どれだけ国際社会の批判を浴びようとも、ウクライナへの攻撃の手を緩めることのないプーチン大統領。長期化の様相を呈するこの紛争への支援の限界を感じ始めた欧米各国の間からは、ウクライナに対して妥協を促す声も上がっていると伝えられます。今回のメルマガ『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』では著者でジャーナリストの伊東森さんが、ロシアとウクライナの関係性を地域の歴史を紐解きつつ解説するとともに、現在一部から上がっているウクライナへの領土全面奪回の断念を求める声を紹介。ゼレンスキー大統領は猛反発するものの、イタリアが国連に提出した和平案に含まれる内容を鑑みると、実際に領土の割譲を迫られる可能性もあるとの見方を示しています。
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ウクライナとロシア 両国を分かち合い、そして隔てるもの 豊富な資源を持つウクライナ東部ドンバスをめぐり駆け引き
ロシア軍によるウクライナ侵攻から、まもなく4カ月が経過する。首都キーウでは、日常が戻りつつあるようだ。値段が上がっているもの、しかし食料品は豊富にあるという(*1)。
ただ、燃料不足が深刻。製油施設が攻撃を受けた影響で、多くのガソリンスタンドが営業を休止している。
侵攻直後、ロシア軍がキーウ近郊まで迫ってきたこともあり、いったんは多くの人が街から避難した。しかし、ロシア軍がキーウ近郊から撤退したことを受け、4月ごろから徐々に人々が戻りつつあるという。
だが、戦争は長期化しそうだ。NATO(北大西洋条約機構)のイエンス・ストルテンベルグ事務総長はドイツ紙のインタビューに対し、ウクライナにおける戦争は「数年続く」おそれがあると警告した(*2)。
ロシア軍は、ウクライナ東部のルハンシク州の最後の拠点とされるセベロドネツクへの攻勢を強め、双方の攻防が激しくなっている。
よく、ウクライナとロシアとの関係を「兄弟のようだ」とする話が出てくる。
そもそもキエフを中心とした現在のウクライナ地域は、「ロシアの発祥の地」といっても過言ではない。ここで生まれた文化とこの地で受容されたキリスト教の正教会が、後にモスクワなど現在のロシアの地に広がっていったからだ。
日本に例えるなら、畿内に発祥した中央政権が、武士の世になり、政治的な拠点を関東に移していったことに似ている。
(山中俊之、2022年2月27日)
しかし、日本とは少し事情が異なるようだ。
日本では、畿内と関東で別の国家となったことはない。畿内と関東で同一民族という点でも異論はない(アイヌ民族など先住民・少数民族の存在は決して忘れてはならないが)。
一方、ロシアとウクライナはたもとを分かち、言語も文化も徐々に変わっていったのだ。そして、「弟分」のロシアが強大な帝国になり、「兄貴分」のウクライナを支配した。旧ソ連時代にも、連邦内の共和国として支配を続けた。
この点が、ウクライナから見ると、「弟分のくせに、偉そうに」となる。ロシアから見ると、「自分たちの源流であり、ロシアに近い存在」となる。
(山中俊之、2022年2月27日)
そもそも、国民国家とはベネディクト・アンダーソンによれば、「想像の共同体」に過ぎない。そうなれば、想像とは、いとも簡単に崩れ去る。国家の形など、脆弱だ。
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目次
- ウクライナとは
- ウクライナとロシアの関係
- くすぶる、領土分割案 支援に限度 ゼレンスキー大統領は反発
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ウクライナとは
ウクライナという国が、大国であることは間違いない。ウクライナはソビエト連邦を構成する共和国であったウクライナ・ソビエト社会主義共和国が、1991年8月24日に独立し、国名を「ウクライナ」とした。
人口や経済的な重要度においても、旧ソ連の中のロシアに次ぐ2位を占め、文化的にも長い伝統を持つ。
人口は、4,596万人(2010年)。通貨は、フリブナ(1996年8月まではカルボバネッツ)。北東をロシア、北はベラルーシ、西はポーランドとスロバキア、南西でハンガリー、ルーマニアとモルドバとそれぞれ国境を接し、南が黒海、アゾフ海に面している。
ロシアを除けば、国土面積はヨーロッパで最大、人口はドイツ、イギリス、フランス、イタリアに次ぐ。ハリキウ、キーウ、オデーサなど23の州とクリミア自治共和国からなる。
「ウクライナ」という名称は、「辺境」を意味するクライ(krai)に由来するもので、12世紀から使われていたという(*3)。
ときに、「小ロシア」という呼称も使われるが、これは正確にはウクライナの一部を指す行政地名だ。
ほぼ全域が平坦な地形で覆われており、平均の標高は170m。ただ、西の国境沿いをカルパチ山脈(最高峰はゴベルラ山で,2061m)とクリミア半島のクリミア山脈(最高峰はロマン・コシ山で1,545m)がある。
ウクライナの重要な要所として、ドニエプロペトロフスク州のクリボイ・ログ地方と、ドンバスとも呼ばれるドネツ炭田だ。
