資詐欺の事件を有耶無耶にするために、政治家に金を渡したという話をすることで、警察の捜査を、融資詐欺ではなく贈収賄の方に向けようとする作戦を立て、当初は、名古屋市議に金を渡した話をさせていたが、K弁護士の指示で、Nが警察にする贈賄の話を、議員から美濃加茂市長の藤井氏の話に切り替え、Nに、美濃加茂市長選挙の前に藤井氏にお金を渡したことを警察に話をさせるように指示したというのである。

そうであれば、Nにとって、警察の取調べで藤井氏にお金を渡した話をしたのは、警察捜査を贈収賄の方向に向けて融資詐欺を有耶無耶にしようとの作戦を立てていたK弁護士の指示によるものであり、「危険な賭け」でもなんでもなかったことになる。

以上が、美濃加茂市長事件の再審請求の理由の要点です。

これに対して、検察官がどのような意見を述べてきたか、それに、弁護人側がどう反論したかは、来月15日配信の号で述べたいと思います。

(『権力と戦う弁護士・郷原信郎の“長いものには巻かれない生き方”』2022年5月15日号より一部抜粋。続きは、2022年5月中にお試し購読スタートすると、5月分の全コンテンツを無料(0円)でお読みいただけます)

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2021年9月配信分
  • 20210925 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#34《新天地・公正取引委員会へ》(9/25)
  • 20210915 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#33《大阪地検証拠改ざん事件アナザーストーリー》(9/15)
  • 20210905 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#32《長崎の奇跡(7)公選法違反事件立件に向けて》(9/5)

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2021年8月配信分
  • 20210825 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#31《公安部での「特捜的事件」の経験と「特捜部への失望」》(8/25)
  • 20210815 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#30《横浜市長選挙、落選運動に転じた経緯》(8/15)
  • 20210805 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#29《長崎の奇跡 詳細版(第6話)》(8/5)

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2021年7月配信分
  • 20210725 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#28 《公安部での過激派・活動家取調べ》(7/25)
  • 20210715郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#27《横浜市長選挙出馬意思表明の真意》(7/15)
  • 20210705 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#26《元防衛大臣への違法寄附事件から知事選不正献金事件へ》(7/5)

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2021年6月配信分
  • 20210625 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#25《自分史(9)「A庁検事」として東京地検勤務》(6/25)
  • 20210615 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#24《横浜IRをコンプライアンスの視点で考える》(6/15)
  • 20210605 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#23 《長崎の軌跡詳細版(第4話)F建設強制捜査》(6/5)

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2021年5月配信分
  • 20210525 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#22《自分史(8):離島の検察庁支部で成し遂げた町長逮捕》(5/25)
  • 20210515 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#21《青梅談合事件(前編)》(5/15)
  • 20210505 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#20《「長崎の奇跡」詳細版(第3話)》(5/5)

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2021年4月配信分
  • 20210425 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#19《自分史(7)鹿児島の建設会社捜索に、巡視船「あまみ」出撃》(4/25)
  • 20210415 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」(#18)《私が「参議院広島再選挙」にこだわり続ける理由》(4/15)
  • 20210405 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#17《「長崎の奇跡」詳細版(第2話)》(4/5)

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2021年3月配信分
  • 20210325 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#16《名瀬支部長検事として、保徳戦争選挙違反と戦う》(3/25)
  • 20210315 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#15《「控訴審逆転有罪判決」の“闇”を考える》(3/15)
  • 20210305 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#14《長崎の軌跡 詳細版(第1話)》(3/5)

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2021年2月配信分
  • 20210225 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#13《自分史(5)》(2/25)
  • 20210215 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#12《過去の事件をふまえ「政治とカネ」の問題を解説する》(2/15)
  • 20210205 郷原信郎の「長いものには巻かれない生き方」#10(2/5)

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image by: 藤井浩人 - Home | Facebook

郷原信郎この著者の記事一覧

1955年島根県松江市生まれ。1977年東京大学理学部卒業。鉱山会社に地質技術者として就職後、1年半で退職、独学で司法試験受験、25歳で合格。1983年検事任官。公正取引委員会事務局審査部付検事として独禁法運用強化の枠組み作りに取り組む。東京地検特捜部、長崎地検次席検事等を通して、独自の手法による政治、経済犯罪の検察捜査に取組む、法務省法務総合研究所研究官として企業犯罪の研究。2005年桐蔭横浜大学に派遣され法科大学院教授、この頃から、組織のコンプライアンス論、企業不祥事の研究に取り組む。同大学コンプライアンス研究センターを創設。2006年検事退官。2008年郷原総合法律事務所開設。2009年総務省顧問・コンプライアンス室長。2012年 関西大学特任教授。2017年横浜市コンプライアンス顧問。コンプライアンス関係、検察関係の著書多数。

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【著者】 郷原信郎 【月額】 ¥1,100/月(税込) 初月無料 【発行周期】 不定期 月3回以上発行予定

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