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ウクライナ戦争を利用する狡猾さ。国際社会の表舞台に復活した国の名前

ウクライナ戦争の停戦協議や北欧2国のNATO加入問題等で、その存在感を一気に高めたトルコ。紛争を巧みに利用した感も否めない中東の大国ですが、何が彼らにここまでの動きを取らせているのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、国際社会で主役の座を狙うトルコのエルドアン大統領の「魂胆」を解説。さらに各方面から多数寄せられているという、トルコと中国を巡る情報をリークしています。

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ロシアとウクライナをめぐる国際情勢が“復活”させたトルコ

「ここ数年、国際情勢において復活(Come back)を遂げた国を挙げるとしたら、どの国か?」

もしこのように尋ねられたら、皆さんならどの国とお答えになるでしょうか?

私はトルコと答えます。

クルド人勢力をターゲットにした度重なるトルコ・シリア国境付近(シリア北部)への越境攻撃の代償として、欧米諸国から制裁を課せられ、止まる気配がないインフレとトルコ・リラの価値の下落など、深刻な経済的スランプに陥り、“21世紀の経済成長のハブ”の一つとして数えられていた姿は見る影もないほどになっていました。

しかし、ロシア絡みの2つの案件がトルコを再び国際情勢のフロントラインに復帰させるきっかけとなりました。

一つ目は、2020年9月27日に勃発し、11月10日まで続いたナゴルノカラバフ紛争です。

事の仔細については以前書きましたのでここでは省略しますが、ロシアから欧州向けの天然ガスと原油が通るパイプライン2本が通るのがナゴルノカラバフ地方で、ここは地図上ではアゼルバイジャン領とされていますが、1988年以降、アルメニアに実効支配され、その後否決はされているものの、一時はアルメニア人による共和国が設立される直前まで来ました。

2020年の紛争では、これまでの劣勢を覆すために、トルコが同じトルコ系のアゼルバイジャンを全面的に支援し、形式上はナゴルノカラバフを取り返したという構図になっています。

この際、ウクライナ戦争にも投入されたトルコ製のドローン兵器が大きな役割を果たしています(逆にロシアが軍事同盟上、後ろ盾となっていたアルメニアは、ロシア製のドローン兵器が全く使い物にならなかったと言われています)。

この紛争は、トルコが中央アジア・コーカサスに勢力圏を拡大するきっかけを与え、11月10日以降の停戦合意後の平和維持活動にロシアと共に関わることで、国際案件でのフロントラインに戻ってくることにもつながりました。

そして、ドローン兵器の性能をアピールすることで、このあたりからトルコ製の軍備・兵器の売り上げが上がっています。

そして、ナゴルノカラバフ紛争を機に、ロシアとの距離感が近づき、かつロシアに対するトルコの発言力が増したことでしょう。

ロシアとしては裏庭ともいえ、かつ現在進行形のウクライナ戦争でも時折話題に上る中央アジア・コーカサス地域の各国に“他国”の影響が及ぶことを嫌うはずですが、同地域に対して影響力を拡大する中国への牽制、もしくはcounter-forceとしての役割も、トルコに期待したという算段があるのかもしれません。

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そして二つ目が、今年2月24日にロシアによるウクライナへの侵攻に端を発した現在進行形のウクライナ戦争です。

皆さんもご存じのように、トルコ政府はウクライナとロシアの間の停戦協議の仲介を申し出て、これまでにアンカラやイスタンブール、イスミールなどで両サイドが協議する場を提供しています。

また最近では、「ロシア・ウクライナ・EU・トルコの4者で黒海におけるウクライナ産小麦などの穀物輸出管理を行い、その事務局をイスタンブールに設置する」といった提案も行うなど(注:米国およびウクライナからは受けが良くなかったようですが)、いろいろと微妙な距離感を保ちつつ、紛争に絡んでいます。

紛争の調停に携わりつつ、ウクライナへの武器の供与も行い、実際には求めに応じてロシアにも武器の売却を行っており、しっかりと「比較的安価で性能がよく、メンテナンスも簡単」という触れ込みで武器を売り、国内の軍需産業も潤すとおうサイクルを築き上げています。実際に、あまり報道はされませんが、他国からもトルコ製の兵器への引き合いが強くなったようです。

欧米諸国は、NATO加盟国でありつつ、影でロシアもサポートし、かつロシア製のS400の購入・配備計画も着々と進めるトルコの姿勢をよく思っていないようですが、これまでに比べて、あまり強気にトルコへの批判を強めることが出来ていません。

その理由はスウェーデンとフィンランドのNATO新規加盟問題で、最後まで加盟国の全会一致を必要とするという条項を最大限活かして、トルコが反対し続けてきたことです。

一応、6月28日のNATO首脳会議に際して、一転トルコが賛成に回るという展開になりましたが、フィンランドとスウェーデン(そしてほかのNATO加盟国)にほぼ100%トルコの要求を呑ませたことが分かります。

それは、フィンランドとスウェーデンの首脳が述べた「相互の国家安全保障問題を尊重する」という文言からも推察できます。

トルコがテーブルに乗せていた両国内のクルド人のトルコへの送還という要求は、さすがにフィンランド・スウェーデンの人権規定的に不可能ですが、トルコが今、進めようとしている5度目のシリア国内にあるクルド人勢力拠点への越境攻撃(欧米からの対トルコ制裁の対象)については、一応、懸念は述べつつも、トルコの国家安全保障問題に関する重要事項と認識して、口出しはしないということを暗に指していることになります。

