一方、がん関連遺伝子がほぼ正常な人は、高齢になってもがんが発症しづらいため、ある年齢までがんにならなかった人の発がん確率はそれ以外の人に比べて低くなり、結果的に乳がんや子宮がんの発症確率は65歳以上では下がってくるのだろう。
ところで、遺伝子の突然変異は偶然起こるというのが、現代遺伝学のパラダイムである。がんは細胞の中の遺伝子の突然変異によって起こり、突然変異が偶然起こるならば、ある組織に発生したがんはもともと1個の細胞ががん化してこの細胞が増殖したものだ。隣り合った複数の細胞ががん化してここから始まったわけではない。突然変異が偶然であるならば、複数の独立の細胞が同時に同じ突然変異を起こすとは考えづらいからだ。
がんが個々の細胞に独立におこるならば、1個体の細胞数が多い動物はがんの発症確率が増えると予想される、例えばゾウは、ヒトの100倍の体重があり、細胞数も大凡100倍の3000兆個あると言われている。しかし、ゾウはヒトよりもはるかにがんに罹り難い。p53というがん抑制遺伝子はがんになりそうな細胞を見つけ出して、アポトーシスで殺して、がんの発生を未然に防いでいるが、ヒトでは2つしかないp53のコピーがゾウでは38個もあるという。クジラもゾウより大きいがゾウとは別のがんを抑制するメカニズムがあって、がんになり難いと言われている。
マウスはずっと小さく、体細胞の数が300億個と言われており、がんの発症確率は低くてよさそうだが、特別にがんの発症確率が低いということはなさそうである。ネコやイヌの体細胞数もヒトよりもずっと少ないが、がんの発症確率はヒトと余り変わらない。これは個々の細胞の遺伝子が突然変異を起こしてがん化する確率は種によって大きく異なっていることを意味している。(『池田清彦のやせ我慢日記』2022年6月24日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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