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韓国初のフィールズ賞受賞者が日本の数学者から受けた大きな影響

数学界における最高賞のひとつであるフィールズ賞。2022年度の受賞者の中に韓国初の受賞者がいます。今回のメルマガ『キムチパワー』では、韓国在住歴30年を超える日本人著者が、その許埈珥教授のインタビューを紹介し、彼について詳しく語っています。

許埈珥教授の韓国初フィールズ賞受賞が意味するもの

2022年度のフィールズ賞受賞者の一人、韓国の許埈珥(ホ・ジュンイ、39)教授。50年近く解けなかった難題「リード予想(Read’sconjecture)」を大学院時代に証明し、世界数学界を驚かせた人物である。

2015年には同僚2人と共にもう一つの難題である「ロタ予想(Rota-Heron-Welsh conjecture)」も解き、「ブラバトニク若い科学者賞」(2017)、「ニューホライズン賞」(2019)など世界的権威の科学賞を総なめした。昨年は国内最高学術賞である湖岩賞も受賞した。

そして昨年プリンストン大学に赴任。その直前には、6年間プリンストン高等研究所(IAS)の長期研究員と訪問教授を務めていた。IASはアインシュタインなど世界最高の知性が在籍したところだ。

さらに驚くべきことは、彼の人生の軌跡だ。幼い頃は九九もうまくできなかった数学放棄者(スポジャ=数放者。韓国ではこういう略語がはやっている)だった。

高校の時は詩人になりたくて退学して検定試験を受けてソウル大に入った。大学時代の専攻は数学ではなく科学(ソウル大学物理天文学部)。成績表にはFが数え切れないほど多かった。

スポジャ(=数放者)が世界数学界のスターになれた力は何だったのだろうか。米国にいる許教授に画像で会った。(朝鮮日報記者)

※ 朝鮮日報をかなり加工してお伝えする

「私は人々と話すのが大好きです。それに10年以上外国にいるので韓国人と話すことがとても少ないです。こんな会話がとても楽しいです」。画面の中のホ教授が無邪気な子供のように明るく笑った。小部屋に閉じ込められて一人だけの世界に没頭する映画の中の天才数学者のイメージとは全く違った。

―「とても」という副詞を習慣的にたくさん使いますね

「あっ!それがとても残念な点です。語彙が波のように押し寄せてこそ維持されるのに、体からしきりに韓国語が抜けていきます。精巧な語彙を選択できないのです。言語を冷凍状態で保存することもできない」。数学者ではなく、言語学者と会話しているような錯覚を覚えた。

―幼い頃詩人を夢見たそうですが

「中高校の時、詩にハマりました。特にキ・ヒョンド詩人の作品が好きでした。詩を読むと、日常会話では感じられない他の種類のコミュニケーションを感じることができました。詩的表現が曖昧で著者が意図したことを明確に知ることは難しかったけれど、そのためにむしろ深い絆と共感を持つようになる特別な経験を何度もしたんですよ」

―詩人を夢見た数学者、、一見すると繋がりません

「実は共通点が多いんです。詩はある意味矛盾した表現様式です。表現しにくいことを言語で疎通しようとする試みですから。それで詩的曖昧さが生じます。数学は、地面に引きずり下ろしにくい抽象的概念を数と論理で表現して共有するものです。どちらも対象を高度に含み、強力な象徴を作ります。」

―幼い頃から天才の声を聞きましたか

「いえいえ全くです。私立小学校に入ったのに適応できず、町内の小学校に転校しました。高校の時は詩を書くといって学校をやめました。学校に通う時間に詩を書いたらすぐ登壇すると思いました。中2病でもなく高1病をひどく患いました。結論は虚しい歳月。学校に行かないで毎日校門の前で下校する友達を待ってネットカフェに行きました」

父親は高麗大学統計学科の許明会(ホ・ミョンフェ)名誉教授、母親は李仁永(イ・インヨン)ソウル大学ロシア語ロシア文学科名誉教授だ。彼は両親が留学時代に米国で生まれ2歳の時に韓国に来た。小学校から修士課程まで韓国で過ごし、博士時代に米国に渡った。

―学校を辞めると言った時、両親の反対はありませんでしたか

「私の意思を尊重してくれました。特に母親が健康にとても気を遣うスタイルなんですが、夜間の自律学習が多くて健康に良くないようだと言ったら、納得してくれました」

―数学が好きでしたか。

「最初は数学が面白かったですが、入試と関連していて数学の喜びを維持するのが容易ではありませんでした。中3の時、競技大会に出てみようか、科学高校に行ってみようかと思って先生に話したら『今始めるには遅すぎる』とおっしゃいました。私は自分のことを『数学のできない子』と思ってしまいました。

