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プーチンでもゼレンスキーでもない。ウクライナ戦争の真の勝者

ロシアによる軍事侵攻から100日を超えてなお、激戦が続くウクライナ紛争。当事国のみならず世界の人々がさまざまな負の影響を被りつつある中、異常とも言えるしたたかさを発揮する国が存在しています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、この紛争を自国の利益拡大に巧みに利用するトルコの「暗躍ぶり」を紹介。さらにウクライナ戦争後に世界を襲いかねない、ある深刻な事態を記しています。

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ウクライナ戦争は起死回生のチャンス?トルコ外交の賭け

「ああ、またウクライナのことか…」
「いつ戦争が終わるのかなあ?しかし、それよりも最近、いろんなものが値上がりしていない?」
「ウクライナの人たちにはシンパシーを感じるし、ゼレンスキー大統領もよく頑張っていると思うけど、そろそろ飽きてきたなあ」

最近、囁かれるのは世界で進む“ウクライナ疲れ”の声です。

2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が起きてからしばらくは、

「プーチン大統領はひどい」
「ウクライナは思いのほか、持ちこたえているなあ。応援しないと」
「ウクライナの人たちと連帯しよう」

と熱狂と興奮が世界を席巻し、同時にロシア批判の波も広がりました。

ロシアは欧米諸国とその友人たちからの制裁を受け、一見、国際経済からも切り離され、「ロシアもいつまでもつかな」との賭け事まで始まる始末でしたが、欧米諸国が武器を供与し、武器の性能もアップグレードを続けても、一向にロシアが諦めることはなく、戦況が一進一退の状況に陥るごとに、徐々に興奮は冷め、ついには飽きがやってくる事態が目立ってきました。

冒頭の表現は、最近よく耳にするようになったそのような「ウクライナ疲れ・飽き」の心境を表した例です。

その一因として、ウクライナ政府からの“くれくれ”攻撃への呆れを先週号で指摘し、ウクライナ問題に対する欧米諸国とその仲間たちの結束の揺らぎについてもお話ししました。

【関連】バイデン訪日後に急変。米国がウクライナ援助を“様子見モード”に替えた裏事情

イタリア・ドイツ・フランスは、軍事的にロシアを追い詰めるためのウクライナ支援から、和平交渉への転換を主張しだし、しばらく絶っていたロシア政府およびプーチン大統領との対話を再開しました。

英国については、表面的にはハードライナーの立場を強調していますが、BBCなどを用いた情報操作が次々と明らかになり、情勢のポジティブ面を誇張し、成果を過大に宣伝している疑いが指摘されるようになってきました。

理由はジョンソン首相の延命のため、彼のリーダーシップをアピールする手段ですが、それがついにアメリカ政府にもばれ、呆れられる始末とのことです。

つまり、英国のウクライナ支援も、いろいろな綺麗ごとではなく、あくまでも内政的な問題と思われます。ジョンソン首相の失態を隠すだけでなく、戦争の長期化によって英国経済と消費者に訪れる損失を覆い隠すために過ぎないことが、大西洋にも、ドーバー海峡にも、何とも言えない隙間風を吹かせています。

ではアメリカ政府はどうでしょうか?

まず議会は今でもウクライナへの支援を増大させ、Stand with/by Ukraineをアピールし続け、対ロ抗戦のためにウクライナに提供する武器のレベルも増大させています。

それに対してホワイトハウスは、口先ではStand with/by Ukraineを続けていますが、戦争の長期化が欧米の結束を弱め、ロシアを利することになるのではないかとの懸念が出てきたのか、プーチン大統領への“配慮”とも取れる動きを取っています。議会がOKしたウクライナへの射程の長い兵器の供与には表面的に合意しつつも、「ロシア領への攻撃に用いることは許容しない」というメッセージを付け加えてブレーキをかけ、ついには「プーチン大統領の体制転換を狙わない」とまで発言して、プーチン大統領をこれ以上苛立たせないようにという方針転換が行われています。この点でフランス・マクロン大統領と期せずして歩調を合わせることになっています。

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アメリカの一般的な世論は、ウクライナ戦争の膠着化と共に熱狂から覚め、主要な関心は、物価・家計への影響と、相次ぐ銃犯罪に対する“身の安全”に移り、今では「いち早く、アメリカはロシア・ウクライナ問題から手を退くべき」という意見まで聞かれるようになってきているようです。

1991年の湾岸戦争を機に、戦争が生中継され始めて以降、戦争をめぐる一般市民の心理の変遷パターンができました。

当事者意識のない“だれかの戦争”に逐次触れ、VRを見ているかのように戦況を追うことで興奮と熱狂がまず起き、“弱者”が圧倒的な強者に対して抵抗する様をみてエールを送り、感情移入が始まり、寄付をはじめとする支援に参加が一気に高まります。

