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名前も悪い「アベノミクス」最大の問題は、“批判を許さぬ空気”の醸成だ

各地で行われる講演等で、現在もアベノミクスの成果を強調し続けている安倍元首相。しかしながらこの経済政策により、国民の生活が改善したとは言い難いのが現実ではないでしょうか。そんなアベノミクスを一貫して失敗と主張し続けてきたのは、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんは今回の記事中にその「証拠」を列挙するとともに、効果が上がらなかった理由を解説。さらに岸田首相がこれまでに行ってきた財政出動の拡大についても、アベノミクスと何ら変わることがないとの批判的な見方を記しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

急激な円安を生んだアベノミクスの大罪。日銀は誰のために円安政策を続けるのか?

円相場が急落し、20年4か月ぶりに1ドル=135円の大台を突破した。今年3月頃からの円安は止まる気配がない。しかし、日本銀行は金融政策決定会合で異次元緩和の継続を決定した。黒田東彦総裁は、「最近の急激な円安は経済にとってマイナス」との認識を示したものの、輸出企業の利益増加などメリットもあるとし、金融緩和を継続して景気を下支えする考えを示した。

一方、欧米の主要な中央銀行は、日銀とは真逆の方向に動いている。「主要6中銀」のうち、日銀以外の米連邦準備制度理事会(FRB)、欧州中央銀行、英イングランド銀行、スイス中央銀行、カナダ中央銀行が利上げを決定した。

加えて、豪州、インド、ブラジル、サウジアラビア、チェコ、ポーランド、アルゼンチン、メキシコ、南アフリカ、韓国、ハンガリーなどの中銀も次々と利上げに動いている。日銀だけが、世界の利上げの潮流から取り残されている。

日銀の独自路線は成功するのか。私は、第二次安倍晋三政権が登場した2012年12月から、一貫して「アベノミクス」を失敗だと批判してきた。今回の量的緩和継続も成功しないだろう。円安が進行し、物価高騰に国民は苦しみ続けることになる。

「アベノミクス」は実施した当初、国民から高い支持を受けた。円高・デフレ脱却に向けて2%の物価上昇率を目標として資金の供給量を劇的に拡大する異次元の金融政策「黒田バズーカ」を断行した「第一の矢」金融政策、過去最大規模の100兆円を超える巨額の財政出動が断行した「第二の矢」公共事業によって、為替を円安に誘導し、輸出企業の業績が回復したからだ。

だが、その回復は、1ドル=70円台から120円台の円安となって、輸出量が増えないのに、利益が増えたからにすぎなかった。既に、日本企業は工場を中国・アジアなど海外に移転していたから。円安のメリットを生かして輸出を増やそうとしても、そもそも工場が日本国内に存在しないのだから、増えるわけがない。

現在も、海外に移転した工場は、日本国内に戻ってはきてはいない。黒田総裁が下支えしようとする輸出企業は国内に存在しないのだ。存在しないものの利益を増やそうとする量的緩和政策に、何の意味があるのだろうか。

量的緩和政策による円安でメリットがある産業はもう1つあり、それは「観光業」だ。観光業は経済効果が大きな産業である。観光に関連する産業は裾野が広い。観光で利益を得るのは、直接携わる旅行業や旅館・ホテル業、運輸業、レジャー施設などだけではない。農林水産業や製造業、建設業、商業、サービス業などの産業に対しても、直接、間接の経済波及が広がり、雇用拡大が期待できる。

特に、「インバウンド」と呼ばれる海外からの観光の増加は、経済効果を劇的に増加させる。観光業が、海外の外国人観光客に日本の観光地を買ってもらう「輸出産業」に大化けするからだ。

2019年の外国人観光客は3,188万2,000人だった。「インバウンド消費額」とも呼ばれる外国人観光客の消費額は4兆8,113億円。コロナ禍の前、日本の観光業は急成長していた。しかし、コロナ禍でインバウンドは突然途絶えてしまった。

日本は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる入国制限措置で、約2年に渡って海外からの門戸を閉ざした。外国人観光客は90%以上減少したが、6月10日から98か国・地域からの観光客の受け入れを再開した。

観光業の復活は、日本経済の回復に大きく資すると期待される。だが、門戸の開放は添乗員付きのツアー客に限定されるなど、いくつかの制限が継続されている。観光業がコロナ禍以前にどこまで復活するかは不透明である。

日本経済と観光業に関しては、より本質的に重要な問題がある。コロナ禍以降の観光業について想起されるのは、中止と再開を繰り返した「GoToトラベル」事業を巡る混乱だ。

新型コロナウイルス感染症のパンデミックで海外からのインバウンドが途切れる中、安倍政権(当時)は国内観光だけでも促進しようとする「GoToトラベル」の実施にこだわり続けた。後継の菅義偉政権も、何度もその再開を模索した。その姿勢は、国民から厳しい批判を浴びた。

それならば、観光業なしで農林水産業や製造業、建設業、商業、サービス業などの産業を動かす経済政策をとればいいではないかと思うところだ。ところが、事が深刻だったのは、それができない地方が多かったことだ。