数学者になった今振り返ってみればあきれた話です。韓国人は何かをするのに『遅れた、もう遅い』という言葉をあまりにも多く、かつ苛酷に使います。他人にも、自分にも。どんなことでも、始めるのに『遅れた』ってことはないんじゃないですか」

―スポジャでしたが、世界的な数学者になりました。結局、数学の頭は生まれつきですか

「そのような面がなくはないでしょうが、数学は他の学問に比べて能力偏差が大きくはないと思います。能力の差というよりは「好みの密度」の差だと思います。本当にこれを愛するという強烈な『惹かれ』を感じる人が、その分野を特化して啓発する過程で天才になると思います」

許教授は1歳、8歳の2人の子供を持つ父親だ。妻はソウル大学数学科大学院の同窓生。最初は夫婦が一緒に数学者の道を歩いたが、子供ができて妻は勉強をやめた。「全て私の不誠実な育児参加のせい」とし、ホ教授が笑った。数学者の子供の数学教育はどうだろうか。

「うちの子は数学にあまり関心がありません。代わりにK-POPの天才みたいです。ドラムビートを一度聞いただけでもBTSの歌なのかBLACKPINKの歌なのか、全部当てるんですよ!」

―学部最後の学期の時、日本の世界的数学者である広中平祐(91)ハーバード大学名誉教授の授業が人生を変えたと聞いています

「教授が書いた『学問の楽しみ』があまりにもベストセラーでした。有名数学者が講義すると聞いて好奇心で受講登録をしました。科学記者もしばらく夢を見ていた時なので、もしかしたら後でインタビュー対象になるかも知れないという考えもしました。

広中教授専攻の『代数幾何学』の中で『特異点理論』を集中的に教えられましたが、とても難しかったです。専攻学生のほとんどが受講撤回をしましたが、私は最後まで聞きました。ある日、一人でご飯を食べている広中教授に先に近づいてゆき、学生会館でご飯を一緒に食べませんかと言った。その後、ほぼ毎日昼食を一緒に食べる『ご飯の友達』になった」

―特異点理論が以後の業績に影響を及ぼしたと知っています。どんな理論ですか

「『空間を理解する試み』である幾何学の一部です。私たちがよく想像する空間の共通点は表面が滑らかです。ところが数十年前、広中教授が『特異点』という滑らかでない空間研究に重要な寄与をしました。

それを応用して、私が大学院に行った時リード予想を解きました。リード予想はもともと離散数学領域だと思っていましたが、私は広中教授に聞いて慣れていた特異点理論を組み合わせて幾何学的方法論として解いてみました。後続研究として同僚と一緒に『ロタ予想』も証明しました」

―広中教授もピアニストを夢見ていたが、一歩遅れて数学に入った「遅れて来た数学者」として有名です。人生の話もたくさん交わしましたか

「数学の話ばかりしました。囲碁の達人が下手の目線に合わせて説明するように簡単に。教授はさまよっていた私に生きながら追求する価値があることを見せてくれた恩人です」

広中教授の勧めで学部を終え、ソウル大学数学科修士課程に入った。

―09年、海外大学の博士課程に進学するために12校に志願書を提出したが、米国イリノイ大学1校だけだったんですか

「当然の結果でした。学部を6年も通ったし、成績も良くなかったから。それでも広中教授の推薦書のおかげでイリノイ大学で賭博をする気持ちで選んでくれたようです(笑)」

賭博の結果はジャックポットだった。博士課程初年度でリード予想を解決した。1年前、彼を落としたが、再びラブコールを送ったミシガン大学に移って博士号を終えた。

―韓国のように全国民が数学トラウマに苦しむ国もないようです

「数学が問題ではなく、韓国の入試構造が問題です。数学ストレスをなくす方法はとても簡単です。数学者として言うべきことではないけれど、来年から入試に数学を入れないと言ったらすぐに解決できるのではないでしょうか(笑)」

―数学の世界は広範囲ですが、一般の人々に数学は計算と同じ意味で近づいてきます

「数学という世界の言語をまず構築するために、小中高の過程で計算訓練を集中的にさせるからです。シェイクスピア作品を読むには、まずアルファベットから学ばなければならないのと同じ理屈です。皮肉なのは国籍が多様な学生を教えてみると、そのように数学の勉強をたくさんする韓国の学生たちが意外に数学に接した程度が低かったです。