しかし、戦争が膠着化すると、陶酔と失望が繰り返され、徐々に自身に降りかかってくるコストの大きさに目が覚めて、疲労感が一気に襲い、そしてついには飽きてくる…。

今回のウクライナ戦争でも、この特有の心理的サイクルが各国で目立つようになってきました。

特に軍事的な地上戦が一進一退の状況になり、情報戦も内容の嘘が暴かれ始めると消耗戦の特徴を帯びてきて、「やはりロシアは強いのではないか?いくら支援しても、一向に倒れない」という意識が芽生えることで、孤立しているはずのプーチン大統領に追い風になるとの恐怖感も芽生え始めているようです。

「これ以上、プーチン大統領を苛立たせないほうがよい」とウクライナ支援とロシア攻撃のレベルを低減させる国々と、ポーランドやバルト三国のように、直接的なロシアによる侵攻の恐怖からハードライナーを継続する他ない国々というように、対ロ包囲網にもほころびが目立つようになってきています。

それをロシア政府やプーチン大統領が上手に利用できているかは分かりませんが、このようなカオスの中で唯一、外交上、絶妙な立ち位置を確保し、自らの利益拡大に移っている国が存在します。

それは、中国ではなく、エルドアン大統領のトルコです。

トルコは、ロシアによるウクライナ侵攻当初、その中立的な立ち位置をアピールして和平協議を仲介し、今でもNATO加盟国とは距離を置いて、対ロ制裁には参加せず、今でも従来通りの関係を継続しています。

ロシアからの直行便がイスタンブール国際空港に毎日運航され、ビザなし渡航を相互に認めることで、ロシアからの人材と企業の受け入れが進んでいます。プーチン大統領の方針に嫌気がさした高学歴で高スキルな若い人材をどんどんトルコに受け入れ、ロシアの投資先となることで、ウクライナ戦後の世界でもロシアとの良好な関係を築く基盤を確保しています。

そしてここにロシアが生きながらえているトリックが存在します。トルコはEUへの加盟を諦め、代わりにEUと関税同盟を締結していますが、これによりトルコがロシア系企業にとって国際的な調達と販売の窓口となっており、対ロシア制裁の大きな穴を提供しているようです。

対ロシア制裁を強化してきた欧米諸国の陣営は、この“穴”を塞ぎたいと願っていますが、欧米諸国からのアピールと要請が高まれば高まるほど、エルドアン政権は対欧米諸国の外交的交渉カードを多く持つことに繋がっているという仕掛けです。

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トルコ・エルドアン政権にとっての一番の関心事と言えば、クルド人問題の解決ですが、今回、シリア国境付近に潜むクルド人武装勢力であるYPGの排除を国際社会に認めさせたいという思惑が鮮明になってきています。

以前、ロシアの仲介の下、シリアのアサド政権との和解の条件となった国境付近の緩衝地帯に越境攻撃をして、一気にYPGの駆逐を願っているようですが、その際、ウクライナにおけるロシアのふるまいに対して制裁を加えない見返りとして、ロシアにも越境攻撃を容認させようとしています。プーチン大統領はすでにそれに応じており、シリアに駐留するロシア軍を次々と撤退させ、ウクライナ戦線に投入して、自らが保持してきたシリア問題における外交的主導権を、エルドアン大統領に譲るアレンジをしています。

YPGおよびクルド人へのトルコからの攻撃に対しては、欧米各国が2019年以降、トルコ制裁を強化していますが、対ロシア戦を優位に進めるためのカードとしてのスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請に対し、NATO憲章の全会一致規定を巧みに利用して、YPGを支援しているとされる両国に圧力をかけています。現時点では、両国の姿勢に変化はないようですが、じわじわとNATO各国には重荷として効いてきているようです。

しかし、トルコによるYPGへの攻撃を激しく非難してきたアメリカ政府の姿勢に譲歩の兆しが見えてきました。

これまでのようにトルコによるYPGへの攻撃と非難については、反対姿勢から「深い懸念を有する」という姿勢に軟化しており、同時に「トルコの正当な安全保障上の懸念は理解する」と政権幹部が発言して、エルドアン大統領の要請に少し答えているように見えます。

議会については相変わらず「トルコはけしからん」という従来からの姿勢を貫いていますので、米政府がどこまでエルドアン大統領とのゲームに付き合えるかは分かりませんが、確実にエルドアン大統領にとっては良い兆しとなっていると思われます。

対欧米の発言権を強めると当時に、ロシアとウクライナの間で中立な立場を貫くことで、出口を見つける国際戦略で主要なプレイヤーの地位を再構築しつつあります。

例えば、セルビアへ訪問を阻止されたラブロフ外相が向かったのはトルコの首都アンカラですが、そこで国際社会の生命線、特に食糧危機の根源となるロシア艦隊による黒海の封鎖解除に対して、トルコ政府の音頭で、ロシア・ウクライナ・国連、そしてトルコによる共同監視センターをイスタンブールに設置し、黒海における貨物船の通過をコントロールするという提案をする模様です。

これは短期的には、ウクライナからの穀物輸出の停滞を解決し、国際的な食糧難と危機を解決する手段だと評価されますが、実際には、この枠組みを主導することに成功した暁には、少し皮肉を込めて言えば、ロシアの代わりにトルコが世界の穀物供給の生命線をコントロールする立場につくことを意味します。

これにより、ロシアとウクライナの間の停戦に向けたお膳立てをするという外交安全保障上のcasting voteを握る立場に立つだけでなく、まるでロシアによる対欧州石油・天然ガスパイプラインのように、ウクライナ産の穀物に依存する国際的な食糧事情の“バルブ”をトルコが握る立場に就く可能性が出てくることに
お気づきでしょうか?