地方が衰退しきってしまって産業が衰退し、観光業くらいしか残っていない。だから、コロナ過で地方経済を支えるには「GoToトラベル」しかなかったのだ。地方に残る、美しい風景や神社、仏閣、城郭といった歴史的建造物などの「遺産」に頼るしかなくなったのだ。

これは、歴代政権の無策の結果である。特に、「アベノミクス」が典型的だが、中途半端に斜陽産業を延命させる巨額のバラマキを行う一方で、新しい産業を育てる成長戦略が欠けていたからである。

「アベノミクス」の最大の問題は、政策の是非そのものよりも、政策に対する批判を許さない「空気」を生んだことだろう。その結果、健全な批判がないまま、その効果が輸出産業の延命にとどまり、地方の衰退が進んだことをみえなくしてしまった。日本の悲惨な現状は、コロナ過を通じて国民が痛感することになったが、それでも政策の修正はなかなかできないでいる。

「アベノミクス」への批判を許さない空気は、「アベノミクス」という安倍元首相の名前を冠した政策であるからだ。「アベノミクス」に対する批判は、元首相に対する批判そのものになってしまう。政治家も官僚も、冷遇を恐れて元首相に「忖度」し、批判を避けた。それどころか、「アベノミクス」に都合のいい数字ばかりを取り上げて、「アベノミクス」の成果が出た形にするように辻褄を合わすことばかりしてきた。

加えて、日本社会に根強く残る「官僚の無謬性神話」も悪い影響を与えた。この政策を実行する黒田日銀総裁は、筑波大付属駒場高校、東京大学、大蔵省、財務省財務官、アジア開発銀行総裁、日銀総裁という華麗なる経歴の持ち主だ。「エリート官僚は絶対に間違わない」という無謬性神話が残る日本社会の中でも、超エリートという存在だ。

極端にいえば、黒田日銀総裁は、人生において間違いを認めたことがないのではないか。そして、金融緩和政策についても、絶対に間違うことはないと信じているのではないか。また、総裁の周囲にも、産業界やメディアにも、総裁をはっきりと批判ができない「空気」が充満しているのではないか。

その結果、「アベノミクス」は修正されないまま、効果がないと多くの国民が気づきながら延々と続いてきた。それは、経済政策が「個人崇拝」「官僚の無謬性」で決まるという、まるで全体主義国家のような状況だったといえるのではないか。

岸田首相は、就任時に「アベノミクス」への「個人崇拝」を断ち切ろうとするような姿勢を見せた。「市場に任せればすべてがうまくいく」という、旧来の資本主義が生んださまざまな弊害を乗り越えるために、「いわゆる新自由主義的政策は取らない」と大見えを切ったのだ。

首相は、「アベノミクス」が大企業と富裕層を優遇して潤した一方で、中小企業や個人には利益が行き渡らず、格差を拡大させたと認識し、より経済成長の果実を個人レベルまで「分配」する政策を実行することが「新しい資本主義」だと説明した。ただし、首相が、「アベノミクス」を「新自由主義的政策」とした認識は間違っている。

繰り返すが、「アベノミクス」は実施当初、異次元の「金融緩和」「公共事業」で輸出産業の業績を回復させて、高い支持を得た。その背景には、「失われた20年」と呼ばれた長年のデフレとの戦いに疲弊し切って「とにかく景気回復」を望んでいる国民の姿があった。

売り上げが増えなくても、輸出企業の業績がとりあえず上がる「アベノミクス」は、この国民のとりあえずデフレとの戦いから抜け出して一息つきたいという感情に非常にマッチした。それが、高い支持を得た理由だったと思う。しかし、「金融緩和」「公共事業」は、あくまで、国民をデフレとの戦いから一息つかせるための、「その場しのぎ」でしかなかったはずだ。

本格的な経済回復には、「第三の矢(成長戦略)」が重要なのだが、さまざまな業界の既得権を奪うことになる規制緩和や構造改革は、内閣支持率低下に直結するので、安倍政権にとってはできるだけ先送りしたいものとなった。安倍政権が「成長戦略」と考えた数々の政策は、多かれ少なかれ、今までの政権でも検討されてきたものだ。従来型の「日本企業の競争力強化策」で、基本的に誰も反対しない政策案の羅列でしかない。あまり効果が出ないのも無理はないことだった。

結局、安倍長期政権の間、経済は思うように復活しなかった。斜陽産業の異次元緩和「黒田バズーカ」の効き目がなければ、更に「バズーカ2」を断行し、それでも効き目がなく、「マイナス金利」に踏み込んだ。これは「カネが切れたら、またカネがいる」という状態が続いた。新しい富を生む成長産業が生まれず、なにも生まない斜陽産業を救い続けるだけだったのだから、仕方がないことだ。これは、かつての自民党政権で何度も繰り返されたことと全く同じだったのだ。

これは、「アベノミクス」は、行政改革や規制緩和で社会・経済の構造を変える「新自由主義」とはまったく違うものということを示している。金融緩和・公共事業で株高・円安に導き輸出産業に一息つかせるための旧態依然たる自民党の伝統的なバラマキ政策であり、違いは、つぎ込むカネの量が異次元だったというだけだったのだ。