トップレベルの大学に来た米国の学生たちは、大学レベルの数学をすでに勉強してきたケースが多いです。ところで数学ストレスは韓国の学生がひどいです。入試数学の弊害ですね」

―数学の魅力は何でしょうか

「政治や他の分野ではいくら多くの話を交わしても、お互いに疎通ができなければ、私が住む島と相手が住む島の距離を縮めることはできません。数学は答えを見つけるのにかかる時間と方向は人によって違っても到達する正解は一つです。

私の意見を説得しようと声を高める必要もありません。十分に時間さえあれば、互いに一寸ずれることなく完璧に疎通できるという確信があります。最近のように意見が対立して疲れたら『考え方次第』と結論付けてしまう世の中ではもっと意味があります」

―湖岩賞受賞の感想で「私自身の偏見と限界を理解していく過程だった」と話しました

「小説のように一度読んですぐ理解できればいいが、数学者も誰かがまとめた理論を理解しにくい時が多いです。その人の論理鎖に従わなければならないのに、私がすでに作った枠組みで理解しようとするからです。それを偏見と表現しました。

人の頭脳はゆっくり考えるのが苦手です。ある情報を与えると、1秒でこんなことをするんだろうと大きな絵を描いてしまいます。相手が言葉を終える前に自分なりの把握を終わらせてしまいます。精巧なコミュニケーションが必要な場合は大きな弱点になります」

―ニューホライズン賞を受賞した時、「数学者の内的動機は芸術家のそれと同じだ」と言いました。実際にオックスフォード大学数学科教授でありながら「不思議の国のアリス」を書いたルイス・キャロルのように芸術と数学を並行した人もかなりいましたが

「気質的に似たような地点があります。どちらも抽象的な対象を共有しながら疎通しようとする欲求が強いです。自分がすごく頑張ってある種の美しさをやっと見つけたとき、私だけが知っているのではなく、あなたにも見せたい気持ちというか」

―最近も詩を書いていますか

「書きはしませんが、たくさん読みます。最近は詩人デビッド・ホワイトの作品を好んで読んでいます。彼の散文「慰め」は特にオススメ!言語をとても精巧に使ってじっくり読みながら読む楽しさがあります」

―人文学的素養が多そうです

「数学は人文学だと思います。天文学、物理学などは自然が作った対象を研究しますが、数学は人が作り出したことを研究します。そのような面で哲学、文学とむしろ性格が似ています」

―まだチョークを使っているようです

「数学者はチョークと黒板を愛する最後の人々です。大学でも黒板をなくそうとしているのに数学科だけは屈せずにいます。数学者たちが最高に好きなチョークブランドが日本の『はごろも』です。数年前、同社が廃業するというニュースが伝えられ、全世界の数学者たちがチョークを買い占めしました。ところが、韓国人がこの会社を買収したそうです。今は『メイド・イン・コリア』のチョークが全世界の数学者の心理的安定に大きく寄与しています」

―数学者たちだけのロマンでしょうか

「チョークで黒板に書く行為は、頭の中を漂う考えを凝固させる行為です。演奏者が曲を演奏するように、何か物理的に具現化するという楽しさも感じます。答えが見えなくても一行書き始めると見えなかった解決策が見えたりもします。もう一つ。板書は必ず消される宿命を持っています。死ぬという事実を認知する時、現在をより豊かに送るように、黒板に書かれている筆記がすぐに消えることを知っているので、その瞬間より集中するようになります」

―数学者としての夢があるとしたら?

「そういうのはちょっと…。誰かに聞かれたからという理由で人為的に夢を出力するのは、正しくないようです。ただ、現在に充実した人生を送りたいです」

(無料メルマガ『キムチパワー』2022年7月7日号)

image by: Shutterstock.com

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韓国暮らし4分1世紀オーバー。そんな筆者のエッセイ+韓国語講座。折々のエッセイに加えて、韓国語の勉強もやってます。韓国語の勉強のほうは、面白い漢字語とか独特な韓国語などをモチーフにやさしく解説しております。発酵食品「キムチ」にあやかりキムチパワーと名づけました。熟成した文章をお届けしたいと考えております。

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【著者】 キムチパワー 【発行周期】 ほぼ 月刊

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