「そんなことは分かっている」といろいろな政府が言うかもしれませんが、そのような企みに気づいていたとしても、トルコによる仲介プロセスと黒海における海上封鎖問題の解決に期待せざるを得ない各国のジレンマがあるのも事実です。

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とはいえ、当のウクライナは今のところトルコ提案には関心がないようで、ゼレンスキー大統領やクレバ外相も「詳しくは聞いていないので、何とも反応できない」と述べたり、「あくまでもエルドアン大統領やトルコ政府がロシアに持ちかけている内容に過ぎない」と述べたりして、距離を置いており、このトルコの企みが功を奏するかは未知数です。

しかし、停戦に向けた動きが遅れれば遅れるほど、戦争は長引き、先述の通り、消耗戦の性格を帯びることになり、それは徹底的にウクライナおよびロシアを弱体化することに繋がっていきます。

そしてそれは同時に当事国以外の大多数の国々における“ウクライナ疲れ”を加速させ、ロシアのみならず、被害者たるウクライナまで、国際情勢において孤立と孤独を味わうことになりかねません。

1991年以降、欧米諸国が直接的・間接的に軍事行動を選択したケースでは、旧ユーゴスラビアのケースを除いては、イラク・アフガニスタン、そしてミャンマーの現状を見れば分かるように、かき回すだけかき回した後、関心と熱狂が一気に覚め、見捨てられることになりました。

イラクでは、サダムフセイン亡き後、国内の部族間戦争が激化し、今でも政情は安定しない中、昨年、アメリカはイラクでのプレゼンスをなくしましたし、アフガニスタンでは、駆逐したはずのタリバンの再興を後押ししてしまうという失態まで演じ、20年にわたって駐留しても、何一つ事態を快方に導くことはできなかったという状況もあります。ミャンマーに至っては、ラストフロンティアと持ち上げ、アウンサンスーチー女史を民主主義のシンボルに祭り上げた後、ロヒンギャ問題での意見の相違を機に一気に見捨てるという、国際政治の冷酷さを見せつけました。

いつになるかわかりませんが、ウクライナ戦争が何らかの形で解決し、停戦が成立した後、果たしてどれだけの国々が本気でウクライナの再興にコミットするでしょうか?

欧州各国については、地続きという地政学的な現実があるため、何らかの形で継続的にコミットし、同時にロシアによる自国への圧力に対応するかと思われます。

しかし、アフガニスタンの戦後復興で音頭を取った日本政府や、今回の対ロ制裁の音頭を取ろうとしたアメリカ、そして欧米と共同歩調を取ったカナダやオーストラリアはどうでしょうか?

旧ソ連崩壊後、ほぼ見返りを求めずにロシアを救済した日本政府は恐らくウクライナにも救いの手を差し伸べるだろうと信じますが、あとの国々は、よほどウクライナの戦後復興が生み出すマーケットに利権を獲得するチャンスがない限りは、対ロ抗戦への熱狂と関心が薄れるとともに、ウクライナに対する支援の輪からフェードアウトすることになるような気がします。

同様のことが起きた紛争国はその後、どうなったか?

国内情勢が破綻し、治安が悪化することは言うこともないことですが、ほぼ確実に武器のブラックマーケットと化し、“テロリスト”の温床となっていると言われています。

今回、ロシア・プーチン憎しという波に乗って欧米諸国からどんどんウクライナに武器が供与されていますが、アメリカ国防省が認めるとおり、供与した武器のありかを追跡することはほぼ不可能であり、戦闘によって、ロシア側に奪われた数も含め、推測できない状況が生まれています。

この後、ウクライナ戦争が“終わった”時、ロシアの侵略に立ち向かった欧米製の兵器はどうなるのでしょうか?

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「ありがとう。助かったよ」と供与国に返還されるのでしょうか?

もちろんそんなことはなく、自国の軍隊に配備されるか、もしくは、外貨獲得のための“商品”として“だれか”に売られるかもしれません。そして、アフガニスタンやイラクなどでそうであったように、欧米が供与した自国製の兵器が、回りまわって自らに対して使われるというようなおぞましい歴史が繰り返されるかもしれません。

「それは島田の妄想でしょう?」

そう批判を受けるかもしれませんが、ここ最近、国際的な武器マーケットが活況を呈していることは、ただの偶然だと言えるでしょうか?

まだまだ戦争は長引きそうですし、そのような中、トルコをはじめとする“周辺国”や“関係国”による暗躍も継続する中、すでに国際情勢の裏側では、ウクライナ戦後の世界における勢力争いに関心が移っているようです。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: ymphotos / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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