同様の内容の発言を以前、アメリカ国務省の高官が行っていますが、ぎりぎりの線までトルコに対して譲歩してでも、NATOの結束を選択するという決意と考えることができるでしょう。

そして、これまでシリアを中東・アフリカ地域への戦略的拠点と位置づけ、トルコによる越境攻撃に反対してきたロシアも、現在、ウクライナ戦争の当事者となっており、駐シリアのロシア軍を撤退してウクライナ戦線に投入していることから、公言はせずとも、トルコによるクルド人勢力への攻撃を容認したと受け取ることができます。

これにより、恐らく近日中に、世界の目がまだウクライナ戦線に注がれている裏で、トルコ軍による越境攻撃が開始されることとなるでしょう。

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しかし、この越境攻撃の主目的は何でしょうか?

シリア北部地域をトルコが取ろうとしているという意見も耳にしますが、これはさすがに、今のウクライナ戦争の状況を見ても明らかなように、決して国際社会が受け入れてはくれませんので、ここまでのことは狙ってはいないようです。

どちらかというと、シリア北部で勢力拡大を行っているYPG(クルド人民防衛隊)などを駆逐し、同地域をシリアのアサド政権と“協議”の上、中立地帯・緩衝地帯として、そこにトルコ国内のクルド人を移動させて“閉じ込める”というプランの実施が主目的だと思われます。

実はこのプランの背後には、同じくクルド人の影響力拡大に懸念を抱くイラクも存在し、イラク北部に拠点を置くとされるPKK(クルド労働者党)とその武装勢力の駆逐を望んでおり、実は今年4月にもトルコによるイラク北部シンジャールへの大規模空爆(トルコの武器博覧会とも揶揄された攻撃)も容認しています。

この勢力の残党も、先ほど触れたシリア北部地域の“緩衝地帯”に移動させるプランがあるようです。トルコのスレイマン・ソイル内務大臣曰く、「米国と欧州の手から、イラクとシリア、そしてこの地域を守るために、トルコは行動する」とのことで、確実にトルコ周辺地域における(中東地域における)基盤固めを進める覚悟が見えてきます。

まさに、世界の目がウクライナに向いているうちに…。

ではどうしてここまでこの時期にエルドアン大統領はクルド人掃討作戦にこだわるのか?

首相時代からクルド人勢力をテロ組織と認識して攻撃してきたこともありますが、一番は来年に予定されている大統領選挙に向け、何とか支持率回復を行いたいという意向が見えます。

欧米諸国からの経済制裁に加え、世界を襲ったコロナのパンデミック、そしてウクライナ戦争に関して欧米諸国がロシアに課した経済制裁の悪影響の波が重なり、トルコ経済状態の悪化が止まらず、特にハイパー・インフレとも言われるほどのインフレの苦しめられていることもあり、エルドアン大統領の経済政策に対して、国民からの不支持率がこのところ急上昇していると言われています。

最近のデータ(2022年4月発表のIMFのWorld Economic Outlook Database)ではこの1年でトルコのインフレ率は前年度比60%強に達しており、7月1日発表予定の統計ではそれが70%を超えるだろうと予想されています。

国民感情は悪化の一途を辿ることが容易に予想されるため、それを和らげ、そして改善の方向に向けるための切り札として、トルコも他の政府と同じく、“戦争”や“国家安全保障問題”を前面に押し出してきていると思われます。

しかし、もちろん、クルド人問題のみでは、リーダーシップの回復にはつながらないでしょう。そこでエルドアン大統領が狙っているのが、ウクライナ戦争におけるロシア・ウクライナ間の和平協議を主導することです。

世界の目・関心が集まり、不謹慎なことにその勝敗がロンドンでは賭けの対象にされるまでになっているロシアとウクライナの戦いに深くかかわり、可能な限り中立のイメージをアピールすることで「エルドアン大統領こそがトルコのリーダーだ」というように支持率の回復につなげたいとの魂胆が見えます。

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以前、中国と欧州が水面下で組んで、ロシア・プーチン大統領の体制を保証することで停戦に導こうとする企てについてお話ししたかと思いますが、エルドアン大統領はそこに横やりを入れているようです。実際にチャヴシュオール外相を目立たないように北京に送ったり、王毅外相の外遊時に会ったりして、中国の出方を探るとともに、ウクライナ戦争における停戦協議の主導権を保持したい意思を伝えているという情報が多数寄せられました。

その真偽のほどはわかりませんが、多方面から提供されることに鑑みると、あながちエセ情報でもないように考えます。

今週のNATOを舞台にした外交戦には“勝利”したトルコですが、今後、その“勝利”を有効に活用し、かつウクライナ戦争にもメインプレーヤーとして関与することで、国際情勢のフロントラインに復活すると同時に、エルドアン大統領の長期政権にもつながる国内情勢の安定につなげることができるか(よく似た話や情勢が、お隣・中国でも見受けられますが…余談です)。

トルコの動きから今年も目が離せません。

以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: Gints Ivuskans / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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