クリボイ・ログ地方は、鉄鉱石が豊富な埋蔵地で1881年以来採鉱されており、鉄の含有率は68%に達する。
ドンバスをめぐっても激しい戦闘が続く。豊富な石炭埋蔵量を誇り、推定の埋蔵量は635億~762億トン。1721年に石炭が発見されており、19世紀初めから採掘。そのほか、マンガン、硫黄、石油、天然ガスなどの天然資源が豊かだ。
ウクライナとロシアの関係
ロシアのプーチン大統領は、ウクライナとロシアの「歴史的一体性」を強調する。しかし、その実像はどうか。
ウクライナとロシアを隔てる国境線はソ連時代にできたものであり、両国の関係を理解するためには、ヨーロッパ・ロシアと呼ばれるこの地域全体の特徴を知る必要がある(*4)。
歴史的なルーツとしては、9~10世紀に栄えた「ルーシ」だ。まず、ムスリムが地中海の制海権を握るなか、バルト海と黒海を結ぶ河川貿易が成立。
ウクライナを南北に流れるドニエブル川などの河川沿いにできた都市国家を「公国」と呼び、キエフ中心の緩やかな連合体をルーシと呼び、これが「キエフ・ルーシ」だ。
このキエフ・ルーシが、現在ではイスタンブールというコンスタンティノープルを中心に栄えていたビザンツ帝国(東ローマ帝国)から、のちに東方正教となるキリスト教を受け入れた。
そしてルーシと東方正教の伝統をもつ「東スラブ人」をルーツにするのが、現在のロシア、ウクライナ、ベラルーシに当たる。
しかし、13世紀にモンゴル帝国が侵入し、キエフ・ルーシの時代が終わる。ここで、モンゴルの支配の深さから、東西にルーシが分かれ、そのうちモスクワなどを含む東ルーシはウクライナやベラルーシに相当、これはのちにリトアニア大公国と拡大する。
この国は、リトアニアとベラルーシの連合国家であり、この時点で、東西ルーシのどちらかがかつてのルーシの“本家”か、という争いがあった。
現在のロシア人の好きな物語として、ウクライナやベラルーシは兄弟という主張。一方で、ウクライナは、キエフ・ルーシはウクライナ国家の起源であり、その時点で、自国民の特性が成立したとする。
他方、ベラルーシの方からすれば、リトアニア大公国の伝統を強調するという。
ただ、このような論争が大きな問題となったのは1990年代にソ連が崩壊したとき。実際にはこの地域は、政治や宗教をめぐり、どの周辺にある勢力と連携し合うかで争ってきた。
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くすぶる、領土分割案 支援に限度 ゼレンスキー大統領は反発
欧米の一部では、ウクライナに対し、奪われた領土の全面奪還を断念するよう促す意見が浮上、波紋を広げている(*5)。
このような意見が出てくる背景には、戦闘が長期化する中、西側の「兵器、資金の支援には限度がある」(米有力紙)との懸念があるため。しかし、ウクライナは反発する。
現時点では少数意見に過ぎないが、停戦が見通せない中、戦争が長引けば領土妥協論が広がる可能性も。
アメリカ外交の長老であるキッシンジャー元国務長官(99)は5月23日、スイスのダボス会議において、
理想的には境界線は(2月の侵攻前の)原状に戻すべきだ。これを越えた戦いを追求すれば、ロシアとの新たな戦争になるだろう。
(西日本新聞、6月2日付朝刊)
と主張。
この発言は、ロシアが2014年に強制編入したウクライナ南部のクリミア半島と、親ロシア勢力が実効支配してきた東部のドンバス地域の奪還断念を促したと受け止められた。
ニューヨーク・タイムズも5月19日の社説で、2014年以降にロシアが得たウクライナの領土を全て回復するのは、「現実的な目標ではない」と強調。
現実離れした戦果を期待しては、欧米が「出費がかさむ長期戦に引きずり込まれる」とし、ウクライナの指導者層は、「領土に関して苦痛を伴う決断を下さなければならない」とした。
領土分割案は現実に動いている可能性もある。エネルギー面でとくにロシアに依存してきたイタリアは、5月に国連に和平案を提出。
イタリアのメディアによると、その中には、クリミアやドンバスの親ロシア派地域について、「領土的な問題を国際監視下で協議する」との項目が含まれており、ウクライナが実際に領土の割譲をせまられる可能性も。
ただ、前述したようにこれらの地域は鉱物資源が豊富。ゼレンスキー大統領は猛反発している。
■参考・引用文献
(*1)鈴木陽平「ロシア軍侵攻4か月ウクライナ首都キーウの街は?なぜ、帰国?」NHK 国際ニュースナビ 2022年6月17日
(*2)「ウクライナでの戦争『数年続く』 NATOトップ警告」AFP BB News 2022年6月19日
(*3)「ウクライナ」ジャパンナレッジ
(*4)朝日新聞 2022年3月7日付朝刊
(*5)西日本新聞 6月2日付朝刊
● 山中俊之「兄ウクライナと弟ロシア、因縁と愛憎の歴史的背景を元外交官が解説」DIAMOND online 2022年2月27日
(『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』2022年6月25日号より一部抜粋)
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