岸田首相の「アベノミクスは新自由主義」という認識は間違っているわけだが、次の疑問がわいてくる。自民党の伝統的なバラマキを異次元の規模で実行したのに、どうしてかつてのような効果がなかったのだろうか。

例えば、高度経済成長期の真っただ中、池田勇人政権の経済政策は「国民所得倍増計画」だった。今の「岸田派(宏池会)」の源流が「池田派」だったことから、池田元首相にあやかって岸田首相が「資産所得倍増計画」と打ち出したことから、再び脚光を浴びたこの政策は、今なら荒唐無稽と切り捨てられそうだが、実際は計画以上の成果を挙げた。興味深いのは、元々この政策は「月給二倍論」という名前だったことだ。つまり、現在政府がさんざん苦労している「賃上げ」が2倍以上の規模で実現したということなのだ。

一方、安倍政権期、首相や麻生財務相・副総理など経済閣僚が、アベノミクスで積みあがる利益を内部留保にしないで「賃上げ」するように何度も要請したが、成果を挙げられなかった。企業は利益を得ても、それが個人に降りてこないと岸田首相に批判している通りだ。

日本経済を取り巻く環境が、当時と今ではまったく違うということだ。日本が高度経済成長を達成した時代は、東西冷戦期であり、日本は「奇跡」と呼ばれる幸運な状況にあった。日本が米国の戦略に組み込まれ、「米国に守ってもらい、米国に食べさせてもらえた」ということだ。

ソ連の台頭、中華人民共和国の成立による共産主義の拡大を防ぐために、米国は地政学的な拠点にある国々と同盟関係を築こうとしていた。例えば、西ドイツ、フランスなど西欧、日本、韓国、トルコなどアジアが共産主義と対峙するフロントラインであり、戦略的拠点であった。まず米国は、これらの国々を同盟国とするために、「ソ連の侵略から守る」という約束をする必要があった。こうして米国は「世界の警察官」となった。

重要なことは、米国は同盟国に「米国市場への自由なアクセス」を許し、同盟国からの輸入を受け入れたことだ。米国は、同盟国を自らの貿易システムに招き、工業化と経済成長を促したのだ。その目的は、同盟国を豊かにすることで、同盟国の国内に貧困や格差による不満が爆発し、共産主義が蔓延することを防ぐことだった。これが、米国が「世界の国を食べさせた」理由である。

そして、米国の戦略の恩恵を最大に受けたのが日本だった。重要なことは、日本が米国市場に輸出する時に「強力な競争相手」がいなかったことである。当時、韓国や東南アジア諸国は強力な競争相手ではなく、中国など共産主義国は米国市場にアクセスを許されていなかった。日本企業は、輸出で儲けた利益を、社員に増給という形で安心して還元できた。

一方、90年代前半に東西冷戦が終結すると、中国、東南アジア、東欧諸国などが新たに国際経済の市場に参入し、日本の強力な競争相手となる「グローバル経済」が出現した。激しい国際競争に晒された日本企業は、いつ競争に敗れて経営危機に陥るかわからない状況下で、利益が出ても社員に「賃上げ」という形で簡単に還元することができず、さらなる競争に備えて内部留保をため込むようになった。その結果、安倍政権期、首相や経済閣僚が再三「賃上げ」を要請しても、日本企業は応えることができなったのだ。

岸田首相は、「アベノミクス」を「新自由主義的な経済政策」だと誤解し、その修正として、中小企業や個人レベルへの「分配」を重視するとして、補正予算など「予備費」を乱発して財政出動を拡大してきた。

だが、それは「アベノミクス」が斜陽産業を延命させてきたことと、なにも変わらないのである。個人であろうが企業であろうが、「延命」のためにカネを渡したら、「カネが切れたら、またカネがいる」の繰り返しとなるだけだ。延々と財政出動や金融政策を続けることになる。それが、金融緩和の「出口戦略」にかじを切れない黒田日銀総裁の姿でもある。

岸田首相は、「成長戦略」の重要性自体は理解していると思われる。岸田政権は、「新しい資本主義」の実行計画と「骨太の方針」で成長戦略を示しているからだ。その根幹をなすのは、「人」「科学技術・イノベーション」「スタートアップ」「グリーン・デジタル」の4分野に重点的に投資するという方針だ。

だが、残念なことに、重点投資4分野は新しい政策課題ではない。以前から認識されていながら、有効な手を打てなかった「古い政策課題」ばかりだ。欧米や中国などが何年も前に済ませていることを、「新しいことをやります」と胸を張ってアピールしている。このような自民党や官僚組織の姿勢は、真摯(しんし)さも謙虚さも著しく欠いている。

そして、なによりも強調しておきたいことは、これらの課題への取り組みが遅れた大きな原因は、「アベノミクス」の斜陽産業の延命と、それに甘えた日本社会の改革姿勢の後退なのだということだ。

image by: 自民党(YouTube)

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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