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まず行動せよ。サントリー創業者の口癖「やってみなはれ」の先見性

私たちの生活の質を飛躍的に向上させたデジタルツールの急速な普及ですが、それはまたマーケティングの手法をも大きく変化させたようです。今回、デジタル時代のマーケティングにおいて必要不可欠となった要素を解説するのは、神戸大学大学院教授で日本マーケティング学会理事の栗木契さん。栗木さんは記事中、行動しながら解をつかむというアプローチを取り上げ、その際に併せ持つべき「ある発想」の重要性を説いています。

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

サントリー「やってみなはれ」に実験発想がなぜ必要になったか

予測型が主流だったマーケティングの発想

この10年間ほどの間でマーケティングのデジタル化は急速に進んだ。そこにコロナ禍で拍車がかかった。

伝統的なマーケティングにおいて主流だったのは、事前に市場調査を行い、新製品・サービスの完成度を高めたうえで、市場に投入していく予測型のアプローチだった。ところが、デジタル時代が進行していくなかで、こうした伝統的なアプローチとは異なるやり方でのマーケティングの有効性が増している。たとえばプロトタイプ法のように、試作品的な新製品・サービスを販売し、顧客の反応などをデジタルツールで素早く収集して、機能の追加や改善を繰り返しながら、販売を拡大していくというアプローチである。

行動を起こすことで解をつかむアプローチ

デジタル時代において、可能な情報の収集と分析の広さと深さは急速に増してきた。しかし、市場のような複雑な場については、未来を正確に予測するというのは依然として見果てぬ夢である。

しかし、あきらめることはない。予想が難しいのであれば、やってみればよい。「やってみなはれ」はサントリーの創業者の鳥井信二郎の口癖だったという。需要のないところに需要をつくり、市場のないところに市場をつくるというのが起業家である(石井淳蔵・栗木契・横田浩一『明日はビジョンで拓かれる』碩学舎、2015年、136-138頁)。

高名な経営学者のP.ドラッカーも、大学の講義のなかで「将来は予測がつかない」と繰り返し口にしていたという。しかしドラッカーは「将来は切り開くことができる」と学生たちに語っていた。予測通りではない将来においても、目標に向けて粘り強く行動を続けていれば、未来はつくりだすことができる(W.コーン『ドラッカー先生の授業』ランダムハウス講談社、2008年、182-186頁)。

予測は難しくても、行動を起こすことはできる。そして行動をしながら解をつかみ取ればよい。この古くからのビジネスのテーゼの有効性が、先のプロトタイプ法のように、デジタル時代の進行とともに増している。そのなかで予測の精度を高める統計分析に加えて、市場での試行錯誤からより的確な情報を得るための実験計画の能力の重要性が高まっている。

広告効果はあったのか?

近年、デジタルツールの活用が広がるなかで、予測型に代わってフィードバック型のアプローチの有効性が高まっている。やってみなければわからないことが多いのであれば、実際に試作品的な新製品・サービスを販売しながら効果を確かめ、軌道修正していけばよい。デジタル化が進む市場では、フィールド・データを収集し、効果を短期間で検証することが容易になっている。

たとえば、オーガニック化粧品のネット販売を行うA社が、新製品Bの発売にあたって制作したインターネット広告Cの効果を事前に見極めきれずにいたとする。A社は「それならば」と、新製品Bの発売と同時に広告Cを実際に投入してみる。新製品Bの販売は順調に伸びる。

しかしここで、「ネット広告Cを配信した結果、販売につながった」と考えることには問題が多い。「マーケティング・ミックス」という言葉があるように、マーケティングの効果は複数の活動の組み合わせによって生じる。ブランドや顧客関係などのマーケティング資産が充実している企業では、広告に費用を投じなくてもプロモーション効果は別のところからも生じる。

たとえばA社が、自社のブランドのファンを多く有しており、このファンへのSNS発信、そしてそこから広がるウェブ上の口コミによって新製品Bへの販売がうながされるのであれば、この効果を割り引いて検証を行わなければ、投じた広告Cの実質的な効果はつかめない。広告Cの投入後に生じた新製品Bの売上げの大半は、広告Cではなく、A社のSNSから広がる口コミなどによって生じていたかもしれないのだ。

実験計画の発想による効果測定

ここで、あなたに実験計画の発想があれば、次のような設定で広告効果を検証することを思いつくだろう。インターネット上で広告Cに加えて広告Dも用意し、配信するのである。広告Dの内容は新製品Bの販売促進におよそ関係がなさそうな、たとえば架空の二酸化炭素排出量削減キャンペーンなどである。そしてこのダミーの広告Dを視聴したグループと、そもそもの広告Cを視聴したグループの新製品Bの購買率の差などを比較してみる。

この2つのグループの新製品Bの購買率が同じ程度なのであれば、残念ながら広告Cには効果がなかったと判断せざるをえない。広告Cを投入して獲得できたのと同等の購買を、広告Dの投入でも獲得できたということは、広告Cには新製品Bの販売促進力はなく、一見広告Cの効果に見えるものは、A社のSNS発信、そしてそこから広がるウェブ上の口コミにより生じたものだったということになる。

実験計画の発想を取り入れた冒険精神

デジタル時代が進むなかで、マーケティングの未来の正確な予測は依然として困難である。しかしデジタル時代においては、実際の販売活動からデータを収集し、効果の検証を行い、活動をより効果的なものに素早く軌道修正していくことが容易になっている。

とはいえ、行き当たりばったりの軌道修正を繰り返すだけでは、正確な効果の把握にはいたらない。実験計画の発想をともなわなければ、デジタル時代においてもマーケティング活動の精度は高まらない。

やってみなければ、わからない。だから、まず行動してみることの重要さは、デジタル時代においても変わらない。そしてそこに実験計画の発想が加わることで、行動のなかから何に効果があるかを、より正確につかむことができるようになる。デジタル時代だからこそ、「やってみなはれ」の冒険精神と、冷静な実験計画の発想を併せ持つこと重要さが高まっている。

image by: Shutterstock.com

栗木契

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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