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壮大なムダ。東洋大ZOOM講演会でゼレンスキー大統領が見せた「怒り」の訳

7月4日、東洋大学白山キャンパスで行われ、全国14の大学にもリアルタイム配信されたゼレンスキー大統領のオンライン講演会。世界中が注目する指導者から直接メッセージを受け取った参加者たちは、どのような思いを抱いたのでしょうか。今回、そんな講演会の模様や舞台裏を明かしているのは、指導する学生たち28名と視聴する機会を得た、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんは記事中、イライラした表情を見せたゼレンスキー大統領の様子や、講演後に学生たちから挙がった大統領に対する質問や疑問を紹介するとともに、自身が抱いた率直な感想を記しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

当たり障りない「ゼレンスキー講演会」に参加して感じた“壮大な無駄”

ウォルディミル・ゼレンスキー・ウクライナ大統領のオンライン講演会が、東洋大学白山キャンパスで開催された。「ウクライナから留学している学生と日本人の学生にメッセージを伝えたい」というゼレンスキー大統領の意向を受けた「在日ウクライナ大使館」の提案に東洋大学が応えた。

講演会には、全国14大学もオンラインで参加し、立命館大学からはBKC(びわこ草津キャンパス)でウクライナ人学生が参加し、OIC(大阪いばらきキャンパス)で政策科学部「上久保ゼミ」の学生28名(日本人25人、マレーシア人、中国人、韓国人各1名)が参加した。

上久保ゼミは、過去「香港民主化運動家・周庭氏」や「香港中文大学」などとのオンラインディベートを多数経験してきた。今回は、東洋大学以外の会場からの質疑応答は許可されなかったため、視聴するだけの参加となった。

だが、ウクライナ戦争を指揮しているゼレンスキー大統領と、オンラインとはいえ空間・時間を共有した。大統領の顔を見て、生の声を聴くことだけは、得難い経験となったと多くの学生が感想を述べていた。貴重な機会を提供してくださった東洋大学の皆様の尽力に、まずは感謝を申し上げたい。

ゼレンスキー大統領講演会(筆者撮影)

18時に、ZOOMのスクリーンにゼレンスキー大統領が現れた。大統領の講演は20分間の予定だった。だが、冒頭、主催者側の挨拶が約5分間続いた。その間、大統領はただ座っていた。挨拶は同時通訳されず、大統領にはただ日本語の「音」が聞こえていたのだろう。

私は気づかなかったのだが、講演会の後に提出させたゼミ生のコメントの多くに指摘されていたことがある。開会挨拶が3分ほど経過した時、ゼレンスキー大統領が明らかにイライラした表情をした。「まだ、始まらないのか」と怒ったのだとゼミ生たちは動揺した。

ゼレンスキー大統領が、ロシアの東部ウクライナに対する大攻勢に徹底抗戦を続けている。この日も、ロシアがルハンスク州のほぼ全域を制圧したという報道が流れていた。ウクライナ軍が、最後まで死守しようとした主要都市の1つシチャンスクからの撤退を表明した。

ロシアが、ドネツク州を含む東部ドンバス地方全域の支配を目指して、攻勢を強めている最中に、この講演会は行われているのだ。分刻みのスケジュールで戦争を指揮しているゼレンスキー大統領の貴重な「5分間」を無駄に過ごさせたことに対して、日本側は配慮がなさすぎた。

もちろん、講演会のプログラム上は、18時~18時5分が主催者挨拶となっており、問題はない。だが、それならば大統領には18時5分に登壇してもらうべきだった。

ゼミ生の中には、「この無駄な5分間に、ゼレンスキー大統領が開戦以降会えていない奥様とお子さんに電話をしてもらったらよかったのではないか」という意見を書いた者もいた。それくらい、大統領に失礼なことをしたと、多くのゼミ生が感じた時間だった。

ゼレンスキー大統領の講演は、約15分間だった。だが、日本語の同時通訳が入ったため、実質的には10分間も大統領は話していない。内容も、すでに報道されている通りだ。

「ロシアは戦争を望み、ウクライナは平和を望んでいる」「ウクライナは平和のために戦っている」「ロシアの侵略によって、ウクライナ人にとって平和は思い出になった」「平和を取り戻せる唯一の時期は今だ」などだ。

ウクライナ戦争が開戦してから4か月が経過した。停戦がみえない泥沼の状況の一方で、スウェーデン、フィンランドのNATO加盟が決まり、ウクライナのEU加盟も動き始めた。国際秩序は、4か月に劇的に変化した。ゼレンスキー大統領から新しい発言を期待したが、それはなにもなかった。

その後の質疑応答は、事前に準備されていたと思われる、東洋大学を中心とするウクライナ人学生たちと、日本人2名が質問した。質問は、安全保障や国際政治経済に関する微妙なものはなく、一言でいえば、文化交流に関するものに終始した。

ゼレンスキー大統領は、日本で学ぶウクライナ人学生に対して、「日本で学ぶことは、ウクライナの破壊された教育空間を守ることになる。戦争が終わり、復興の段階となったら、教育の再生に貢献してほしい」と呼びかけた。

私は、講演会の事前準備の段階から、東洋大学の会場以外からもゼレンスキー大統領に質問をする機会を与えてほしいと要望し続けた。

私は、一問だけでもいい、事前に質問を提出して内容を確認してもらってもいいと訴えた。それは、ゼミ生たちの人生にとって、他では得難い学びの機会を与えることになる。また、ゼレンスキー大統領にとっても、東洋大学だけでなく、日本全国の学生が講演会に参加しているということがわかり、励みになる。日本の学生に対して、大統領がよりよい印象を持ってくれることにもなる。

だから、厚かましい要望だとわかっていたが、私は質疑応答を東洋大学以外に公開することにこだわり、最後まで粘った。だが、すでに東洋大学とウクライナ大統領府の間で「質疑応答については、東洋大学会場に限る」と決定済みと、断られた。東洋大学側の立場は重々承知しており、批判するつもりはないが、どう考えても、一問くらい他会場に開放してもよかったと思うので、残念なことだった。

講演会終了後にゼミ生に提出させた書類には、決して答えはもらえないが、ゼレンスキー大統領に対する質問、疑問が多数書いてあった。いくつか紹介する。

「ウクライナ国外にいる避難民に対して、現在ウクライナ政府はどのような支援をしているか」

「ロシアは戦争を望み、ウクライナは平和を望む。しかし、戦争は続く。どうしたらいいと考えるか」

「ウクライナ戦争の終結の仕方として、ウクライナが降伏するか、ロシアが降伏するか、和解するかがあるが、どうなってもロシアとの関係はよくなることはない。その場合、西側諸国に守ってもらうことになると思われるが、そのデメリットはないのか」

「ウクライナがNATOと協力すれば、戦争は激化する一方ではないか」

「ウクライナ側に1つもプロパガンダがないと、どうして言い切れるのでしょうか」

「ウクライナがNATOにずっと加盟できなかった理由はなんですか」

これらは、おそらく、日本全国の若者が思っているだろう率直な疑問であろう。それを大統領にぶつける場があってもよかったのではないかと思う。

そもそも、ゼレンスキー大統領に「率直」な質問をぶつけることを避けることは、ウクライナ側が望んだことなのだろうかという疑問がある。私の経験では、欧州の方は議論が好きだ。講演会では、フォーマルな講演よりも、質疑応答をメインと考える。講演の内容も、日本のように質問のスキを与えないように必死に穴を隠そうとするのではなく、むしろ議論を喚起するようなポイントをあえて置くものだ。

ゼレンスキー大統領が、私のゼミ生が考えるような疑問に答えられないわけがない。大統領は、日本の学生との対話を楽しまれたはずだ。

結局、ゼレンスキー大統領の講演会は、無難に終わったことで成功したと、日本では報道されるのだろう、しかし、講演会に実際に出席した者としていえば、なんのために開催されたのかわからないというのが、率直な感想である。

そもそもだが、この講演会への参加を、上久保ゼミは当初、断られたのである。この講演会の開催は、私が約2週間前に偶然、わが校のウクライナ人学生から耳にしたことで知ったが、わが校の国際部経由で、東洋大学に参加を打診したところ、最初に来た返事は「NO」であった。

国際部からは、わが校の参加は、BKC(びわこ草津)キャンパス一か所で、ウクライナ人学生に限定して参加と決まったという。「他校のオンライン参加はウクライナ人学生限定」というのは、東洋大学の意向だという説明もあった。ただ、私は東洋大学と直接やりとりはしていないので、真偽はわからない。

しかし、私は開催までの間の経緯から、この講演会は「ゼレンスキー大統領が、ウクライナ人学生に戦争への協力を呼びかけるのに、日本の大学が場所を貸すだけではないのか」という疑問を強く持つことになった。

また、日本人であろうとウクライナ人であろうと、国籍にかかわらず、日本の大学に所属する以上、「日本の大学の学生」である。彼らが戦争に協力させられるのは、日本の大学教員として絶対に看過できないことである。だからこそ、私のゼミの参加にこだわった。

その後、再度参加を申し入れた結果、国際部が非常に粘り強く交渉してくださり、参加ができたのである。結果的に、松山大学など他大学でも日本人学生が多数参加できた。ゼレンスキー大統領から、ウクライナの学生に戦争協力を求める発言はなく、日本人学生との対話も実現した。だが、逆にいえば、それでこの講演会は意味あるものだったのだろうか。

1つ付け加えれば、この講演会は「ウクライナ語と日本語の同時通訳」で行われた。その結果、講演会の参加は、ウクライナ人と日本人にほぼ限定された。私は、学部のゼミと大学院生を合わせて、27人の留学生を担当している。しかし、そのうち参加できたのは、前述の通り日本語が理解できる3名のみであった。

ゼレンスキー大統領は英語ができる。日本にいるウクライナ人学生も、基本的に英語ができる。大統領に英語で講演していただき、日本語の同時通訳とすれば、留学生が多数参加できたはずだ。

ゼレンスキー大統領自身が、講演会で「日本の皆さんは、ウクライナの立場を理解し、支援してくれている。しかし、アジアにはウクライナの立場を理解しない国がいる」と述べていたのだ。

私は常々、日本の大学の使命として、さまざまな事情で対話ができない国からの留学生同士が、対話をし、理解を深めていく場を作ることだと主張してきた。日本の大学が、ゼレンスキー大統領を支援すべきことがあるとするならば、それは大統領がアジアを中心とする留学生と対話できる場を設けることだったのではないか。

繰り返すが、東洋大学がゼレンスキー大統領の講演会を開催したことで、私のゼミ生にも貴重な学びの機会を得ることができたことには、多大なる謝意を表したい。ウクライナ大統領府、在日ウクライナ大使館との交渉は極めて難しいものであることは間違いない。多くの制約がかかったことは仕方のないことである。

また、私自身が開催のために動いたわけではない。気楽な立場である。そのことは重々承知の上でだが、学者としては、厳しい批判の目を持たねばならない。だから、あえて申し上げたいと思う。

ゼレンスキー大統領が、ウクライナ人学生と日本の学生に従来の主張を訴えるだけという、当たり障りのない講演会は、決死の戦いを続けている大統領に、壮大な無駄時間を与えるだけだったのではないだろうか。講演会に出席した者として力及ばず、後悔と反省しかないのである。

image by: Twitter(@在日ウクライナ大使館

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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